ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

マジック・ストーリー

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

至高のアファーメーション

私は特に気に入っているが、非常に重要な文であり、また、今後さらに、人々に必要になるものだと思うので、再び取り上げる。

ラルフ・ウォルドー・エマソンのエッセイ『History(歴史)』は、こんな詩から始まる。

There is no great and no small
To the Soul that maketh all:
And where it cometh, all things are;
And it cometh everywhere.

I am owner of the sphere,
Of the seven stars and the solar year,
Of Caesar's hand, and Plato's brain,
Of Lord Christ's heart, and Shakespeare's strain.

後半の訳を、『精神について』(入江勇起男訳。日本教文社)から引用すると、

私は世界の所有者、
七つの星と太陽年の所有者、
シーザーの手腕、プラトンの頭脳の所有者、
主キリストの愛、シェイクスピアの詩の所有

という、実に力強い言葉である。
これを暗唱して唱えると、強烈なオーラをまとうようになり、引き寄せるとか敬われるとかでなく、世界を自在に支配出来るようになると思う。
長過ぎると思うなら、「私は世界の所有者、七つの星と太陽年の所有者」だけでも良いし、「私は世界の所有者」だけでも良い。

また、なぜか販売停止になっているが、

『人生を変える魔法の物語』
原題:The Magic Story
フレデリック・ヴァン・レンスラー・ダイ著
高橋璃子(たかはしりこ)訳

の中に、こんな素晴らしい文章がある。

私に不可能はない。
世界は私のものだ。私の王国だ。
何ものも私を恐れさせることはない。
何ものも私を止めることはできない。
私が人に何かをお願いすることはない。
単に要求するだけだ。
私は支配者であり、ひざまずくことはない。
私の要求は絶対だ。
私の態度を前にして、敵対者は逃げだしていく。
私は山のように高く、大河のように豊かである。
そして平原をゆくように、何の困難もなく進んでいくのだ。

原文
To the plus-entity of a man, all things are possible. The world belongs to him, - is his estate. He fears naught, dreads naught, stops at naught; he asks no privileges, but demands them; he dominates, and cannot cringe; his requests are orders; opposition flees at his approach; he levels mountains, fills in vales, and travels on an even plane where stumbling is unknown.

これを毎日唱え、暗唱するまでになれば、高い波動を発し、幸運に恵まれ、周囲の人々の注目を集め、豊かに自由になるだろう。
苦しい状況にある者は、この力強い言葉を知れば勇気が湧き、気が付けば苦境を脱していることになると思う。

上記の2つのうち、少なくとも1つを毎日唱え、憶えることをお勧めする。

尚、『The Magic Story』の新訳がsuccess pressから出ているが、私は読んだことがないので、良いか悪いか分からない。
私は、高橋璃子(優れた翻訳家である)訳を気に入っていたが、今は販売停止となっていて残念に思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)エマソン名著選 精神について(ラルフ・ウォルドー エマソン)
(2)奇跡を起こす『魔法の物語』 (翻訳版): 成功への六つの教訓 (フレデリック・ヴァン レンスラー・ダイ。success press)
(3)マジック・ストーリー(フレデリック・ヴァン レンスラー・ダイ)

花模様の浴衣
AIアート2069
「花模様の浴衣」
Kay

夢から覚めて分かった世界の真相

夢と現実についてよく分かる面白い夢を見た。

私は夢の中で、ある建物の中に入った。
初めて見る場所なのだろうが、その時の私は、毎日来ている職場と思い込んでいて、そのことを全く疑っていなかった。
ここでは、玄関に入ったら、靴をスリッパに履き替えないといけないと分かっていた。
なぜ分かるのかというと、「分かるものは仕方がない」としか言えない。
ところが、靴箱(シューズボックス、シューズラック)の様子がいつもと違っていた。いつもとは違うと言っても、実際は初めて見るのだが・・・
私のボックスには、私のスリッパが入っていて、そのスリッパと、履いて来た靴とを入れ替えるのだが、いつもとは全く違う靴箱に替わっている。
そこで私は不意に気付く。
「そうだ。今日から、靴のまま入ることになったんだ」
もちろん、これも、たった今、思い浮かんだことだが、疑いようもない事実と感じる。

