ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ミルトン・エリクソン

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

一瞬で叶えるエリクソン式想定の法則

何度か書いたことがあるが、精神科医のミルトン・エリクソンが不良男子高校生を更生させた話が極めて印象的だ。
並の不良ではなかったと思われるが、その不良高校生が連れてこられた時、エリクソンはその不良高校生に、
「君が真面目になったら、皆驚くだろうね」
と言い、不良高校生は、
「そりゃ驚くだろうね」
と応えた。
そして、エリクソンは「もういい」と言って彼を下がらせた。
エリクソンはこの不良高校生を見放したと思われた。
ところが、この不良高校生はすぐに真面目な高校生になった。

この話は、リチャード・バンドラーの神経言語プログラミング(NLP)のどれかの本(多分『神経言語プログラミング』)に書かれていて、バンドラーは何が起こったか説明していたが、私は納得出来なかったので、どんな説明だったか憶えていない。
私も数年に一度は、この話の説明を試みているが、どう説明したのか憶えていないのだから、それほど腑に落ちてはいなかったのだろう。
ただ、バンドラーの説明は納得いかなったとはいえ、バンドラーは、この不良高校生が、無意識では変わりたがっていたはずだと推測していたが、これは正しい推測だと思う。このバンドラーの推測は私も腑に落ちたらしく、憶えていた。

おそらく、エリクソンは無意識に「君が真面目になったら、皆驚くだろうね」と言ったのだ。
無意識は全知全能で、何を言えばいいか知っている。
そして、このエリクソンの言葉で何が起こったのか?
この不良高校生にとって、自分が立派な人間になることは、無意識では願っていた。
その願いが叶ったことを、この高校生は想定したのだ。
すると、「そりゃ驚くだろうね」という想いが浮かび、その時の気持ちは悪い気持ちではなく、良い気持ちだった。

これは、結果的に、ネヴィル・ゴダードの「想定の法則」が働いたのだ。
想定の法則とは、「願いが叶った時の気持ちを想像すれば叶う」である。
この不良高校生は、「そりゃ驚くだろうね」と言いながら、心の願いである、自分が真面目な高校生になったことを「想定」し、その時の自分の気持ちを想像したのだ。
つまり、この不良高校生は「そりゃ(皆が)驚くだろうね」と言いつつ、心の中では「そりゃ嬉しいだろうね」と想像したのだ。

では、あなたの願いを叶えるための応用である。
たとえば、あなたの願いが1億円とする。
それなら、
「私の銀行口座に1億円あったら安心だろうね」
と問い、それに対して、
「そりゃ安心だろうね」
と答えつつ、そうなった時の気持ちを想像するのだ。
あるいは、意中の人がいたら、
「彼(彼女)が私の恋人だったら嬉しいだろうね」
と問い、それに対して、
「そりゃ嬉しいだろうね」
と答えつつ、そうなった時の気持ちを想像するのだ。

試してみる価値はあると思う。
尚、昨日書いた、ドクター・マッコイのセリフを応用した呪文、
「それは簡単だ」
のように呪文化するなら、
「それは嬉しいだろうね」「それは楽しいだろうね」
などになるだろう。

夜の薔薇
AIアート845
「夜の薔薇」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)神経言語プログラミング(リチャード・バンドラー)
(2)私の声はあなたとともに ~ミルトン・エリクソンのいやしのストーリー~
(3) 想定の『超』法則(ネヴィル・ゴダード)

無意識の魔力

火事場の馬鹿力という言葉がある。
追い詰められて緊急事態になった時に、普段からは信じられないような大きな力を発揮するというような意味と思う。
実際にあった話らしいが、夜中にホテルが火災になった時、60過ぎの小柄で非力そうな女性が、翌朝取りに来てもらう予定だった大きな荷物を一人で外まで運んだが、それは大の男が2人がかりでも無理と思える重さのものだった。
また、息子が自動車の下敷きになった母親が、1人でその自動車を持ち上げて息子を救出した・・・といったような話を『トーチェ氏の心の法則』で読んだ覚えがある。
他にも、昔テレビで見たが、自分の幼い子供がマンションの2階か3階の窓から落下しかける様子を見た母親がサンダル履きで走って行って子供を地上でキャッチしたが、後で物理学者が計算したら、その母親はオリンピックの短距離ランナーより速く走ったことになるらしい。

