ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ロンダ・バーン

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

引き寄せは根気だ

世界で一番売れた引き寄せの本は、ロンダ・バーンの『ザ・シークレット』で、2800万部も売れたという話がある。
『ザ・シークレット』は、ロンダ・バーンが世界中の引き寄せの達人を集めて、それらの達人に語ってもらったというものだから、良く言えば多様であるが、雑多な面もあり、箇所ごとに矛盾もある。
過去の引き寄せの達人に関しても、それらの人達の引き寄せのやり方をロンダ・バーンが解説したりで、さらに多様、また、雑多にしている。
それなら、全体を読まなくても、自分が好きなところだけ何度も読めば良いと思う。

ところで、では、ロンダ・バーン自体のやり方はどうかというと、「信じた通りになる」と「良い気分でいることが大切」というだけのシンプルなもので、さらに言えば、信じることが出来れば、いい気分になるのだから、結局は「信じろ」というだけのことになる。
金持ちになりたければ、自分は金持ちだと信じれば良い。
他には何もないという、極めてシンプルなものである。
しかし、引き寄せをやった人のほとんどが思うのは、その信じることが難しいのであり、世の中の引き寄せのテクニックとは、信じるためのテクニックで、それがもう非常に数が多く、複雑怪奇なほどになっている。
ところが、ロンダ・バーンは、信じることに関しても、非常にシンプルに言う。
それは「繰り返せばいい」で、お金がない人が「私は金持ちだ」と言っても嘘だと思うことは当然としつつ、しつこく「私は金持ちだ」と言っていれば、そのうち信じてしまうと言う。
だから、うまくいかない人は、繰り返しが足りないだけだ。

ロンダ・バーンの主張は「良い気分でいれば良いことが起こる」がよく知られてしまっていると思う。
その良い気分になるためには、アファーメーションでもイメージングでも何でもいいが、願望の実現が信じられるまで、果て無く繰り返す必要がある。
ただ、ややこしいのは、ロンダ・バーンもそうなのだと思うが、割と簡単に信じてしまえる人がいることで、普通の人は、そう簡単にはうまくいかず、とにかく繰り返さないといけない。
だが、十分な繰り返しをするまでに、ほとんどの人が挫折してしまうのだろう。
だから、知るべきことは1つで、金持ちになりたいなら、自分が金持ちだと信じられるまで、「私は金持ちだ」とアファーメーションをしたり、自分が金持ちになった様子をイメージすれば良い。アファーメーションでもイメージングでも、好きな方でやれば良いし、両方やっても良い。

しかし、99%の人は、十分な繰り返しをする前に挫けてしまう。
その繰り返しの数を激減させるのが、ネヴィル・ゴダードの「想定の法則」だ。
想定の法則は、金持ちになる例で言えば、「金持ちになったらどんな気持ちか?」を想像し、その気持ちになるのである。
それを頻繁に繰り返すところは、ロンダ・バーンと同じだが、想定の法則では、繰り返す数が非常に少なくて済む。
だが、想定の法則ですら、それなりの数が必要で、挫折してしまう人もいる。

朝焼け
AIアート759
「朝焼け」
Kay


相撲界には、「人間、辛抱だ」という名言があるらしいが、全くその通りで、引き寄せに関して言えば、「人間、根気だ」「人間、ねばりだ」である。
実現を短時間化させる想定の法則ですら、それなりの粘りは必要だ。
粘り根性を鍛えるには、何と言っても、佐川幸義流四股や腕振り運動が良いと思う。健康になり、若返り、美しくもなるのだから、採用をお薦めする。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)ザ・シークレット(ロンダ・バーン)
(2)THE SECRET [DVD](ロンダ・バーン)
(3)想定の『超』法則(ネヴィル・ゴダード) ※『The Power of Awareness』翻訳書
(4)その思いはすでに実現している! (ネヴィル・ゴダード) ※『The Power of Awareness』翻訳書
(5)佐川幸義 神業の合気
(6)四股鍛錬で作る達人
(7)超訳甩手功(スワイショウ、うで振り)

欺瞞になりがちな感謝法

自己啓発全体ではなく、引き寄せに関して言うなら、最も商業的に成功したのは、ロンダ・バーンの『ザ・シークレット』シリーズと思う。
メディアとしては書籍・電子書籍、DVD、そして、映画がある。
『ザ・シークレット』は、知識としては良いので(過去の賢者達の言葉をうまくまとめている)、勉強には良いが、実践としては難しいと思う。
「うまくいった」という人は、ごくわずかの、たまたまうまくいった人だというのは、おそらく間違ってはいまい。

