ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

並列宇宙

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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親友や恋人の正体

この世界の謎や、引き寄せを説明するには、パラレルワールド(並列宇宙。並行宇宙)を基にすると分かり易いし、逆に、そうでないと、分からないことが多い。
あなたは、同時に無数に存在する宇宙の中で、特に、この宇宙にフォーカス(焦点を当てること)している。
あなたがサッカーのスーパースターや、大会社の社長である宇宙ではなく、しがないサラリーマンであるこの宇宙を。
では、他の人はどうだろう?
ヒンズー教や、その影響を受けた仏教では、他人は存在しないとも言うが、その通りだ。
しかし、その言葉の正しい意味は、他の人は、少なくとも、あなたほどには、この宇宙にフォーカスしておらず、夢の中を生きているようなもの、あるいは、操り人形のようなものと言えるだろう。

アニメ『美少女戦士セーラームーン』の主題歌『ムーンライト伝説』で、
「同じ地球(くに)に生まれたの ミラクルロマンス」
という歌詞があるが、同じ地球と言うよりは宇宙だが、ここに生まれたのは、全人類のことを言っているのではない。
この宇宙にフォーカスしている者同士のことである。
セーラー戦士というのは、全員、この宇宙にフォーカスしているのだろう。

この宇宙に強くフォーカスしている者同士が、親友や恋人になるのである。
だが、夫婦となると、そうでない場合も多いので、夫婦だからこそ他人感が半端ない。
ただし、この宇宙にフォーカスしている者同士の夫婦なら、生き生きとした関係を続ける。
とはいえ、夫婦の片方が、途中で別の宇宙にフォーカスしてしまうこともある。
そうなると、やはり、「情熱が消えた」感が半端ない(笑)。

では、敵というものは、この宇宙にフォーカスしているかというと、そうである場合も、ない場合もある。
この宇宙にフォーカスしていない敵なら、滅ぼしても後ろめたさを感じない。
しかし、この宇宙にフォーカスしている敵に対しては、奇妙な友情を感じるものだ。
だが、戦いが避けられないと、戦い続けることが、苦しかったり、逆に、楽しかったりする。
格好の例が、ルパン三世と銭形警部だろう。
だから、『美少女戦士セーラームーン』の原作では、「敵はきょうだいのようなもの」と言ったのだ。

あなたがワープ的な変化をする場合、この宇宙にフォーカスを合わせている相手(親友や恋人の場合も多い)とは、ある意味「別れる」ことになる。
それが寂しい場合、なかなか変われない。
もちろん、一歩ずつ地道な変化をする場合は、この宇宙にフォーカスを合わせているソウルメイト同士は、ずっと一緒にやっていける可能性がある。

『カードキャプターさくら』の、『クロウカード編』で、桜がユエに負けた時に起こってしまう「この世の災い」というものがある。
桜が「地球がどっかーんってしちゃうの?」と聞くと、ケルベロスは、「ちゃうちゃう、そんなことあらへん」と言うが、その後、ケルベロスは暗い顔で、「人によっては、地球がどっかーんするより辛いことやけどな」と言う。
それは、「一番好き」が消える世界だ。
桜は、一度、その世界に行く。
そこでは、桜のことが好きでたまらないはずの知世が、桜を、ただの友達として扱っていた。
説明するなら、桜が元居た宇宙では、知世は桜同様、この宇宙にフォーカスしていたが、桜が一度移動した「一番好きが消えた」世界は、知世がフォーカスしていない宇宙だ。
桜が移動したままだと、桜が元居た宇宙では、知世は、桜が変わったことを感じ、やがて桜と別れるだろう。
まあ、知世の方で、桜がフォーカスしている宇宙に追っかけてくるような気もするが(笑)。
※上記の解釈は、作者のCLAMPの意図とは異なるかもしれない。

親友や恋人は、この宇宙にフォーカスしている者同士だが、いつか、相手の魂が抜けてしまう(相手が別の並列宇宙にフォーカスする)こともある。
そんな場合には、未練がましくしてないで、さっさと別れると良い。








