ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

モハメド・アリ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

大口大いに叩くべし

トランプ大統領を見ていると、モハメド・アリ(1942~2016)を思い出す。
アリの本名はカシアス・マーセラス・クレイ・ジュニアで、ある時期まではリングネームもカシアス・クレイだったが、「ほら吹きクレイ」などと呼ばれていた。
トランプとアリは、大口を叩くところが似ている。
アリが「ほら吹きクレイ」と呼ばれていたのは、嘘をつくからではなく、大口が度を過ぎていたからだが、トランプも大口のせいで悪く言われることが多い。

だが、この大口は言霊的には良いかもしれない。

1974年10月30日、ボクシング史上最も有名な試合と言われる、ヘビー級世界王者ジョージ・フォアマンと元王者のモハメド・アリの試合が、ザイールの首都キンシャサで行われた。
予想では圧倒的にフォアマンが有利だった。「象をも殺す」と言われた殺人パンチを誇り、「怪物」と呼ばれる25歳の無敗の王者フォアマンに対し、ブランクのある32歳のアリの挑戦は無謀と言われることもあった。
試合はフォアマンの優勢で進み、アリがコーナーに追い詰められて一方的に攻撃されるシーンが目立ったが、8ラウンド、アリの右ストレートで逆転KO勝ちとなった。
極めてセンセーショナルな、この逆転KO劇は現在も「キンシャサの奇跡」として知られている。

ところで、アリとフォアマンは、不良と紳士のように言われることが多かったと思う。
その原因の大きなものが、2人の言葉だと思う。
「俺ほどハンサムで強いボクサーはいない」が口ぐせのアリに対し、「私より強い若者はいくらでもいる」と言う謙虚なフォアマンが好感を持たれることも多かったが、人気はアリが圧倒的に優っていた。
そんなアリは「世界で最も有名な人物」とまで言われるまでになったが、フォアマンはアリに敗れてからは、あまり注目されず28歳で引退する。
(ただし、フォアマンは38歳で現役復帰。45歳で世界王者に返り咲いた)
アリの自画自賛は有名だった。
日本の化粧品のCMでアリは「I'm prettiest(俺は一番美しい)」と臆面もなく言っていたが、いかにもアリが言いそうなことだ。
しかし、美しくなりたい人は、是非、この言葉を言って欲しいものだ。
言霊の力で本当に美しくなると思われるからだ。

トランプも大口では負けず、自分の実績を声高に宣伝すると共に「俺は、習近平やプーチンなど世界の指導者達に尊敬されている」「俺はIQが高い」など、およそ普通の人間が言わないことを堂々と言うが、それは若い頃からで、テキサスの大富豪ロス・ペローはトランプのことを著書で「ニューヨークの目立ちたがり屋」とこき下ろしていた。
だが、彼の成功の大きな要因が、そんな言葉が起こす引き寄せ効果と思えるのである。
そう言えば、エジソンも「俺は天才だ」が口ぐせだったらしいし、そう紙にも書いていたらしい。
また、最も有名な体操選手であったナディア・コマネチも、十代前半の時から「もちろん私が優勝する」「(10点満点が)もちろん出る」と平然と言っていたようだ。
謙虚の美徳は疑いようもないが、意識的に大口を叩くことが成功の秘訣であることは、謙譲の国である日本でこそ、言霊の力として理解され易いかもしれない。
実際、私の知り合いでも、自分を卑下する者、自虐的な者はうだつが上がらず、自己肯定感が強いと言えば聞こえはいいが、成功している者は、自慢と言うよりは自愛が強く、大口を叩く者が多いと思う。
芸能人だって、自虐ネタを売り物にしていた者は間違いなく落ちぶれていると思う。

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(1)評伝モハメド・アリ ~アメリカで最も憎まれたチャンピオン~
(2)新伝記 平和をもたらした人びと モハメド・アリ 徴兵をこばんだ最強のボクサー
(3)トランプ自伝(ドナルド・トランプ)
(4)トランプの真実 ~トランプ・ファミリーとホワイトハウスの素顔~
(5)斎藤一人の絶対成功する千回の法則(斎藤一人インタビュー)
(6)成功の掟(マーク・フィッシャー)

心の在り処
AIアート1450
「心の在り処」
Kay

世紀の大番狂わせはなぜ起こったのか?