たとえば、『ザ・シークレット』の中の「感謝法」は、他の引き寄せ法でもよく見られるが、非常に不自然で、逆効果ではないかと思うようになった。
しかし、これはもう宗教の教義のようになっているかもしれず、否定すると恐ろしい目に遭いそうだが(笑)、決して否定ではなく、「誤解し易い点」という程度の意味でお話する。

感謝に価値があることは疑いようがない。感謝は非常に貴いものであり、これを持つべきだし、持たないことは欠陥だと言えるかもしれない。
しかし、感謝はツールではないことははっきりさせたい。
『ザ・シークレット』の主張は、「今あるものに感謝すれば、もっと良いものを引き寄せる」である。
例えば、安物の古い服でも、着れる服があることに対し「ありがとう」と感謝する。すると、もっと素晴らしい高価な服が引き寄せられる。
ポンコツの車しかなくても、乗れる車があることに対し「あろがとう」と感謝する。すると、新車、高級車が引き寄せられる。
だいたい、こんな感じであると思う。
そうであれば良いなと私も思う・・・というか思った。
しかし、もっと良い服が欲しいからという理由で、古い服に対して「ありがとう」と言うのは、いかがなものか。
これは、本心で言えば、古い服を否定し、嫌悪していることではないか。
「ありがとう」という感謝を、新しい服を得るツール、あるいは、対価と考えているのではないか。
そして、この考え方を作っているのは欲望である。

確かに、本当に、今着ている服や、今乗っている車に感謝している人はいる。
しかし、そんな人が、より良い服や、より良い車を切望したりするだろうか?
そうではなく、その服や車を、これからも長く、大切に着、運転することに喜びを感じるはずなのである。
そして、今乗っている古い小さな車に「ありがとう」と言って、その車が新車のベンツやポルシェに替わった人は、ほぼゼロであることは間違いあるまい。

古い服や車に対し「もっと良い、新しいものが欲しいなあ」と素直に思っている時、誰かがただの親切で、好ましいと思う新しい服や車、あるいは、それらを買うお金をくれた時に、本当にありがたいと思い、「ありがとう」と言うのである。
あるいは、運が良かったり、周りの人が協力してくれて仕事が順調に進み、欲しかった服や車を買うお金を得られた時、ありがたいと思い、運や周囲の人達に「ありがとう」と感謝するのである。
感謝とは、そのようにしないと「気持ち悪い」のである。
確かに、生きているだけでありがたいと思うのは高貴なことであり、生きているだけのことに感謝することは美しく、その真似をすることも良いことだが、あくまで、何も求めずに「ありがたい」と言うべきだろう。

パラレルワールド(並列宇宙)というものは、おそらく、確実に存在するだろう。
そして、多くの科学者や賢者が言うように、パラレルワールドは無数にあり、いかなる世界も存在し、今この瞬間も、新しい世界が生まれる。
その中には、自分が、欲しい服や車を持っている世界も存在する。
その世界にフォーカスし、自分が既にその服や車を持っていると思った時に、「ありがたい」と感謝するのである。
そうすれば、その世界が自分の世界になる。
これが本当の引き寄せのやり方であると思う。








断言する。これで引き寄せは出来る(超自信作)

よく、「引き寄せはない」と言う人がいる。
引き寄せとは、願望を心の力で現実化することである。
だが、引き寄せがないどころか、この世に引き寄せ以外に何があるだろう?

引き寄せはないという人とじっくり話せば、その人が完全に引き寄せを行っていることが分かる。
そりゃ、その人が男であれば、例えばだが、100億円は欲しいし、若くて美人で清純な彼女は欲しいし、格好良い肉体と健康も欲しいとは思っているだろう。
しかし、話してみれば、彼が、安月給、モテない、肥満を引き寄せていることは明らかなのだ。
引き寄せは、精神性・・・つまり、精神の成熟に応じたものを引き寄せるのである。
100億円持っている者と話せば、その者が100億円に相応しい精神性を持っていることは明らかである。

ロンダ・バーンの有名な引き寄せの本『ザ・シークレット』では、とかく、「望みはでっかく」といった感じの話が多いが、でっかい望みを実現するには、でっかい精神性が必要である。
仮の「100万ドルの小切手」を作って100万ドルを引き寄せるなんて話もあったが、100万ドルの精神性がない者が100万ドルを引き寄せるはずがないじゃないか?
作家のジャック・キャンフィールドが、数十万円くらいの年収しかなかったのに、年収を約一千万円にしたのは、年収数十万円の精神性が一千万円の精神性に変わっただけだし、それから彼は、年収1憶円の精神性になったので、100万ドルの小切手を得たのである。
『ザ・シークレット』は、意図的かどうかは知らないが、その一番肝心で、一番読者受けしないところを書いてないのである。

