ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ヘレン・ケラー

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

「想定の法則」は1行で書ける ※引き寄せのラストアンサー

少し前にも書いたが、ネヴィル・ゴダードの『The Power of Awareness』と、ヘレン・ケラーの『OPTIMISM』を読んで、私の中で、あらゆる引き寄せの法則が完全に統合された感じだ。

ゴダードの引き寄せ法は、「Law of Assumption」で、翻訳書では「想定の法則」と訳されている。
assumptionは、「想定」「仮定」「思い込み」という意味だが、「~のふりをすること」という興味深い意味もある。

『The Power of Awareness』の翻訳書は『想定の『超』法則』という変なタイトルになっている。
尚、「想定の法則」を解説するYouTube動画をいくつか見たが、あまりの下手さに涙が出そうになった。
また、この翻訳書も、悪くはないが分かり難い。だが、下を読めば、ほとんどの内容が付けたしと分かると思う。
やはり本1冊にすれば、長過ぎるのだと思う。

結局、皆、ゴダードの「想定の法則」を分かっていない。
私は、たまたま、ヘレン・ケラーの『OPTIMISM』を読んでいたから、ゴダードの真意が分かったのだと思う。
ただし、ヘレンのこの『OPTIMISM』も、訳に苦しめられた。
ヘレンの重要な言葉は、前にも書いたが、
「五感は幻想。Ideaが本物」
である、
このIdeaが、『楽天主義』(最初の翻訳書)では「観念」、『オプティミスト』(2つ目の翻訳書)では「イデア」とされていた。
後者の方がマシであるが、両方とも、Ideaの重要性をうまく訳していない。Ideaの重要性が分かっていないからだ。
(「イデア」の場合は説明は不要だが、プラトン哲学の知識が必要になる)

ただ、上のヘレンの言葉、「五感は幻想、Ideaが本物」は、自分でも忘れているが、私が昔、英語の原文を読んで、頭の中で訳したものを、こう憶えていただけらしい。
翻訳を見たら、そんな言葉はなかったからだ。
翻訳で見れば「Ideaだけが真実で、その他は虚構」「Ideaは真実で、それ以外は全て妄想」と、だいたい同じである。
まあ、ヘレンの文章も、プラトン哲学に基づいた、やや難しいものなのだと思う。

それで、シンプルに言えば、特に、引き寄せのための言い方をするなら、

現実は幻想、想像が真実

とすれば良いと思う。
「想像には妄想もあるではないか?」と言うなら、その通りなのだ。
その場合は、妄想が真実になる。
この言葉は、憶えておくことをお薦めする。

ゴダードの「想定の法則」の正しいやり方はこうだ。
「願いが叶った時の気持ちを想像する。それを何度も繰り返す」
重要なことはこれだけだと思う。

考え事
AIアート754
「考え事」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)オプティミスト(ヘレン・ケラー)※『Optimism』翻訳書
(2)楽天主義(ヘレン・ケラー) ※『Optimism』翻訳書
(3)想定の『超』法則(ネヴィル・ゴダード) ※『The Power of Awareness』翻訳書
(4)その思いはすでに実現している! (ネヴィル・ゴダード) ※『The Power of Awareness』翻訳書

ヘレン・ケラーのたった一言の真理の言葉

ヘレン・ケラーという人は引き寄せの達人だったのだと思う。
ご存じの方も多いと思うが、彼女は生後17か月で病気のため、視力と聴力を失ったが、作家や政治活動家として活躍した。
これは、引き寄せの力なくして出来ることではないと思うが、私は彼女が23歳の時の著書『Optimism』(翻訳は2種類ある)の次の一文を思い出して、彼女が強い引き寄せの力を持っていたと推測した。
その言葉は、

