私は、スティーヴン・ホーキングの昔の著書『ホーキング、宇宙を語る』の序文にあった話を印象深く覚えている。
大昔に読んだので、曖昧な記憶だが、こんな感じだった。
イギリスの数学者で哲学者であるバートラント・ラッセル(アリストテレス以来の大論理学者とも言われているらしい)が、一般人相手に科学の啓蒙のための講演を行っていた。
(ホーキングは、「ラッセルだったと思うが」と書いていたかもしれない)
地球が丸くて、自転しながら、太陽を中心に回っていることを、図で示しながら話していた。
すると、会場にいたお婆さんが、世界は亀の背中の上であると抗議してきた。
そこでラッセルは、そのお婆さんに、「では、その亀の下は何でしょうか?」と尋ねた。
ラッセルは、やり込めたつもりだったが、お婆さんは、
「まあ、お若いのにオツムのよろしいこと。でも、よろしくって?亀の下は、ずーっと亀なのよ」
と返した。
ラッセルの渋い顔が浮かぶようだ・・・あ、これはホーキングが述べていたのではなく、私の想像だ。
世界最高の頭脳ラッセル(偉大な数学者でありながらノーベル文学賞も受賞)と、教養のない田舎のお婆さん・・・同じ人間でありながら、なんという違いか!
昨夜も取り上げた大槻義彦さん(有名な超常現象否定論者の科学者)なら、このお婆さんは仕方がないとしても、子供達に迷信を教える訳にはいかないと躍起になるだろう。
だが、アインシュタインならどうだろう?
お婆さんに、その亀について熱心に質問し、一緒に、偉大なる亀さんを賛美するような気がするのだ。
この私は、もちろん、世界は亀の背中の上だと考えており、亀さんを心から崇め、感謝し、そして、日頃のお役目を労(ねぎら)いたいのである。
「亀さん、ありがとう!」ってね。
ホーキングは、未来の人から見れば、地動説を知っている我々と、このお婆さんも大差はないと思うと述べていたと思う。
しかし、それでは、いまひとつだ。
私は、そのお婆さんとラッセル、そして、そのお婆さんとホーキングは大差ないと言いたいし、ラッセルやホーキングは、このお婆さんに対して、それほど劣らないと言いたいのだ。
ホーキングは、立派なことを言っているようでありながら、暗に、ラッセルや自分は、無教養で迷信深い人達より上と思っているに違いないのだ。
『灼眼のシャナ』のアニメで、こんな話があったのが参考になる。
尚、私は、小説の『灼眼のシャナ』は、最後の方が面白くなかったので、最終2~3巻ほどは読んでいないので、小説の方がどうなっているのかは知らない。
サブラクという敵がいた。
敵とは、「紅世の徒(ぐぜのともがら)」という、紅世という異世界から来た魔法の力を持つ者達である。
紅世の徒の中でも、サブラクの強さは桁外れで、ヒロインで最強レベルの戦士であるシャナや、シャナに優るとも劣らない仲間達が束になってかかっても手強い・・・というか、手も足も出ない。
ところで、シャナ達がサブラクと戦うことになるずっと前に、メアという名の紅世の徒がシャナの前に現れ、シャナに倒されているのだが、シャナは、メアが自分の前に、わざわざ姿を現したことを不思議に思う。なぜなら、メアは弱過ぎ、ほとんど相手にならずにシャナに一瞬で討滅されてしまったからだ。
メアは可愛い少女の姿をしていたので、もっと長生きして欲しかったと思う視聴者もいたと思うが・・・
ところが、サブラクは、そのメアにぞっこんであった(惚れていた)らしい。
このロリコン!・・・、いや、そんなことはどうでも良い。
そして、サブラクは、メアが自分のところから消えてしまったことに無念さのようなものを感じているようだったし、メアがなぜ去ったのかも分からない。
だが、それは当然のことだった。
紅世の徒の中でも最強クラスのサブラクと、最弱クラスのメアなのだ。
サブラクは強過ぎた。
だが、そのサブラクの前に、「祭礼の蛇」坂井悠二が現れる。
かつては平凡な高校生で、それこそ、メアにだって一瞬で消されるはずのひ弱な存在でしかなかった坂井悠二だったが、今は違う。
サブラクは悠二を見て、初めて恐怖というものを感じる。
そして、これが、メアが自分に対して感じていたものであると気付く。
さらに、サブラクは深い悟りを得る。
これほどの存在の前では、自分とメアの差など、ないに等しいと。
サブラクは静かに滅した。
その悠二に堂々1人で挑んだシャナは大したものである(しかも、見事にキツい一発を喰らわした)。
東大で理学博士の学位を得、高い評価を得た科学者である大槻教授と、オカルトを信じる学のない人。
神や天使どころか、本当に賢い人間から見ても、その両者に何の違いもなく、せいぜい、大槻教授の方が、ほんのちょっぴり下だと思われるだけかもしれない。
大差があるのは、初音ミクさんと私である。
その差は、「祭礼の蛇」坂井悠二に対する、ニア・イコールのサブラクとメアどころではない。
よって、私はミクさんをひたすら崇める。
別にふざけていたり、妄想している訳ではなく、それが心が無である存在の偉大さなのである。
人間の能力はIQで決まるが、それが人間の値打ちを決める訳ではない。
ただ、至高者に向かう意思を持つかどうかは大きな意味を持つのである。
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大昔に読んだので、曖昧な記憶だが、こんな感じだった。
イギリスの数学者で哲学者であるバートラント・ラッセル(アリストテレス以来の大論理学者とも言われているらしい)が、一般人相手に科学の啓蒙のための講演を行っていた。
(ホーキングは、「ラッセルだったと思うが」と書いていたかもしれない)
地球が丸くて、自転しながら、太陽を中心に回っていることを、図で示しながら話していた。
すると、会場にいたお婆さんが、世界は亀の背中の上であると抗議してきた。
そこでラッセルは、そのお婆さんに、「では、その亀の下は何でしょうか?」と尋ねた。
ラッセルは、やり込めたつもりだったが、お婆さんは、
「まあ、お若いのにオツムのよろしいこと。でも、よろしくって?亀の下は、ずーっと亀なのよ」
と返した。
ラッセルの渋い顔が浮かぶようだ・・・あ、これはホーキングが述べていたのではなく、私の想像だ。
世界最高の頭脳ラッセル(偉大な数学者でありながらノーベル文学賞も受賞)と、教養のない田舎のお婆さん・・・同じ人間でありながら、なんという違いか!