精神性って、別に修行して得られるものではない。
むしろ、欲望の成就を目指して修行すると(下心があれば、誰でも、結構、厳しい修行が出来るものだ)、変なものを引き寄せるのである。
コリン・ウィルソンは、『右脳の冒険』の中で、引き寄せとは書いていないが、右脳の使い方をうまく書いている。そして、引き寄せって、つまるところ、右脳を使うことなのだ。
そして、ただの少年が右脳を使った話をしているが、その「ただの少年」って、ウィルソン自身の子供時代のことだ。
ウィルソンは、この経験から、右脳を使うのに・・・つまり、引き寄せを行うのに一番大切なことは、「シャンとすること」と見事に書いている。
つまりだね、「引き寄せはない」という話をする人は、ちっとも「シャンと」していないのである。
「シャンと」するって、どういうことか分かるだろうか?
「泣き言を言わない」ってことだ。
「僕は引き寄せが出来なかったんです」なんて泣き言を言っている者に、好みの引き寄せが出来るはずがないじゃないか?

私だって、何度も書いたが、子供の時から、誰も信じられないような奇跡を沢山起こした。
もちろん、泣き言を言わずにシャンとしていた。
だが、泣き言を言う時は、あまり嬉しくないというか、ロクでもないことしか引き寄せなかった。
言い換えれば、泣き言を言えば、嫌なものを引き寄せるのである。

ところで、母親や教師は、子供や生徒に泣き言を言わせるのが大好きだから気をつけないといけない。
そんな精神性の低い、未熟な親や教師と関わると、好みの引き寄せが出来なくなるのである。
だからって、「ママが悪いんです」「あんな教師に当たりさえしなければ」なんて文句や泣き言を言ってはならないよ(笑)。

つまり、好みの引き寄せを行うために、言ってはならないことは3つだ。
それは、「いいわけ」「文句」「泣き言」だ。
引き寄せが出来ない人は、この3つをよく言う(あるいは思う)はずだ。
いいわけしない、文句を言わない、泣き言を言わない人が、引き寄せが出来ないなんて話は聞いたことがない。

作詞家の阿久悠さんなんて、息を吸って止めて願うだけで、曲のヒットを引き寄せた。
たとえ曲がヒットしなくても、彼は、いいわけしないし、文句を言わないし、泣き言も言わないからだ。
だから、我々も、いいわけせず、文句を言わず、泣き言を言わない範囲のことを望めば、息を吸って止めて望めば叶うのである。

私が知る範囲で、最も「いいわけしない」「文句を言わない」「泣き言を言わない」を実践していたのは、笹沢佐保氏の時代劇小説『木枯らし紋次郎』のヒーロー、紋次郎である。
小説とはいえ、彼の引き寄せのパワーは半端ないが、それが実に自然であったと思う。
世界的ベストセラー小説『アルケミスト』で、たった一人で異国に来た少年が持ち金を盗まれた時、彼が、文句を言うことも泣き言を言うこともやめた時、即座に引き寄せが起こったではないか?
良い小説とは、全くの現実なのである。








影の「シークレット」

今、ネットで人気がある「陰謀論」によれば、世界を陰から操っている者達はDS(ディープステート。闇の支配者)と呼ばれる。
それを念頭に、『ザ・シークレット』という引き寄せの法則で有名なアメリカのロンダ・バーン女史製作のDVD『THE SECRET』を見ると面白い。
こちらは、よく作られた映像だけあって、書籍の『ザ・シークレット』より分かり易いと思う。
『THE SECRET』(DVD)では、「シークレット」という引き寄せの秘法を知っている人達が世界の富を独占しているということになっており、その起源は、古代エジプト時代に書かれた『エメラルド・タブレット』であることをほのめかしているが、ここらはフィクションと思う。
ただ、このDVDに登場する、自分達は「シークレット」で富を築いたが、他の者達が「シークレット」を知ることを防ぐために、「シークレット」の公開を禁止したという者達は、どう見てもDSである(笑)。
ロンダ・バーンに、それを知らしめる意図があったかどうかは知らないが、どう見てもそうなのである。