そして、私はとても嫌な気分になった。
「そうだ。権力者はいつもこんなふうに、急にルールを変え、奴隷のような我々はそのルールに絶対的に従わないといけない。そして、奴隷同士でも、たとえば今回で言えば、スリッパに履き替えて入った者を、『ルールも知らないのか!』と、皆で白い目で見たり、ちょっと立場の強い者は『ちゃんとルールを守らないと駄目だろ!』と嘲るように言うのだ」

現実も全て、こんな夢のようなものである。
いつも通っていると思い込んでいる学校も会社も、実は初めて行く所だ。
自分を奴隷のように感じることも全く同じだ。
だが、夢の中でなら、自分が行きたい場所を作ってそこに行き、全てのルールを自分で作ることも出来るのではないかと思うが、実際にその通りだ。
そして、現実も全く同じなのである。

以前にも取り上げた、『人生を変える魔法の物語』の一節を再度引用する(「プラスの私」や「彼」を「私」に変えている)。
これが、夢と現実を合わせた世界の真相であると思う。

私に不可能はない。
世界は私のものだ。私の王国だ。
何ものも私を恐れさせることはない。
何ものも私を止めることはできない。
私が人に何かをお願いすることはない。
単に要求するだけだ。
私は支配者であり、ひざまずくことはない。
私の要求は絶対だ。
私の態度を前にして、敵対者は逃げだしていく。
私は山のように高く、大河のように豊かである。
そして平原をゆくように、何の困難もなく進んでいくのだ。

『人生を変える魔法の物語』より
原題:The Magic Story
フレデリック・ヴァン・レンスラー・ダイ著
高橋璃子(たかはしりこ)訳

この書籍は電子書籍(Kindle)だが、現在、なぜか販売中止になっている。
しかし、この本の英語の原書には、『マジック・ストーリー』という別の翻訳書があり、その本でも同じようなことが書かれているはずだ。
私は、この文章を憶えておくことにする。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)マジック・ストーリー(フレデリック・ヴァン レンスラー・ダイ)
(2)The Magic Story( Frederick Van Rensselaer Dey) ※英語
(3)エマソン名著選 精神について(ラルフ・ウォルドー・エマソン)

少女神
AIアート1437
「少女神」
Kay

10分で人生を変える物語の秘密

今今メソッドは、意識を今この瞬間に引き戻す訓練のようなものだが、訓練とはいえ楽しいものだ。
なぜなら、意識は本当は今に帰りたがっているのだから、魂である意識と協力しながら行っているようなものだし、行きつく先はエデンの園(楽園、理想郷)であるからだ。
意識が今に戻るのを邪魔するのは、自我(エゴ)である心だ。
自我は、意識を道連れに、過去や未来に行きたがる。
だが、意識が今に近付くほど、自我は服従するようになる。
このことを表現した言葉が、フレデリック・ヴァン・レンスラー・ダイの『マジックス・トーリー』の中にある。

だがおまえの力では、私を呼び戻すことはできない。できるとしたら、明け渡すことだ。頭と心から、おまえの存在を消すことだ。そうすれば、私はその身体に戻ることができるだろう。
~『人生を変える魔法の物語(「マジック・ストーリー」の別訳)』より~

ここで「私」と言っているのは、この本では「プラスの自分」と呼ぶ意識であり、「おまえ」と呼んでいるのは「マイナスの自分」である自我だ。
古代から、この言葉の中にある「明け渡す」「おまえ(自我)の存在を消す」ための数多くの方法が提唱されてきたが、成功したのは、ブッダや老子や釈迦やイエスやラマナ・マハルシといった特別な存在だけだった。
しかし、今今メソッドであれば、誰もが、究極とまではいかないかもしれないが、その目的をかなり達成出来ると思う。
結果、引き寄せがかなり自在になるが、むしろ、願わずとも幸運に恵まれるようになる。
この『マジック・ストーリー』の中でも、行き詰まり、中には自殺しかないと思った人が、わずか10分ほどで生まれ変わり、自由自自に生きるようになった。
しかし、この本では、なぜ、これらの人々が生まれ変わったのかが明確でない。
だが、それは、彼らが今この瞬間に生きるようになったからであると断言して良いと思う。
つまり、今今メソッドを実践すれば、彼らのようになれると思う。