以下の話も火事場の馬鹿力の一種と考えて良いと思うが、脚色もある話とは思う。
プロボクシング史上にも残る名プロボクサーだった具志堅用高さんが世界王者のグスマンに挑戦した際、具志堅さんはグスマンのスパーリングを見て、そのあまりの強さに、「こんなやつと戦ったら殺される」と恐怖し、試合当日、ゴングが鳴ったら頭の中が真っ白になり、気がついたら、グスマンはリング上に倒れていたという。
また、世界的な空手家だった大山倍達さんは第二次世界大戦後、真剣を持った剣の達人と決闘した時、死を覚悟して突進していった後の記憶がないが、やはり気がついたら、剣の達人は地面の上でのびていたという。

こんな話は、私は他にも沢山知っているし、自分の体験でも、少々しょぼいかもしれないがいくらかある。
そして、上にあげたような火事場の馬鹿力は全て、無意識になることで発揮されたと言えると思う。
ここで言う無意識とは、意識はあるが心(あるいは思考)が消えた状態である。
なら、意図的に無意識に入ることが出来れば、いつでも超人になれる。
「魔法を使って治している」と言われた天才精神科医ミルトン・エリクソンは、自分も患者も無意識に入れることが出来、それにより優れた治療を行った。
どうも、エリクソンの父親やエリクソンの娘も、そんなことが出来たらしく、彼の家系はその秘法みたいなものを継承しているようだ。
とはいえ、エリクソンはそのやり方を隠しているわけではなく公開しているが、理解が難しいかもしれない。

エリクソン自身は超能力を否定しており、有名なデューク大学のライン教授の超能力実験のカラクリを示し、実際、自分も超能力者のフリをすることが出来た。
しかし、そのカラクリを実践することは極めて難しい。
たとえば、エリクソンは初めて会う人の家族の名前を当てることが出来たが、それは、その人の喉の動きを読み取ることで行うというが、そんなこと、超能力並に難しいと思う。
つまり、エリクソンは無意識状態に入ることで、そんな超人的な能力を発揮したのである。
私は、無意識状態になれば、超能力を発揮することもあるし、引き寄せも確実に行えると思う。
と言うより、私は実際に何度も行っている(内容はこのブログで何度も書いた)。

無意識に入るというのは、昨日も書いた、藤平光一さんの「氣が出ている」状態とかなり共通し、私は根本的には同じことと思っている。
氣が出れば、あるいは、無意識状態になれば、砲弾飛び交う戦場を悠々と歩いても弾に当たらないのである・・・ということを、藤平さんも実証したのだと思う。
アニメ『ノワール』で、こんな場面がある。
年齢的には女子高生で、見かけは平凡な小柄な少女である夕叢霧香(ゆうむらきりか)が、マシンガンの弾丸が飛び交う中で、麦わら帽子を被って無表情に立っている。
麦わら帽子のプリム(つば)を弾丸が撃ち抜いても霧香は微動だにせず、表情も変えない。
素質があり、高度な訓練を受けた超一流の殺し屋である霧香は、いつでも無意識に入れるのだろう。
だが、無意識に入ることは難しくはなく、私でも出来るし、子供でも出来る。
ある意味、子供の方がやり易い。
ただ、難点は、やり方がいろいろあり、自分に合ったやり方を自分で選ぶ必要があることだ。
とはいえ、基本は、目的をはっきりさせ、「なった」と強く感じることである。
訓練の仕方も、やはり非常に多い。
それで、これまでも書いたが、無意識に入る方法や訓練の仕方をつらつら書いていくことにする。