スポーツの試合で「大番狂わせ」と言って、試合前にほとんど立っていた勝敗の予想と反対の結果(両者の評価の差が極端に大きい場合は引き分けも含む)になることがある。
野球やサッカーではそんなことは多いが、それは予選リーグや決勝以外の試合で、強い方が力を温存していた場合が大半である。
また、特にチーム競技では、かなり実力差があっても、数を戦えば弱い方が勝つことがあるのは不思議なことではない。
ただ、マスコミの騒ぎすぎ、煽り過ぎで大番狂わせ感を高めることはよくある。

史上最高の大番狂わせと考えられることが多いスポーツの試合は、1974年10月30日に、ザイールの首都キンシャサで行われた、プロボクシング世界ヘビー級タイトルマッチの、王者ジョージ・フォアマン対、挑戦者モハメド・アリの試合だろう。
当時32歳のアリが伝説を作った全盛期は20代前半と考えられていた。アリは長いブランクがあり、28歳での復帰後は衰えが指摘され、弱くはなかったが、かつてのような神秘的で圧倒的な強さはなくなっていた。
一方、王者のフォアマンは全盛期の25歳で、戦績は40戦全勝の37KO。特に、このアリ戦まで24連続KO中で、アリが判定で勝ったり負けたりしていたフレージャーやノートンを共に2ラウンドKOしていた。
アリに対して「無謀」「正気でない」と言ってもあまり文句は言わなかったと思う。

『キンシャサの奇跡』として歴史に残るこの試合は8ラウンドに、そこまで攻められ続けたアリが劇的な逆転KO勝ちを収め、7年振りに世界王者に返り咲いた。
試合後、フォアマンが「試合前に毒を盛られた」と言ったという記事があったが、本当にそう言ったらしい。それほど、フォアマンは自分の敗北が信じられなかった。その他にも、フォアマンは、アリ側がリングに細工をしたなど、様々なことを訴えたが、後に、フォアマンは自分のそんな言い訳めいた主張を全て撤回し、アリが実力で勝ったことを認めている。
その上で、フォアマンはアリがなぜ勝てたのかを語ることがあった。
フォアマンが、こんなことを言うインタビュー動画を見たことがある。
象をも倒すと言われたフォアマンの殺人パンチをコーナーで一方的に受け続けながら倒れなかったアリに対し、フォアマンは、「人間というのは、耐えられる理由があれば耐えられるんだ。アリには耐える理由があったんだ」と私見だが確信を持って語った。

その後、フォアマンは、アリと再選しないまま28歳で引退し、牧師になる。
しかし、38歳で現役復帰し、最初は嘲笑された(かなり腹も出ていた)が、徐々に調子を上げ、24連勝を遂げた。
そして、世界王座に3度挑戦するも失敗。だが、4度目の世界王座挑戦で、王者マイケル・モーラーに劇的な逆転KO勝ちを収め、45歳にして、20年振りに世界王者に返り咲く。

アリはなぜフォアマンに勝てたのか?
はっきり言って、実力ではフォアマンが優っていたと思われる。
フォアマンは、アリには「耐える理由があった」と言ったが、アリには、勝たなければならない理由があったのだ。
ローマ・オリンピックで獲得した金メダル(ボクシングライトヘビー級)を川に投げ捨て、人種差別と闘い、ベトナム戦争徴兵を拒否し国家権力とも戦っていた。
そんなアリは負けるわけにはいかなかった。
最近、このブログで話題にしているマイク・ハーナッキーの「究極の秘訣」の通り、アリは「勝つために必要なことは全て自主的に行う心構え」があった。
もちろん、プロスポーツにおいては、勝つためにやれることは全部やるという選手やスタッフは少なくないかもしれないが、それは、理性で分かる範囲である。アリは、考えても分からないことも含め、必要なら何でもするつもりだったに違いないのだ。
一方、フォアマンは45歳になって、そんな心構えが出来たのだろう。

