私が、生涯をかけて…と言うのも大袈裟かもしれないが、探求しているお話がある。
何度も紹介した、江戸時代の町人と武士のお話だ。
修行を積んだ立派な武士が、街中である町人に目を引き付けられた。
その立ち居振る舞いや目付きが、ただ者とは思えない。
武士は町人に「おまえは何者だ?」と尋ねた。
町人は「私はただの町人です」と答えるが、武士は「私は人を見る目は持っているつもりだ。お前がただの町人であるはずがない」と食い下がる(粘り強く追及する)が、町人は「そう言われても…」と本当に困っていて、嘘をついている様子はない。
そこで町人は、こんなことを言う。
「私が人と違っていることと言えば、毎日夕刻に墓場に行くことです。幼い時からの憶病を治したくて始め、いまだ続けています」
江戸時代の庶民の墓場だろうから、今の霊園みたいなところと全く違い、かなり不気味で、普通の人でも夕刻に行けるような場所ではないと思う。そこに臆病な人間が(おそらく1人で)行くとしたら、かなり厳しいものがあると思われる。
この話を知った新渡戸稲造(『武士道』の著者)は、自分も何か毎日修行しようと思い、何をするか考え、結局行水と決めた。
それで新渡戸は、どんな寒い日でも、毎朝、バケツの水を頭から被ることを欠かさず続けた。
ところが、ある寒い朝、新渡戸は風邪をひいて高熱があった。
それでも新渡戸は鉄の意思で決行したが、それを知った医者に怒られたと言う。
やり過ぎはよくないが、新渡戸の意志力はさすがであると思う。
昔、ブームを起こした霊能力者だが脱税でちょっとした騒動があったこともあり名を伏せるが、著書で、毎日「ちょっと辛い」と感じるくらいの厳しさの修行を欠かさず行うよう勧めていた。
それで、私も何かしようと思ったが、なかなか定着しなかった。
腕立て伏せは2年続いたが、やがて、行う時間が来る度に憂鬱になり、2年で肩を痛めてしまった。
回数を毎月10回ずつ増やし、2年で240回になっていたが、やり過ぎだったのだと思う。プロスポーツ選手のように、特に強い身体に恵まれていれば、もっとやれるのかもしれないが、普通の人には無理があったのだろう。
新約聖書の福音書を毎日読むというのも、期間限定では出来たが、やはり続かなかった。
TM(超越瞑想)は1年近くは熱心にやったが、これもやらなくなった。
エドガー・ケーシーは、毎日聖書を読むことを9歳の時から一生続けたというから、偉大な人物はやはり違う。
ある日本屈指のセールスマンは、「早口で申し訳ないが」とは言うが、毎朝、仏壇と神棚で、それぞれ般若心経と祝詞を唱えていたらしい。自分が仕事が出来るのは神仏のおかげという想いがあったようだ。
ある優秀な会社幹部は、どれほど飲んで帰ってきても、必ず30分読書するらしい。これは私も大したものだと思う。
私も最近、ようやく、朝晩5分のプランクを行うことが定着し、これは続きそうな気がしている。
元々は、昨年(2025年)の7月に1分のプランクから始めたが、2分、3分、4分、4分20秒と時間を伸ばし、当初の予定通り、5分で固定とした。
5分やれる人はスポーツ選手でも滅多にいないし、世界最強のアメリカ海兵隊の体力テストでも4分20秒で満点なので、あまりこれ以上伸ばす必要もないだろう。
ちなみに、私は10分やったことはあり、5分は「ちょっときつい」程度の感じである。
「私、私、私」と心で言うことは、やることを考えるとワクワクするのだが、やり過ぎると神になってしまうので、どこか控えめにやっている感じもある。しかし、もう少し増やそうとも思う。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)武士道(新渡戸稲造。岬龍一郎翻訳)
(2)修養(新渡戸稲造)
(3)ラマナ・マハルシの教え(山尾三省翻訳)

