ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ルイス・キャロル

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

不道徳な願いは叶うか?

引き寄せの本に出てくる願望の事例って、なんともクリーン過ぎ、健全過ぎと思わないだろうか?
人間はもっと不純なものだ。
オジサン、オバサンは、「若い女の子はええわー」「男は若いのに限るわー」と思っているのに、そんなものを引き寄せる具体例がなく、「こんな願望持ってはならないのか?」と思ってしまうかもしれない。
まあ、法律違反は避けたいところだが、単に世間的観念で不道徳というだけなら、無視するという手もある。
もちろん、人に迷惑をかけないならだが、不純な願望は人に迷惑をかけてしまうように思う。

ルイス・キャロルってイギリスの数学者がいた。
まあ、数学者としてより『不思議の国のアリス』の著者として有名であるが。
彼は中年過ぎても10歳前後の少女の友達がいっぱいいて、ヌード写真なんかも撮っていた。
しかし、それで何か問題になることはほとんどなかった。
彼は別にロリコンではなく、少女に手を出してはいなかったというのが通説だが、14歳の女の子にプロポーズしていたり、実際のところどうかなんて分かるはずがない。
それはともかく、彼と同じことは特別な引き寄せで可能で、彼もそれを使っていたのではないかと思う。
だいたい、彼はアイルランド系で、その他の状況から考え、彼はその方面の魔法とも関係があったと思う。
彼は、だいたい、こんな感じの言葉を使うと思う。
「彼女達が楽しく、幸せになれ、平和の内に、私が彼女達と親密な関係を築くにはどうすれば良いでしょう?」
これを、魂とか聖霊相手に穏やかに尋ねるのである。
すると、お茶会を開こうとか、手紙を書こうとかいったアイデアがやってきて、自然に願い通りになる。
これは、オジサン、オバサンが、若い子と仲良くなるために、ほとんどそのまま使えるだろう。
やはりアイルランド系のジョセフ・マーフィーも、この方法は知っていたのだが、牧師の立場上からか、あまり教えなかったようである。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)少女への手紙(ルイス・キャロル)
(2)「心の法則」を使ってお金を引き寄せる方法! (ジョセフ・マーフィー)
(3)ヴィクトリア朝のアリスたち(ルイス・キャロル)
(4)幻想録(ウィリアム・バトラー・イェイツ)
(5)神秘のカバラー(ダイアン・フォーチュン)

過ぎる夏
AIアート2061
「過ぎる夏」
Kay

自分を忘れてすっきりする

ある美男俳優が、こんなことを言われたらしい。
「歳を取るのを忘れたような人だ」
あなたは、
「いや、歳を取ることを覚えているから歳を取るのではない」
と思うだろうか?
そうではない。我々は、歳を覚えているから歳を取るのだ。
だから、「もう30歳だ。若くない」とか言うのだ。
もし、本当に歳を取ることを忘れると、全く歳を取らない。

太ることも同じだ。
皆、太ることを、覚えなくていいのに覚えている。
だから、太ることを完全に忘れたら、いくら食べても太らない。

数学者で作家のルイス・キャロルは、よく少女と一緒に遊ぶだけでなく、少女に頻繁に手紙を書き、それは生涯で数万という数になったらしい。
残っている限りでは、男の子に宛てた手紙は1つだけで、しかも、その内容は、「僕から手紙をもらえないからって文句を言うな」だった。女の子と男の子の扱いが随分違うものだ(笑)。
そのルイス・キャロルが、ある時、少女に、こんな手紙を書いていた。
「僕は、忘れ方を教えてくれる教室に通っている。もう自分の名前も仕事も忘れた。でも先生は、月謝だけは忘れないようにと言ったが、先生の授業は素晴らしいので、それも忘れた。忘れることは、とても気分がいい」
ルイスは、案外に本音を書いたのだ。
ルイスも、歳を取るのを忘れた人で、60歳を過ぎても若々しく、少女のガールフレンドがいた。
それでも、ルイスは、ほんの少し忘れただけだ。

