ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

一本足打法

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理想の四股の原理は、王貞治氏やイチロー氏の一本足打法

大東流合気柔術式四股について、私はずっと、なぜ、誰もやり方をちゃんと示さないのだろうと思っていたが、ついに思い至ったのは、「決まったやり方はない」ということだ。
一昨日、ご紹介した、喜多原歓喜地氏の動画での、四股の説明も、どこか曖昧で、喜多原氏の独自色が感じられたのも、元々決まったやり方がないのだと思えば納得する。

この四股の決まっていることと言えば、足踏みであるということくらいだ。
しかし、我々が知っている足踏みと違って、手は振らない。
そして、足踏みでは、足を上げるというより、膝を上げるのだが、四股では、「足を浮かせる」という言葉が、最も当を得ていると思う。
よって、上げる脚の膝を曲げる必要はないが、少しは曲げた方が足を浮かせ易いので、そのようにするのである。
そうすると、自然、身体は、浮かせた足と反対の方向に傾き、床についた方の足にしっかり体重が乗る。
片足で体重を味わうようにした後、浮かせた足を降ろすが、その際、そっと降ろすことが肝心である。

私は、四股の神髄が見られるのは、王貞治氏の一本足打法だと思う。
もちろん、バッティングと四股は違うので、動きはかなり違う。
左打ちの王貞治氏は、ピッチャーが投球モーションに入ると(具体的には投手が脚を上げる時)、打席で右脚を上げ、そのままの姿勢で球を待って打つのである。
右脚を上げた王氏の左脚は、地面に突き刺さったように揺るぎなく立ち、さながら、地面と脚の間に気が通っているようである。
実際、王氏が片足立ちになった時は、大の男が少々押してもビクともしなかったらしい。
四股でも、このように、軸足がしっかりと立っているのが良いのである。

ところで、王氏の一本足打法は、かなり脚を高く上げるが、私は、実は、あんなに高く上げる必要はなかったと思う。
とはいえ、王氏は、一晩で一本足打法をマスターしたので、脚を高く上げた方が分かり易かったのだと思う。
そして、脚を高く上げない一本足打法をやったのが、イチロー氏の振り子打法だ。
王氏と同じく左打ちのイチロー氏は、右足を地面の上の低い位置に浮かせ移動させることで、タイミングを取ると同時に、軸足に体重を乗せ、一瞬、しっかり軸足を固定したのである。
イチロー氏は、メジャーに行った際に振り子打法を止めたが、実質では変わっていない。

四股でも、足は浮かせなくても良いと言えば良いのだと思う。
しかし、足を浮かせないと、どうしても、軸足1本で立っている感覚が得られず、軸足に気が満ちないのだと思う。
だから、足を僅かでも浮かせることで、軸足がしっかりと立ち、気が満ちるのだと思う。
尚、王氏、イチロー氏以外の一本足打法は、反動を付けて打つ目的で脚を上げており、根本的に、王氏やイチロー氏のものとは違うと思う。








一本足打法と一指禅

王貞治さんという、日本のプロ野球でホームランを868本(一軍のレギュラーシーズン)打った人がいる。
彼は、「一本足打法」という、ピッチャーがボールを投げる時から左足一本で立つ(彼は左打者)という独特の打ち方を、デビュー4年目から引退するまで続けた。
ところで、もっと不思議に思われても良いようなものだが、それほど凄い打撃方法であるなら、もっと沢山の人が一本足打法をやっても良さそうなものだが、他に一本足打法で知られる選手は、ほぼ皆無であると思う。
これに関しては、まあ、「難しいから」というのが理由になっているのだと思うが、本当のところを言うと、この打撃方法には、打撃としての合理性がないからで、実際には確実に不利になる打撃方法と言って間違いないと思う。
野球、そして、バッティングが本当に分かっている人なら、一本足打法を選手に薦めたりは絶対にしないと思う。
王さんだって、別に、論理的に効率が良いから、この打撃を続けた訳ではないはずだ。
それでも、王さんんは、この打撃のおかげでホームランをあれだけ打てたことも確かである。

