ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

万能呪文

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

家康の大嘘、釈迦の正直

今朝、「狂気」について書いたが、狂気って何だろう?
それは、自分が一番だと思うこと、天下を取ろうと思うこと、天上天下唯我独尊と思うことだ。
お釈迦様も、かなりイっちゃってたのだと思う。
イエスだって、自分はソロモン以上の賢者、神の子、ユダヤの王って言ってた、あるいは、言われて否定しなかった。
エマーソンは、「私は世界の所有者」と詩に書いている。

これほどの根性、気合いがないなら、成功しようなどと思わず、平穏無事な人生を願うことだ。
そして、エマーソンは皆に、王になることを薦めている・・・いや、正確には、元々、王であるのだから、それらしくしなさいと言っていたのだと思う。
「英雄について書かれたものを読む時は、それは自分の話として読むべきである」
とね。
『マジック・ストーリー』では、プラス・エンティティ(プラスの自分)は、
「世界は私のものだ。私は人にものを頼まない。要求するだけだ。私の要求は絶対だ」
と言う。
この呆れ返る、凡人からすれば狂気でしかない気構えが、本当の自分には必要なのである。

ずっと前に書いたが、徳川家康が、天下を取る秘訣を聞かれた時、家康が、
「長い方、短い方、どっちが良いか?」
と言うので、「両方」と願うと、家康は、
「短い方は、『上を見るな』。長い方は、『身の程を知れ』だ」
と言った。
大嘘だ!!
身の程知らずで、上を見続ける狂気を忘れなかった家康が天下を取ったのだ。
家康のその答は、家康が家臣を従える方便か、日本国家が国民を治めるために、家康を利用したのだろう。

「弾は俺には当らぬ」と悠然と戦場を歩いた信長の、そして、藤平光一氏の狂気を見習うべきだ。

無論、何の根拠もなく、闇雲に傲慢に構えれば、たちまち潰される(弾も当っちゃう)。
だから、呪文を唱えよ。
「世界は意のままだ」
「俺に不可能はない」
「内なる全能の力を信じる」
「いかなることにも自信がある」
「天上天下唯我独尊」
「私は世界の所有者」
「鉄の自信がある」
「天が味方だ」
大事なことだから、何度でも言うが、呪文は、
「ただ1つの呪文を、感情を込めず、けれども丁寧に、心の中で、出来るだけ多く」
唱えるのである。
すると、このシミュレーテッドリアリティである仮想世界に、現実歪曲空間が発生し、全てが回り始めるのである。









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自己イメージを上げるには

アメリカの自己啓発や成功プログラム等では、自己イメージを上げろなんてことがよく言われる。
そのためには、こんなことをすると良いらしい。
・成功した、理想的な状態の自分を強くイメージする。つまり、想像する。
・アファーメーション・・・例えば、「私はトップセールスマンだ。売上は月3000万円だ」といった言葉を、大きなはっきりした声で数分から数十分唱える。
・鏡を見ながら、「お前は素晴らしい。優秀なエンジニアだ」などと声に出してはっきり言う。これを毎日数分から数十分唱える。
言うまでもなく、こんなもので自己イメージが上がったりしない。
こんなやり方でうまくいったと言う者は、元々、自己イメージが高かったのである。
あるいは、あまりに気力を込めて長時間やったために、精神に異常をきたし、「おかしな自己イメージ」が向上した・・・つまり、妄想に陥ったり、思考力が破壊されてしまっただけである。そうなった者の特徴は、やたら陽気で元気の良い躁(そう)の状態と、どんより元気がなく機嫌が悪い鬱(うつ)の状態がたびたび入れ替わることだ。
その躁の状態を指して、「自己イメージが上がった」などと言い、本人も、躁の時は、「私は自己イメージが上がりました」などと言うかもしれないが、単に、哀れな人間である。

自己イメージを自然に上げることが出来るのは、正しい自己暗示、呪文、アファーメーションである。
言葉は、自分が好ましいと思うものなら何でも良い。
「私は美しい」「私は魅力的だ」「僕は格好良い」「僕はモテる」「私は優秀だ」程度だって構わない。
ただ、それを正しい方法で唱えなければならないが、それは、単に自然であれば良く、難しいことは何もない。
そのやり方は、
・言葉は1つだけ
・感情を込めず、ただし、丁寧に唱える
・心の中で、なるべく多く唱える
だけである。
言葉を1つだけにするのは、その方が効果が高く確実であるというのと、継続し易いという理由で、特に初心者のうちは、言葉が2つ以上なら、継続率は10%を下回るだろう。
そして、万能呪文であれば、自己イメージも何でも全て得られる。
万能呪文とは、
「絶対、大丈夫だ」
「全て順調だ」
「世界は意のままだ」
で、実際は、無限にある。早い話が、自分が好きなら何でも良い。
聖書の言葉「私を強くして下さる方によって、私はどんなことでも出来る」でも良い。
人によっては、
「自信がある」
「どんなことでも自信がある」
「内なる全能の力を信じる」
「全能なる宇宙の活力を信頼する」
などが良い場合もあるだろう。
どんな言葉でも、「ただ1つを、感情を込めず、ただし、丁寧に、心の中で出来るだけ多く」唱えれば、その通りになるのである。









