ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

マイク・ハーナッキー

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

諦めないことが本当に尊いのか?

子供や若者だって、「夢がない」などと言ったり言われたりしている。
ましてや、中高年ならなおさらである(夢がない)。
しかし、本当は、そんなことはない。
お金がもっと欲しいとか、素晴らしい彼氏や彼女や、あるいは友達が欲しいとか、もっと尊敬されたいとか、大詩人イェイツが死ぬ少し前の73歳の時に詩に書いたように「若いあの子とやりたい」とか。
そういうのも立派な夢だ。
夢がないどころか、切望する夢がいくらでもあるはずなのだ。
特に、引き寄せを知っている者は、沢山の大きな夢を持っている場合が多い(73歳で若いあの子と・・・なんて大きな夢だ)。

ところが、夢を持ち、引き寄せメソッドを行って数年、あるいは、数十年・・・それでも全く叶わない。
アメリカの作家マイク・ハーナッキーは、成功を求めていろいろな職につき、引き寄せメソッドもずっと行った。
しかし、最後は、弁護士資格を取って弁護士になるも成功に縁がなかったというから、やはり「何十年やっても・・・」のクチだろう。
それで、彼はすっかり絶望してしまった。
彼は、そこで病気になって入院する中で頭がぶっ飛んだ。
それ以降、彼は好きなことだけをやることにし、作家になることに決め、作家で成功する。
ところが、彼は、自分がなぜ成功出来たか、誤解したまま成功本(引き寄せ本)を書いてしまった。

実際には、彼ハーナッキーには何が起こったのだろう?
表面的に言えば、彼は成功を諦めたのだ。
「大学を優等で出て教師になり、証券マンになり、弁護士になって本当に頑張ったが、結局、駄目だったなあ」
と、このように明確に思ったかどうかは分からないが、実質でこんなふうに思って「駄目だったなあ」と諦めたのである。
だが、重要なことは、「駄目だったなあ」と諦めることで「思考が消えた」ことである。
一般的に言えば、思考が停止したのである。
世間では「決して諦めるな」が格好良く尊い言葉だと言われている。
逆に、諦めることは格好悪く、「諦めは愚か者の結論」などと「格好良く」言ったりする。
チャーチルは「決して諦めるな!決して!決して!決して!」と演説し、『美少女戦士セーラームーン』のエンディング曲『乙女のポリシー』では、どんなピンチの時も絶対諦めないのが(可憐な)乙女のポリシーだと言う。
こんなの嘘である。凄い洗脳だ。

夜中
AIアート187
「夜中」
Kay


諦めることが悪いのではない。
諦めたフリで、未練がましく諦めていないことが悪いのだ。
「駄目だったなあ」と思い、本当に諦めた時のすがすがしさは何物にも代え難い。
なぜ、それほどまでにすがすがしいのかというと、思考が消えたからだ。
その時に、真の願いが叶う・・・というよりは、叶っているのである。
こう言うと、「そうか!諦めたら金が入るのか」と卑しいことを考える者がいるが、それでは諦めたことにはならない。
「いろいろやったけど駄目だったなあ。泣けてくるなあ」と潔く諦めるのだ。
願いが、F子を彼女にすることなら、
「いろいろやったけど、さっぱり駄目だったなあ。無念だ。仕方ない、F子を彼女にしよう」
と思えば、そうなる。
だが、こう言われてやろうとしても、どうしても、執着が出て、潔く諦めない。
そこで、普段から、しっかり素振り・・・思考を消す素振りをしておくのだ。
その素振りが「私は誰か?」と自分に問うことである。
これがやり難ければ、「私は何も思わない」「われ思わず」といった世界コマンドでも良いし、自分の好きなアファーメーションを徹底的に行うという手もある。
逆に言えば、「駄目だったなあ」と諦めれば、「私は誰か?」と問い易いのである。
「結局、さっぱり金持ちになれなかったなあ。無念だなあ。仕方ない、金持ちになるか」
である。

追記
「通りすがり」「A」「一読者」といったハンドルのコメントは表示されません。
皆がそんなハンドルを使うとどうなるか・・・といった想像力がないようでは、何をやっても駄目です。