パラレルワールドの遊び方

パラレルワールド(並行宇宙。並列宇宙)の考え方に馴染むほど、引き寄せは上手くなる。
いや、引き取せる必要すらない。

『ノワール』という、2001年のアニメがある。
その中で、殺しのスペシャリストである少女、クロエが、恨みと怒りを込めて、こう叫ぶ。
「私だった!私のはずだった!」
どういうことかというと、夕叢霧香(ゆうむらきりか)のパートナーになるのは自分のはずなのに、その位置には、ミレイユ・ブーケが収まろうとしていた。
クロエは、幼い時から霧香に憧れ、ずっと霧香のパートナーになりたかった。
そのために、あらゆる試練を乗り越えてきたのに、その夢を壊され、そう叫んだのだ。

クロエに並行宇宙に関する理解があればと思う。
自分が霧香のパートナーになる世界もあれば、ミレイユが霧香のパートナーになる世界もある・・・それだけのことだ。
いや、想像さえ出来るなら、自分とミレイユがパートナーになる世界だってあるのだ。
そして、好むか好まないかに関わらず、クロエは、霧香とミレイユがパートナーになった世界にフォーカスした・・・つまり、それが自然なことに感じてしまっていたのだ。
それが嫌なら、自分と霧香がパートナーになった世界を想像して、その世界を作り、その世界にフォーカスして自然に感じれば良いだけだ。
すると、
「あれ・・・霧香とミレイユがパートナーになっていたみたいだけど・・・気のせいかしら」
と思いつつ、霧香は自分のパートナーなんだから、変なことを考えたものだと思って、思わず笑ってしまうのだ。

では、あなたの憧れのあの子(その人)が、ライバルにかっさらわれたとする。
それも1つの世界だ。
では、自分が彼女とねんごろになったことを想像して、そんな楽しい世界を生み出すことだ。
ただ、この時点では、その「素敵な世界」は、フォーカスが合っておらず、非現実感が強く、まだ、夢や白昼夢のようなものだろう。
フォーカスを合わせるには、イメージを鮮明化すれば良いのだが、大抵の人は、そこでまずいやり方をする。
つまり、彼女(彼氏)とデートしたり、いちゃいちゃしたり、エッチなことをするところばかり想像する。
それは非日常なので、自然でなく、フォーカスが合わない。
そうではなく、もっと、さりげない場面を想像するのだ。
「フォーカスが合う=自然であること」だ。
楽しさは感じても普通に会話しているところ、近くにいる彼女の髪が不意に風になびくところ、2人でごく普通に買い物をし、店員にお金を払うところ。
そういった、「さりげない」ことを、静かに想像するのだ。
さりげなさが自然さなのである。
「さりげなく」が超重要なキーワードである。

希望の大学の入学試験に合格する世界は、ちょっと想像したら、すぐに生まれる。
しかし、ほとんどの人は、古い引き寄せの本にあるように、合格発表を見て歓喜したり、親や友達が祝福してくれるといった、「さりげなさ」とは程遠い、非日常の想像をするのだ。
そうではなく、嬉しくはあるが、普通に大学に通学し、当たり前に講義を受ける場面を「さりげなく」想像するのだ。

重要なので繰り返すと、好みのパラレルワールドにフォーカスする鍵は「さりげなく」である。
ところで私は、子供の時に、大怪我で入院したような想いがあるのだが、そんな事実はないようだ。
つまり、別の並列宇宙で、子供の時に事故に遭ったのだが、そんなものがない今の宇宙にフォーカスを合わせており、入院した方の世界にはフォーカスが合ってないので、夢幻にしか感じないのである。
あるいは、昔のことだが、ある女の子に、「君、ずっと前に付き合っていたよね」と言い、「何、この人。キモいんですけど」って目で見られた(笑)。
まあ、そんな世界に居たこと(フォーカスしていたこと)もあるのだろう。