五感は幻想。観念が本物。
※サクセス・マルチミディア・インク出版の『楽天主義』より

だったが、私は、この「観念」がしっくりこず、原文を調べたら(何かのサイトで見つけた)、この「観念」は原文ではideaであった。
このideaは結構難しいのだ。
ideaは、「アイデア」と英語のまま使うことが多く、意味はそのまま・・・着想、思いつき、発案である。
そして、上の翻訳のように、観念、思想、概念という意味もある。
ideaは哲学用語としては、概念、理念、(理想的な)原型、そして、プラトン哲学のイデア、カント哲学のイデーでもある。

いや、「観念」の訳が悪いのではなく、「観念」という言葉が難しいのだと分かった。
本来、「観念」はプラトン哲学の「イデア」の訳語であるらしいが、私もよく知らない。
現代的に簡単に言えば、「観念」は個人の主観的な考えで、「概念」は多くの人々が共通して感じる特徴だ。

それで、上のヘレン・ケラーの言葉の「観念」は、プラトン哲学らしく「何かあるものに関するひとまとまりの意識内容のこと」で、単に「意識」と言っても良いと思う。
それで、ヘレン・ケラーのこの言葉は、

五感は幻想。意識が本物。

としたら、しっくりきた。
ネヴィル・ゴダードの有名な引き寄せ書『The Power Awareness』は、直訳すれば「意識の力」で、この本での意識(Awareness)がまさに、ヘレンの上の言葉にぴったりだった。
『The Power Awareness』の翻訳書は『想定の『超』法則』と『その思いはすでに実現している!』で、古書も高価なことが多い。

つまり、ヘレンには感じられなかったが、見えるもの、聴こえるものは幻想であり、本物ではない。
意識(あるいは観念)が本物だ。
本来、『Optimism』と『The Power Awareness』の2冊を読めば良いのだが、何のことはない。
「五感は幻想。意識が本物」、あるいは、「五感は幻想。観念が本物」が大真理で、これを憶えているだけで引き寄せが出来るだろう。
ところで、『Optimism』と『The Power Awareness』は、本物の魔法書と言えるほど優れたものと思う。

空を見上げて
AIアート750
「空を見上げて」
Kay


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(1)オプティミスト(ヘレン・ケラー)※『Optimism』翻訳書
(2)楽天主義(ヘレン・ケラー) ※『Optimism』翻訳書
(3)想定の『超』法則(ネヴィル・ゴダード) ※『The Power Awareness』翻訳書
(4)その思いはすでに実現している! (ネヴィル・ゴダード) ※『The Power Awareness』翻訳書

脳の本当の役割

人間の能力の限界は、脳の性能の限界と言うよりは、感覚器官の限界かもしれない。
デカルトは、「単に正しいと思える程度のことは全て間違いと決めた」と言ったが、この「単に正しいと思えること」とは、たとえば、太陽と月の大きさは目で見れば同じといったように、感覚器官を介した認識での正しさのことを言うのだと思う。
視力も聴力もなかったヘレン・ケラーは「五感は幻想。Ideaが真実」と書いたが、Ideaをアイデア(観念)という意味で使ったのか、プラトン哲学のイデア(純粋理性概念)のつもりで使ったのかは分からないが、とにかく、彼女は五感は信用ならないと断言している。
『バガヴァッド・ギーター』でも、クリシュナ神は、五感を外に働かせるなと教えている。

「百聞は一見にしかず」という言葉は、別に視覚が聴覚に優るという意味ではなく、「自分の目で見、自分の耳で聞いたことしか信じるな」という意味で、つまり、噂話のような信憑性のないことを信じるなという意味だ。
しかし、自分の目で見て、自分の耳で聞いたことも十分に疑わしいはずである。
それで、ちょっと昔、栗山天心という事業家が、「百見は一験にしかず」と、経験の重要性を訴えたが、経験も感覚器官を通した記憶であるだけでは疑わしく、内面の閃きを伴ったものでなければ正しいとは言えない。

