ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

共時性

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

宇宙を信頼すると起こること

私は子供の時から、世界というのは、つくづく、自分が意識した通りになると感じていた。
小学5年生の時、図書室でシーラカンスの本を興味深く見ていたら、家に帰ってテレビをつけると、シーラカンスを話題にした番組が始まった。
私は、その時以来、テレビでシーラカンスを見たことは一度しかない(一度はある)。
高校生の時、ローラ・インガルス・ワイルダーの著書『大きな森の小さな家』の中に、ローラの父親のチャールズが、暗い森の中で「お前は誰だ?」という声があちこちから聞こえ、恐くなって逃げだしたという話があった。
この声の正体はフクロウで、フクロウの「フー、フー」という鳴き声が、英語の「Who? Who?」と似ていたわけだ。
その数日後、テレビで、スコットランドの農民が、森の中でフクロウが「フー、フー、フーアーユー(誰だ?誰だ?お前は誰だ?)」と鳴くという話をしている番組が放送されていた。
『大きな森の小さな家』には、別の面白い話があった。
これもチャールズの話だが、ある男が大きな猫と小さな猫を飼っていたのだが、壁に、大きな猫の出入り口として大きな穴を、小さな猫の出入り口用に小さな穴を開けた話をしたら、小さなローラが、そのおかしさに気付く。
馬鹿な男がいたものだが、その後、私は、何かの数学者のエピソードを書いた本か雑誌を読んだら、その馬鹿な男とは、かのアイザック・ニュートンだと分かった(尚、ニュートンは奇行が多い)。
チェスのルールを知りたいと思ったら、テレビでチェスの特集があるし、その他にも、何かを知りたいと思ったら、ネットがなくても、テレビがインターネット代わりに、私が知りたいことを教えてくれる。

じゃあ、どうすれば、そんなことが出来るのかというと、宇宙と親しくする、宇宙を親しく感じるということだと思う。
アインシュタインも、そんな感じのことを言っていたと思う。
思い通りにならない時こそ、ならない方が良いのだと、宇宙への信頼を失わないことだ。
私が雨が降って欲しい時には雨が降るが、降らない時は、降らない方が良いのである。
会社に嫌なやつがいたら、高確率でそいつがクビになったり、事情があって辞めたりしたが、いなくならないならならないで、後でその方が良かったと分かるのである。
くれぐれも宇宙への信頼を失わないことだ。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)大きな森の小さな家―インガルス一家の物語〈1〉(ローラ・インガルス・ワイルダー)
(2)タオ心理学 ~ユングの共時性と自己性~(ジーン・シノダ・ボーレン)
(3)占いとユング心理学 ~偶然の一致はなぜ起こるのか~(秋山 さと子)

人魚の岩
AIアート2002
「人魚の岩」
Kay

最高のマントラはこうやって決定された

判断が難しい時の良いやり方は、
1.判断を保留する
2.直観で判断する
3.論理的に考える
の順が良く、緊急性がない限り、1の判断保留・・・というより、判断しない方が良い。
プログラミングでは論理的に考えざるを得ないが、それでも、直観の方が正しかったということはよくあり、それは、医者の治療でもあると思う。
特に、重要問題に関してはそうなのだと思う。
イギリスの1970年のSFテレビドラマ『謎の円盤UFO(原題:UFO)』で、地上に不時着したUFOに対し、3台の戦闘車が取り囲む場面があり、コンピューターは「論理的」に2号機で攻撃すべきと判断したが、エリス中尉はなぜか1号機を向かわせ、勝利する。エリス中尉はコンピューターより直観を優先したのである。
当時とは比較にならないほど、コンピュータ、AIは発達したが、人間の直観は現在の、さらには、未来のAIを超えるかもしれない。