神のサイコロ

アインシュタイン(1879~1955)の「神はサイコロをふらない」という、よく知られた言葉がある。
全知全能たる神がサイコロをふる理由は確かになさそうだ。

しかし、神にしたって、人間に思考や行動の自由を与えていると思われるので、人間が神のサイコロなのかもしれない。
つまり、ある人間が、「正しい選択をするか、誘惑に負けて罪を犯すか」は、その人間の自由意志であり、神は、その人間がどんな選択をするか、ただ見守るのである。
ところが、「そんなこと、神様はお見通しだろう」と言う者もいるだろう。

だが、そんな議論をする者や、そして、アインシュタインにも、致命的な間違いがある。
致命的とは言っても、気付かないのも仕方がないと言うべきかもしれないが。
そのことに気付いていたのは、アインシュタインより14年ほど早く生まれ、アインシュタインより16年ほど早く死んでいる、アイルランドの詩人・劇作家、ウィリアム・バトラー・イェイツ(1865~1939)だ。
ちなみに、アインシュタインは1921年にノーベル物理学賞を、イェイツは1923年にノーベル文学賞を受賞している。

イェイツは戯曲『カルヴァリー』の中の注釈の中で、アラブ人の言葉として、こんなことを書いているらしい。
※『イェイツ』(渡辺久義著。あぽろん社刊)より

私が骰子(さいころ)筒から骰子を投げるなら、それぞれの骰子には6つの目しかありません。しかし、神が投げる時には、神はあらゆる数とあらゆる目を持った骰子を使うのです。

つまり、アインシュタインも、サイコロには6つの目があることを前提としている。
しかし、神が使うサイコロには無限の目があるのだ。
そして、イェイツも知らなかっただろうが、神のサイコロは、全ての目が同時に出るのである。

分かり易く話そう。
あなたが男で、ある可愛い女の子に告白したところ、その女の子は、
「サイコロをふって、3が出たら付き合ってあげる」
と言う。
それであなたはサイコロをふったところ、1から6の目が全部出るということだ。
これは、サイコロをふった瞬間に、6つの世界が生まれたということだ。
つまり、パラレルワールド(並行宇宙、並列宇宙)が6つ生まれるということだ。
そして、現実の問題は、1から6で決められるようなものばかりではないので、神のサイコロの目は無限であるのである。
だが、この告白の話で言えば、あなたは、3の目が出た並列宇宙を選べば良いだけである。
もし、彼女が、「3911039の目が出たら・・・」と言うなら、その目が出た宇宙を選べば良い。

どうやれば選べるかって?
それはこうだ。
彼女が「3が出たら私はあなたのもの」と言うなら、「3が出た宇宙がある」と思えば良いのである、実際、あるから。
想像出来る限り、いかなる状態の宇宙も存在するのだからだ。
その宇宙があると分かったら、その宇宙を、当たり前に感じるのだ。実際、当たり前にある。
何の興奮もなく、心静かに、それが当たり前の世界だと感じるのだ。実際、当たり前の世界なのだ。
あなたが毎日使っているコップや茶わんが、当たり前に存在するように、その宇宙は当たり前に存在する。

パラレルワールドを扱った小説でも読んで、感覚を身に付けると良い。
『果てしなき多元宇宙』(角川文庫『時をかける少女』に収録)
『少年たちは花火を横から見たかった』 (角川文庫)
『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(角川つばさ文庫)
等々。








願いが叶った宇宙にフォーカスするには

パラレルワールド(並列宇宙、並行宇宙)とは、文字通り、この宇宙と並列(2つ以上のものが存在して並ぶこと)して存在する宇宙で、我々が一般に知る移動手段で行くことは出来ないし、観測することも出来ない。
それは遠くにあるとかいうのではなく、我々が住む宇宙と、ぴったりと重なって存在しているのかもしれない。
以下は、あくまで、並列宇宙に関する1つの説である。
並列宇宙は無限に存在することが出来、さらに、新しい並列宇宙が瞬間的に生まれる。
そして、並列宇宙は、この宇宙とよく似ている。
どのくらい似ていて、どのくらい違うかは、並列宇宙ごとに様々のようだ。
例えば、自分視点で言うなら、この宇宙では、青い色の服を着ているが、1つの並列宇宙では、赤い服を着ているというだけという違いかもしれない。
ところが、さらに別の並列宇宙では、この宇宙の自分と全く異なった存在かもしれない。
例えば、この宇宙では平凡な高校生でも、ある並列宇宙では、大スターかもしれない。
あるいは、この宇宙では平凡なサラリーマンである自分が、ある並列宇宙では、大会社を経営する社長であったりする。