世界で1つだけの花

行動しなければ願いが叶わないとよく言われる。
ジョセフ・マーフィーを日本に紹介した大島淳一(渡部昇一)さんや、斎藤一人さんらが、著書でそのように書いておられたのを憶えている。
一方、究極の成功の秘訣について本を何冊か書いているアメリカの作家マイク・ハーナッキーは、
「アメリカでは行動主義が幅を利かせているが、願いを叶えるためには、何もしなくて良い」
と述べ、いくつもの例を挙げている。

こう真逆のことを堂々と言われても困る。
実は、どちらも正しく、どちらも間違いなのだが、どちらかというと、どちらも間違っている。
つまり、行動した方が上手くいく場合が多いのは確かだが、それは、たまたまで、本当は、行動をするかどうかは、どうでも良いのだ。

本当に大切なことは、行動するとかしないとかではなく、ユニークであることだ。
その理由は、【2022/12/13】怠け者でも運が良くなる方法で大体書いたので繰り返さないが(別に知らなくても大丈夫だが)、そこで書いたように、神のような存在は、ユニークな人間を求めている理由があるのだと思う。

例えば、
「個性的になれ」
「特別になれ」
「人のやらないことをやれ」
と言えば、ピンとくるのではないかと思う。
一方、世間や権威やテレビが押し付けるのは、
「出る釘になるな」
「平凡であれ」
「人と同じことをやれ」
と、全く反対である。

アルベルト・アインシュタインは、アメリカのプリンストン高等研究所の高給な研究員だったが、他の研究員のように自動車を買わなかったばかりか、バスにも乗らず、長い距離を歩いて通勤した。
彼は、子供の時から、ずっとユニークだった。
もちろん、奇行をすればいいってもんじゃない。
とはいえ、その奇行を本当にやりたいなら、やれば良いのだ。
スマートフォンを持てない理由があるわけではないが、敢えて持たなかったり、携帯電話自体を持たない人は、それが好きでやっている場合は、願いが叶い易いのだ。

1日1食なんてのもそうで、本当にそうしたいと思って、そうすれば、やはり素晴らしく幸運に恵まれる。
ただし、自尊心や見栄みたいなものでやっても、痩せはするだろうが、いい痩せ方をしないし、願いも叶わない。
1日1食でなくても、この飽食・美食の時代、敢えて、少食・粗食に徹すると、願いが容易く叶う。
ただし、それを自慢したり、人に押し付けたりすると、駄目な場合が多いようである。
私もそうだったなあ(笑)。

関英男博士のように、毎朝、腕振り運動を2000回やるのもユニークだし、佐川幸義の弟子の中には、佐川流四股を毎日2000回以上踏んでいる者もいるが、やはりユニークである。
好きでやっている場合は、さぞ、幸運に恵まれることだろう。

個性的であれ。
特別な存在であれ。
それが本当の「世界で1つだけの花」という意味ではないのかと思う。








魂の声

最近、ナーダ(沈黙の声。サンスクリット語)と少しは親しくなれたのか、ものが見えるようになった。
そこで、昔から愛読していたマイク・ハーナッキー著『成功の扉』(※)を正しく解釈出来た。

※原題は『The Ultimate Secret to Getting Absolutely Everything You Want(願望を全て実現する究極の秘訣)』と長い。

マイク・ハーナッキーは、若い時から成功を願い、まずは教師になった。
しかし、仕事はやりがいがなく、給料も低かったので、証券マンになった。
証券マンの仕事にさほど興味はなかったが、成功して金持ちになるために懸命に働いた。
しかし、金持ちになるために好きでもない仕事をするのは愚かで、当然ながら行き詰まる。
そして、大学に入り直して法律を勉強し、弁護士の資格を取って弁護士になり、「今度こそ成功疑いなし」と思った。
しかし、仕事は思っていたのとは違い、面白くなく憂うつになるだけだった。
それでは、成果が上がるはずがなく、高収入になどならない。
ついに、ハーナッキーは、自分は、人生の敗北者なのではないかと疑い始めた。
そうしたら、原因不明の病気(肺の病気)に倒れ、入院するハメになった。
踏んだり蹴ったりとはこのことだが、病院で寝ているおかげで、考える時間が得られた。