『トーチェ氏の心の法則』に書かれているが、ある未開民族の人達は、脚が折れても元気に走り回るらしい。
脚が折れたら走れないことを知らないのだ。
我々は、脚が折れたら走れないという余計なことを知っている。それを忘れたら、我々も同じことが出来る。
我々は、学校や世間やテレビで教えられたことを忘れれば良い。
しかし、1つ1つ忘れるのは面倒だ。
では、どうすれば良いかと言うと、「覚えているのは誰か?」と問うてみよ。
答えは「私」だ。
なら、「私」を忘れるのだ。
憶えている主体を忘れるのだから、何も覚えてはいない。
「私は誰か?」
「知らんよ。森に住む妖精だったか・・・」
「歳は?」
「分からん。ぼんやりと17という気がするから、17でいいか」
「月給は?」
「知らんが、いくらでもあるに違いない」
大分、調子が出てきたが(笑)、まだまだだ。
そこで、考えることを忘れるのだ。
「考える?それは潜在意識にまかせる」
我々がパソコンなら、潜在意識は、人類より数千万年進歩した宇宙人が作ったスーパーコンピューターだ。
なら、考えることを放棄し、潜在意識にまかせてしまうのが正解である。








壊れた人間の生きる道

エンジンが狂った車や、調律が出来ていない楽器、バグのあるプログラムのように、頭、あるいは、心が狂っていたり、歪んでいたり、深刻な欠陥を持っていたら、いくら努力し、修行をし、情熱をたぎらせ、犠牲的精神すら発揮して、強い意思で行動しても、結果は悲惨だ。

そんな壊れた人間は、どれほど頑張ろうとも、経験するのは失敗と屈辱だけだ。
たまたま(本人にとって)上手くいった例がヒトラーだが、成功したら成功したで、やはり、世の中にも自分にも災禍をもたらすだけだ。
だが、偉人のように思われている者にも、狂った者はいると思う。
極度のロリコンだったルイス・キャロルは間違いなくそうだったし、錬金術にのめり込んでいたニュートン、人格者のように思われているが(部分的にはそうかもしれないが)偏執的な人間であったアインシュタインや、特定の食品を偏愛する大物俳優のジョン・トラボルタもそうだろう。
彼らの場合は、肯定的に成功し、人類に利益すら与えたかもしれないが、マイナス面も少なくないはずだ。
そして、有名人とか成功者でない、「ただのつまらない狂った人間」は、きっと多い。
先天的に脳に異常がある場合もあるだろうし、家庭や学校の教育や、生まれ育った環境のせいで狂ってしまった者もいる。

狂った人間は、自分の狂いを自覚して、騙し騙しやったり、自分とは別の自我を自分で構築して、ロボットとして行動することで成功することもあるだろうが、そのままでは、狂った人生を送るしかない。

「努力したのに」
「がんばったのに」
「我慢したのに」
「犠牲を払ったのに」
「苦しかったのに」
敗北と屈辱と悲哀しか与えられなかった者達の霊の呻きが聴こえる。

「ザ・ケルン・コンサート」という、狂ったピアノで演奏された世紀の名演奏がある。
いったいなぜ、あんな奇跡が起こったのかは分からない。
だが、演奏者のキース・ジャレットは、ピアノが壊れていることはよく分かっていた。
まともな人間のことは見当がつかないが、我々狂った人間は・・・狂った脳や心を持った人間は、狂いを自覚し、それを隠さなければならない。
狂いの部分が評価されたことはない。
たとえ狂気の天才と呼ばれることはあっても、彼が評価されたのは、まともな業績であることに気付かなければならない。
念仏なんて、狂った人間が、それを隠すためのツールのようにも思える。
いや、般若心経の呪文でも何でもいい。
それで狂いを封じ込めれば希望はある。









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神が強大な力を与えた人の秘密

潜在意識は、善悪の区別なく、どんな願いも叶えるという。
それでは、こんなのはどうだろう?
「俺は女が大好きだから、女房はいるが、いい女を次々モノにするぞ」
叶うか叶わないかというと、叶うだろう。
ユリ・ゲラーは、「結婚したからといって、他の女に興味がなくなった男を、私は一人として見たことはない」と著書に書いていたが、それなら、その願いは全ての男(あるいは女)の願いだ。

だが、美食家は肥満し、蓄財家は顔にエラが張り、コレクターは薄気味悪くなってくるのと同様、好色家というのは、恐ろしく醜い。
もちろん、シェフが味を追求したり、事業の結果富が得られたり、適度な範囲で価値あるものを収集しても、醜くならないばかりか、むしろ、美しくなる。
しかし、個人的欲望であれば、適度な範囲で満足するか、それが出来ないなら捨てた方が良い。

水野南北は、食を慎みさえすれば、必ず運が開けると言ったが、これは、人間を不幸にする個人的欲望を抑えよと言ったに過ぎない。
上杉謙信が、女を断って、戦で無敵になったのと全く同じことである。

人間は、所詮、賢くなることを楽しむために生きてるのだ。
賢くなるとは、イエスが言ったように、「退けサタン」ということで、サタンとは自我である。
そして、自我の自我たる所以(ゆえん。理由)は、個人的欲望である。