このような並列宇宙が存在すると考えるのはSFマニアのような人達だけでなく、量子物理学者にも存在する(元々が物理学の1分野である量子力学から生まれたものだ)。
そして、いかなる並列宇宙も、人間が想像すれば、即座に生まれるという考え方がある。
そうであれば、自分が目標とすることが実現していると想像すれば、そんな世界が生まれてしまうのである。
そして、並列宇宙に居る自分は、この宇宙の自分と異なる存在ではない。
そうであれば、いかに壮大な、叶えることがおよそ不可能に思えるような願いであっても、それは即座に叶ってしまう。
ただ、それは、この宇宙ではなく、並列宇宙でのことであるのだが、違いはそれだけである。
同じ自分であるからには、この宇宙の自分と、並列宇宙の自分はつながっていて、そのつながりは極めて密接であり、異なった存在とも言えないほどである。

上記のことが本当のことだとしよう。
それなら、もし夢を叶えたいという場合、どのようにすれば良いのだろうか?
最もありきたりな考え方とすれば、願いが実現している並列宇宙の自分と、この宇宙の自分が入れ替われば良いというものがある。
ただ、そうであれば、せっかく夢を叶えた並列宇宙の自分が、今の駄目な自分にならなくてはいけない。それは可哀そうだ(笑)。

しかし、夢を叶えた並列宇宙の自分と、この宇宙の自分は別人ではないのだ。
だから、別に入れ替わる必要などなく、夢は叶っているのである。
さけど、それでは面白くないと思うだろう。
この宇宙では、憧れのあの子に見向きもされないが、並列宇宙の自分は、あの子とデートしたり、旅行に行ったりしているのである。

では、どうすれば良いかというと、例えば、この宇宙と、理想的な状況の並列宇宙を融合させれば良いと考える人もいるらしいが、それは想像し難い。
そこで、こういう考え方があり、これなら既にやったことがある気がする人もいると思う。
それを説明しよう。
全ての並列宇宙にいる自分は、1つの魂を共有している。
ただ、この、冴えない、駄目な自分がいる宇宙の自分にフォーカスし過ぎている(焦点を当て過ぎている)だけである。
大きな願いを叶えている並列宇宙の自分には、1パーセントしかフォーカスしていないので、現実感がないのだ。
だが、好ましい並列宇宙の自分に強くフォーカスすれば、その状態を生きていることを実感する。別に、入れ替わる訳ではない。
フォーカスが弱い宇宙の自分は、おぼろな夢の中にいるようなものだ。

そんな訳で、願いがあれば、それが叶った状態を想像して、宇宙を生み出し、その新たに生まれた並列宇宙の自分にフォーカスすれば良いのである。
では、どうやってフォーカスするかだが、思い違いし易いのが、
「強くイメージする」
「生き生きとイメージする」
「熱情を持ってイメージする」
などである。
なぜ、これらが思い違いであるかというと、我々は、今、この宇宙の自分にフォーカスしているはずが、普段、それほど、熱情的ではない。
そりゃ、時にはテンションが上がっていることもあるが、そんなものが長く続くことはない。
つまり、熱情的な時も含め、自然であるから、この宇宙にフォーカスしているのである。
好きな女の子が告白してきたら、そりゃ、興奮するだろうし、「まさか」と思うだろうが、それでも、不自然だとは思っていないはずなのだ。
夢のような出来事が起こった時、漫画などでは「本当だろうか?」と頬をつねったりするが、まさか、本当にそんなことはすまい。つまり、いかに歓喜しようが、フォーカスが合っているなら、自然なことだと感じるのである。
夢が叶った世界を「当たり前」だと、静かに受け入れれば良いのである。