そして、ここからが微妙で、ハーナッキーの間違いがあったので、よく聞いていただきたい。
ハーナッキーは、子供の時からの夢が、作家になることだったことを思い出した。
だが、それまで、作家になることは無理としか思えなかったので、忘れたふりをしていただけだった。
しかし、ハーナッキーは、作家になると決意し、弁護士事務所をやめ、作家になるために何でもやろうと思った。
そうしたら、知らないうちに作家で成功した。
そんな彼の頭に、「究極の成功の秘訣」が浮かんだ。
その究極の秘訣とは、「何かを成し遂げようとするには、必要なことはすべて進んで実行する自発的な態度が必要である」だ。

ハーナッキーは勘違いしていると思う。
その成功の秘訣を親切にも著書で意気揚々と公開したが、それを見て成功した者はいなかった。
実際、そんな秘訣に何の力もない。

ハーナッキーが成功した本当の理由は、「作家になると決意した」ことである。
なぜ、そんな決意をしたのか?
決して、作家になって称賛されようとか、金持ちになってやろうと思ったからではない。
「魂の声」に耳を傾けたからだ。
それが、最初に言ったナーダ(沈黙の声)である。
ハーナッキーは、夢破れ、欲望を捨てて病因のベッドで寝ていたから、それが聞こえたのだ。
「魂の声」には不思議な信頼感があり、それに従う限り、不安はなく、無限のエネルギーが生じる。

あなたも、魂の声、沈黙の声を聞くべきである。
それにはどうすれば良いか?
欲張らないことだ。
魂の声は微かであり、欲望の雑音があると聞こえない。
欲望を手放すために、まずは、真言、念仏、神仏の名、祝詞、祓詞などを唱えると良いだろう。
しかし、大切なことは、(真言を唱えることそのものではなく)欲張らないことである。








人間がやるべきことは僅かである

アメリカの作家、マイク・ハーナッキーは、若い時から、成功を目指し、成功哲学をしっかり学びながら努力した。
まず、教師になったが、全く面白くなく、給料も少なかったので、広告業界に転職してバリバリ働いたが成果が出なかった。
そこで、大学の法学部に入って勉強し、弁護士になって、「今度こそ」と思ったが、これも駄目で、ついには、病気になって入院する始末。
成功哲学は全く効果がなく、自分は人生の敗北者ではないかと思い始めていた時、不意に天啓を得て、究極の成功の秘訣を発見。
すると、自分が本当になりたかったのは作家だと気付き、作家になると決めて、弁護士事務所から退職。
そして、作家として成功したのである。
彼が発見した究極の成功の秘訣は次の通り。

何かを成し遂げようとするには、
必要なことはすべて
進んで実行する自発的な態度が必要である。

ただし、必要なのは、あくまで「態度」であって「行動」ではない。
ただし、「態度」と「行動」の線引きが難しいことが、次の話から分かる。
この究極の成功の秘訣が説明されたハーナッキーの著作『成功の扉』を読んで、書かれている通りに実行したが、成果が得られないという読者からの手紙を、ハーナッキーは沢山受け取ることになった。
ハーナッキーが、そういった、成功出来なかった読者と対話してみると、「いくら何でも、これくらいはやれよ」と言わざるを得ないほど、彼らが本当に何もしていなかったことにハーナッキーは呆れたが、読者の方は、そう言われても心外かもしれない。その読者にも、確かに甘い考えはあったのだろうが、そうは言っても、どこまでやる必要があるのかが分からず、下手に余計なことをやっても、無駄骨になって、無力感を感じるだけだろう。
ハーナッキーは、明らかに、言葉が足りなかった。

自分がすべき行動について理解するのに参考になるお話が、仏教の経典にある。
私はそのお話を、昔、ホテルの部屋に置かれている『仏教聖典』で読んだ。
そのお話は、簡単に言うとこうだ。
竹藪が大火事になった時、そこに棲んでいた一羽のオウムが、長年、棲み処を与えてくれた竹藪の恩に報いようと、池に飛び込んで身体を濡らしては燃え盛る炎の上で羽ばたき、水しぶきをかけて、火を消そうとした。
それを見て神が、「その程度の水ではどうにもならない」と言う。
しかし、オウムは、いつまでかかっても、死んでも生まれ変わって断固やると言う。
それを聞いて感動した神は、オウムと力を合わせて火事を消した。