月下の華
AIアート641
「月下の華」
Kay


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(1)成功の扉(マイク・ハーナッキー)
(2)ALI アリ [Blu-ray] ※映画。主演ウィル・スミス
(3)評伝モハメド・アリ――アメリカで最も憎まれたチャンピオン
(4)ジョージ・フォアマン:45歳のヘビー級チャンピオン(Amazon Prime Video)
(5)成功への情熱(稲盛和夫)

自愛について

自分を愛することを「自愛」と言い、自愛がないと幸福になれないという。
だが、自愛が苦手な人が多い。どうしても自分が好きになれない人だ。
だが、自愛というか、自分が好きでないと、いろんな問題が起こる。
『新世紀ヱヴァンゲリヲン』というアニメは、元々は、シンジという14歳の少年が自愛を手に入れる物語で、最終話の最後の場面で、シンジは独り言をつぶやく。
「僕は自分が嫌いだ」
「でも好きになれるかもしれない」
そう言った時には、既に何かに気付き、自分を好きになりかけているのである。
なぜ、そうなったのかというと、まあ、最終話までにいろいろあったからだろう。
だが、我々は、レイやアスカやミサト、その他の魅力的なキャラクターとはなかなか出会えない。
それで、やっぱり自愛が苦手な人が多く、スピリチュアル界隈で奨められる「私を愛している」なんて言葉は気持ち悪くて言えないという人もいる。
だが、愛とまではいかなくても、自分が好きでなければ、やっぱり、人生は苦しいものになる。

自分が嫌いな原因なんて探っても仕方がないかもしれない。
「いや、それが重要だ」と言う人もいるが、面倒だし、時間がかかるし、そもそも、そんなことやりたくない。
そこで、私はこんなお話を思い出す。
アメリカのある小学校でのお話だ。
ある女性教師のクラスに、問題のある黒人の男子生徒がいた。
生まれた時からスラム街で生活し、家庭環境に問題があるなどというレベルではなかったのだろう。
その生徒は、授業中、ずっと後ろを向いていた。
その女性教師は、この生徒には自愛というものが全くない・・・自分には何の価値もないと思っているのだということが分かっていた。
そこで、この女性教師は、その生徒に、こんな奇妙な指示をした。
「これから、私に何を聞かれても、『それは僕が賢すぎるからです』と答えなさい」
これは、される側にとっても、嫌な指示ではない。
教師は、早速、質問した。
「どうして後ろを向いているの?」
「僕が賢すぎるからです」
「あなたのようなハンサムが後ろを向いているのはもったいないわ」
これで、その生徒は前を向くようになり、後に全米屈指の脳外科医になり、大統領が頭部を狙撃された時、一番に声がかかったのは彼で、そのことはニュースでも報道された。

自愛もやりようなのだ。
もし、その教師が、その生徒に、「『私を愛している』と言いなさい」などと言ったら、その生徒はより屈折したかもしれない。

プロボクシングの歴史で最も有名な選手は、世界ヘビー級チャンピオンだったモハメド・アリかもしれない。
彼が絶頂期に、日本のどこかの企業のテレビCMに登場したことがあった。
彼は、カメラに向かって、自信たっぷりに、
「I'm prettiest(俺は一番美しい)」
と言ったが、CMの企画というより、彼らしい、実際に、彼が言いそうな言葉だった。
彼はいつも、「俺ほどハンサムで強いボクサーはいない」と言っていたのも確かだ。
彼は、強いより先に、美しいことが重要だったのだろう。
もしかしたら、自分が偉大であることが最も重要だったのかもしれない。
彼は、うまい自愛のやり方を見つけたのかもしれないが、どこか作為的・・・無理矢理過ぎた。
それで、歳を取り、自分より強く美しいボクサーが現れると、彼の人生は急降下していった。

