子供や若者だって、「夢がない」などと言ったり言われたりしている。
ましてや、中高年ならなおさらである(夢がない)。
しかし、本当は、そんなことはない。
お金がもっと欲しいとか、素晴らしい彼氏や彼女や、あるいは友達が欲しいとか、もっと尊敬されたいとか、大詩人イェイツが死ぬ少し前の73歳の時に詩に書いたように「若いあの子とやりたい」とか。
そういうのも立派な夢だ。
夢がないどころか、切望する夢がいくらでもあるはずなのだ。
特に、引き寄せを知っている者は、沢山の大きな夢を持っている場合が多い(73歳で若いあの子と・・・なんて大きな夢だ)。
ところが、夢を持ち、引き寄せメソッドを行って数年、あるいは、数十年・・・それでも全く叶わない。
アメリカの作家マイク・ハーナッキーは、成功を求めていろいろな職につき、引き寄せメソッドもずっと行った。
しかし、最後は、弁護士資格を取って弁護士になるも成功に縁がなかったというから、やはり「何十年やっても・・・」のクチだろう。
それで、彼はすっかり絶望してしまった。
彼は、そこで病気になって入院する中で頭がぶっ飛んだ。
それ以降、彼は好きなことだけをやることにし、作家になることに決め、作家で成功する。
ところが、彼は、自分がなぜ成功出来たか、誤解したまま成功本(引き寄せ本)を書いてしまった。
実際には、彼ハーナッキーには何が起こったのだろう?
表面的に言えば、彼は成功を諦めたのだ。
「大学を優等で出て教師になり、証券マンになり、弁護士になって本当に頑張ったが、結局、駄目だったなあ」
と、このように明確に思ったかどうかは分からないが、実質でこんなふうに思って「駄目だったなあ」と諦めたのである。
だが、重要なことは、「駄目だったなあ」と諦めることで「思考が消えた」ことである。
一般的に言えば、思考が停止したのである。
世間では「決して諦めるな」が格好良く尊い言葉だと言われている。
逆に、諦めることは格好悪く、「諦めは愚か者の結論」などと「格好良く」言ったりする。
チャーチルは「決して諦めるな!決して!決して!決して!」と演説し、『美少女戦士セーラームーン』のエンディング曲『乙女のポリシー』では、どんなピンチの時も絶対諦めないのが(可憐な)乙女のポリシーだと言う。
こんなの嘘である。凄い洗脳だ。

AIアート187
「夜中」
Kay
諦めることが悪いのではない。
諦めたフリで、未練がましく諦めていないことが悪いのだ。
「駄目だったなあ」と思い、本当に諦めた時のすがすがしさは何物にも代え難い。
なぜ、それほどまでにすがすがしいのかというと、思考が消えたからだ。
その時に、真の願いが叶う・・・というよりは、叶っているのである。
こう言うと、「そうか!諦めたら金が入るのか」と卑しいことを考える者がいるが、それでは諦めたことにはならない。
「いろいろやったけど駄目だったなあ。泣けてくるなあ」と潔く諦めるのだ。
願いが、F子を彼女にすることなら、
「いろいろやったけど、さっぱり駄目だったなあ。無念だ。仕方ない、F子を彼女にしよう」
と思えば、そうなる。
だが、こう言われてやろうとしても、どうしても、執着が出て、潔く諦めない。
そこで、普段から、しっかり素振り・・・思考を消す素振りをしておくのだ。
その素振りが「私は誰か?」と自分に問うことである。
これがやり難ければ、「私は何も思わない」「われ思わず」といった世界コマンドでも良いし、自分の好きなアファーメーションを徹底的に行うという手もある。
逆に言えば、「駄目だったなあ」と諦めれば、「私は誰か?」と問い易いのである。
「結局、さっぱり金持ちになれなかったなあ。無念だなあ。仕方ない、金持ちになるか」
である。
追記
「通りすがり」「A」「一読者」といったハンドルのコメントは表示されません。
皆がそんなハンドルを使うとどうなるか・・・といった想像力がないようでは、何をやっても駄目です。