夕暮れに吹く風
AIアート843
「夕暮れに吹く風」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)私の声はあなたとともに ~ミルトン・エリクソンのいやしのストーリー~
(2)トーチェ氏の心の法則(C.K.トーチェ、J.M.トーチェ)
(3)催眠誘導: エリクソン・メソード決定版(リチャード バンドラー)
(4)氣の威力(藤平光一)

生命エネルギーの奇跡の力

生命とは何かを科学的に説明しようとしても、すぐに行き詰る。
「生命と人工生命に違いはなくなる」という話は昔からあり、現在はそれがさらに信憑性を増しているように言われる。
しかし、科学的にどうというより、(生命と人工生命の)違いは直観として感じると思う。
そして、実際に違う。
明らかな違いとして、生命は一度失うと戻らないということだ。
面白いことに、科学では一度失うと戻らないものを作ることが出来ない。
言うなれば、失敗しないことを失敗する(=常に成功する)ことは出来ない。
「失敗は成功の母」とか言う。
しかし、実際は「失敗=成功」なのである。
ミスター・スポック(『スター・トレック』に登場するバルカン星人)は、「To Error Is Human(失敗するのが人間だ)」と否定的な意味で言ったが、これほど肯定的な事実はない。
つまり、人間は失敗するからいいんだ。
もし、バルカン星人は失敗しないなら、バルカン星人は地球人に完全に劣るのである。

生命力こそ、引き寄せのエネルギーでもある。
生命力は全知全能を隠し持っている。
そして、面白いことに、生命を捨てる気になるほど大きな生命力を発揮する。
いわゆる「死に物狂いの力」である。

今でもAmazon Videoで見ることが出来るが、『紅三四郎』(1969)というアニメがある。
紅三四郎という名の若い武道家が、ある時、全身をがっちりロープで縛られ、そこに、巨大な刃物が振り子状に動きながら迫ってくる。
万事休すである。
しかし、刃物が三四郎を切断したはずが、三四郎はロープから解放され、無事であった。
ところが、三四郎は、なぜ自分が助かったのか分からない。誰かが助けてくれたのではなかった。
そんな三四郎に武道の達人が言う。
「それが死の刹那の力だ」(実際のセリフは憶えていないが、だいたいこんな感じ)
これが真実に感じるなら、なかなか見込みがある(笑)。

『サイボーグ009 完結編 GOD'S WAR』にも、こんな話がある。
サイボーグ009こと島村丈が女神と戦った時のことだ。
相手は神だ。009がサイボーグとしてどれほど優秀でも、どうしたって勝ち目はない。戦いにすらならない。
009が神に勝つよりは、ハエが宇宙船を止める方が、まだ可能性があるほどだ。
ところが、一瞬、009は女神を慌てさせる。
これが生命の力である。

では、生命の力を使うにはどうすれば良いか?
無意識に入れば良い。
この無意識とは、意識はあるが心(思考と言っても良い)が消えた状態のことだ。
アメリカの精神科医ミルトン・エリクソンは、いつでも無意識に入れたし、患者を無意識に入れることが出来た。
だから、「魔法を使って治している」と言われるほど、自在に精神疾患を治せた。
道元は、「仏道とは、自覚を持ったまま自己を忘れること」と言ったが、まさにこれが無意識に入ることだ。
道元の『正法眼蔵』の、『現成公案』だけでも読むと良いだろう。

髪に絡みつく花
AIアート838
「髪に絡みつく花」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)サイボーグ009 完結編 2012 009 conclusion GOD'S WAR I first
(2)私の声はあなたとともに ~ミルトン・エリクソンのいやしのストーリー~
(3)現代訳 正法眼蔵(禅文化学院)
(4)正法眼蔵(ひろさちや翻訳)
(5)紅三四郎 ※Amazon Prime Video dアニメストア

