私が社会人になってから、最も魔法力というか、現実改変力を発揮出来たのは、『荘子』を熱心に読んでいる時だったと思う。
当時、私はよく、「『荘子』は超能力を覚醒させる本だ」と人に言っていたが、そう言ったからといって、私に何のメリットもない。単に、本当にそうだと感じていたのだし、おそらく、正しい感覚だ。
ではなぜ、『荘子』を読むと、超能力とか魔法を使えるのかというと、こんな理屈だ。
まず、魔法や超能力を発揮出来ない原因は、固定観念だ。
普通の人は、「自分には超能力や魔法力がない」という固定観念があるから、その通りになっているのだ。
もちろん、それは別に、超能力や魔法に限らないが、超能力や魔法も同じなのだ。
魔法とも思いかねないような、こんな話がある。
『トーチェ氏の心の法則』という、世界的に有名な自己啓発書にあるものだ。
ある未開の地域では、脚が折れた人が元気に走り回っている。
なぜ、そんなことが出来るのかというと、彼らには、「脚が折れたら走れない」という固定観念がないからだ。
これは、非常に示唆に富む話だ。
たとえば、あなたが男性で、美人にモテないとしたら、その原因は、「自分は美人にモテない」という固定観念があるからで、その固定観念が消えれば、美女にモテまくるのである。
なぜあなたが、一流の画家のように絵を描けないかというと、自分には、そんな能力がないという固定観念があるからだ。実際、旧ソ連で、絵などほとんど描いたことがない労働者に、催眠術で「自分は優れた画家だ」という観念を植え付けたら、短期間で、見事な絵を描くようになり、その絵がクレムリン宮殿内に飾られているという話がある。
そういえば、私がプログラミングの勉強を勧めても、プログラミングがマスター出来なかった人には、「自分にはプログラミングが出来るようにはなれない」という固定観念があったと思うのだ。
私の場合、私レベルの頭脳(正直言うと、私より劣ると思っていた)の持ち主がプログラマーになっていたので、「私でも全然大丈夫じゃね?」と思えたから、簡単にプログラミングをマスター出来たのだ。
『荘子』というのは、人間の根本的な固定観念を見事に壊してくれる書なのである。
そんな、人間の根本的な固定観念というのは、荘子の時代である2400年前も今も、おそらく、国家社会が出来てから、さほど変わっていないのだ。
そもそも、国家というのは、国民に、ある種の固定観念を植え付けることで成り立つのである。
そのことを、吉本隆明氏は『共同幻想論』で、国家というのは、国民の幻想に過ぎないと、見事に語ってくれたのである。
ただ、『共同幻想論』は読み難いし、実用書ではなく思想書なので、思想に興味がないなら、あまり読むことをお勧めしない。
また、『列子』は、『荘子』と似ていて、『荘子』より良いと思う人もいると思う。
そして、『荘子』にも『列子』が引用されている。
※尚、徳間文庫の『荘子』『老子・列子』のKindle版は、文章が画像で、読み難いかもしれない。紙の本の方は読み易いが、古書しかない。
今回の話の重要性が分かるだろうか?
あなたに、ある夢があったとして、それが実現しないのは、「自分には、この夢を実現させることは出来ない」という固定観念があるからなのだ。
是非、『荘子』、『列子』、『トーチェ氏の心の法則』を読み、固定観念を壊し、超人になろうではないか?
私も、本日から始めることにする。
当時、私はよく、「『荘子』は超能力を覚醒させる本だ」と人に言っていたが、そう言ったからといって、私に何のメリットもない。単に、本当にそうだと感じていたのだし、おそらく、正しい感覚だ。
ではなぜ、『荘子』を読むと、超能力とか魔法を使えるのかというと、こんな理屈だ。
まず、魔法や超能力を発揮出来ない原因は、固定観念だ。
普通の人は、「自分には超能力や魔法力がない」という固定観念があるから、その通りになっているのだ。
もちろん、それは別に、超能力や魔法に限らないが、超能力や魔法も同じなのだ。
魔法とも思いかねないような、こんな話がある。
『トーチェ氏の心の法則』という、世界的に有名な自己啓発書にあるものだ。
ある未開の地域では、脚が折れた人が元気に走り回っている。
なぜ、そんなことが出来るのかというと、彼らには、「脚が折れたら走れない」という固定観念がないからだ。
これは、非常に示唆に富む話だ。
たとえば、あなたが男性で、美人にモテないとしたら、その原因は、「自分は美人にモテない」という固定観念があるからで、その固定観念が消えれば、美女にモテまくるのである。
なぜあなたが、一流の画家のように絵を描けないかというと、自分には、そんな能力がないという固定観念があるからだ。実際、旧ソ連で、絵などほとんど描いたことがない労働者に、催眠術で「自分は優れた画家だ」という観念を植え付けたら、短期間で、見事な絵を描くようになり、その絵がクレムリン宮殿内に飾られているという話がある。
そういえば、私がプログラミングの勉強を勧めても、プログラミングがマスター出来なかった人には、「自分にはプログラミングが出来るようにはなれない」という固定観念があったと思うのだ。
私の場合、私レベルの頭脳(正直言うと、私より劣ると思っていた)の持ち主がプログラマーになっていたので、「私でも全然大丈夫じゃね?」と思えたから、簡単にプログラミングをマスター出来たのだ。
『荘子』というのは、人間の根本的な固定観念を見事に壊してくれる書なのである。
そんな、人間の根本的な固定観念というのは、荘子の時代である2400年前も今も、おそらく、国家社会が出来てから、さほど変わっていないのだ。
そもそも、国家というのは、国民に、ある種の固定観念を植え付けることで成り立つのである。
そのことを、吉本隆明氏は『共同幻想論』で、国家というのは、国民の幻想に過ぎないと、見事に語ってくれたのである。
ただ、『共同幻想論』は読み難いし、実用書ではなく思想書なので、思想に興味がないなら、あまり読むことをお勧めしない。
また、『列子』は、『荘子』と似ていて、『荘子』より良いと思う人もいると思う。
そして、『荘子』にも『列子』が引用されている。
※尚、徳間文庫の『荘子』『老子・列子』のKindle版は、文章が画像で、読み難いかもしれない。紙の本の方は読み易いが、古書しかない。
今回の話の重要性が分かるだろうか?
あなたに、ある夢があったとして、それが実現しないのは、「自分には、この夢を実現させることは出来ない」という固定観念があるからなのだ。
是非、『荘子』、『列子』、『トーチェ氏の心の法則』を読み、固定観念を壊し、超人になろうではないか?
私も、本日から始めることにする。

