ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

努力

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

努力する者には勝てない

私は、初めてやった仕事がセールスマンだったが、その時の上司である支店長に言われたことで非常に印象深く憶えている言葉がある。
それは極めて単純な言葉で、
「Kayさん、所詮、努力する人には勝てませんよ」
というものだった。
その支店長は、元々は優秀なセールスマンで、私にこんな話をしてくれた。
「僕はだいたい、全国で2位か3位の成績だったが、どうしても勝てない人がいた。その人は話下手で、たどたどしい話しか出来なかったが、それを自覚し、人の10倍の件数の訪問をしていた」
この支店長の時代は、訪問販売法が緩く、深夜の何時に訪問しても違法でなかった(現在は具体的な時刻の取り決めはないながら午後9時以降は違法の可能性がある)。
そのトップセールスマンは、深夜でも灯りが付いていれば訪問し、全く起きている人がいない時間には交番にセールスしたらしい。
それが迷惑かどうかという話は今は置いておくが、セールスマンとして致命的な欠点(話下手)があったのに、努力することで常にトップだったのだ。

何でもかでも努力する必要はなく、特に、人に言われてやることで頑張りたくないなら、それでもいいかもしれない。
しかし、何か1つ、並外れた努力をすることは、自尊心を育て、自己肯定感が高まり、何より、実力がつく。
そんなものが1つもない人が、結局、いい思いを出来ないまま死ぬのである。

最近の私であれば、毎日プランクに励み(笑)、3分なら楽々と出来るし、その気になれば10分は出来るようになり、すっかりナイスバディになった。
まあ、私がプログラミングの勉強を始めた頃は、毎日、深夜2時、3時まで、自宅のパソコンでプログラミングの訓練に励んでいた。
私は、普段は全くの努力嫌いで怠け者であるが、人生で1つくらいは、自分で決めたことで努力しようと思ったのだが、やはり、上のセールスマン時代の上司の言葉が影響していた。
1つでいいから頑張ろう。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)強豪セールスの秘密(奥城良治)
(2)最強の営業法則(ジョー・ジラード)
(3)自助論(サミュエル・スマイルズ著。竹内均翻訳)
(4)向上心(サミュエル・スマイルズ著。竹内均翻訳)
(5)マーフィー成功の法則100(渡部昇一)

綺麗になる努力
AIアート3020
「綺麗になる努力」
Kay

真の努力とは

努力は時代遅れのように言われることが多いかもしれない。
昔でも、岡田式静坐法で知られた岡田虎二郎は「忍耐、克己、努力の必要を感じない」と述べていたようだ。
しかし、努力をしない人生は、どう考えても楽しくない。

努力は2種類に分けられる。
1つは自主的な努力で、誰から強制されたわけではなく、やらなければいけない理由もないが、自分の意思でやっているものだ。
「なぜ、そんな努力をしている」
と聞かれたら、
「特に理由はない」
と答えて差し支えない努力だ。
もう1つの努力は、誰かにやらされている、嫌でもやらざるを得ない努力だ。
親や教師に勉強やスポーツの訓練を強制されて、逆らえずにやっていることは多い。
子供の時、何かのスポーツの才能を見出され、自分の意思と関係なく、あるいは、うまく乗せられて大変なトレーニングをし、オリンピックで金メダルを取るなど大きな成果を上げても、それは「やらされた努力」の成果だ。
あるいは、生まれつき頭が良い子供が勉強を強制され、一流大学を卒業したというのも「やらされた努力」だ。

自主的な努力は、華々しい成果がなくても、真の満足を得、人生を楽しいものにする。
逆に、強制された努力は、世の中から称賛され、他人から羨まれるほどの成果を上げても、本心では虚しく、後悔することになる。
「一概にそうは言えないのでは?」と言いたい人もいるだろうが、誤魔化すことは出来ても、本当のところではまず外れることはない。

要は、幸福になるためには、イチローが言ったように「好きなことを早く見つける」しかない。
しかし、日本も含め、ほとんどの文明国では、庶民は自分の好きなことを見つけられない仕組みになっている。
資本主義だろうが社会主義だろうが、各自が好きなことを見つけ、それに専心すれば、今の権力者が権力を維持できない。
しかし、実際には、各自が好きなことをやれば、国は真の発展を遂げる。ところが、ほとんどの権力者は国の発展に興味はなく、自分の権力の維持だけが重要だ。
だから、国民を誘導し、好きなことをやらせない。
イチローの言葉は少し足りない。
プロゴルフプレーヤーだったセベ・バレステロスが父に言われたという、
「何でもいいから好きになれ。好きになったら強くなれ」
と覚えると良い。
好きなことを強くなるための努力は自主的であり、これが我々が為すべき真の努力だ。