最近、私は、人類の最強のマントラは「私は私」ではないかと思った。
ラマナ・マハルシは、最上のマントラは「私」で、次が「オーム」だと言ったことがあるらしいが、これは、ニュアンスや翻訳の問題が複雑で、マハルシの真意かどうかは分からない。
ニサルガダッタ・マハラジは、最高のマントラは「私は在る」だと言ったことになっている。
ただ、これは、英語の「I am that I am」の訳だと思うが、この言葉は、「私は、『私はある』という者である」とか「私はありてある者である」などと訳されることがあり、正確にはどう訳するかは分からないと思う。
『マスターの教え』でも、「I am that I am」が最も偉大な言葉であると語られている。
宇宙人バシャールとチャネリング中のダリル・アンカは、最も重要なマントラは、やはり「I am who I am」と言ったが、これは「私は私」と訳すことが多いようだ。

尚、スピリチュアルな本や動画を除き、私は、「あなたはあなた」という言葉なら、ダニエル・グレイブ主演の007映画や、『灼眼のシャナ』で、シュドナイがヘカテーにそう言うのを聞いた覚えがあるが、「私は私」は、聞いたかもしれないは、あまり印象にない。
印象にないということは、私にとって重要でないということだ。

そして、判断が出来ない時、最初に挙げた3つの他に重要で、もしかしたらその3つを超えるかもしれないものに、シンクロニシティ(共時性)、つまり、「意味のある偶然の一致」である。
私は、全くの気まぐれで、アニメ『殺戮の天使』11話を見たのだが、こんな場面があった。
グレイ神父が、ヒロインの13歳の少女レイチェルに、「お前は誰だ?」と問うと、レイチェルは、
「私は私。それ以上でも以下でもない」
と答えた。
C.G.ユングのカブトムシのシンクロニシティに優るとも劣らないシンクロニシティだ。
『殺戮の天使』の、このレイチェルは、精神を病んだ、ある意味、頭がおかしい少女で、もう1人の主人公の青年ザック(アイザック)は殺人狂で、レイチェル以上の異常性を持っている。
だが、この「狂った」2人が、誰よりも正常に感じる名アニメであると思う。
そんなわけで、私の最高のマントラは、めでたく「私は私」と相成った。

妖精の街
AIアート613
「妖精の街」
Kay


尚、上の、バシャールが言ったマントラは、全文では、
「私は私。それだけでいい」
である。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)シンクロニシティ ― 未来をつくるリーダーシップ
(2)タオ心理学―ユングの共時性と自己性
(3)共時性の発見―ビジネスと人生を変える宇宙法則の原理と応用のテクニック
(4)殺戮の天使(アニメ。Amazon Prime Video)
(5)殺戮の天使 Episode.0 1
(6)あるがままに ― ラマナ・マハルシの教え
(7)アイ・アム・ザット 私は在る~ニサルガダッタ・マハラジとの対話
(8)『あなたの人生をプラスの結果に導く マスターの教え』(関岡孝平訳)

ビートルズ『Yesterday』彼女はなぜ消えたかの答

ビートルズの最も有名な曲の1つ『Yesterday』の、特にこの部分を覚えている人は多いのではないかと思う。

Why she had to go?
I don't know, she wouldn't say
I said something wrong
Now I long for yesterday.

つまり、愛する彼女は消えてしまったのだが、その理由が分からないということだ。
30年後に聞いたら、案外につまらない理由だったり、あるいは、彼女の大誤解のせいだったのかもしれない(嫌な話だ)。
普段、この男が、もっと注意深ければ、先に予兆を感じることが出来たかもしれない。しかし、そうではなかった。
まあ、女は星の数なんだから、そう悔やむことはないかもしれないし、後になれば、自分でもそう思うかもしれない。