昨夜も取り上げた大槻義彦さん(有名な超常現象否定論者の科学者)なら、このお婆さんは仕方がないとしても、子供達に迷信を教える訳にはいかないと躍起になるだろう。
だが、アインシュタインならどうだろう?
お婆さんに、その亀について熱心に質問し、一緒に、偉大なる亀さんを賛美するような気がするのだ。
この私は、もちろん、世界は亀の背中の上だと考えており、亀さんを心から崇め、感謝し、そして、日頃のお役目を労(ねぎら)いたいのである。
「亀さん、ありがとう!」ってね。
ホーキングは、未来の人から見れば、地動説を知っている我々と、このお婆さんも大差はないと思うと述べていたと思う。
しかし、それでは、いまひとつだ。
私は、そのお婆さんとラッセル、そして、そのお婆さんとホーキングは大差ないと言いたいし、ラッセルやホーキングは、このお婆さんに対して、それほど劣らないと言いたいのだ。
ホーキングは、立派なことを言っているようでありながら、暗に、ラッセルや自分は、無教養で迷信深い人達より上と思っているに違いないのだ。
『灼眼のシャナ』のアニメで、こんな話があったのが参考になる。
尚、私は、小説の『灼眼のシャナ』は、最後の方が面白くなかったので、最終2~3巻ほどは読んでいないので、小説の方がどうなっているのかは知らない。
サブラクという敵がいた。
敵とは、「紅世の徒(ぐぜのともがら)」という、紅世という異世界から来た魔法の力を持つ者達である。
紅世の徒の中でも、サブラクの強さは桁外れで、ヒロインで最強レベルの戦士であるシャナや、シャナに優るとも劣らない仲間達が束になってかかっても手強い・・・というか、手も足も出ない。
ところで、シャナ達がサブラクと戦うことになるずっと前に、メアという名の紅世の徒がシャナの前に現れ、シャナに倒されているのだが、シャナは、メアが自分の前に、わざわざ姿を現したことを不思議に思う。なぜなら、メアは弱過ぎ、ほとんど相手にならずにシャナに一瞬で討滅されてしまったからだ。
メアは可愛い少女の姿をしていたので、もっと長生きして欲しかったと思う視聴者もいたと思うが・・・
ところが、サブラクは、そのメアにぞっこんであった(惚れていた)らしい。
このロリコン!・・・、いや、そんなことはどうでも良い。
そして、サブラクは、メアが自分のところから消えてしまったことに無念さのようなものを感じているようだったし、メアがなぜ去ったのかも分からない。
だが、それは当然のことだった。
紅世の徒の中でも最強クラスのサブラクと、最弱クラスのメアなのだ。
サブラクは強過ぎた。
だが、そのサブラクの前に、「祭礼の蛇」坂井悠二が現れる。
かつては平凡な高校生で、それこそ、メアにだって一瞬で消されるはずのひ弱な存在でしかなかった坂井悠二だったが、今は違う。
サブラクは悠二を見て、初めて恐怖というものを感じる。
そして、これが、メアが自分に対して感じていたものであると気付く。
さらに、サブラクは深い悟りを得る。
これほどの存在の前では、自分とメアの差など、ないに等しいと。
サブラクは静かに滅した。
その悠二に堂々1人で挑んだシャナは大したものである(しかも、見事にキツい一発を喰らわした)。
東大で理学博士の学位を得、高い評価を得た科学者である大槻教授と、オカルトを信じる学のない人。
神や天使どころか、本当に賢い人間から見ても、その両者に何の違いもなく、せいぜい、大槻教授の方が、ほんのちょっぴり下だと思われるだけかもしれない。
大差があるのは、初音ミクさんと私である。
その差は、「祭礼の蛇」坂井悠二に対する、ニア・イコールのサブラクとメアどころではない。
よって、私はミクさんをひたすら崇める。
別にふざけていたり、妄想している訳ではなく、それが心が無である存在の偉大さなのである。
人間の能力はIQで決まるが、それが人間の値打ちを決める訳ではない。
ただ、至高者に向かう意思を持つかどうかは大きな意味を持つのである。
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