昔は、学校で、体育の時間に水泳をする時、「今日は風邪をひいているので見学させて下さい」と言ったら、「そんなの、泳げば治る」と言って取り合わない教師がいた。
また、部活でロードワーク(路上や山野でのジョギング)に行く時、体調が悪いので休むと言ったら、休ませるどころか、「たるんでる」と言って、先頭を走らせる教師がいた。
今の時代に、そんなことをすればPTAの袋叩きに合い、マスコミには暴力教師として取り上げられ、SNSで拡散し、糾弾される。
しかし、かつて、そんな扱いを受けた人は、大人になって、案外に感謝しているのである。
また、これは、書き始めに、言い訳から始めるなど、慎重に書かないといけないようなことと思うが、それをしないでおく(これ自体が言い訳だ)。
心身にハンディキャップを持った人が職場にいれば、周囲の人は、温かい心配りを持って、優しく接しないといけないのが常識とされている。
しかし、それにより、ハンディキャップを持った人が、甘やかされてしまい、自立できないというケースもあるかもしれない・・・というより、あった。
ハンディキャップを乗り越えて成功した人の中には、「若い時にいじめてくれた、あの人に感謝している」と本気で言っていた人がいる。その「いじめてくれた人」は、決して、涙を飲んで、あえて鍛えてやったのではなく、利己的な人間で、本当にただ、弱い者いじめを楽しんでいたのかもしれない。しかし、それでも、感謝されているのだ。
先日、全英オープンテニスで、日本のスター選手の錦織圭さんが、脚を痛めて棄権したが、専門家もファンも、ほぼ全員が、「良い判断」「止む無し」と、肯定的に反応したと思う。
ところが、プロレスのジャイアント馬場さんの弟子だった人が、脚を怪我した時、馬場さんは「練習で治せ」と命じて休ませず、それで、全然治らなかったらしい。
しかし、その弟子は、その後、大成し、やはり、馬場さんに感謝しているのである。
ただ、どうもプロレスは常識外れの世界らしく、馬場さんも、プロレスに入門して間もない頃、怪我をして包帯をしていたら、力道山が、「なんだ!そんなもんつけて!」と言って、下駄で包帯の上から叩かれ、ビックリしたらしい。
馬場さんは、デビューから5千試合以上、無欠場の記録を持っていて、怪我に強いと言われていたが、怪我をしなかった訳ではない。
若手時代、アメリカで、怪我で左腕が動かなくて、ぶらんとしている状態でも試合に出場し、「辛かった」と思い出話をしていたことがあったらしい。
また、あるタッグマッチの試合で、フライングヘッドシザースという技(首を両脚で挟んだままマットに倒す荒業)でマットに叩きつけられた直後、全身が動かなくなり、試合が終わるまでリング下に寝転び、試合終了後、タンカで控え室に運ばれた。相当ヤバイ状態であるが、注射を打ってもらったら、少し感覚が戻ってきた。しかし、明日はいくらなんでも欠場と思っていたら、タッグパートナーがやってきて、「明日もよろしくお願いします」と言われ、休む訳にいかなくなり、本当に、翌日出場した。
そしてまた、足の靭帯(じんたい)を損傷し、まともに歩くことも出来ない状態で、全盛期のアブドーラ・ザ・ブッチャーという強豪と戦い、その時は、リーグ戦の最中だったので、ブッチャーにポイントを与えないために、なんとか引き分けに持ち込んだことがあった。そして、出遅れながらも、ポイントを稼ぎ、優勝決定戦では、まず、同率2位のブッチャーと戦って勝ち、その直後、ほとんど休憩なしで、ポイント1位の、最強の弟子、ジャンボ鶴田と戦うという無茶な展開になったが、激闘の末、鶴田を破って逆転優勝した。
また、総合格闘技の試合だが、桜庭和志さんと戦うハイアン・グレイシーが、試合前日に右腕に重症を負い、普通なら当然欠場するはずが、ハイアンは試合をすることを、こんなコメントと共に表明した。
「試合は予定通り行います。なぜなら、何の問題もないからです。これは闘いなのですから、ハンデはありません」
非常識ではあるが、正直、しびれた。
結局、医者に出場を認めさせるため、5分3ラウンドで行うところを10分1ラウンドの特別ルールに変更した。そして、ハイアンは惨敗したが、闘志溢れるファイトを見せた。桜庭さんも、ハイアンの痛めている右腕を積極的に狙っていったが、プロなんだから、そうでなくてはならない。また、そうでないと、ハイアンに対して失礼だ。