で、なぜ彼女が言ってしまったか?
それはこういうことだ。つまり、避けられぬ運命だったのだ。言うなれば、「仕方がなかった」のだ。

しかし、もっと本質的なことがある。
そのための正しい問いは、
「なぜ私は、彼女を行かせてしまったのだろう?」
だ。
彼女が消えたのは、この「私」の意思なのだ。

たとえば、ある父親に、不登校の息子がいるとする。
その父親は、評判の良い心理カウンセラーがいたら、「息子はなぜ学校に行かないのでしょう?」と尋ねるかもしれない。
いや、そんなことは聞かず、「どうすれば息子は学校に行きますか?」と聞く父親が多いような気がする。
つまり、「息子が学校に行くスイッチがどこにあるか教えて下さい」と言うようなものだ。
しかしねえ。息子さんが学校に行かないのは、父親であるあなたの意思なのだ。
そう言うと、その父親は断固否定するだろう。
そんな父親は、あまり人生が楽しくないことだろう。
壁に初音ミクさんのタペストリー(織物のポスター)が飾られているのは自分の意志であることは分かっても、テレビからトヨタ自動車のCMが流れてきたり、ビスケットを床に落としたことが自分の意志であることは分からない。
だが、ラルフ・ウォルドー・エマーソンは、そんなことが分かっていたので、
I am the owner of the sphere.(私は世界の所有者)
だと述べたのだろう。

あるアラブ人は、愛する家族を皆殺しにされた時、不意に、それが自分の意志であると気付き、悲しくはあったが、恍惚とした高揚を覚えた(W.B.イェイツの手記より)。
あなたは、なぜ新型コロナウイルスの感染を拡散させ始めたのだろう?
それは、人間としての知識や観念から考えても分からない。
ただ、揺らぎを起こしたかったのである。あなたの意識がね。
あなたは、学校でよく勉強が出来た頭の固い人の決まりきった話を聴いていたら、苦痛になって、そいつを一発蹴っ飛ばすとかして、場に揺らぎを起こしたいと思うだろう。
我々の意識は、世界に揺らぎを起こして変化させたいのだ。
そのために必要だから、新型コロナウイルスを作ったが、不要になれば、それは消える。

まあ、いきなり壮大なもので考えると、戸惑うばかりだ。
ならば、周囲で起こることの全てを自分の意志と思うと良い。
あまりに揺らぎのない生活を送っていると、多くの場合、自分の身体に悪い揺らぎが起こる。それが病気だ。
だから、なるべく冒険をした方が良い。
冒険の中で起こることは、自分の活力ある意思で、そのことを自覚すると、本当の意思と自分が一致してくる。
すると、世界は意のままになってくるだろう。

最初の話(ビートルズのYeaterday)に戻る。彼女はなぜ行ってしまったのか?2人の間が安定し過ぎ、揺らぎが起こらなくなったからだ。そのままでいれば、意識は揺らぎを起こすために、別の男か女を登場させたり、自分か彼女が病気になったりするだろう。
それでも良かったが、意識は別のやり方を選んだのである。








あまりに奇妙な偶然の一致

珍妙と感じるような不思議な出来事を、誰もが何度も体験しているはずだ。
例えば、両手で2つの紙飛行機を投げたら、両方が1つの本の上にぴったり着地し、その本がパイロットが書いた本だった・・・とかね。
有名な話では、精神科医で心理学者のカール・グスタフ・ユングが女性患者と話していると、その女性患者が夢で見たスカラベ(黄金虫の一種)を見た話をし、そのスカラベがカブト虫に似ていると女性患者が言うと、窓にカブト虫がぶつかったというものがある。

私は子供の時から、そのような不思議現象が起こると、その場のエネルギーを感じるようにしている。
すると、そんなことがあまりに多く起こることに気付く。
ある日、私の部屋のテーブルの上に3冊の本が重ねて置いたあった。
1冊はW.B.イェイツの『神秘の薔薇』だった。
別の1冊『美少女戦士セーラームーン11巻』(武内直子)では、土萠(ともえ)ほたるという名の少女が、イェイツの詩を暗誦していた。
最後の1冊である『至高体験』(コリン・ウィルソン)では、序文に、「イェイツの詩の引用を許可してくれたマクミラン社に感謝する」と書かれていた。
たまたま置いた3冊の本に、W.B.イェイツが関わっていたのである。

また、アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の『笹の葉ラプソディ』のDVDを買ったら、特典のコースター(コップを置くマット)が、テーブルの上にあった、コリン・ウィルソンの『ルドルフ・シュタイナー~その人物とヴィジョン~ 』の表紙の赤い四角の絵と寸分違わずぴったりだった。