上の女性教師が、あの生徒に教えた自愛は、もっとマシだった。
「賢い」は生涯使えるし、それに、本当に賢くなったら、もう、自分が賢いなんて言う必要はなくなる。
だが、アリは、自分が美しく、強くなければ、自分は偉大ではなく、偉大ではない自分を愛することは出来なかったのだろう。
明らかに、一種の悲劇である。

そこで、最も賢い教師は、こう教えたのだ。
「何があっても、自分は完璧だと言いなさい」
勉強が出来なかろうが、「私は完璧」なのだ。
運動が出来なくても、「私は完璧」だ。
不細工だろうが、弱かろうが、「私は完璧」と言わないといけない。
ロリコンの変態であっても、「私は完璧」なのである。
BL好きの腐女子なんて、「私は完璧」以外の何者でもない。
心の中で言うだけでよろしい。
「私は完璧だ」と。
不細工で弱くても、美人で強くなるし、ロリコンの変態は、変態ではなくなる。
BL好きの腐女子は貴女子になる。
給料が安くても、仕事でミスをしても、卑怯者で責任感がないと言われても、「私は完璧だ」と言うのだ。
「私が完璧だなんてとでもない」と思った自分も完璧なのだと言わないといけない。
ダイエットしたいのに、お菓子を一袋全部食べてしまっても「私は完璧だ」と言うのだ。
それでもう、スリムで美人になっている。

肝は、「私は完璧だった」でも「私は完璧になる」でもない。
今、この瞬間、「私は完璧だ」なのである。
既に完璧なのである。
お金持ちや、モテモテを超えて完璧なのである。
そんな些細なもの(お金、魅力や美)は、ついでのもので、当然ある。
とにもかくにも、「私は完璧だ」と言いなさい。
これが、偉大な賢者の教えである。








トランプのようなメンタルを持つ少女

アメリカのトランプ大統領は、とんでもないレベルの自己称賛を真顔でする。
私が特に覚えているもので言えば、次のようなものがある。
1つは、先月(2020年10月)22日に行われた、アメリカ大統領選でのバイデン候補とのテレビ討論会で、
「私は、ここにいる誰よりも人種差別主義者ではない」
と言ったこと。
もう1つ言うと、いつの話だったか忘れたが、
「私ほど聖書を読んでいる人間はいない」
と言ったこともあるらしい。
いずれも、トランプは本当に自信があるのかもしれないが、彼以外で、公然と、これらのようなことを言える者はいないと思う。
つまり、トランプは世にも稀な人間だ。

いや、考えてみれば、トランプに負けない超有名人で、そんなことが言える人がもう1人いた。
プロボクシング世界ヘビー級チャンピオンだったモハメド・アリだ。
彼は、
「俺ほどハンサムで強いボクサーはいない」
と、堂々と言っていた。
それで彼は、「ほら吹きクレイ(アリのもう1つの名前がカシアス・クレイ)」と呼ばれていたが、この「ほら吹きクレイ」は、英語では「Loudmouth Clay」で、Loudmouth(ラウドマウス)は、「ほら吹き」と言うよりは、「大口を叩く」という意味で、必ずしも悪口ではない。
それで言えば、トランプこそ、「Loudmouth Trump」と呼ぶのが、まさにピッタリだ。
これを、日本でのアリのように、「ほら吹きトランプ」と言うべきではないだろう(言いたい人も多いだろうがw)。