神が、オウムと力を合わせて火事を消したといっても、実際には神が消したのだ。
つまり、実行するのは、ほとんど神なのである。
ハーナッキーの究極の秘訣にも、そうであることが込められてはいるのだが、ハーナッキーの究極の秘訣を知った者は、どうしても、自分がやる・・・つまり、自分のちっぽけな力でやろうと思ってしまうのだ。
それでは、何も起こらない。
このオウムのお話のように、自分がやることは、実際は無に等しい。しかし、無に等しくても、やることがある。それがちょっと難しいのに、ハーナッキーは、それに気付かなかったのだ。

実際は、あなたは何もしなくていいし、しようとすら思わなくていい。
何でもやってくれるのは、優秀で強い神であり、無能で弱いあなたではない。
あなたがやるべきことは、願いが叶った楽しい気分になることだけだ。
だが、そうなるために、とりあえず、何かやった方が良いのである。
これに関しては、成功哲学の分野で、ジョセフ・マーフィーやジェームズ・アレンと並ぶとも言われ、能力が低い人にも適切な教えを説いたフローレンス・スコーヴェル・シンの『成功への秘密の扉』に、こんな話がある。
海外旅行に行きたいという男がいたが、彼は必要なお金を持っていなかった。
そこで、シンは、男に、旅行カバンを買うよう勧め、彼はその通りにした。
そして、彼は、旅行に行けることを肯定するアファーメーション(積極的断言)を行った。
彼のアファーメーションは、
「神の御恵みのもと、私の旅行が完璧に準備され、旅行資金も調っていることに感謝します」
だったが、正直、何でも良い。自分に合いさえすれば。
それこそ、「神様の奇跡が起こる」で良い。
アファーメーションをしながら、買ったスーツケースを見ると、自分は外国に行くんだと思って気分が良くなった。
そうなるために、スーツケースを買ったのである。
そして、彼はまもなく大金を手にし、旅行に出かけて行った。

マイク・ハーナッキーの究極の秘訣は、神の境地に立った者であれば、極めて正しいのだが、普通の人は、それとはほど遠いのである。
だが、上のオウムや海外旅行に行きたかった男のように、力がない者でも、自分に出来ることをすれば、気分が良くなる。
そして、良い気分になることだけが必要なのである。
だから、あなたも、自分に出来ることで、気分が良くなることをやれば、願いは叶ったも同然である。
結婚したい女性が婚活をするのは、自分のちっぽけな力を頼ることであり、大抵、芳しい成果を見ない。だいたい、婚活なんて面白くなく、気分が悪くなるだけじゃないか?
それよりも、妻や母親になるのに相応しい勉強をするとか、女を磨くとか、自分が良い気分になることをすれば良いのである。

だが、ハーナッキーの究極の秘訣は、彼の悟りの境地であるだけに、捨てるのは惜しい。
「私は神と一体である」というアファーメーションと共に、ハーナッキーの究極の秘訣を使えば、実際にやるのは神ということになり、受け入れ易くなると思う。








なりたいものに勝手になる

私は、プログラマーやシステムエンジニアになるにはどうすれば良いかといったことをよく聞かれるし、そのような相談者に対し、カウンセリングをしたこともある。
しかし、本音を言えば、
「勝手になれば」
「俺の言うことなんか聞かない方が良い」
と思うし、私以外の者の言うこととなると、偏見を植え付けられる恐れが大きいので、(私の話より)もっと聞かない方が良いと思う。
プログラマーになりたいなら、プログラミングくらい出来るはずだし、何を知っておくべきで、何をすれば良いかなんて、私より、(偏見の少ない)君達の方がよっぽど知ってるはずだと思うのである。
いまどき、プログラミングなんて、ほとんどタダでいくらでも出来るし、必要な情報は、ネットや書籍で、いくらでも手に入る。
そこそこプログラミングが出来る人なら、企業の方でいくらでも欲しがっている。
全く「勝手になれば」であるが、下で、もっと丁寧にフォローしよう。