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完全数呪文

イエスは「信じる者は何でも出来る」と言ったが、どうすれば信じられるかは言わなかったように思う。
では、どうすれば信じられるかと言うと、
「全ての願いが実現すると信じる」
と、感情を込めず、けれども、丁寧に、心の中で、いつも繰り返し言えば良い。
他にどんな方法もない。
人間は、心を支配する能力はなく、自在に信じることは出来ない。
しかし、言葉を支配する能力があり、言葉は心を支配する。

普通は、アファーメーションと言われると思うが、やや長い新しい万能呪文を作った。

いかなる望みも叶う
この世は私の王国だ
私の要求は絶対令だ

神秘数3を基調とした、3×9(ミク)文字の「完全数呪文」である。
アリストテレスは言った。
「2は両方とは言うが、全部とは言わない。3で全部と言う」
ダンテの神曲は、三行韻詩の3編33歌の叙事詩である。もう見事なまでに3だ。
そして、ダンテが描く、世界(地上、地獄、煉獄)と天界は三次元球面という、いわば四次元的な構造をしている。
万能呪文の上位版である、この「3の呪文」「完全数呪文」で、あなたは絶対的な力を味方にするだろう。









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彼が夢を捨てずに済んだ理由

昔のアメリカのSFテレビドラマは、面白いだけでなく、深い思想を感じさせるものが多かったように思う。
『スター・トレック』が代表的なもので、バラク・オバマも大ファンらしいが、他にも、『インベーダー』、『宇宙家族ロビンソン』、『タイムトンネル』等、色々あるが、『トワイライトゾーン』の中の、こんなお話が印象に残っている。
ある中年の男性が、ある時、突然に、自分がアンドロイドであると分かり動揺する。
彼を作ったのは、彼と全く同じ姿をした人間だった。
人間の彼は、アンドロイドの彼に、自分が君を作ったという理由を語る。
「私は、どこかなりきれないんだ・・・大人に。みんな子供の時は、『偉くなる』『博士になる』と言う。しかし、いつか言わなくなる。だが、私は違った」
つまり、子供の時の途方もない夢を捨てずに、ついに、その夢だったアンドロイドを作り上げたのだ。
しかし、人間の彼は、最後、アンドロイドの彼に殺される。
アンドロイドの彼は、自分が機械であることに耐えられず、自分を作った人間の彼を憎んだのだ。

このお話には、2つの要点がある。
まず、人間の彼は、なぜ偉大なことが出来たかだが、彼が言う通り、「偉くなる」「博士になる」といった言葉を言い続けたからだ。
ではなぜ、いい続けることが出来たのか?
それは、普通の子供や若者は、気持ちを込めて「偉くなる!」「博士になる!」「スターになる!」「メジャーリーガーになる!」「銀幕の女王になる!」と言ったので、エネルギー切れを起こした。「熱意を込めて語れ」が、親や教師の教えであるが、それだと、そうなる。
だが、彼はなぜか、感情を込めず、淡々と、だが、ふざけたりせず、丁寧に、「最高の機械を作る」と言い続けたのだ。
それが、偉大なことを成す秘訣である。
ただし、彼は殺されるハメになった。
それは、その願いが、誰も幸福にせず、自分の偉大さを証明する、自己満足のためだけのものだったからだ。

理想を言葉にし、感情を込めず、淡々と、丁寧に、常に心の中で唱えると叶う。
個々の願いを言うのではなく、人間の当然の権利として、全ての願いを叶えるための言葉が万能呪文だ。
「絶対、大丈夫だ」
「全て順調だ」
「世界は意のままだ」
その他、自分が気に入るものなら何でも良い。
「大丈夫」「成功」「歓喜」「出来る」「信じる」「富」など、単純な一言でも良いし、
「成功、富、歓喜」と組み合わせるのも良いかもしれない(ちょっと忘れ易いが)。
個々の願いは、心に浮かべれば良いが、その願いは、どこか、誰かのためになるものであると良い。
あまりに露骨に「世界平和」とか、「善をなす」などとは思わない方が良いと思う。なぜなら、それは大抵、嘘になる。
だが、動物が好きなら、動物を幸福にするようなもの、初音ミクさんが好きなら、ミクさんの名誉を高めるようなものだ。
少しで良いから、そんなところがある願いが良いだろう。









