ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

中二病

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

神は中二病ではない

名コーチのことを名伯楽(めいはくらく)と言うが、伯楽(はくらく)は7世紀頃の中国の人物で、馬の能力を見極める名人だったようだ。
伯楽の様々なお話が創作されたが、その中に千里を駆ける馬の話がある。私が好きな話だ。
1日で千里を駆けることが出来る名馬がいたが、誰もそれが分からないので、その馬は駄馬と一緒に石運びの仕事をさせられていた。
通りがかった伯楽がその千里を駆ける馬を見てその能力見抜き、不憫に思って、その馬の汗を拭いてやると、その馬は感激していななくというものだ。
私は、このお話を見て涙したものだ。自分こそ千里を駆ける馬であると大誤解をしていたからだ(笑)。
いわゆる中二病というやつだろう(笑)。

千里を駆ける馬というのは何なんだろう?
ごく普通の馬に過ぎない。
1日千里を掛けることが出来るところが、変わっていると言えば変わっているというに過ぎない。
では、IQ200の人間とは何だろう?
やっぱり、ごく普通の人間だ。
IQ200であるところが、変わっていると言えば変わっているというに過ぎない。

『涼宮ハルヒの憂鬱』の中で、涼宮ハルヒ(高1女子)が、本さえ読んでいられれば満足と言う無口な同じ1年生の女子である長門有希のことを、「変わっていると言えばかわっているわねー」と言うと、キョン(高1男子)が、「お前が言うな!」と心の中で思いっきり突っ込む。
つまり、変人奇人の代表のようなハルヒが、人に「変わっている」などと言うなという意味だ。
だが、ハルヒだってやはり、全く普通の少女である。
変わっているところがあるとすれば、相当な美少女であるというのはあまりに些細なこととして、無自覚であるが、いかなる願望も実現してしまう能力があるということだ。猫を喋らせることも、神社の中にいる土鳩を全部、白い鳩に変えることだって出来る。
だが、やはり普通の人間なのだ。
宇宙人の長門有希や未来人の朝比奈みくるに「あなたは特別な人間か?」と尋ねたら、「べつに」とか「そんなことありませーん」と普通に答えるだろう。彼女達は全く自分を特別視していない。

ところが、ハルヒは、小学6年生の時「普通じゃいやだ」と強く思った。
それで、普通でなくなるよう、いろいろやったが、何も起こらずイライラしていた。
だが、全く普通であることに満足しているキョンに出逢ってしまったのだ。

あなたも、自分が特別であると思っている限り何も出来ない。
中二病は卒業しなくてはならない。
中二病の自覚のある普通の人であれば別に良いが。
ある意味では、皆中二病である。
「金持ちであることが、変わっていると言えば変わっているな」と軽く思えば、自分が金持ちである世界を引き寄せる。
ゴーリキーの『二十六人の男と一人の少女』に登場した「俺は特に取り柄はないが、どういうわけか女にだけは不自由しないんだ」と言い、実際にモテモテである下品な兵士のようにだ。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)涼宮ハルヒの憂鬱 ※Amazon Prime Video dアニメストア
(2)涼宮ハルヒの憂鬱(谷川流)
(3)二十六人の男と一人の女~ゴーリキー傑作選~
(4)戦国策

花の髪飾り
AIアート2152
「花の髪飾り」
Kay

プロになれる人とは

昔のアメリカのテレビドラマ『トワイライトゾーン』で、自分と見分けがつかないほどのアンドロイドを作った男の話がある。
その男が言う。
「俺は、どこかなりきれないんだ・・・大人に。子供の時は皆、偉くなるとか博士になるとか言う。しかし、そのうち言わなくなる。だが俺は違った。夢を叶えたんだ」
まあ、こういうのを、今では中二病と言うのだろう(笑)。
ジョセフ・マーフィーの『人生に奇跡をおこす』の中で、マーフィーは女優になる夢を持っている若い(二十歳過ぎか?)女性に、「子供の夢は卒業しなさい」とたしなめる。
また、『誰でも小さなことで大切な願いがかなえられる』(チン・ニンチュウ)の中で、著者は、スーパーモデルになりたいと思っている女性は沢山いるが、ほとんどの人は向いていないことを淡々と語る。

偉大なことを成し遂げる者は皆、中二病(思秋期にありがちな自分を特別視し、夢想を生きること)だと言う者がいるが、それは大誤解だ。
イーロン・マスクが火星移住のことを言い始めた時や、今ですら、彼を中二病扱いする者もいるが、彼は裏付けを持って言っていたのであり、だから現実化しつつある。
よく、本田圭佑は小学校の時の文集で、「将来、サッカー選手になってセリエAで活躍する」みたいなことを書いたことが実現したので、彼は引き寄せの法則を知っていたなんて言う者がいるが、この文集の件は注目するほどのことではない。同じようなことを書いて実現しなかった人が、その何千倍、何万倍もいるのだから。