一説では、DSの起源はロスチャイルド家で、多くの国や大物政治家達を金で操り、さらに巨大な富と権力を得たというような話だったと思う(私も詳しくはない)。
つまり、「シークレット」とは何の関係もない。
ロスチャイルド家が成功したのは、たまたまで、同じようなことをしようとしたグループ、ファミリーは他にもいたはずで、その中で勝利したのがロスチャイルド家なのだろう。
ロスチャイルド家は優秀だから勝ったのだろうが、危険も冒したはずで、うまくいったのは、やはり、たまたまだ。
そして、そのたまたまの勝利の中で、本物の「シークレット」を作り上げたのかもしれない。
あるいは、本当に、元々「シークレット」があり、ロスチャイルド家がそれに従ったから勝ったのかもしれない。
いずれにしろ、本物の「シークレット」がある。
だが、それは、ロンダ・バーンの『ザ・シークレット』のように、明るいものでは全然ない。
そして、その本物のシークレットは、エス・ニールスの『シオン賢者会合の議定書』ではないかと思う。
尊敬すべき、山蔭神道の当主だった山蔭基央氏が、これを、『ユダヤの世界支配戦略』という本の中で、「大変に力があるもの」と述べ、あえて全文を引用しておられた。
これに書かれた通りにやるのが正しいかどうかはともかく、人間をよく知る者達によるプロトコール(議定書)であることは間違いないだろう。
ヒトラーも当然、愛読者だった。
DSの支配を逃れるためにも、また、自分なりの力を持つためにも参考になると思う。
まあ、山蔭氏や、山蔭氏から神道を教わった佐々木将人氏(中村天風と植芝盛平の高弟で合気道の達人)らは、ただ「アジマリカン」と唱えることを薦めていて、こちらが良いのかもしれない。








本当の引き寄せは実に簡単

最近、「引き寄せの法則」について、よく書いているが、現在、「引き寄せの法則」は、ヒックス夫妻の『引き寄せの法則』と、ロンダ・バーンの『ザ・シークレット』の2つが並び立っているのだと思う。
以前は、一般大衆に受け入れられたものは、何と言っても、ナポレオン・ヒルの『成功哲学』だった。

私は、これらの中では、ヒックス夫妻の『引き寄せの法則』を最初に読み、大変に良いと思ったが、これで引き寄せをマスターしようと思ったら、一生かかっても足りないと判断した。
ナポレオン・ヒルの『成功哲学』も同様だ。
いずれも、本は、あまりに長く、内容てんこ盛りで、難しく(どちらかというと曖昧という意味だが)、引き寄せそのものが趣味なら、本を楽しむことは出来るが、実際に引き寄せが出来るようにはなれない。
また、ヒックス夫妻の『実践 引き寄せの法則』に書かれていて、それを信用するなら、ナポレオン・ヒルの『成功哲学』は、肝心な部分が意図的に省かれていること、そして、ロンダ・バーンとヒックス夫妻は実は関係があったが、いろいろあって関係を断ち、結果、『ザ・シークレット』も不完全であるということだ。
私も、確認した訳ではないが、だいたいそうではないかと思う。
(ただ、ヒルの新しい本は、削除された部分が元に戻されているという話もある。しかし、やっぱり長くて難しい)
だが、ヒックス夫妻の『引き寄せの法則』が完全かというと、そんなことは分からないが、とにかく、複雑過ぎ、いろいろ書き過ぎで、面白くはあっても、少なくとも、普通の人にとっては実用的とはほど遠いと思う。
個人的な考えでは、引き寄せの法則と言う、当たり前のものを使うのに、賢者の霊(グループらしいが)が必要だとは、とても思えない。
しかし、好みは人それぞれなので、そんなのが良いと言う人もいるだろうし、バシャールが良いと思う人もいるだろう。

そもそも、私は、何度も書いたが、子供の時には、奇跡のような引き寄せは普通に行っていたのであり、その後は、学校や社会の影響で、ややうまくいかないところもあるかもしれないが、やはり、引き寄せは簡単であると思う。
私は、有名人になることや、事業に興味がなかったので(有名人や社長達には、出来るからやれとよく薦められたが)、あまり華々しいことはやっていないが、とにかく、苦労というものは全く知らないし、大多数の人には出来ないこともかなりやったと思う。
しかも、本来なら、私の性格からいえば、一生引きこもりニートのはずだ(実際、数年そうだったが)。

それで、いろいろ研究した結果、おそらく、引き寄せを実用的に使おうと思ったら、30ページの『イット・ワークス!』で十分と思う。
ただ、確かに、特に学校、そして、世間の因習というものが弊害になっている人が大多数なので、工夫が必要になるかもしれない。
ただし、だからといって、学校や、世間や、マスコミや大企業、あるいは、政治といったものを批判することにエネルギーを使ってはならない。
そんなことをしたら、ますます、それらに影響されてしまうのだ。
学校やマスコミが悪だという認識を持つこと自体は、何が本当に正しいかを知る上で良いことだが、学校などの悪いところをあげつらったりすることに耽ると、結局は、学校的な人間になってしまうのだ。
また、『イット・ワークス!』に欠陥はないが、敢えて言えば、笑顔とガッツポーズ、それに、舌を思い切り出すことはやった方が良いと思う。
尚、ナポレオン・ヒルも、ヒックス夫妻も、ロンダ・バーンも、善意に満ちていると思う。
彼らの本は、大いに参考にはなるが、あくまで参考であり、ひれ伏したりしてはならない。
これらの中では、ロンダ・バーンの『ザ・シークレット』が最も中庸であるという意味で良いと思う。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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