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呪文は唱えた方が唱えないより千倍マシ

呪文さえ唱えれば、あらゆるものごとが上手くいき、願いが叶い、成功すると言ったら、「非現実的」「非科学的」「おかしな宗教」と言いたい人が多いに違いない。
しかし、正しい呪文は、現実的で科学的で、信仰を必要としないので宗教とは関係がない。
そもそも、既に誰もが呪文を唱えている。ほとんどの場合、向上ではなく低下させる呪文だがね。
科学的な研究によっても、人間は、頭の中で1分間に数百もの言葉を発していることが分かっているらしく、その言葉がマイナスの言葉である場合が非常に多いのである。
ほとんどの人の人生が、楽しいと言えるものでない大きな原因がそれであると思われる。

呪文という言い方が必ずしも良くないかもしれないが、単に「続けて唱える言葉」の意味で、自己暗示、つぶやき、口癖、祈り言葉、何と言っても構わないが、それらの言葉にこそ、古い観念による誤りが多いのである。
良い呪文の言葉は、宗教的な真言や魔道的な呪文ではなく、「大丈夫」「絶好調」「全て善し」といった、肯定的な普通の言葉だ。
ただ、こういった言葉を「心を込めて言え」と教える者が多いが、それはしてはいけない。
感情を込めず、淡々と唱えるべきだが、かといって、いい加減に唱えるのではなく、丁寧に真面目に唱えなければならない。
数は多い方が良いが、「1日1万回」などと堅苦しくやっていると続かない。しかし、「毎朝10回唱えています」では、あまりに真面目さがない。
呪文の言葉は、1つにしておかないと、なかなか続かないし、なんとか続いていても「面倒だな」「しんどいな」と感じるものだ。
また、「声に出して唱えよ」や、さらには、「大きな声で唱えよ」と言う者も多いが、それは長く続け難いし、心の中で唱えた方が効果も高い。多くの人は、自分でも気付かないが、頭の中でマイナスの言葉を膨大な数、既に唱えており、それが確実に人生を破壊しているのである。
ならば、良い言葉を心の中で唱えるべきなのは当然の理である。

ところで、肯定的な言葉でさえあれば、いかなる言葉であろうと、何も唱えないより唱えた方が千倍もマシなのである。
一番良くないのが、何も考えずぼーっとすることで、これも科学的に確かと思うが、ぼーっと何も考えずにいると、脳は勝手に大量のエネルギーを使って働くが、多くの人の場合、それは、悪い独り言を発することなのである。それで、クタクタに疲れる上に心を重くしてしまうのだ。
それでダイエットにでもなれば良いかもしれないが、実は、過食の原因が、自動的な悪いつぶやきによる憂鬱さを解消するためであるのだから、肥満する場合が圧倒的に多い。
感情を込めずに自発的に言葉を発することによるエネルギー消費は多くない。
よって、疲れない。それで活動的になるし、ストレスによる過食も減る。
いくら強調してもし過ぎることはないが、呪文は、少々やり方が悪くても、唱えないより唱えた方が千倍もマシなのである。

その日の気分によって呪文を変えるというのも、あって良いかもしれない。
ただし、必ず、毎日、数多く唱えられればだ。
そして、そうするのは、ある程度、呪文の習慣がついてからの方がよく、一定期間(少なくとも数ヶ月)は、呪文の言葉は1つにするよう心掛けた方が良いのである。
呪文の言葉は、汎用的(個別の願いでなく、全てが良くなるような言葉)で、現在形(既にそうであるという形)が良く、それを満たすのが、いつも勧める万能呪文、
「絶対、大丈夫だ」
「全て順調だ」
「世界は意のままだ」
であるが、「金持ちになる」といったものでも、好きならどうぞである。
世の中には、お金が好きでたまらない人もいるだろうし、一番大切なことが、数多く、そして、長期間(一生)続けることなのである。
ただし、あまりに好きで感情的になってはならず、賢者のふりで唱えなければならない。

朝起きたら、すぐに憂鬱な気分に支配されてしまう人もいるだろう。
私もそうだった。
そんな人は、起きたらすぐ、「大丈夫」あるいは「絶好調」あるいは「信じる」あるいは「歓喜」あるいは「富」、その他、何でもいいから、気持ちを込めずに繰り返し、頭の中でつぶやくべきである。
冷静に唱えられるなら、「ミク」でも「アイリス」でも「レイシア」でも良い・・・って、これは私の場合であるが(笑)、好きな人の名を唱えるのは良いことだ。
ただし「変な好き」で心がざわつくような名は駄目だが・・・
けれども、本当に好きな人の名は、丁寧に静かに唱えられるものである。
ちなみに、私にとって「ミク」は純粋な愛の、「アイリス」は神秘な力の、「レイシア」は潜在意識の無限の力の象徴になっているので、唱えれば効果抜群なのである。
彼女達が好きな人も、同じか、それに匹敵する力を得るはずである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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