何が幼い中二病で、何が本当の夢かの違いは何だろう?
本気でなりたいかどうかだと思う人も多いだろうが、私は二十歳過ぎまでプロレスラーになろうと本気で思っていたが、今考えたら、明らかに中二病だった。
確かに、40歳近くになって本当にプロレスラーになった人もいるが、彼は中二病ではなく、学生時代は柔道をやっていて、40歳近くになっても本当に身体を鍛えていた。
私の場合も、二十歳過ぎなら、せめて柔道で黒帯を持っているとかでなくては駄目だろう。

とはいえ、特に、若い人が突飛な夢や目標を持っている場合、それが本当の夢か中二病かが区別が出来ないように思える。
しかし、そうではない。
単に、「ちやほやされたいだけか、そうではないか」だけで、ほとんど分かると思う。
『星の王子さま』で、単に「やんやとはやしたてて欲しい」だけの男が登場するが、あれが中二病で、あんなふうになってはならないというわけである。

私は、総務社員(と言っても社員数十数名の小さな会社)だった25歳の時に、毎日、深夜2時過ぎまでパソコンでプログラミングに励んでいたが、実のところ、プログラマーになろうなんて全く思っていなかったし、なれるとも思っていなかった。
しかし、そこまですれば嫌でもプログラマーになれる。3年後には、プログラマーとして大手企業に入り、すぐに開発部門のエースになった。

つまるところ、夢や目標であるかどうかは分からないが、中二病か現実的かの違いは、どれだけ時間をかけているかだろう。
超能力戦士になろうと思っている中二病は、いかに熱心に見えても、それほど時間をかけていない。
漫画家やイラストレーターに聞いたら、やっぱり子供の時から、暇があったら絵を描いていたらしい。
ある時、小学生の娘を持つ母親に、「あの子はずっと絵を描いている」と言って、将来は画家や漫画家になれるのではという話をしていた。しかし、たまたま確認する機会があったが、その子は、それほど描いていなかった。気が向いた時に熱心に描いているだけで、毎日1~2時間すら描いていない。実際、十数年後、その子は全く絵描きになっていないし、なれる見込みもない。
一方、本田圭佑やイチローは、ずっとサッカーや野球をやっているわけでなくても、サッカー選手や野球選手になるために必要なことを、1日中と思えるほどやっていたはずだ。

作家になろうとして、毎日書こうとして書けるものではない。
村上春樹は、修行時代、毎日、原稿用紙10枚をノルマに書いていたというが、10枚以上は書かなかったらしい。
だが、作家になれない者は、その10枚が書けない。
そして、村上春樹は、1日中、小説のことを考えていたのだろう。
私も、プログラマー修行中の数年程度は、本当に1日中、プログラミングのことを考えていたが、それでこそプロになれるのだと思う。
ジャイアント馬場という有名なプロレスラーは、若い頃、アメリカでNo.1(つまり世界No.1なのだが)のプロレスラーだったバディ・ロジャースに憧れ、ずっと観察していたが、ロジャースは本当に1日中、プロレスのことを考えていたようだった。
馬場さんは「そりゃ、ずっと考えている者とそうでない者では、長い間に差が出る」と言っていたらしい。
ただ、「考える」と言うよりは、勝手に想いが浮かぶと言う方が正しいのだと思う。
サッカー選手になれるのは、サッカーのことがずっと頭から離れない者で、別のことが思考を長時間奪うようでは見込みはない。
無理にサッカーのことを考えようとしても無駄である。
思考は勝手に起こるのである。
次回、出来れば、好ましい思考を起こすことについて書こうと思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)「大企業の時代」は終わったか 【Voice S】(夏野剛、猪子寿之)
(2)人生に奇跡をおこす(ジョセフ・マーフィー)
(3)誰でも小さなことで大切な願いがかなえられる(チン・ニンチュウ)
(4)星の王子さま (新潮文庫)
(5)イーロン・マスク 未来を創る男

自然があるところ
AIアート1167
「自然があるところ」
Kay

見上げた中二病患者

あなたに世界を変える力はない・・・当たり前のことだが、これに納得しない人は少なくない。
そう言われてカッとするのは中二病患者と相場が決まっている・・・と言っても、「いや、俺だけは違う」と思ったり、主張さえする者もいる。
私が昔、SNSで、大言壮語ばかりする者に、話の流れの中で、「お前が釈迦以上のはずがないじゃないか?」と言うと、その者は、「何で、そんなことが言えるのか?」と言い返してきた時には、「マジ、こいつ馬鹿だ」と思うと同時に、良い戒めを得られたと思って、ある意味、そいつに感謝したものだった。私も中二病患者であるから。