好ましい世界に移行する

谷川流氏の小説『涼宮ハルヒの憂鬱』で、涼宮ハルヒという高校1年生の少女の周囲には、ハルヒ自身は気付いていないが、宇宙人、未来人、超能力者が居た。
なぜ、そんなことになったかというと、ハルヒが願ったから・・・という、それだけの理由だった。
ハルヒには、いかなる願望も現実にする力がある。
だが、実をいうと、誰にでもそんな力がある。

筒井康隆氏の半世紀以上のロングセラー『時をかける少女』の、角川文庫版に同時収録されている『果てしなき多元宇宙』の中に、ちょっと似た状況が描かれた話がある。
ハルヒ同様、美少女高校生の暢子(のぶこ)には、ハルヒほどの深刻さではないが、憂鬱に思うことがいろいろあった。
彼女は、自分が美少女であることを自覚していたが、鏡を見るたびに、まぶたが一重であることを残念に思っていた。二重なら、もっと魅力的なのに・・・と。
ところが、ある時、彼女のまぶたは、ぱっちりとした二重になっていた。
また、彼女は、ピアノを習っていたが、あまり上手くなかった。
それで「黒盤がなければいいのに」と思ったら、そうなってしまった。
まさにハルヒ級であるが、暢子の場合は、状況を認識しており、驚いていた。

ハルヒがそうなったのは、3年前の小学6年生の時の、ある出来事のせいだし、暢子の場合は千数百年後の、ある出来事のせいだった。
だが、人間は誰でも、本来、こんな力を持っている・・・というより、世界がそのように出来ている。

最後に、西尾維新氏の2006年から始まり、現在も継続中の『物語』シリーズの中の話を取り上げる。
こちらは、ハルヒや暢子と違って、野郎で(笑)、イケメンでも格好良い訳でもない高校3年生の阿良々木暦(あららぎこよみ)の話だ。
彼は、ある事件の際、なんとか生き残ったのだが、死んだ世界もあり、死んだ方の世界を見る。
自分が死んだ世界は、生き残った世界とは大きく変わっていた。別に、彼が重要人物であった訳ではなく、たまたまなのだが。

上の3つの小説は、フィクションながら、この世界の有り様を、分かり易く言い表している。
実際、世界(宇宙)は沢山あるのだ。無限と言って良いかもしれず、しかも、さらに新しい世界が簡単に生まれる。
どのようにしてかというと、暢子が「まぶたが二重だったら」と思ったことによってだ。
その瞬間、彼女のまぶたが二重の世界(宇宙)が生まれたのだ。
このような多重世界を、並列宇宙、並行宇宙、パラレルワールドと言い、多くの科学者が、それは実際にあると考えている。
だが、いくら沢山の世界があっても、自分の魂は1つか、あるいは、全ての世界の自分はつながっていると考える者もいる。おそらく、その通りだろう。
そして、今の自分が借金地獄に苦しんでいても、別の世界の裕福な自分にフォーカスすれば、裕福になる。
別に、裕福な世界の自分と「入れ替わる」訳ではない。同じ人なのだから。
これには、いろんな説があるが、「自分が借金まみれの世界」と「自分が裕福な世界」が融合し、裕福な状況の方を残すという説もあるが、こんな説もある。
これまで、魂の多くの部分が借金まみれの世界にフォーカスしていたのが、その世界(借金まみれの方の世界)のフォーカスレベルを下げ(1パーセントくらいに)、裕福な世界へのフォーカスを大きくする(98パーセントくらいに)ことで、裕福だということの現実感が大きくなるのである。
学校の、あるいは、会社のマドンナに憧れるだけで、全く見向きもされない世界もあれば、マドンナに奉仕されまくっている世界もあり(自分がそんな世界を考えれば生まれる)、どちらも現実だ。
実際、私も、中学時代、絶対モテないと思える、およそ取り柄のなさそうな男子生徒が、不意に、学校のマドンナと親密になるのを見たことがある。

引き寄せの正体は、これかもしれない。
では、どうやってやるかというと、多分、いろいろあるのだ。
やはり『イット・ワークス』の手順でやることをお薦めするが、ダリル・アンカが宇宙人バシャールを通してその方法を説明していたような気がする(どの本に書かれてあったかは分からない)。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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