AIアート2887
「子供時代」
Kay
何度も紹介した、江戸時代の町人と武士のお話だ。
修行を積んだ立派な武士が、街中である町人に目を引き付けられた。
その立ち居振る舞いや目付きが、ただ者とは思えない。
武士は町人に「おまえは何者だ?」と尋ねた。
町人は「私はただの町人です」と答えるが、武士は「私は人を見る目は持っているつもりだ。お前がただの町人であるはずがない」と食い下がる(粘り強く追及する)が、町人は「そう言われても…」と本当に困っていて、嘘をついている様子はない。
そこで町人は、こんなことを言う。
「私が人と違っていることと言えば、毎日夕刻に墓場に行くことです。幼い時からの憶病を治したくて始め、いまだ続けています」
江戸時代の庶民の墓場だろうから、今の霊園みたいなところと全く違い、かなり不気味で、普通の人でも夕刻に行けるような場所ではないと思う。そこに臆病な人間が(おそらく1人で)行くとしたら、かなり厳しいものがあると思われる。
この話を知った新渡戸稲造(『武士道』の著者)は、自分も何か毎日修行しようと思い、何をするか考え、結局行水と決めた。
それで新渡戸は、どんな寒い日でも、毎朝、バケツの水を頭から被ることを欠かさず続けた。
ところが、ある寒い朝、新渡戸は風邪をひいて高熱があった。
それでも新渡戸は鉄の意思で決行したが、それを知った医者に怒られたと言う。
やり過ぎはよくないが、新渡戸の意志力はさすがであると思う。
昔、ブームを起こした霊能力者だが脱税でちょっとした騒動があったこともあり名を伏せるが、著書で、毎日「ちょっと辛い」と感じるくらいの厳しさの修行を欠かさず行うよう勧めていた。
それで、私も何かしようと思ったが、なかなか定着しなかった。
腕立て伏せは2年続いたが、やがて、行う時間が来る度に憂鬱になり、2年で肩を痛めてしまった。
回数を毎月10回ずつ増やし、2年で240回になっていたが、やり過ぎだったのだと思う。プロスポーツ選手のように、特に強い身体に恵まれていれば、もっとやれるのかもしれないが、普通の人には無理があったのだろう。
新約聖書の福音書を毎日読むというのも、期間限定では出来たが、やはり続かなかった。
TM(超越瞑想)は1年近くは熱心にやったが、これもやらなくなった。
エドガー・ケーシーは、毎日聖書を読むことを9歳の時から一生続けたというから、偉大な人物はやはり違う。
ある日本屈指のセールスマンは、「早口で申し訳ないが」とは言うが、毎朝、仏壇と神棚で、それぞれ般若心経と祝詞を唱えていたらしい。自分が仕事が出来るのは神仏のおかげという想いがあったようだ。
ある優秀な会社幹部は、どれほど飲んで帰ってきても、必ず30分読書するらしい。これは私も大したものだと思う。
私も最近、ようやく、朝晩5分のプランクを行うことが定着し、これは続きそうな気がしている。
元々は、昨年(2025年)の7月に1分のプランクから始めたが、2分、3分、4分、4分20秒と時間を伸ばし、当初の予定通り、5分で固定とした。
5分やれる人はスポーツ選手でも滅多にいないし、世界最強のアメリカ海兵隊の体力テストでも4分20秒で満点なので、あまりこれ以上伸ばす必要もないだろう。
ちなみに、私は10分やったことはあり、5分は「ちょっときつい」程度の感じである。
「私、私、私」と心で言うことは、やることを考えるとワクワクするのだが、やり過ぎると神になってしまうので、どこか控えめにやっている感じもある。しかし、もう少し増やそうとも思う。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)武士道(新渡戸稲造。岬龍一郎翻訳)
(2)修養(新渡戸稲造)
(3)ラマナ・マハルシの教え(山尾三省翻訳)

AIアート2887
「子供時代」
Kay



