今回は『老子』第50章である。
この章を一言で言えば「勝とうと思うな」である。
この章は、引き寄せの秘訣としても究極である。
美空ひばりさんが歌唱した楽曲『柔』は、こんな詩で始まる。
勝つと思うな 思えば負けよ
~『柔』(作詞:関沢新一、作曲:古賀政男。唄:美空ひばり)より~
ノストラダムス研究で著名であった作家の五島勉氏は、この詩を書いた関沢新一氏は、実際に武道の達人に聞いた武道の極意を述べたのだと、著書『ノストラダムスの超法則 死活の書』に書いていたと思う。
ただ、この「勝つと思うな」は、普通には、「勝とうと思うな」という言い方が自然と思う。
そして、これこそが、武道だけでなく、あらゆることにおける勝利の秘訣であると思う。
岩波文庫版の『老子』には、こう書かかれている。
聞くところによると、うまく生命を守る者は、丘陵を通っても犀や虎を避けないし、戦においても甲冑や武器を身につけない。犀は角で突けないし、虎は爪で引っ掻けないし、武器は刃を加えられない、と。いったいそれはなぜか。そもそも死ぬいわれがないからである。
この文章を覚えておけば無敵である。
この者は、全く自分を守ろうとしないから、傷付くはずがないのである。
つまり、勝とうと思わなければ、負けないのである。
しかし、世の人々は、こんな重要な真理を知らない。
何度か話したが、政木和三さんは私にこう言ったのである。
「私はお金なんていらないと思っています。でも、入ってくるものは仕方がないので、毎年、1憶円も納税することになってしまうのです」
「私は女なんて、ちっとも欲しくないんです。でも、私に身をまかせる女が百人いると思っているから、そうなってしまうんです」
全く同じであろう?
「勝とうと思わない」
「得ようと思わない」
これこそが、勝利の秘訣、引き寄せの秘訣である。
『ノストラダムスの超法則 死活の書』は、引き寄せのスーパーバイブルである。
この章を一言で言えば「勝とうと思うな」である。
この章は、引き寄せの秘訣としても究極である。
美空ひばりさんが歌唱した楽曲『柔』は、こんな詩で始まる。
勝つと思うな 思えば負けよ
~『柔』(作詞:関沢新一、作曲:古賀政男。唄:美空ひばり)より~
ノストラダムス研究で著名であった作家の五島勉氏は、この詩を書いた関沢新一氏は、実際に武道の達人に聞いた武道の極意を述べたのだと、著書『ノストラダムスの超法則 死活の書』に書いていたと思う。
ただ、この「勝つと思うな」は、普通には、「勝とうと思うな」という言い方が自然と思う。
そして、これこそが、武道だけでなく、あらゆることにおける勝利の秘訣であると思う。
岩波文庫版の『老子』には、こう書かかれている。
聞くところによると、うまく生命を守る者は、丘陵を通っても犀や虎を避けないし、戦においても甲冑や武器を身につけない。犀は角で突けないし、虎は爪で引っ掻けないし、武器は刃を加えられない、と。いったいそれはなぜか。そもそも死ぬいわれがないからである。
この文章を覚えておけば無敵である。
この者は、全く自分を守ろうとしないから、傷付くはずがないのである。
つまり、勝とうと思わなければ、負けないのである。
しかし、世の人々は、こんな重要な真理を知らない。
何度か話したが、政木和三さんは私にこう言ったのである。
「私はお金なんていらないと思っています。でも、入ってくるものは仕方がないので、毎年、1憶円も納税することになってしまうのです」
「私は女なんて、ちっとも欲しくないんです。でも、私に身をまかせる女が百人いると思っているから、そうなってしまうんです」
全く同じであろう?
「勝とうと思わない」
「得ようと思わない」
これこそが、勝利の秘訣、引き寄せの秘訣である。
『ノストラダムスの超法則 死活の書』は、引き寄せのスーパーバイブルである。