ひょっとしたら、人々は、アリやトランプのような「大口叩き」が好きなのだと思う。
私は、アリやトランプは、本当に自信に満ち溢れている訳ではなく、普通の人と同じような不安を感じるのではないかと思っている。
いや、それどころか、ひょっとしたら、普通の人より繊細で小心者かもしれない。
そんな人が、豪胆な態度をし、超強気な言葉を発するから魅力があるのかもしれない。

皆が皆、アリやトランプのような大口叩きにならなくて良いし、また、大口叩きをするのが向いていない人もいるだろう。
それに、実力もないのに、つい、「俺は出来る!やってみせる!」などと言って、後で大変な目に遭う馬鹿も結構見た気がする(笑)。

だが、こんな人がいた。
私は、友達がいなかったせいか(笑)、小学校の時のクラスメイトで、特に仲良しだった子を除けば、フルネームで覚えている人は、たった1人だ。
そして、その1人は友達でも何でもなかった。
女の子だった。
彼女はクラスのつまはじき者で、その子に触れたら「○○菌がうつる(○○はその子の姓)」と言われていた。
だが、彼女はいつも明るかった。
そして、行動的で積極的だった。
つまり、「目立つ」から嫌われていたというところもあったのかもしれない。
しかし、いじめられてはいなかった。
私は、別に彼女が嫌いではなかったし、どちらかというと、魅力的と思っていた。
ところが、彼女は、教師も含めて、本当に露骨に嫌われていた。
特に、馬鹿なやつほど(笑)、彼女への嫌悪感を示し、嫌がらせをする男子もいた。
だが、彼女は、男子の嫌がらせにも負けていなかった。
ただ、彼女は、勉強はあまり出来なかったし、クラス委員はおろか、何かでリーダー的な役割になることはなく、まあ、劣等生に近かったと思う。
そんな彼女が、ベテランの高圧的な女性教師と言い争いになった。
全校集会の司会は、教師か、児童会長クラスの優秀な生徒がやるものだが、その、つまはじき者の彼女が、「あんなの簡単だ」と言ったことが、その女性教師の癇に障ったらしい。
そして、女性教師が、「じゃあ、やってみなさい」と言い、本当に手配をして、ホームルームの司会すらしたことがないその女の子が、千人以上の全校生徒の前で司会をすることになった。
私は、講演をすることもあるので分かるが、70人くらいになったらかなりの人数で、ちょっと気を引き締めないといけない。
それが千人以上なら、演壇から見れば、壮観と言っても大袈裟ではないと思う。
そんなところで、小学4年生の、全く司会未経験の、言っては悪いが劣等生の女の子が、1人で司会をするのである。
意地悪な女性教師としては、その女の子が、泣き崩れるか、すくみ上って声も出ないことを期待したかもしれない。
彼女が醜態を晒した後で、自分が変われば良いのだ。
ところが、このつまはじき者の少女は、見事、堂々とやってのけ、事情を知る全教師を驚愕させたのだ。
あの女性教師の悔しそうな顔は忘れられない(笑)。

長々と、こんな話をしたのは、あのつまはじき者の女の子と、トランプが似ているように思えたからだ。
まとめると、私も是非、あの女の子やトランプのようでありたいと思う。