『マジック・ストーリー』は、高橋璃子さんという優秀な翻訳者によって、『人生を変える魔法の物語』というタイトルで、わずか399円でKindle版が販売されていたが、現在は販売中止になっているようだ。
だが、それとは別の紙の本である『マジックス・トーリー』は絶版ながら、今のところ、古書が安価に購入出来ると思う。
英語版(原書)で良ければ、Kindle版が100円で買える。
極めて薄い本で、主要ストーリーだけなら10分で読めると思う。
まあ、今今メソッドをやれば良いのであり、興味があれば参考に読めば良いだろう。

家出気分の姫様
AIアート858
「家出気分の姫様」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)マジック・ストーリー (フレデリック・ヴァン・レンスラー・ダイ)
(2)The Magic Story( Frederick Van Rensselaer Dey) ※『マジック・ストーリー』英語版(100円)

世界の王に「復帰する」

『人生を変える魔法の物語(原題:The Magic Story)』に、こんな感動的な言葉がある。

プラスの自分に不可能はない。世界は自分のものだ。自分の王国だ。何ものも彼を恐れさせることはない。何ものも彼を止めることはできない。彼が人に何かをお願いすることはない。単に要求するだけだ。
彼は支配者であり、ひざまずくことはない。彼の要求は絶対だ。彼の態度を前にして、敵対者は逃げだしていく。彼は山のように高く、大河のように豊かである。そして平原をゆくように、何の困難もなく進んでいくのだ。

※このKindle書籍は現在、販売を中止しているようである。紙の書籍は『マジック・ストーリー』で、こちらも絶版である。

ここで、「プラスの自分」と表現されているのは、「本当の自分」「真の自分」「魂」、そんな意味に捉えて良いだろう。
そして、「プラスの自分」に、夢の中で上のように言われた、この物語の主人公は、目覚めた時、既に「プラスの自分」になっていたのだ。

では、我々はどうすれば「プラスの自分」になれるのか?
難しくはない。
中今(今この瞬間)に生きれば良いだけである。
いや、そもそも、中今に生きているのが「プラスの自分」である。
中今に生きるには、今やっていること、今見ているものに全力で集中するのだ。
かといって、顔を真っ赤にして必死でやるのではない。
何も考えず・・・即ち、優劣の判断や好き嫌いの区別をせずに行い、見るのである。

中今に生きる簡単な練習法は、密教でよく行われているが、歩いている時、心で「歩いている、歩いている」と唱えて、歩くことに集中することである。
食べている時なら、「食べている、食べている」だ。
そして、もっと良い方法が、腕振り運動をすることだ。
腕振り運動には、中今に入ることに関しても、大きなメリットがある。
「腕振り運動をしている。腕振り運動をしている」と唱えるより、もっと自然に中今に入れる方法があるのである。
腕振り運動は、元々、数を数えるものであり、それはそのまま数える。
そして・・・丁寧にやることを心掛けるのだ。
中今の秘儀とは「丁寧」なのだ。
人は、丁寧にものごとを行う時、自ずと中今になるのだ。
「真面目に」とか「真剣に」でも良いのだが、「丁寧に」の方が愛がある。
たとえば、子猫や愛しい少女を撫でる時のことを考えたら、「真面目に」「真剣に」より、「丁寧に」という方がぴったりくるはずである。
中今は愛なのだ。
丁寧に腕振り運動を行えば、自ずと中今になり、「プラスの自分」になるだろう。
尚、私の場合は、佐川幸義流四股を若干改造した「ナンバ四股」で中今に入ると同時に足腰を鍛え、身体を磨き上げている。
ナンバ四股とは、単に、足を平行に(つま先の方向を真ん前に)して、手を膝につけて行う足踏みで、足を降ろす時、つま先からそっと降ろすというだけのものである。
これを30分とか1時間行う。もちろん、1分でもやらないよりはマシである。これで、私のように美しい身体になるのであるが、これを「丁寧に」行うことで、中今に入る術を徐々に得ていくのである。
もちろん、腕振り運動も同じなので、好みに合う方でやれば良く、両方ならさらに良いのである。