しかし、「勝手になればいい」は、プログラマーに限らない。
アメリカの作家マイク・ハーナッキーが『成功の扉』に書いていたが、彼はよく、中年以上の人などに、
「作家とは羨ましいですね。私も、昔は作家が夢だったんですよ」
と言われることがあるらしい。
そんな時、ハーナッキーは、必ず、
「じゃあ、あなたも作家になればいいじゃないですか」
と返答するという。
別に、冗談でも冷やかしでもない。極めてマジに言っているのである。
ところが、そう言ってやると、相手は、
「でも請求書の支払いはちゃんとしなくてはいけませんし、会社の方も、後10年はクビにしないと言ってくれてますし」
と、まともに受け取らないようだ。
そんなこともあり、ハーナッキーは、出版社から、物書きで成功する方法の本を書いてくれと言われて『成功の扉』を書いたのだが、この本の原題は、
“The Ultimate Secret to Getting Absolutely Everything You Want”
で、意味は、「欲しいものを全て確実に手に入れる究極の秘法」だ。
つまり、作家になることに限定せず、あらゆる願いを叶える方法なのである。

ところが、その『成功の扉』の後で書いた本で、ハーナッキーは、
「『成功の扉』の読者から、この本を読んでも願いが叶わないという相談を沢山受けた」
ことを明かしている。
そんな相談者と話していると、そのような人達は、願いを叶えるために必要な電話の1本もしていなかった。
これは、プログラマーになりたいのに、プログラミングもしていないというのと同じである。
早い話、プログラマーになろうなんて気は、本当は無いのだ。
だが別に、プログラマーになんてならなくて良い。
格闘家の堀部正史さんが『喧嘩芸骨法』で書いていたが、
「誰でも三度のメシより好きなことがあるはずだ。私の場合は、それが喧嘩だったので、子供の時から喧嘩に励み、格闘家になった」
のであるが、これが自然なことなのである。
ただし、いくら好きでも、「美味しいものを食べる」とか「エロいことをする」など、快楽に関することは違うと思った方が良い。
(まれに、池田満寿夫さんや、団鬼六さんのように、エロいことで大成功した人達もいるが、あまり気楽に真似しないよう忠告する)
ゲームなんかは微妙だが、ゲームを命懸けでやれると感じているなら、その天性があるかもしれない。
しかし、そんなこと、自分で判断すべきであろう。

とはいえ、ここは親切に、なりたいものになる、また、天性の才能があるかどうか見分ける簡単な方法を述べる。
作家になりたいなら、
「私は作家だ」
と心で、ゆっくり丁寧に、ずっと唱えるのだ。
そうすれば、作家になれる。
しかし、唱えるのがシンドかったり、唱える習慣が出来ないなら、本当は作家になどなりたくないのだ。
そもそも、本当に作家になりたいなら、すでに、それなりに書いているはずである。
村上春樹は、修行時代、昔のことだから(ワープロもなかった時代と思う)、原稿用紙10枚をノルマに毎日書いていた。
おそらく、盆暮れ正月例外なく書いたはずだ。
イチローだって、自分は毎日練習していることについて、
「どうして練習を休まないといけないのか理解出来ない」
と言っていたと思う。
ただし、村上春樹は、原稿用紙10枚以上は書かなかったそうだ。
一方、確かに、イチローの練習時間が長かったことは知られている。取材した記者によると、「イチローの練習は永遠に続く」のだそうだ。
しかし、イチローは練習を楽しんでいたのだし、実際、「毎日やりたいですね」と言っていたのだ。
村上春樹も、楽しく書けるのが10枚だったのだろう。
ただし、イチローも村上春樹も、それを、地球が爆発しても続けたのだ。

ところが、「自分は何が向いているか分からない」「夢がない」なんて言う者が多い。
それは、あなたが奴隷の仕事しか選べないようになるために、学校とテレビに思想統制されたからだから、まあ、仕方がないかもしれない。
だが大丈夫。
これに関しては、何度も書いたが、世界的セールスマンだった、夏目志郎さんの話が参考になる。
失敗ばかりのまるで駄目男人生をばく進していた夏目さんは、神様にこう祈った。
「これまでの人生の失敗は私の責任です。しかし、これからの人生については、神様、あなたに責任を取って欲しいのです。まずは、これはという仕事を下さい」
すると、夏目さんが言うには、奇跡が起こり、翌日、百科事典販売会社からスカウトが来たのだ。
まあ、そんなに難しいことをしなくても、
「神よ、与えたまえ」
と心で言えば良いのである。
イエスも言ったではないか。
「欲しいものは何でも神に求めよ。全部、与えられるだろう」
(マタイ福音書より)








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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