超人モードにスイッチする方法

人間の内部に隠された超人的能力を解放するためには、自意識(自我、顕在意識)をふっ飛ばせば良いのだが、それを最も容易く起こさせるのは生命の危機だ。
死の危険があることだから、なかなかみだりに使えないが、「大死一番」「死に物狂い」「決死」が、人間が持つ本当の力を解放することは、いまさら言うまでもない。
この方法を最も鮮やかに使ったものの1つが、私は「キンシャサの奇跡」と思う。
ザイール共和国(現在はコンゴ民主共和国)の首都キンシャサで1974年に行われた、ジョージ・フォアマン対モハメド・アリのプロボクシング世界ヘビー級タイトルマッチだ。
予想では、圧倒的に不利だったアリが8ラウンド、劇的な逆転KOで勝利を得た。
そして、これを言った人を私は知らないが、アリは見事に超人モードに入ることで、一瞬でフォアマンをKOしたのだ。
ではどうやって?
アリが、ロープ際でガードを固めてはいても、足を止めてフォアマンのパンチを受け続けることによってだ。
後にフォアマンは語っている。
「人間は耐える理由があれば痛みに耐えられる。あの時、アリには痛みに耐える理由があったんだ」
だが、理由があったって、フォアマンの殺人パンチを受ければ死ぬ。
さすがに顔を殴られれば、1発で倒れるから、アリは顔はガードしたが、ボディはかなり打たれた。
評論家は、フォアマンはパンチを打ち過ぎて疲れたところでアリの反撃を許したと言う。
しかし、フォアマンが打ち疲れるほど打ったのだ。
この時、アリは死を強く意識し、その刹那、内側の超人が表に現れ、フォアマンをノックアウトしたのだ。
フロイト的に言えば、意識が消えることで、無意識の中の生命エネルギーである「エス」が表出したと言えるかもしれない。
このように、アリは「死を使った」のである。
何が起きたか理解出来なかったフォアマンは一時的に精神錯乱を起こし、「薬を盛られた」だの「光を見た」だの、奇妙な発言をしたことはよく知られているが、後にフォアマンは、薬を盛られたことは否定し、光を見たことに対しては、それらしいストーリーを作って語るしかなくなった。

アリの「死の使い方」はアラブのテクニックかもしれない。
同等の方法は、五島勉氏の『ノストラダムス 死活の書』に、かなりうまく書かれている(この本は、舛添要一さんと竹村健一さんが推薦の言葉を書いている)。

死のテクニック以外で、能力を発揮する方法としては、ナポレオン・ヒルが「性エネルギー昇華」を提示している。
性エネルギーを浪費せず、溜めておくことで、いざという時に、そのエネルギーを取り出すのである。
『緋弾のアリア』の主人公、遠山キンジが、性的興奮の極地に達した時、「ヒステリアモード」という超人モードになるようなものだろうか?
いずれにしろ、キンジは、高校2年生という若さでありながら、普段、禁欲を保っているからこそ、そういったことも可能なのだろう。

もう1人、極めて特異な形で超人モードになれたのが、「魔法を使って治している」とまで言われた奇跡の精神科医ミルトン・エリクソンだ。
彼の治療法は、散々研究されているが、おそらく、大した成果は出ていない。
エリクソンの場合、元々死んでいたのだ。
彼は、17歳の時、ポリオに罹り、目玉しか動かせない状態になったが、ある時、医者の死の宣告(夜のことで、「朝まで持たない」と言われた)を受けている。
だが、エリクソンは死ぬのを止めたのだ。
こんな時に、人間は死を克服し、死を使えるようになえる。

ある有名な日本人コックの、こんな話がある。
第二次世界大戦中、シベリアで捕虜になっていたある夜、瀕死の重傷の日本兵がいて、ロシア兵は、朝まで持たないので、最後に何か食べさせてやってくれと言う。
そのコックは、林檎をパイナップル風に料理し、その日本兵に食べさせたが、その時、瀕死の日本兵は、「こんな美味いものが食べられるならもう一度生きよう」と思った。
そして、完全に回復してしまったのである。

こういったことの極意は、江戸時代の臨済宗の僧、至道無難(しどう むなん)が言葉にしてくれている。
「生きながら死人となりてなり果てて思いのままにするわざぞよき」
少し難しいだろう。
しかし、「岡田式静坐法」で知られた岡田虎二郎(1872〜1920)は、これを、「自分を地下深く埋葬した気で生きよ」と教えたのである。
例えば、自分の墓を想像し、自分が消えた世界をイメージして、そこで自由自在に生きれば良い。
ただ、方法は無限にあり、そのうちの1つを持てば良いのである。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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