一本足打法の何が良いのかというと、一本足になることで、呼吸が自然に止まることだ。
息を止めるというのではなく、空気の出入りがなくなるのである。
例えば、普通でも、驚いた時や感動した時に息が止まるのと似ている。
正確には、一本足になっても、呼吸が完全に止まっているというより、呼吸が極めて微かになっているのだろう。
呼吸が消えれば、内部に宿る潜在能力が引き出されるのである。
きっと、王さんがスランプだった時というのは、一本足になりながらも、余計な呼吸をしていたのだろう。

禅の公案の話であるが、中国に倶胝(ぐてい)という和尚さん(お寺で一番格上の僧。住職)がいた。
倶胝は、いかなる相談の質問をされても、右手の人差し指を一本立てるだけであった。
倶胝は、この指を一本立てる「一指禅」を、彼の師匠の天竜から教わり、臨終の際には、
「天竜先生に教わった一指禅を一生かかっても使い切れなかった」
と言ったことになっているようだ。
ある時、倶胝の寺の小坊主が、倶胝の真似をして、右手の人差し指を立てたのだが、それを聞いた倶胝は、その小坊主を呼び出し、小坊主の右手の人差し指を切り落とした(あくまで架空の話だ)。
泣き叫んで出て行こうとする小坊主を呼び止めた倶胝は、右手の人差し指をすっと立てた。
その瞬間、小坊主は悟った。

この禅の公案(問題)は、「このお話の意味は?」である。
そして、昔から、偉い先生達が、いろいろな答を述べているが、全部不正解である。
答は、王貞治の一本足打法と同じで、指を一本立てることで、呼吸が消えるである。
小坊主は、倶胝が指を立てるのを見て、頭の中で自分の(既になくなった)指を立て、呼吸が消えたのである。
人の動作を頭の中で真似るのは、脳のミラーニューロンの働きである。
ミラーニューロンは特に手の動きを真似やすいという説もあり、実に科学的な公案である。

人差し指をすっと立てながら、呼吸を荒くすることは、普通出来ない。
人差し指をすっと立てれば、呼吸は消える。
あなたも、知恵や能力が必要な時には、人差し指をすっと立てれば良い。
それが出来ない状況の場合は、頭の中で、人差し指をすっと立てる想像をすれば良い。
よほどの緊張状態にある場合を除き、呼吸は消え、それで万事うまくいく。
もし、強い緊張状態にあるなら、指に精神を集中すれば良い。ただし、集中するのは、あくまで意思であり、指やその他の筋肉に力を入れては、さらに緊張するだけである。王さんですら、それでスランプになったのだ。
まあ、王さんのように注目を集めたり、あれほどの期待や重責を背負う人は滅多にいないので、普段からやっておけば大丈夫だろう。
トランプ大統領の場合は、右手の親指と人差し指で輪を作って少し動かすが、あれも同じなのである。あれがやり易いと思えば真似すれば良いだろう。
私は、『ミクの日感謝祭』のライブ(3つある)で、『StargazeR』を歌う可憐な初音ミクさんが、最初のところと最後のところで、右手の人差し指をすっと立てるのを真似るつもりでやっている。