現実に魔法を使った人達

引き寄せにもいろいろ流派があるように感じるが、割と多くの流派で共通して言うことがある。
それは、聖者や聖典の教えとも共通する。
それが何かというと、「現実から目をそらす」ということだ。
引き寄せにおいては、この「現実」は「悪い現実」を指す。
つまり、うまくいっていないことから目をそらすということで、具体的には、支払いが困難な請求書とか、恋愛では、好きな人が他の人と仲良くしている状況から目をそらすということだ。
もちろん、一般的な観念でいえば、それは逃避だし、請求書から目をそらしちゃ駄目である(笑)。
もっと極端なことで言えば、家族が誘拐されたのに、それから目をそらすなどあり得ない。

聖者や聖典においては、目をそらすべき現実とは、悪い現実だけではなく、良い現実も含め、あらゆる現実である。
インドの聖典『バガヴァッド・ギーター』には、「亀が手足を甲羅の中に引っ込めるように、感覚器官を外界から引っ込めろ」つまり、世界を見るなと書かれている。

もちろん、賢い人ならすぐに分かるように、いずれも(引き寄せも聖典も)、「外部の状況に囚われるな」という意味である。
もっと具体的には、『荘子』の中で何度も主張されていると思うが、
「いっさいをあるがままに見、思慮分別、是非好悪を起こしてはならない」
ということだ。
さらに明確に言うなら、思考も感情も起こすなという意味である。
それが出来れば、現実の問題もなかったことになるのだが、それがなかなか納得されない。
現実の問題を見て思考や感情を起こさなければ、問題が消えるとは思えないからだ。
だがそれは、問題を見ても思考や感情を起こさなかった者の言い分ではない。

我々凡人だって、困難な状況にある時、「冷静になれ」と言うし、「リラックスしろ」「肩の力を抜け」「焦っても仕方がない」と言い、対策としては「深呼吸をしろ」と言う。
それをもっと推し進めろということだ。

ミルトン・エリクソンという「魔法を使って治している」とまで言われた優れた精神科医がいた。
彼よりもっと有名な精神科医であるフロイトやユングよりも優秀だったと思う。
特にフロイトは、患者には感謝されたそうだが、実際は治せたことはほとんどなかったらしい。
精神の病気とは難しいものだ。
しかし、エリクソンは「魔法のように」治した。
そのエリクソンの治療方法は、患者を無意識に導くことだった。
ただ、明確にしておかないといけないのは、無意識に導く、あるいは、無意識に入れると言っても、眠らせたり失神させることではなく、「意識があるまま無意識に入れる」ということだ。
トランスという変性意識状態と言って良いかもしれない。
エリクソンは自分が無意識に入ることを自在に出来た。だからこそ、患者・・・他人を無意識に入れることが出来たのだろう。

エリクソンは、仕事の山を前にして無意識に入るという。
すると、自分では憶えていないが、気が付いたら仕事は片付いているという。
これが本当の、「問題から目をそらす」ということで、引き寄せや、あるいは、聖典は、このようなことをちゃんと説明しないので学習者は戸惑うのだ。
『ヒマラヤ聖者の生活探求』では、登場する調査団の隊員達が仕事を前に無意識に入ると、白紙の紙に文字が勝手に浮かんで仕事が自動的に終わっていく様子が描かれている。
「そんな馬鹿な」と思うだろうが、信じるかどうかはそれぞれの勝手だ。
私は何度も書いたが、子供の時、無意識に入ることで車道の車を消したり、公共の電波で好きなものを放送させることが出来た。
これは体験なのだから仕方がない。

無意識に入る方法なんて、本が何十冊何百冊とあり、良い本も多い。
だが、大切なことは、自分で即座にやれることであり、私など子供の時から出来たが、子供だからやりやすかったという面もある。
だが、やり方は簡単だ。
それは「無意識に入ろう」と思うだけである。
具体的には、釈迦やイエスや、あるいは、クリシュナになったと思うと良い。
なるほど、子供の方がやり易いかもしれない。