ましてや、中高年ならなおさらである(夢がない)。
しかし、本当は、そんなことはない。
お金がもっと欲しいとか、素晴らしい彼氏や彼女や、あるいは友達が欲しいとか、もっと尊敬されたいとか、大詩人イェイツが死ぬ少し前の73歳の時に詩に書いたように「若いあの子とやりたい」とか。
そういうのも立派な夢だ。
夢がないどころか、切望する夢がいくらでもあるはずなのだ。
特に、引き寄せを知っている者は、沢山の大きな夢を持っている場合が多い(73歳で若いあの子と・・・なんて大きな夢だ)。
ところが、夢を持ち、引き寄せメソッドを行って数年、あるいは、数十年・・・それでも全く叶わない。
アメリカの作家マイク・ハーナッキーは、成功を求めていろいろな職につき、引き寄せメソッドもずっと行った。
しかし、最後は、弁護士資格を取って弁護士になるも成功に縁がなかったというから、やはり「何十年やっても・・・」のクチだろう。
それで、彼はすっかり絶望してしまった。
彼は、そこで病気になって入院する中で頭がぶっ飛んだ。
それ以降、彼は好きなことだけをやることにし、作家になることに決め、作家で成功する。
ところが、彼は、自分がなぜ成功出来たか、誤解したまま成功本(引き寄せ本)を書いてしまった。
実際には、彼ハーナッキーには何が起こったのだろう?
表面的に言えば、彼は成功を諦めたのだ。
「大学を優等で出て教師になり、証券マンになり、弁護士になって本当に頑張ったが、結局、駄目だったなあ」
と、このように明確に思ったかどうかは分からないが、実質でこんなふうに思って「駄目だったなあ」と諦めたのである。
だが、重要なことは、「駄目だったなあ」と諦めることで「思考が消えた」ことである。
一般的に言えば、思考が停止したのである。
世間では「決して諦めるな」が格好良く尊い言葉だと言われている。
逆に、諦めることは格好悪く、「諦めは愚か者の結論」などと「格好良く」言ったりする。
チャーチルは「決して諦めるな!決して!決して!決して!」と演説し、『美少女戦士セーラームーン』のエンディング曲『乙女のポリシー』では、どんなピンチの時も絶対諦めないのが(可憐な)乙女のポリシーだと言う。
こんなの嘘である。凄い洗脳だ。

AIアート187
「夜中」
Kay
諦めることが悪いのではない。
諦めたフリで、未練がましく諦めていないことが悪いのだ。
「駄目だったなあ」と思い、本当に諦めた時のすがすがしさは何物にも代え難い。
なぜ、それほどまでにすがすがしいのかというと、思考が消えたからだ。
その時に、真の願いが叶う・・・というよりは、叶っているのである。
こう言うと、「そうか!諦めたら金が入るのか」と卑しいことを考える者がいるが、それでは諦めたことにはならない。
「いろいろやったけど駄目だったなあ。泣けてくるなあ」と潔く諦めるのだ。
願いが、F子を彼女にすることなら、
「いろいろやったけど、さっぱり駄目だったなあ。無念だ。仕方ない、F子を彼女にしよう」
と思えば、そうなる。
だが、こう言われてやろうとしても、どうしても、執着が出て、潔く諦めない。
そこで、普段から、しっかり素振り・・・思考を消す素振りをしておくのだ。
その素振りが「私は誰か?」と自分に問うことである。
これがやり難ければ、「私は何も思わない」「われ思わず」といった世界コマンドでも良いし、自分の好きなアファーメーションを徹底的に行うという手もある。
逆に言えば、「駄目だったなあ」と諦めれば、「私は誰か?」と問い易いのである。
「結局、さっぱり金持ちになれなかったなあ。無念だなあ。仕方ない、金持ちになるか」
である。
追記
「通りすがり」「A」「一読者」といったハンドルのコメントは表示されません。
皆がそんなハンドルを使うとどうなるか・・・といった想像力がないようでは、何をやっても駄目です。