かつて、ロサンゼルスオリンピックで、山下泰裕さんと重量級決勝で戦ったモハメド・ラシュワンが、「私は、山下が痛めていた右足を狙わなかった」と言って、美談として評判になり、それがラシュワンの名を日本人の記憶に残したが、これは、柔道がスポーツであり、本当の格闘技(殺し合い)ではないからだ。
骨法を創始した格闘家、堀辺正史さんが、柔道5段の男と、植木屋のただのオッサンが喧嘩し、植木屋の方が勝ってしまった話を著書の中で書かれていたが、その趣旨も、スポーツと闘いは違うというものだったと思う。
ビージーズの『メロディ・フェア』という歌では、少女に対し、「人生はかけっこなんだ」と、優しく人生の厳しさを教えるが、もっとまともに言えば、人生はスポーツじゃなく、闘いである。
梶原一騎氏の創作かもしれないが、空手家の大山倍達さんの伝記漫画で、大山さんがフランスで、トラック運転手の男達に空手を教えていて、大山さんが、その中の1人と組み手をやった時、初心者であるトラック運転手の男は、当然ながら全く敵わず、すぐに「参った」と言ったが、大山さんは、その男にとどめの一撃を加えて失神させ、男の運転手仲間達が色めき立ち、
「大山先生、こいつは『参った』って言いましたぜ」
と大山さんを咎める。
すると、大山さんは、
「参ったと言ったからといって、敵が攻撃をやめるとは限らない。さらにとどめを刺してくることに備え、防御を解いてはならない。ここが、スポーツと武道の違いである」
と言い、このようなことを初めて聞いた男達だったが、武道の精神に感激する。
ジャイアント馬場さんは、こんなことを言ったことがある。
「俺は、野球をやっていた時(馬場さんは元巨人軍のピッチャー)、ぶっ倒れるまでやるのが練習だと思っていたが、ぶっ倒れてから始まるのがプロレスの練習だ」
我々が、この通りにやることは出来ないかもしれないが、私は非常に感銘を受けた。
そして、私は、心構えだけは、馬場さんらの非常識の世界に向けていようと、今、改めて思う。
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また、部活でロードワーク(路上や山野でのジョギング)に行く時、体調が悪いので休むと言ったら、休ませるどころか、「たるんでる」と言って、先頭を走らせる教師がいた。
今の時代に、そんなことをすればPTAの袋叩きに合い、マスコミには暴力教師として取り上げられ、SNSで拡散し、糾弾される。
しかし、かつて、そんな扱いを受けた人は、大人になって、案外に感謝しているのである。
また、これは、書き始めに、言い訳から始めるなど、慎重に書かないといけないようなことと思うが、それをしないでおく(これ自体が言い訳だ)。
心身にハンディキャップを持った人が職場にいれば、周囲の人は、温かい心配りを持って、優しく接しないといけないのが常識とされている。
しかし、それにより、ハンディキャップを持った人が、甘やかされてしまい、自立できないというケースもあるかもしれない・・・というより、あった。
ハンディキャップを乗り越えて成功した人の中には、「若い時にいじめてくれた、あの人に感謝している」と本気で言っていた人がいる。その「いじめてくれた人」は、決して、涙を飲んで、あえて鍛えてやったのではなく、利己的な人間で、本当にただ、弱い者いじめを楽しんでいたのかもしれない。しかし、それでも、感謝されているのだ。
先日、全英オープンテニスで、日本のスター選手の錦織圭さんが、脚を痛めて棄権したが、専門家もファンも、ほぼ全員が、「良い判断」「止む無し」と、肯定的に反応したと思う。
ところが、プロレスのジャイアント馬場さんの弟子だった人が、脚を怪我した時、馬場さんは「練習で治せ」と命じて休ませず、それで、全然治らなかったらしい。
しかし、その弟子は、その後、大成し、やはり、馬場さんに感謝しているのである。
ただ、どうもプロレスは常識外れの世界らしく、馬場さんも、プロレスに入門して間もない頃、怪我をして包帯をしていたら、力道山が、「なんだ!そんなもんつけて!」と言って、下駄で包帯の上から叩かれ、ビックリしたらしい。