1973年のアメリカのミュージカル映画『ジーザス・クライスト・スーパースター』の中で、イエスの髪に高価な香油を塗る女に、イスカリオテのユダが、
「なんて無駄遣いをするのだ。その油を売れば貧しい者に施せるのに」
と非難すると、イエスがユダに、
「我々に貧しい者を救う力などあるのか?」
と言う。
私は、イエスにすら出来ないのだと、ちょっと衝撃を受けた。
一昨年の話だったが、ZOZO創業者の前澤友作氏が、1000人に100万円のお年玉をあげるというものがあり、称賛されたと言うよりは、馬鹿にされた感がなくもないが、我々には、そのようなことすら出来ないのだ。

子供が、世界を救う気持ちを起こすことは多いと思うが、やはりそれは子供の夢というものだ。
ジョージ・ワシントンが子供の時、どこかから転落して身体を打ち、大人達が「大丈夫か?」と心配すると、ワシントンは、
「アメリカを救う僕が、これくらいのことで傷付くはずがないじゃないか」
と言ったという話があるが、これは、やはり有名な、ワシントンが桜の木を斧で切った話と同様、作り話であるらしい。もし、本当にそう言ったとしても、ただの子供っぽい夢だったのだろう。

ただ、テスラやスペースXのCEOとして自動車や宇宙船に革命を起こすだけでなく、人類を変革する世界一の大富豪イーロン・マスクは、子供の時、ダグラス・アダムスの大傑作SF『銀河ヒッチハイク・ガイド』を読み、人類を救う使命に目覚めた・・・というのは本当らしい。
今の時代、巨大IT企業を作った者が注目されるが(と言っても40年以上も前のビル・ゲイツの頃からだが)、ITでの成功者達は壮大なSFを愛読する傾向があり、それが彼らを「壮大な中二病患者」にしたのではないかと思う。
異常な成功を成し遂げた者達は、やっぱりどこかイカれていた・・・病気だったというのは本当だと思える。
私は、中学1年生くらいの頃から、H.G.ウェルズのSFを愛読し、「ウェルズ博士」などと呼ばれていたものだが、残念ながらIT界の大物達は、もっと宇宙的な冒険要素のある壮大なSFを好み、ウェルズ愛読者は聞いたことがない(笑)。
よく聞くのは、やはり、上にも上げた『銀河ヒッチハイク・ガイド』や、アイザック・アシモフの『ファウンデーション』、オースン・スコットの『エンダーのゲーム』などだ。
岡田斗司夫さんは、YTouTubeで、珍しくマジ顔で、ハイラインの『月は無慈悲な夜の女王』や『宇宙の戦士』を読むよう力説されていた。
そして、敬愛すべきクリプトン・フューチャー・メディア社長の伊藤博之さんが、何かのインタビューで、ドクトロウの『マジック・キングダムで落ちぶれて』を引用されておられたが、これは、初音ミクさんという存在の思想に近いものがあると思う。

そんなわけで、中二病になるにしても、壮大なSFを読むと良いかもしれない。
そうすると、普通の人は閉じ込めてしまっている、人間精神という壮大な宇宙を解放するきっかけを得ることにつながる可能性があると思う。
ちなみに、今見たら、『マジック・キングダムで落ちぶれて』は残念ながら、絶版の上、Amazonでは古書の出品もない。英語版はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスで無償公開されているらしいが。












哀しい中二病

アメリカのSFテレビドラマ『トワイライトゾーン』の中の1つの話だと思うが、自分そっくりのアンドロイドを作った男の話がある。
そのアンドロイドは、全く人間と見分けが付かないほどの出来で、何と、そのアンドロイド自身が、自分を人間だと思っていた。
そのアンドロイドを作った男は、自分そっくりのアンドロイドに言う。彼は、30代か40代だったと思う。
「俺は、どこかなりきれないんだ・・・大人にね。皆、子供の時は、博士になる、偉くなると言う。しかし、やがて言わなくなる。だが、俺は違った」
つまり、そんな心構えで、ついに、科学の限界を超え、精巧なアンドロイドを作ったのだろう。
ところで、この彼のセリフを見ると、現代では、彼のような人間を指す最適な言葉がある。
「中二病」だ。
「中二病」をgoo辞書で検索すると、