注意しなければならないのは、権力者は我々が本当は何が好きか見つけられないようにすると共に、我々に偽りの「好き」を持たせるよう、学校、メディアを利用し、強力に働きかけている。
まずは、今の自分の「好き」を疑うことから始めることが必要なほどだ。
自分の本当の好きを見つけるには、自分の内側の力を信じなければならない。
これが、ラルフ・ウォルドー・エマソンの『自己信頼』が教える重要なことだ。
そして、エマソンを度々引用するジョセフ・マーフィーの成功法則の前提でもある。
自分の内側の力を理解するには、やはり渡部昇一の『マーフィー100の成功法則(マーフィーの成功法則100)』をゆっくり繰り返し読むと良い。誰よりも優秀な渡部昇一が日本人向けに、最大の善意を込めて書かれているのだから、読まない手はないと思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)マーフィー100の成功法則(大島淳一=渡部昇一)
(2)マーフィー成功の法則100(渡部昇一)
(3)自己信頼(ラルフ・ウォルドー・エマソン)
(4)あなたはこうして成功する(大島淳一=渡部昇一)
(5)あなたも金持ちになれる(ジョセフ・マーフィー)
(6)努力嫌いの成功法(ジョセフ・マーフィー。桑名一央翻訳)

幼いはにかみ
AIアート2253
「幼いはにかみ」
Kay

努力、克己、忍耐は必要か

引き寄せでは、努力はしなくていい、いや、むしろしてはいけないと言われる。
しかし、してもしなくても良い。
本来、引き寄せでは、既に10kg痩せてすらりとしていると信じることが出来れば、それで痩せる。
そのために「私は理想的な体形だ」などとアファーメーションをする。
しかし、鏡を見る度にがっかりしたりで、信じることが出来ない場合が多い。

一方、努力が裏目に出ることがある。
スクワットやプランクをやっていても、もし必死でやっているとしたら、それは、「今は太っている」という意識が強いからで、この「今は太っている」が固定化されてしまう。
だが、努力は良質なアファーメーションになる。
つまり、「これをやれば必ず痩せる」という意識を持ってやれば、普通の人の場合は効果が出易い。
普通の人の場合は、全く努力せずに痩せるという方が信じ難いからだ。

本当は、全く勉強しなくても受験に受かることも出来るが(矢追純一さんがやっていた)、やはり、使用したノートの山や、ボロボロになった参考書を見て、
「これだけ勉強したから必ず受かる」
と思った方が、普通の人は受かり易い。

いずれは、努力なしで成功するようになる方が良いと思う。
しかし、若いうちの努力は楽しいという面もあると思う。
まあ、楽しくないなら、しなくていいが、努力することで分かることもある。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)秘法ヨガ入門(藤本憲幸)
(2)努力嫌いの成功法(ジョセフ・マーフィー)
(3)信念の魔術(C・M・ブリストル)
(4)ヤオイズム(矢追純一)

思案中
AIアート2022
「思案中」
Kay

運命に逆らわない

年配の人は別かもしれないが、我々は子供の時から、「叶わない夢はない」「なりたいものになれる」などと言われてきたと思う。
しかし、世界的なスポーツ選手や音楽家になるには、努力以前に才能が必要という考え方も、かなり定着してきた。
一方で、「人間に差はない。かけた時間で決まる」という「一万時間の法則」のようなものも信奉者がいる。
村上龍氏と坂本龍一氏の対談書で、村上氏が、こんな話をしていたのを憶えている。
「今の坂本があるのは(彼らは呼び捨て出来る間柄)、才能ということもあるが、3歳の時から十年、みっちりピアノを弾いたからだ」
しかし、「才能がなければ、十年ピアノを弾いても駄目」とは言っていない。
だから、
「大工になるなら、中学生の時から十年、みっちり大工の修行をした方が良い」
という結論となるわけである。
まあ、一般人の場合はしょぼいのは仕方がないが、重要なことを言っているのである。
チームラボの猪子寿之社長と、現在はドワンゴの社長をしている夏野剛氏の対談でも、猪子氏は、
「人間の能力に差はない。イチローは元々大したことない選手だったが、誰よりも野球に時間をかけたから成功した」
というが、イチロー並に時間をかけて日本の一軍選手にすらなれない選手もいるかもしれない(多分いる)。
しかし、自分に見合ったことで時間をかけることには意味があるだろう。

イチローや坂本龍一どころか、ちょっとした人気歌手や、そこそこの規模の会社の経営者にだって、なれない人はなれないのである。
それは、努力の問題ではなく、さして努力しなくても、そんなものになれる人もいれば、いくら努力してもさっぱりな人もいる。
「天は人の上に人を作らず」と言った人がいるが、それは疑わしい。
才能と言えば才能なのだろうが、才能が必要ないようなことでも、うまくいかない人はうまくいかないように思うのである。
まるで駄目男は、どこまで行ってもまるで駄目男である。