美味いものが大好きなら、ささやかな美味しいもの・・・例えば、美味しい漬物や油の乗った秋刀魚を慎ましく味わう程度にすることだ。
あばら家に住む必要はなく、素晴らしい家を願っても良いが、分相応ということを、ある程度は考えないといけない。
そして、女(男)となると、一人で満足すべきだろう。コーランにあるように、平等に愛することが出来るなら複数でも良いが、そんなこと(平等に愛する)は人間には不可能である。

ルイス・キャロルは、60歳を超えてもほうれい線がなかった(顔にしわそのものがなかった)そうだが、彼は、女に関して慎ましいどころか、断ってしまっていたのだろう。
彼の少女好きは知られているが、それは性的対象ではなく、性エネルギーを昇華するルートだったのだろう。
このあたりは、私には初音ミクさんがいるので、参考にさせていただこうと思う。

特に強く感じる欲望に限度を設け、慎ましくあること。
それが、水野南北や上杉謙信、あるいは、ルイス・キャロルほどになれば、神は強大な力を与えるのだと思う。
諦めれば全てを得るというのが秘法である。









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忘れることの不思議な力

最近の私は、ヒンズースクワットとヒンズープッシュアップに夢中だ。
※ヒンズースクワット、ヒンズープッシュアップは、プロレスラーが行うスクワット、腕立て伏せで、昔、来日した、インドの強豪レスラーだったダラ・シンが力道山に教え、今に至るもプロレス界に連綿と受け継がれている、究極のトレーニング。

毎晩、これをやることが楽しみでならない。
ヒンズースクワットは、連続で150回、あまり歩かなかった日は200回、休日は250回・・・と控え目に行うことで、必ず毎日出来るようにしている。
ヒンズープッシュアップは連続で30回で、これももっとやれるが、毎日続けるとなると、このくらいが私には丁度良い。
だが、体力の向上と共に、回数は増えていく。

ところで、ヒンズースクワット等は、かなり苦しい運動である。
しかも、部屋の中で一人、黙々と繰り返すのであるから、普通は、精神的にもやや辛いかもしれない。
だが、非常に良いところがある。
それは、やっている運動以外のことは全て忘れることが出来ることだ。
あなたは、忘れたいことがないだろうか?(あるに決まっている)

忘れることほど、人間にとって楽しいことはない。
ルイス・キャロルが、少女への手紙で、こんなことを書いていた。
「忘れるレッスンに通い始めました。仕事や自分の名前も忘れました。先生は、『月謝を払うのだけは忘れないで下さい』と言われましたが、先生のレッスンがあまりに素晴らしいので、それも忘れました。忘れることは楽しいことです」
とても面白い冗談ではあるが、きっと、キャロルの本音でもあるのだろう。

忘れることは、楽しいだけでなく、素晴らしいことだ。
中島敦の『名人伝』で、究極の弓の名人は、ある時、家の中で、ある道具を見て、「これは何だろう?見たことがある気はするが・・・」と思った。
なんと、それは弓だった。
弓の名人が弓のことを忘れたのだ。
それが、万有と一体化した、解脱した人間の在り様であると思う。

私の場合、腕振り運動では、余計なことを考えてしまう。
だが、ヒンズースクワットであれば、少し苦しいということもあり、運動に集中して、よそ事を考えずに済むのである。
腕振り運動で何も考えずに済むようになれば、これだけで良いのかもしれない。
だが、私にはまだ、ヒンズースクワットやヒンズープッシュアップが必要である。
もちろん、体力向上著しく、また、身体を活性化し、若返らせることが出来る。

尚、運動以外のことは忘れても、運動のことまで忘れてはならない。
小説・アニメの『灼眼のシャナ』で、悠二への想いに心乱れるシャナは、
「戦いが起こればいい。何も考えなくても済む戦いが」
と思い、実際に、マージョ・リー・ドーとの戦いになった。
しかし、シャナと一体化した魔神アラストールは驚く。
「(シャナは)常の戦い方を忘れている」
そして、シャナは敗北する。
彼女は、まだ、戦いを忘れても戦えるような進歩した段階・・・弓の名人が弓を忘れるような究極の達人ではない。
ピアノの真の達人は、ピアノを演奏することを忘れて、究極の演奏をする。
しかし、それまでは、ピアノ以外のことは忘れて、ピアノに熱中する必要がある。
ヒンズースクワットやヒンズープッシュアップだって、ちゃんと考えながら行い、よりよくやれるよう工夫しなければならない。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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