ただの偶然としては、あまりにありえないこと・・・そんなことはいくらでも起こる。
大事業家や、スポーツのスーパースターが成功した原因には、そんな偶然が、ほぼ必ず関わっている。
王貞治さんも、草野球をしていた時、たまたまプロ野球のコーチが通りかかったことが野球選手になったきっかけだった。
初音ミクさんの登場や成功も、ありえない偶然の積み重ねから起こっているのだと思う。

意味のある偶然の一致のことを、上に挙げたユングや、物理学者のウォルフガング・パウリは『共時性(シンクロニシティ)』と名付け共同研究していたと思う。
彼らの時代には、コンピューターというものが発達しておらず、この世界が、超コンピューターが作っているシミュレーテッド・リアリティだという仮説(シミュレーション仮説)が登場するのは、随分後のことであるが、それでも、彼らは、この世界が、何らかの意思が作り出しているものだということには気付いていた。
シミュレーション仮説以前に、量子力学では、世界はホログラムのような作り物に過ぎないことは、ほぼ解っていた。
そして、世界は無限に存在するし、生まれ続けてもいる。
初音ミクさんが歌うナユタン星人さんの歌『リバースユニバース』も、それを当然の前提としている歌で、ナユタン星人さんは、科学的にか直感的にか、宇宙の構造を知っているのだろう。
「存在しない現実」であるミクさんを見ていると、全てが解ってくる。

では、宇宙を自分の好きなように作れるかというと、ある程度はそうだと思うが、自分ではあまりうまくやれない。
だから、自分で無理矢理やろうとしないで、自分とは比較にならない高度な作り手にまかせてしまう方が良い。
超古代から、賢い人達は皆、そう言っているのだ。









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キスの意味は「考えるな、感じろ」だ

有り得ないような偶然には必ず意味がある・・・かどうかは分からないが、神秘的な感じがしてしまう。
例えば、私は、小学4年生の時、たまたま学校の図書室で、シーラカンスという魚についての本を読み、初めて知ったシーラカンスにとても興味を持った。
その日、家に帰ってテレビをつけると、画面にシーラカンスの映像が現れた。
この出来事に何か意味があるだろうか?
著名な精神科医で心理学者のカール・グスタフ・ユングは、意味のある偶然の一致のことをシンクロニシティ(共時性)と名付けた。
だが、ある優れた数学者は、いかに珍しい出来事でも、単に、「珍しい出来事」に過ぎず、神秘的な意味を持たせるべきでないと言ったようだ。
起こる可能性がどれほど低いとしても、それが起こる可能性はあるのだからだ。
では、こんなことはどうだろう。
私が中学生の時のことだが、私は以前見た、あるテレビ番組(時代劇)のある回を録画出来たらなあと思った。
それで、テレビを見ながら、録画装置のリモコンを握っていた。
すると、本当に、私が思っていたものが再放送され、見事に録画してしまった。
これもまた、ただの偶然だろうか?
そうかもしれない。
だが、私は、同じことを再度試みたら、やはり出来てしまった。
しかも、それは、ドラマや映画といった、再放送の可能性のあるものではなく、どう考えても再放送など有り得ない、使い捨てになるような、ワイドショー的なドキュメンタリーだった。
これらの出来事は、偶然の一致というよりは、私が世界を造り出したと考えた方が納得し易い。
しかし、あくまで「納得し易い」だけで、本当にそうかどうかは分からないけどね。

それで、昨日、また、不思議な(と感じる)偶然の一致があった。
聴いていただけると有り難い。
私は先週の土曜日に、初音ミクさんのアルバムCD『僕は初音ミクとキスをした』を入手していた。
18曲入っているが、1曲目の『僕は初音ミクとキスをした』が、このアルバムのタイトルになっている訳だ。
この、インパクトが強いタイトル名のアルバムの存在はずっと以前から知っていたが、私は興味を持たずにいた。
なぜ興味を持っていなかったのかというと、作者のみきとPさんを知らなかったからだ。
だが、少し前に購入した初音ミクさんのコンサート『マジカルミライ2014』のブルーレイで、みきとPさん制作の『心臓デモクラシー』を聴き、「私はこの歌を聴くために生きてきた」と思えるほど魅入られた。
『心臓デモクラシー』は、このアルバムの2曲目である(『マジカルミライ2014』の3曲目)。