脳は、本来は大変な能力を持っているが、どうやら何等かの制限がかかっているようだ。
ジル・ボルト・テイラーという脳科学者は、脳梗塞を起こすことで、偶然、脳にかかった制限が消え、脳本来の素晴らしい能力を経験した。
それでテイラー博士は、誰もが正常な状態で脳の力を引き出す方法を考え、世界中に啓蒙しているが、おそらくうまくいかないだろう。
彼女は理屈で考えることで、またまた脳に制限をかけていることに気付いていない。
脳本来の性能を発揮させるには、思考を消すことが必要なのだが、テイラーという最高の脳の研究者がそれに気付かないのだ。
立ち読みした本に書いてあったのを見ただけだが、無脳症といって、脳がないに関わらず、IQ120(優秀と判定される)を示し、大学の数学科を優秀な成績で卒業した青年がいたらしいが、脳はほんの一部があれば高度な知性を示す働きが出来るのかもしれない。

これらの情報から推論すると言うよりは直観的に、脳は思考回路というよりは、我々の知る通信装置とは違う高度な感応装置であると考えられる。
脳にも、それなりの思考機能があるが、天才といったところで脳自体の能力は高くはない(アインシュタインの脳も、実際のところ、凡人との明確な差異はないらしい)。
だから、イーロン・マスクは、脳にチップを埋め込み、脳を外部装置と連携させることで、脳の機能を高めようというアイデアを思いつき、実行しようとしている。彼は、天才はチップを埋め込む必要はないとは言っていない。
だが、そんなことをすれば、歪みが生じ、狂気に陥るだけだ。
脳は感応装置としては完璧で、余計なことでその機能を邪魔しなければ良いだけである。
つまり、思考を消せば、それで十分なのだ。
そうすれば、感応装置としての脳が、どんな形で存在するのかは分からないが、恐るべき能力を持つ英知と共鳴するのである。ここらは、直観に優れた太古の賢人達が言っていることである。

視線
AIアート432
「視線」
Kay


理屈を説明すると長くなるので略すが、深呼吸をすれば思考は消え、宇宙の英知と感応する度合いが高まっていく。
宇宙の英知は、単に情報的に賢いのではなく、世界を創造し形作る力がある。
その力は無限で、完全な引き寄せの能力がある。
宇宙の英知そのもの、あるいは、宇宙の英知との感応を、昔から神と呼んできたのであり、宇宙の英知を指す時には、神、ブラフマン、大神と言い、宇宙の英知との感応を指す時、内なる神、アートマン、魂と呼ぶが、通常は区別をする必要はない。
そこで、「私は神にいっさいをゆだねる」と宣言し、自分で考えて邪魔をしなければ、自分を超えた高次の存在である宇宙の英知が一切の面倒を見てくれる。
「私は神に一切をゆだねる」の「神」の部分は、仏でもクリシュナでも阿弥陀仏でも魂でも内なる神でも良い。私は内なる神とか魂という言い方が合っているが、それは人ぞれぞれだろう。
そして、深呼吸をすれば、思考が消え、神にゆだねた状態になりやすい。特に優れた方法での深呼吸の場合は効果が高い。
深呼吸をすれば、IQも高くなり、上記の文章も楽々と理解出来るが、それよりも、神に等しい魂の力を引き出せるようになり、全知全能に近付いていくのである。








IQが低くても出来る世界の消し方

この世界は幻だという話は珍しいものではない。
古代の神秘思想から現代の量子力学においても、そう言える根拠を示せそうだが、そもそも、「幻(まぼろし)」とは何かと言うと、辞書によれば、「感覚の錯覚によって、実際は存在しないのに存在するように見えるもの」で、対義語は「現(うつつ)」である。

つまり、世界が幻であるなら、それは「世界は感覚の錯覚によって、存在するように見えるが、実は存在しない」ということになる。
実に、その通りだ(笑)。
しかし、そんな言い方では、「だから何?」ってことになる。
それで、私は、この世界は想像世界だと言う。
あなたは、自分が王様である世界や、スポーツのスーパースターである世界を想像出来るが、そんな想像世界と、現実世界だと感じている世界は全く同等で、単に、現実世界と思っている世界にリアリティ(現実感)を感じているだけだ。