人間最大の罪

最近、夢の中に、昔、勤めていた会社の同僚が出て来て、彼らに苦しめられている(笑)。
苦しめると言っても、向こうが悪いのではなく、彼らが、私の行いを正当に非難するのだが、私がそれに対抗出来ないのである。
まあ、夢の中だから、他愛もないことばかりだが、例えば、こんなことである。
私が、昔、勤めていた会社の中にいると、よく見知っている2人の女子社員が、「その靴、いけないんだ」と言う。
この会社の中では、まるで学校のように、上履きに履き替えないといけないのだと言う。
いや、私はそんなこと、全然知らないぞ・・・と思いながら、他の同僚を見ると、彼らは気まずそうな顔で黙っている。
つまり、誰も教えてくれなかったのだ。
しかし、それは、同僚とほとんど会話をしなかった私の問題であるということになる。
そして、夢の中だけでなく、実際に、私には、そんな問題があったのだと思う。

あるいは、やはり、夢の中で、昔、勤めていた会社にいると、大勢の男達がやって来て部屋を占領してしまい、私は、部屋の隅どころか、ドアの外に追いやられる。
やって来た男達のリーダーらしい、アクが強そうで貫禄ある男が、私に、「おや、君は場違いなようだ」と嘲るように言う。
すると、私の上司が、女子社員に耳打ちしているのが見えたが、何を言っているかは見当がついた。
その女子社員が私のところに来て、「今日は、好きな所に行くことを許可します」と言う。
夢でなく、実際に、私は、いつでも勝手に好きなところに行っていたのだった。

なんだか、私の弾劾裁判のような夢である(笑)。
『マジック・ストーリー』(翻訳:『人生を変える魔法の物語』等)という短編小説の形の自己啓発書で、主人公の男は、自分の分身が、自分の昔の勤め先を毎日訪れるのに付いていったが、分身がそこに入って行っても自分は入って行くことが出来ず、見ているだけだったという話があるが、それに少し似ていなくもない。入って行けないのは、入って行けないような後ろめたい理由があるからだ。
また、映画『パピヨン』で、主人公のパピヨンが、夢の中で、砂漠の中の裁判所で、自分が裁判を受けているという場面を思い出す。
裁判官はパピヨンに「お前は有罪だ」と言うが、パピヨンは「俺は殺していない」と言い返す。
すると、裁判官は「その罪ではない」と言う。
パピヨンが訝(いぶか)って、「では、何の罪だ?」と問うと、裁判官は、「人生を無駄にした罪だ」と言う。
それを聞き、パピヨンはうなだれる。
「確かに有罪だ・・・認めるよ・・・」

『マジック・ストーリー』の主人公の男は、夢から覚めた時、実際に目覚めて人生をやり直す。
『パピヨン』のパピヨンは、脱獄して自由を手に入れると、自分の戦いを始め、伝説の人物になった。

「人生に意味などない」とか「人に価値などない」と言う者がいるが、人生にも人間にも、値打ちがある。
しかし、時間は限られており、その中で、その値打ちを生かさなければならない。
要は、生き様が大事なのだ。
宮本武蔵が、「吾、ことにおいて後悔せず」と言ったのは、「どんな結果になろうと後悔しない」という意味ではなく、「私は後悔しないよう全力を尽くす」という意味でもないかもしれない。
ひょっとしたら、「もっと後悔しないようにやっておけば良かったなあ」という後悔の言葉かもしれない。
彼だって、心残りみたいなものは、いっぱいあったのだと思う。
それで、後の時代の人に、「後悔しないようにやれ」と言いたかったのかもしれないが、そう言われて、「はい、後悔しないようにやります」なんて思う者はいない。
結局のところ、皆、後悔する。
それで、「吾、ことにおいて後悔せず」という理想のみを掲げたのだろう。

自我主体、左脳主体、理屈主体で行くと、後悔する。
天主体、右脳主体、勘主体で行くと、それほど後悔しない。
それなら、今の日本人の人生は、最後に後悔する場合が多いに違いない。
つまり、やりたいことはやっておかないと後悔するということだ。
やりたいことをしないことを、「人生を無駄にする」と言うのだと思う。
それは罪なのである。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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