馬場さんは、デビューから5千試合以上、無欠場の記録を持っていて、怪我に強いと言われていたが、怪我をしなかった訳ではない。
若手時代、アメリカで、怪我で左腕が動かなくて、ぶらんとしている状態でも試合に出場し、「辛かった」と思い出話をしていたことがあったらしい。
また、あるタッグマッチの試合で、フライングヘッドシザースという技(首を両脚で挟んだままマットに倒す荒業)でマットに叩きつけられた直後、全身が動かなくなり、試合が終わるまでリング下に寝転び、試合終了後、タンカで控え室に運ばれた。相当ヤバイ状態であるが、注射を打ってもらったら、少し感覚が戻ってきた。しかし、明日はいくらなんでも欠場と思っていたら、タッグパートナーがやってきて、「明日もよろしくお願いします」と言われ、休む訳にいかなくなり、本当に、翌日出場した。
そしてまた、足の靭帯(じんたい)を損傷し、まともに歩くことも出来ない状態で、全盛期のアブドーラ・ザ・ブッチャーという強豪と戦い、その時は、リーグ戦の最中だったので、ブッチャーにポイントを与えないために、なんとか引き分けに持ち込んだことがあった。そして、出遅れながらも、ポイントを稼ぎ、優勝決定戦では、まず、同率2位のブッチャーと戦って勝ち、その直後、ほとんど休憩なしで、ポイント1位の、最強の弟子、ジャンボ鶴田と戦うという無茶な展開になったが、激闘の末、鶴田を破って逆転優勝した。
また、総合格闘技の試合だが、桜庭和志さんと戦うハイアン・グレイシーが、試合前日に右腕に重症を負い、普通なら当然欠場するはずが、ハイアンは試合をすることを、こんなコメントと共に表明した。
「試合は予定通り行います。なぜなら、何の問題もないからです。これは闘いなのですから、ハンデはありません」
非常識ではあるが、正直、しびれた。
結局、医者に出場を認めさせるため、5分3ラウンドで行うところを10分1ラウンドの特別ルールに変更した。そして、ハイアンは惨敗したが、闘志溢れるファイトを見せた。桜庭さんも、ハイアンの痛めている右腕を積極的に狙っていったが、プロなんだから、そうでなくてはならない。また、そうでないと、ハイアンに対して失礼だ。
かつて、ロサンゼルスオリンピックで、山下泰裕さんと重量級決勝で戦ったモハメド・ラシュワンが、「私は、山下が痛めていた右足を狙わなかった」と言って、美談として評判になり、それがラシュワンの名を日本人の記憶に残したが、これは、柔道がスポーツであり、本当の格闘技(殺し合い)ではないからだ。
骨法を創始した格闘家、堀辺正史さんが、柔道5段の男と、植木屋のただのオッサンが喧嘩し、植木屋の方が勝ってしまった話を著書の中で書かれていたが、その趣旨も、スポーツと闘いは違うというものだったと思う。
ビージーズの『メロディ・フェア』という歌では、少女に対し、「人生はかけっこなんだ」と、優しく人生の厳しさを教えるが、もっとまともに言えば、人生はスポーツじゃなく、闘いである。
梶原一騎氏の創作かもしれないが、空手家の大山倍達さんの伝記漫画で、大山さんがフランスで、トラック運転手の男達に空手を教えていて、大山さんが、その中の1人と組み手をやった時、初心者であるトラック運転手の男は、当然ながら全く敵わず、すぐに「参った」と言ったが、大山さんは、その男にとどめの一撃を加えて失神させ、男の運転手仲間達が色めき立ち、
「大山先生、こいつは『参った』って言いましたぜ」
と大山さんを咎める。
すると、大山さんは、
「参ったと言ったからといって、敵が攻撃をやめるとは限らない。さらにとどめを刺してくることに備え、防御を解いてはならない。ここが、スポーツと武道の違いである」
と言い、このようなことを初めて聞いた男達だったが、武道の精神に感激する。
ジャイアント馬場さんは、こんなことを言ったことがある。
「俺は、野球をやっていた時(馬場さんは元巨人軍のピッチャー)、ぶっ倒れるまでやるのが練習だと思っていたが、ぶっ倒れてから始まるのがプロレスの練習だ」
我々が、この通りにやることは出来ないかもしれないが、私は非常に感銘を受けた。
そして、私は、心構えだけは、馬場さんらの非常識の世界に向けていようと、今、改めて思う。
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