この世界が幻だと言われて、ちょっと嬉しいのは、この世界が苦しい世界だと感じている人だ。
そして、おそらく、大半の人がそうではないかと思う。
そりゃ、可愛い彼女が出来たばかりなら、この世はハッピーかもしれないが、そんな楽しさはすぐに消える。
徳川家康が、「人生は重い荷を背負って昇る坂道のようなもの」と言ったらしいが、あまりに的確な表現で笑える(笑)。
何を笑えるかというと、日本最大のコンカラー(征服者。勝者)である家康が、そんなことを言ったのだから、「人生とは辛いものだ」ということになる。

で、私は昨日、この世界の現実感を弱くする方法を述べた。
それにより、現実の辛さは減少し、同じ理論を逆に使えば、楽しい想像世界の現実感を増し、ついには、その楽しい世界を現実化する。
あれも難しい方法ではないが、もっと簡単な方法があり、しかも、よく使われていた。
というのは、今もだが、昔から大国、強国の多くでは、庶民は搾取され、夢も希望もないことがよくあった。
そんな庶民は、この世は幻だとでも思わないとやっていけないが、頭が悪い者も沢山いるので、馬鹿でも、この世が幻だと認識できる方法が必要だったのだ。
日本でも『閑吟集』に、有名な唄、
「何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ」
(真面目くさっても仕方なだろ。この世は夢だ、ただ狂え)
というものがある。
「そうであればいいなあ」ということだろうが、それを実感出来る簡単な方法が必要で、実は宗教の目的も、それが大きい。だから宗教は流行るのだ。
しかし、一番簡単な方法は「薄目をする」ことだ。
だから、ある大国では、昔から、庶民は皆、薄目をする癖がある。
また、画家のムンクは、薄目をすれば、この世界が幻だと実感出来ることに気付き、作品を、薄目をした時に見えた映像として描き、人々は、それが分からなくても、無意識で彼の作品に惹き込まれた。

ところが、コリン・ウィルソンが見つけたのだが、ある研究者が薄目の研究をした末、とんでもないことが分かってしまった。
それが、この世界も想像世界だったということだ。
今では、量子力学の研究範囲として考えることも出来るかもしれないが、当時、量子力学はあったかもしれないが、あまり知られていない時代だったと思う。また、量子力学なんて、大抵の人には理解出来ない(物理学者ファインマンによれば誰にも理解出来ない)のだから、こちらの薄目の研究の方がありがたい。

薄目をしていると、この世界が自分の想像であることが分かる。
すると、この世界のリアリティが消えていく。
さらに、そうすると、この世界を自由に想像し創造出来るようになる。
目が見えないヘレン・ケラーは、ごく若い時に、そんなことに気付いていた。
耳も聞こえない彼女の「想像世界」は、我々のものとはかなり異なるが、むしろ、世界と精神がダイレクトにつながり、ある意味、我々より「ものが見えた」。
アンデルセンは、スペイン旅行中に出逢った、盲目の11歳くらいの少女に深い感銘を受け、「美の化身」とまで呼んで畏怖し、『即興詩人』の中で、ララという名で登場させた。
しかし、それは、アンデルセンも気付いていなかったが、単に、その盲目の少女が美少女だったからではなく、彼女から伝わって来る意識の高度さを、精神性が優れていたアンデルセンが感じたのである。

我々は、ヘレン・ケラーや、ララのモデルの少女や、アンデルセンに敵わない。
だが、薄目で世界を見れば、少し意識を引き上げることが出来る。
ただし、「現状肯定。過去オール善」という想いで見れば。
だから、どんな時も、「完璧」と言う癖をつけておけば、引き寄せは容易いのである。