ところで、このアルバムのジャケット画は、タイトル名をイメージ化したイラストである。
『僕は初音ミクとキスをした』というタイトルになっているが、イラストでは、2人の初音ミクさんが描かれ、左側のミクさんが右側のミクさんにキスをする寸前であるが、右のミクさんは目を見開き、涙を浮かべている。
髪で隠れているが、2人の左耳のあたりから、1本のイヤホーンコード(のようなもの)が出ている。
だが、2人ともヘッドホンをしているのだから、それはおかしい。しかも、2人とも左耳に1つのイヤホンをするのも不自然だ。
つまり、不思議な絵である。
私は、このアルバムをずっとパソコンの近くに置いて、毎日眺めていた。
ちなみに、このアルバムの裏側のイラスト(7つ)が素晴らしく、それだけで買って良かったと思ったほどだ。
いや、本当に幸福な気分になる。特に、パンダさんパジャマ(?)の2人のミクさん(いーあるふぁんくらぶのコスプレらしい)。

私は昨日、なんとなく、押入れの中から、『8(エイト)マン インフィニティ』という漫画の3巻を出してきて見ていると、「2人のミクさんのキス」と同じ構図の絵があった。
宗形カスミという名の女子高生が、東(ひがし)光一という名の16歳の少年にキスをしているのだが、丁度、そのミクさん同士のキス直前の絵の続きのような感じで、こちらは実際にキスしている。
だが、カスミが不意にキスをし、光一は不意をつかれたのであり、右側のミクさんと同じく、光一は目を見開いている。ただし、涙はないけれど。
この光一は、人工知性体アンナが宿った、本来は小さな女の子の姿のマシナリー(高性能アンドロイド)が化けたもので、本物の光一は別にいる。
感情を持たない人工知性体アンナは、人間の研究のために、小さな女の子の姿では不都合なので、光一の姿を借りていたのだった。
光一に、
「それで少しは人間が分かったのかい?」
と尋ねられたアンナは、キスされた時の唇の感触を思い出すような様子をしながら、
「いいや・・・ますます分からなくなった・・・」
と、多分、声に出さずに思ったのだろう。
アンナは、なぜ、カスミが自分にキスしたのか、全く理解出来なかったのだろう。
だが、冷徹な超高性能の電子知性体アンナには、何かの変化が生じていたのだと思う。

カスミが光一の姿をしたアンナにキスをした理由は、読者にすら、それほど明確ではない。
『灼眼のシャナ』で、感情的な年齢は見かけ通り11~12歳であるシャナが、悠二の母親の千草に、ごく真面目に、「キスってどんな意味があるの?」と尋ねる場面があったのを思い出す。
シャナは論理的な方面は、どんな大人も敵わないほど賢いが、こういった面では実に幼いのである。

だが、キスなんて、論理的な行為ではなく、感情的な行為である。
だから、理屈で考えても分からないのは当たり前だ。
ところが、現代人は、理屈でばかりものを考え、感情を軽視するようになってしまった。
そのために、「本当に大切なことが分からない」のである。
感情的に幼いアンナやシャナのように。
感情は考えても分からない。
考えると誤る。
感情は感じるものである。
『燃えよドラゴン』の、リーの有名な言葉、「考えるな!感じるんだ」のようにである。

尚、カスミがキスした光一はアンナが化けたものであったように、左側のミクさんは、僕(みきとPさん)の化身であったのかもしれない。
なぜミクさんと同じ姿かは、理屈では分からないが、感情的には多分、分かるのだろう。
このアルバムを入手し、ミクさんの切なくも美しい歌声を聴き、ジャケット画を眺め、神秘に目覚めるべきである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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