集会の日
AIアート827
「集会の日」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)私の声はあなたとともに: ミルトン・エリクソンのいやしのストーリー
(2)ヒマラヤ聖者の生活探究 第1巻
(3)荘子(1)(中公クラシックス)
(4)バガヴァッド・ギーター (岩波文庫)

愚直とは

幕末から明治の武士、軍人、政治家であった勝海舟(かつかいしゅう。1823~1899)は、
「事を遂げる者は愚直でなければならぬ。才走ってはうまくいかない」
と言ったらしい。
短く言えば「愚直であれ」だが、この「愚直」がちょっと難しい。
愚直は、「馬鹿正直」といった意味だが、こう言うと、道徳的な馬鹿正直と考えてしまう人が多いと思う。
愚直は、辞書的には
「正直なばかりで臨機応変の行動をとれないこと。また、そのさま。ばか正直」
という意味らしいが、ちょっと違うような気がする。
というのは、これではただの馬鹿という意味だからだ。

とはいえ、「愚直」で分かる人は分かる。
多くの人は「なんとなく分かる気がする」といった感じではないかと思う。
もちろん、全く分からないという人も多い。

日本人は愚直な民族であった。
だが、現在は全くそうではない。
愚直の反対である「小賢しい」「ずる賢い」「小利口」な人間が多く、それを「コスパが良い」ともてはやすのが流行りである。

愚直な人は、大切なことではコスパとやらを全く重視しない。
日本人だけではないだろうが、現在の日本人は、大切なことでコスパを最重要視するようになり、大切なものを失ってしまった。
政治、医療、教育の分野は、愚直さが大切な場合が多いが、コスパ重視の政治家、医者、教育者が多くなってしまった。

それはともかく、引き寄せのコツなんて愚直そのものだ。
私が子供の頃、即座に庭を猫でいっぱいにするほど引き寄せが上手かったのは(猫の扱いなどは全く知らない)、愚直であったからで、一般的な意味では馬鹿な子供だった。

宗教家の五井昌久さんの本で読んだが、戦争中、五井さんが小学生の時、学校で服の配布が行われたが、もらえる条件が「今着ている服の他に服がないこと」だった。
五井さんは、もう1枚あったのでもらわなかったが、それで家に帰ったら「馬鹿」と怒られたらしい。
服をもらわなかったのは五井さんくらいのもので、明らかに裕福な家の子でももらっていたらしい。
学校の方でも、そんなものだと考え、ゆるくやっていたのだろうと思う。
こういう五井さんのような人が愚直と言うのだと思う。
私は宗教家としての五井さんのことはあまり知らないが、少なくとも子供の時は珍しい愚直な子供であったことが分かる。

もう1つ面白い例がある。
「魔法を使って治している」とまで言われた天才精神科医だったミルトン・エリクソンは子供の時、日本でいう中学生になるくらいまでだったかもしれないが、辞書を引く際、初めのページから・・・つまり、aから順番に見ていったらしい。
そもそもが、彼の家には、本といえば聖書と辞書しかなかったが、エリクソンは辞書を選び、辞書をずっと読んでいたという。
この両方の効果により、エリクソンは知識が多くなったと述べている。
まさにこれは、コスパは最悪である、愚直の極みのように感じる。

咲きたての花
AIアート510
「咲きたての花」
Kay


これら、愚直な人間、あるいは、愚直な人間のやることを馬鹿にする人間が圧倒的なのだと思う。日本でも。
だからこそ日本は終わりなのである。
逆に、これらを見て、敬いや憧れの気持ちが起こる人が多ければ人類は存続すると思う。

◆当記事と関連する書籍のご案内◆
(1)私の声はあなたとともに―ミルトン・エリクソンのいやしのストーリー
(2)天と地をつなぐ者
(3)氷川清話 付勝海舟伝
(4)トルストイ民話集 イワンのばか 他八篇 (岩波文庫)
(5)白痴1 (光文社古典新訳文庫)
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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