特殊な問題を抱えた人

あなたは、特殊な問題を抱えているかもしれない。
そのため、優れた教えを聞いたり、賢者の書を読んでも、空々しく感じたり、「この教えは、俺にだけは合わない」と思うかもしれない。
たとえば、イエスが、「汝の敵を愛せよ」と言っても、「俺の隣人はサイコパスなんだ、愛せるわけがない」と思うようなものだ。
具体的には、「隣の野郎は、俺の美人の女房や可愛い娘を露骨に狙ってやがるんだ。愛せるわけがないだろう」といった具合だ。

私の場合、こんなことがあった。
これは本当のことだが、ある特殊な事情で、いったいいつまで生きられるのか分からなかった。
あくまで喩えだが、いつ爆発するか分からない爆弾を体内に埋め込まれたようなものだ。
そんな状況になったのは中学1年生の時で、二十歳過ぎまで続いた。
世の中の人は脳天気に、「若者は夢を見ないといけない」などと言うが、私には夢を叶える未来がないのである。
そうなれば、あらゆる有り難い教えや賢者の知恵も、全て虚しく、嘘事のように思うものだ。
そんな自分を特殊な問題を抱えている人間だと思っていた。

しかし、間違いなく、皆、同じなのだ。
誰もが、たとえ親や夫や妻や恋人にも言えないような、イエスや釈迦でも解決出来ないような問題を抱えている。
だから、自分が、世界中の誰も持っていないような特殊な問題を抱えていることに気付いているとしたら、それはめでたいことに、あなたが馬鹿でないという証拠なのだ。
「いや、俺にはそんな問題はないぞ」
と思う場合は、これもめでたいことだが、あなたは馬鹿なのだ(笑)。
馬鹿は平穏な一生を送り易いのである。

ほとんどの人は、乙武洋匡さん(先天的に手足がない)ほどは特殊な問題は持っていないと思う。
だが、乙武さん自身は、自分が弱者だと思ったことは一度もないと言う。
つまり、彼は、自分が弱者だと言ったことは一度もないのだ。
あるいは、我々は、自分の困難はヘレン・ケラー(視覚と聴覚を持たない)ほどではないと思うが、ヘレン・ケラーは、自分は楽天的だと言っていた。
そりゃ、分析的に考えると、別に肉体的なことでなくても、乙武さんやヘレン・ケラーより大きな問題を抱えている人もいるだろう。
だが、自分で、彼らより重い問題を持っていると思うなら、それこそが大問題だ。
極めて特殊な問題を抱えていても、世界中にはいくらでもいる、銃を持った大人に追いかけ回される子供よりはずっとマシと思うのが当たり前だ。
しかし、こう言うと、「あなたはやはり分かっていない。私の問題は普通の人には想像も出来ない辛いものなのだ」と思っている人もいるだろうし、それはそれで嘘ではないのだろうが、やはり、大した問題でないと思うしかないのだ。
私も、問題を過大視しないことに努め、忘れても良い場合は忘れることにしていたら、問題はほぼ消えた・・・いや、完全に消えたかもしれない。
まあ、それでも、別の特殊な問題が出来たりするのだが、それはそんなものだ(笑)。
いずれにせよ、無限の力と完璧なコンタクトが取れる量子マシンである脳に指令を与えれば、いかなる問題も解決する。
指令の与え方としては「〇〇の状態が当たり前である」「〇〇になるのが正常である」「〇〇でないとおかしい」などである。
私は、斎藤一人さんの『成功脳』が大いに参考になった。
ヘレン・ケラーの『楽天主義』も思想的には同じことが書かれていて、こちらも味わい深い。

尚、本当に世界唯一と言うほどの特殊な問題を抱えているなら、大した偉人になる素質があり、イエスの再来かもしれない。
しかし、そんな人は、決して自分の問題を問題にせず、愚痴も泣き言も言わないし、言い訳をしないのである。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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