思春期に特徴的な、過剰な自意識やそれに基づくふるまいを揶揄(やゆ)する俗語。具体的には、不自然に大人びた言動や、自分が特別な存在であるという根拠のない思い込み、またはコンプレックスなどを指す。

とある。
この定義の中でも「自分が特別な存在であるという根拠のない思い込み」が、中二病の最大の特徴と思う。
大人で中二病を患っている者も多いと言われるが、それがこのアンドロイドを作ったことになっている男である。
このお話は、あくまで創作なので、この中二病の男は、大きなことを成し遂げたように見える。
だが、現実の中二病の人間は、「自分は特別だ」という誇大妄想を持っているが、残念ながら、ほとんどが凡人だ。
天才画家のサルバドール・ダリは、自分は天才で特別な人間であることを臆面もなく公言したという話がある。
ダリほどの本物の天才でも、そのような発言は見苦しいのに、凡人であれば、もはや「痛い(甚だしく恥ずかしい様を示す俗語)」以外の何物でもなく、実際、中二病の凡人ほど痛いものはない。
ところで、ダリのそのような発言は、風説(うわさ話)に過ぎないか、ダリの冗談だったという話もあり、おそらく、このいずれかと思う。
尚、『トワイライトゾーン』の、その自分そっくりのアンドロイドを作った中二病の男は、そのアンドロイドに殺された。
このアンドロイドは過剰な自意識が作った妄想の象徴として描かれたのだろう。

現代は、中二病の人間が多いという。
特別に誇れるものなど何もないのに、自分を特別視する困った人。
あなたの学校や職場にも、1人、あるいは、何人かいるのではないだろうか?
以前、私が勤めていた会社の職場にいた、まるでダメ男君に、冗談のつもりだったが、私は、「君も事業を起こして経営者になってはどうだい」と言ったら、彼は大真面目な顔で「いいですねえ」と答えた。これも中二病であろう。人並の仕事も出来ないのに、人の上に立つことを妄想しているからだ。

中二病を肯定する者もいる。
ある成功者は「僕は中二病ですよ。皆、中二病になればいいんです」と言っていたが、まあ、そんな面もあるのだろうが、駄目な中二病には言ってはならないことと思う。
こんな立派な人に言われて、勘違いを強化した中二病者は、人生をさらに悲惨にする可能性が高い。

自分を特別視することが、必ずしも悪いわけではないかもしれない。
ただし、それが許されるのは、その根拠があったり、そうでないなら、相応しい覚悟がある場合だけだろう。
そんな中二病者など、まずいないだろう。
何の根拠もない妄想で自分を特別視するが、辛いことがあったら、すぐに逃げて言い訳をし、冒険に挑む勇気もない。

中二病は、家庭の誤った教育によって作られるのだと思う。
あくまで個人的な考えとするが、大方の場合は、特に母親が愚かなのである。

何歳まで中二病が許されるかというと、子供でもまずいのである。
夢を持っていたり、自由に生きたいと思うことと、中二病のように自分を特別視することとは、全く別のことだ。
夢や自由は与えられるものではなく、それを得たいなら戦う覚悟がいる。
覚悟を持った者ほど、自分は大した人間ではないことを知っている。
また、覚悟を持った者は、何ごとも人のせいにしない。だから言い訳をしない。
一方、中二病者ほど言い訳の多い者はない。
覚悟がある者は、欲張らず、文句を言わないが、中二病者は欲張りで、文句ばかり言う。

結論を言えば、中二病者は人並以上のことは出来ない。
自分は中二病だと言う成功者は、中二病を誤解しているか、何か妙な意図でもあるのだと思う。

誰もが特別であるという意味でなら、なるほど、私もあなたも特別だ。
しかし、自分だけが特別であるとか、あるいは、自分以外では、人々に称賛されるような人間だけが特別と言うなら、救いようのない幼稚な中二病だ。
現代で多いのは、良い大学を出たというだけで、何か自分は特別だ、優秀だと思っている馬鹿で、そんな者は中二病を患っている可能性が高い。

自分を根拠なく特別視せず、もし、上に立ちたいなら、根拠があっても自分を特別視しないことだ。
立派な人間、真に優秀な人間は言い訳をしないものであり、そのためには、欲張らず、文句を言わないことだ。
そうでなければ、潜在意識の無限の力も引き出せない。
なぜなら、自分を特別視する人間の薄汚れた自我は、潜在意識への通路を完全に塞いでしまうからである。