つまり、運命は決まっているということだ。
大物になる運命にない人は、どうあがこうが、大望を持とうが、トンビが鷹になれないようなものである。
どんなに頑張っても、猫は虎に勝てない。
ラマナ・マハルシは、
「働く運命にあれば仕事は避けられない。しかし、働く運命になければ、いくら探しても仕事は見つからない」
と言った。
ニートも運命かもしれない。
ハンス・クリスチャン・アンデルセンは、元々、故郷のオーデンセで職人として生涯を送る運命だったが、運命に逆らって、14歳で1人でデンマークに出て作家になったと思っている人が多い。
しかし、作家になることがアンデルセンの運命で、彼だって、歌手や俳優を目指していた頃はさっぱりだったのだ。

だが、自分の運命を見極め、運命に従うことに決めれば、良い人生になる。
例えば、ジョージ・ワシントンやアブラハム・リンカーンだって、運命に従わなかった40歳くらいまでは、かなりの駄目男だったのである。
ワシントンは見栄っ張りで、金持ちの名士になるのが目標で、金持ちの未亡人と結婚したり、危ない事業をやったりしたが、それは運命に合わないことだったので、いつも大失敗して散々な目に遭ってきた。
彼は、軍人のような、苦しい上に、出世して儲かるかどうか分からないことなど、元々、やる気はなかった。
しかし、そのような運命にあることを悟り、運命に従うことを決意し、まず、軍人になって、ついに、アメリカを独立させた英雄になった。
まあ、やはり、我々のほとんどは、英雄どころか、トップにもなれないのだと思う。
だが、運命に従えば、英雄にだって味わえない甘露を得られるかもしれない。

「人間は無になれば不可能はない」という。
しかし、正しくは、「人間は無になれば運命を悟る」のではないかと思う。
無になるにはどうすれば良いかというと、それはいろいろあるだろうが、ある意味、考えることをやめることが必要だ。
そのためには、例えば、お経を上げたり、祝詞を唱えたり、真言を唱えたりするのが効果的な方法であることを示してくれる人が多くなってきたと思う。








奇跡が起こる条件

私は「努力」は嫌いだが、「無駄な努力」は大好きだ。

「努力」とは、褒美や報酬を得るために行う、「報われる」行いだ。
例えば、受験に合格するための受験勉強。
就職するために、WordやExcelの勉強をしたり、資格を取る。
好きな女の子を彼女にするために、プレゼントをしたりお洒落をする。
男にモテるためにエステに通って外見を美しくする。
給料を上げるために仕事に励む。
スポーツの大会で勝つためにトレーニングに励む。
その他、「見返り」を求めて行うことが、世間で言う努力だ。

一方、「無駄な努力」は、見返りを期待しない、何の得にもならない行いだ。
例えば、可能性が全くない状況で、ピアニストを目指しピアノの練習に励む。
進学が不可能な状況で受験勉強に励む。
彼女に出来る可能性が全くない女の子に対して献身的に尽くす。
大海の中で1本の針を探すような、ほぼ絶望的な状況に挑む。

「努力」は現実主義者の行いで、「無駄な努力」は、非現実的な夢想家、妄想家の行いだ。
ただし、それは本人の意識の問題なのだ。
例えば、ミュージシャンを目指す者がいるとする。
本人は、いつか大きなコンサート会場で、大勢のファンの喝采を浴びながら演奏したり歌うことを夢見て、今日も音楽に励んでいる。
しかし、周りから見れば、作る曲は全然駄目だし、何より、本人に華がなく、ミュージシャンとして活躍する姿がイメージ出来ない。
そんな状況でも、本人が見返りを求めている以上、これは「努力」である。
一方、そんな者とは違うミュージシャン志望者もいる。音楽は好きだが、自分がプロのレベルに程遠いことや、外見が良くないことも自覚し、ミュージシャンになれる可能性はほぼないことを、はっきり理解している。それでも音楽を続けている。こんなのが、私の言う「無駄な努力」だ。
言い換えれば、「欲望を持っている」者のやることが努力で、「欲望を捨てた」者がやることが無駄な努力だ。
ただし、欲望を持っている者は「魂の願い」を見ていない。
一方、欲望を捨てた者は「魂の願い」を見ている。
上のニュージシャンの例で言えば、音楽で儲けたり称賛されること夢見る者は、魂を曇らせている。
対して、音楽での成功をほとんど諦めているのに音楽を続けている者は、単に腕前の向上を目指しているのであり、音楽の神に1センチでも近付こうとしているのである。

「諦めて尚且つ進む」ことが無駄な努力である。
こう言うと、小説や漫画や映画やアニメで、こんな場面が多いことを思い出すかもしれない。
「勝利の可能性は万に1つもない。しかし、彼は諦めていない!」
ベタなヒーローの姿である。
だが、本物のヒーローは諦めている。だが、それでも進むのである。
その時、奇跡が起こる。
彼に甘い期待がある限り、奇跡は起きないのである。

「神様の奇跡が起こる」と唱え続け、くじで1億円を当てたホームレスがいたらしい。
1~2週間の間、1日中唱えていたらしいが、その中で、諦めてしまったのだ。
その時、奇跡が起こったのである。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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