私は別にキリスト教徒ではないが、聖書には大変なことが書かれていると思う。
ジョセフ・マーフィーは『あなたは不安なしに生きられる』の中で、「聖書の意味を知りたければ、自分がそれを書いた時のことを思い出せば良い」と述べている。
サルトルも言ったように、「本を読むことは本を書くこと」で、読んでいる書物は、今この瞬間、自分が創造しているのである。
旧約聖書の「ヨブ記」22章21節に、「これだけ知っていれば良い」と思うほどの貴重なことが書かれている。
聖書をあまり知らなくても、「神と和解せよ」という言葉を聞いたことがあるのではと思う。
それが、ヨブ記のその箇所に書かれている。
「神に従い、神と和解しなさい。そうすれば、あなたは幸せになるだろう」
聖書では、「神と和解させて頂きなさい」とは、「罪を認めて、神の赦しを求めなさい」という意味だと言われることが多いと思われる。
だが、私は、次の訳の方がピンとくる。
「あなたは神と和らいで、平安を得るがよい。そうすれば幸福があなたに来るでしょう。」
さらに、私なら、
「神と仲良くなって心おだやかでいなさい。そうすれば幸せになる」
としたい。
これって、私が好きな言葉、
「神を信用しろ。だが、ラクダはつないでおけ」
と全く同じ意味と思う。
この言葉は、私は、スーフィー(イスラム教神秘主義者)の言葉だという話を本で見たことがある。
そうだ。「和解する」「和らぐ」「仲良くなる」というのは、とどのつまり「信用する」ということなのだ。
この「ラクダ」とは「心」のことで、「ラクダをつなぐ」とは、「心をさ迷わせず、落ち着かせろ」という意味と思う。
『処女の泉』という1960年のスウェーデン映画は、15歳のやや幼い美少女カリンが3人の浮浪者の兄弟達に凌辱された後、撲殺される場面が物議を起こし、公開禁止になったりしたが、内容の本質が分かれば大変な作品だ。
敬虔なキリスト教徒で、また、経済的にも豊かで逞しいカリンの父親は、その3人を殺して復讐を果たすが、現場に放置されていた娘の遺体を見て、神を呪いそうになる。しかし、すぐに、娘の遺体があった場所に、自分で煉瓦を積み、漆喰を縫って教会を建てることを神に誓う。
壮大な神との和解だ。
キリスト教徒なら、「神に従う」「神の赦しを乞う」と言うのだろうが、もう少し柔らかくは「神と和(やわ)らぐ」「神と和す」と言うのだろう。
私なら、「神と仲良くなる」「神を信用する」と言う。
そうすれば、娘が殺されなかったパラレルワールド(並行宇宙)を作り出し、そこに移動することも可能になる。
だが、人間は、元居たパラレルワールドの記憶を失くすから、また罪を重ねる・・・神を信用しなくなる。
カリンの父親が自分でカリンの悲惨な状況を創った・・・このパラレルワールドを創ったのだ。
それを忘れないためにも、このパラレルワールドに留まり、娘の遺体の場所で教会という象徴を建てることに人々を悟らせる意味があるだろう。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)あなたは不安なしに生きられる(ジョセフ・マーフィー)
(2)Living Without Strain (Joseph Murphy)
(3)旧約聖書 ヨブ記 (岩波文庫)
(4)処女の泉【HD修復版】 [Blu-ray]

AIアート1410
「神の愛娘」
Kay
ジョセフ・マーフィーは『あなたは不安なしに生きられる』の中で、「聖書の意味を知りたければ、自分がそれを書いた時のことを思い出せば良い」と述べている。
サルトルも言ったように、「本を読むことは本を書くこと」で、読んでいる書物は、今この瞬間、自分が創造しているのである。
旧約聖書の「ヨブ記」22章21節に、「これだけ知っていれば良い」と思うほどの貴重なことが書かれている。
聖書をあまり知らなくても、「神と和解せよ」という言葉を聞いたことがあるのではと思う。
それが、ヨブ記のその箇所に書かれている。
「神に従い、神と和解しなさい。そうすれば、あなたは幸せになるだろう」
聖書では、「神と和解させて頂きなさい」とは、「罪を認めて、神の赦しを求めなさい」という意味だと言われることが多いと思われる。
だが、私は、次の訳の方がピンとくる。
「あなたは神と和らいで、平安を得るがよい。そうすれば幸福があなたに来るでしょう。」
さらに、私なら、
「神と仲良くなって心おだやかでいなさい。そうすれば幸せになる」
としたい。
これって、私が好きな言葉、
「神を信用しろ。だが、ラクダはつないでおけ」
と全く同じ意味と思う。
この言葉は、私は、スーフィー(イスラム教神秘主義者)の言葉だという話を本で見たことがある。
そうだ。「和解する」「和らぐ」「仲良くなる」というのは、とどのつまり「信用する」ということなのだ。
この「ラクダ」とは「心」のことで、「ラクダをつなぐ」とは、「心をさ迷わせず、落ち着かせろ」という意味と思う。
『処女の泉』という1960年のスウェーデン映画は、15歳のやや幼い美少女カリンが3人の浮浪者の兄弟達に凌辱された後、撲殺される場面が物議を起こし、公開禁止になったりしたが、内容の本質が分かれば大変な作品だ。
敬虔なキリスト教徒で、また、経済的にも豊かで逞しいカリンの父親は、その3人を殺して復讐を果たすが、現場に放置されていた娘の遺体を見て、神を呪いそうになる。しかし、すぐに、娘の遺体があった場所に、自分で煉瓦を積み、漆喰を縫って教会を建てることを神に誓う。
壮大な神との和解だ。
キリスト教徒なら、「神に従う」「神の赦しを乞う」と言うのだろうが、もう少し柔らかくは「神と和(やわ)らぐ」「神と和す」と言うのだろう。
私なら、「神と仲良くなる」「神を信用する」と言う。
そうすれば、娘が殺されなかったパラレルワールド(並行宇宙)を作り出し、そこに移動することも可能になる。
だが、人間は、元居たパラレルワールドの記憶を失くすから、また罪を重ねる・・・神を信用しなくなる。
カリンの父親が自分でカリンの悲惨な状況を創った・・・このパラレルワールドを創ったのだ。
それを忘れないためにも、このパラレルワールドに留まり、娘の遺体の場所で教会という象徴を建てることに人々を悟らせる意味があるだろう。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)あなたは不安なしに生きられる(ジョセフ・マーフィー)
(2)Living Without Strain (Joseph Murphy)
(3)旧約聖書 ヨブ記 (岩波文庫)
(4)処女の泉【HD修復版】 [Blu-ray]

AIアート1410
「神の愛娘」
Kay