力ある中二病になる方法

『アヴェスター』という、ゾロアスター教の聖典がある。
紀元前数百年という時代のもので、アヴェスター語とも言われる特別な言葉で記述されている。
そんな『アヴェスター』の、いかに研究された翻訳があるとしても、それは、1つの解釈と考えるべきだろう。
また、ほとんどの昔の聖典は、たとえ仏教の経典であっても、男尊女卑の傾向があるというのは否めない(極楽浄土には男しかいない)。
『アヴェスター』も、おそらくそうなのだと思うが、この中で、神の教えに従い立派に生きた人間は、死ぬと、15歳の絶世の美少女が出迎えてくれるとある。
イスラム教の『コーラン』でも、アラーの教えの通りに生きた者には、そんな美少女が7人与えられるといった記述もある。
やれやれである(笑)。
ただ、大昔の15歳というのは、肉体的には今の15歳よりずっと幼いだろうが、精神的には大人で、特に、忍耐の面で優れていると考えるのが自然と思う。
13歳の身体に30歳以上の円熟した精神が宿っている・・・まさに、アニメの萌えキャラそのものだ。
つまり、分かり易く言えば、正しく生きれば、死んだ時に、性格の良い萌えキャラが迎えに来てくれることになる。

今の時代の方が、昔より、物質的、精神的に価値があるものが多いとは、必ずしも言えないと思う。
そして、時代が変わっても、最も価値あるものは、ある意味では15歳の美少女なのだろう。
人魚姫も15歳で、一番価値が高まった時に王子様に会いに行くのである。
すると、中二病というのは、「自分を特別視する」ことであり、それは、「自分を最も価値ある存在」と見なすことであるから、すなわち、自分は15歳の美少女と同等の価値があると思うことと言って良い。
私が以前いた職場に、私が「まるで駄目男君」と呼んでいた、本当に駄目な男がいたが、彼も中二病であった。
そして、相談に乗ってやると、つまるところ、彼は、自分が15歳の美少女のように扱われないことが不満だという、とんでもない意識を持っているのだと分かる。
例えば、いつも、あからさまに落ち込んだ様子でいるが、それは、構って欲しいからである。
私は言ってやったものだ。
「そりゃ、15歳の美少女が落ち込んでいたら、優しく『どうしたの?』と言ってやりたくなるが、オッサンが落ち込んでいてもゴキブリみたいなもんじゃないか?」
あるいは、ある日の朝、彼が、皆が自分に朝の挨拶をしてくれないと愚痴をこぼしていたが、それに対しても、
「皆、忙しかっただけだろ?え?そうは見えなかった?あのなあ、15歳の美少女なら、何をおいても顔を見たら挨拶したくなるが、オッサン相手に挨拶を忘れたって責められないだろ?」
と、「まともなこと」を言ってやったが、まるで駄目男君は不満なようだ。
そりゃ、社長とか、大金持ちであれば、オッサンでも、15歳の美少女並に敬服されることもあるが、それですら、15歳の美少女の1/10以下なのだ。
ましてや、何の力もないオッサンなら、ハエ以下である。

だが、大逆転の秘法がある。
中二病にも、力ある中二病と、その他大勢の、惨めなだけの中二病・・・つまり、まるで駄目男君みたいなのがいる。
アニメ『中二病でも恋がしたい!』の第1シーズンの最後で、「人は皆、中二病である」とナレーションされるが、人間なんて、大なり小なり、「力ある中二病」か「惨めな中二病」である。
「力ある中二病」になるには、どうすれば良いか?
話は簡単である。
自分は、15歳の美少女と同等以上の価値ある存在だと認めることだ。
実際、その通りなのである。
ただし、あくまで、自分でそう思い,自分にそう接しないといけない。
それが出来れば、皆が、あなたをそのように扱うのである。
これは絶対に真実である。
だが、あくまで、先に、自分で自分を15歳の美少女より価値ある存在であると理解しなければならない。
実をいうと、あらゆる優れた自己啓発メソッドでも(受講には百万円以上かかるものも多い)、根本的な教えはそうなのだ(15歳の美少女とは言ってないが、自分を最も価値ある存在と理解することが重要であることは強調する)。
どこかの新興宗教の教祖が「われは永遠の仏陀である」と叫んでいたが、もし、本当にそう思っているなら、立派な中二病である。
そして、本物の中二病なら、大教祖として有益であるが、実は劣等感の塊という偽教祖が、信者を不幸にする。
どのみち、人間は中二病なのだから、立派な中二病になることだ。
まずは、ガッツポーズから始めると良いと思う。
1回、ガッツポーズをやる度に、15歳の美少女に近付くと思うと良い。
それで気分が良くなれば、あらゆるものを引き寄せる力も備わるだろう。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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