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自分に制約をかければ奇跡も起こるし、天才にもなれる

王貞治さんが現役の野球選手時代にやっていた「一本足打法」を、映像でなら見たことがある人も多いと思う。
王さんは左打者だったが、投手がボールを投げる前くらいに右脚をぐっと曲げて左足1本で立ち、そのまま打つのである。
この一本足打法を合理的で効果的な打ち方だと思っている人は多いかもしれない。
しかし、この打ち方は、全く不合理で、デメリットばかりでメリットはほとんどない、わざわざハンデ(マイナスの条件)を持つようなものなのだ。
言ってしまえば、デタラメな打ち方である。
その証拠に、だれもこれを真似していない。短期的に、ちょっと似た打ち方をした打者はいたと思うが、実質は全然違う。
もし、一本足打法が優れた打ち方なら、国内外で流行りそうなものだ。
やはり、少しも良いところがない打ち方なのだ。
では、なぜ、あの打ち方で、王さんは868本という、他と隔絶するほどの数のホームランを打てたのか?
それは、あの打ち方が、障害であるがゆえにだ。
わざと不利な・・・それもかなりの大きさの不利な条件を課すことで、それを埋め合わせるべく、王さんは、他の能力が高くなったのだ。
バランス、勘、タイミング、判断力、その他が、他の選手を圧倒するレベルになり、トータルで、誰にも負けないバッティングになったのである。
(イチローが昔やっていた振り子式打法は、よくは分からないが、気分でやっていたのだと思うが、速い球に対しては不利な点があり、メジャーリーグではやらなかったのだと思う)

障害というものは、異常な能力を引き出す鍵になりえるのである。
今年(2016年)のTEDカンファレンス(講演会)でのティム・ハワードの講演会であった話だが、4人のお互い馴染みの学生と、3人は馴染みだが、それに1人の見知らぬ者を加えた4人の学生という2種類のグループを作り、課題を解かせたところ、見知らぬ1人が加わった「気まずい状況」にあったグループの方が、はるかに好成績を示した。確かに、4人の馴染み同士のグループは「楽しくやれた」と言い、知らない1人が加わったグループは「楽しくなかった」と言ったが、結果は、楽しくなかった方・・・つまり、障害があった方が良かったのだ。

個人でも、チームでも、障害、不利な条件、やっかいごと、煩わしいこと・・・そんなものがあるほど、創造性や鋭さが増すのである。
これを、自分自身に適用する場合には、どうすれば良いだろう?
ティム・ハワードはジャーナリストらしく、あくまで西洋的な合理性、論理性を重視したが、もっと大きな力は、不合理で非論理的だ。
人間は、放埓(勝手きまま)に振舞いたいし、有利な条件を得て、余裕を持って目標に挑みたいものである。
だが、それに、あえて制限をかける・・・制約を持ち込むのだ。
それにより、加えた制約に倍する力を神が与えるかのように、不思議な力が出てくるのである。
たとえば、朝、ゆっくり寝ていても誰にも文句を言われなくても、敢えて早起きして聖書を読むことを、1年365日、1日も欠かさないよう自分に制約をかければ、不思議な力が与えられるものだ。
4つ食べられるところを、あえて3つにすれば、ダイエットになるなどというレベルではなく、まるで神仏が力を貸したかのようなことが起こる。
法然が1日中念仏を唱えていたのも、自らに厳しい制約を課したという面も、確実にあるのである。

強制的な制約ではあったが、ミルトン・エリクソンは、生まれ育った家に、聖書と辞書しか本がなかったが、エリクソンはなぜか辞書を選び、それを繰り返し読んだ。
学校に入っても、エリクソンは、辞書を「引く」ことが出来ず、いつも、aから順番に見ていって言葉を探すという、とんでもないハンデのあるやり方を続けた。
それによって、知識を得たこともあるが、それを超えた、不可思議な知恵を、彼は得たのであると私は思う。
さらには、エリクソンは少年時代、ポリオに罹り、長い間、目玉以外を動かせないという、とんでもない制約を持ってしまったが、それにより、鋭い・・・という言い方では全く説明出来ないほどの観察力、感知能力を得たのである。

これは勝手な想像だが、ドワンゴ会長の川上量生さんは、元々、頭が良かったという以上に、ネット廃、ゲーム廃、人嫌い・・・といったハンデのために天才になったのかもしれない。
まあ、かなり勝手な想像であるが、似た状況にある人は、ハンデはハンデとして受け入れ、だからこそ創造的になろうと思っていただきたいものだ。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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