ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

フローレンス・スコーヴェル・シン

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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正しい祈り方

「祈り」というものは非常に大切であると説く書物が多くあるのだが、どれを見ても、具体的な祈り方を書いていないし、少しは書いているとしても、どうもピンと来ない。
つまり、どの本も、肝心なところを簡潔に書いてないし、効果的な方法を教えていない。
有名な宗教家の五井昌久氏は、「世界平和の祈り」という祈りを普及させていて、それはそれで(と言っては失礼かもしれないが)良いとしても、祈りそのものの本質が分からない。
だが、アメリカの啓蒙思想家で画家のフローレンス・スコーヴェル・シンの著作『人生を豊かにする法則(原題:The Game of Life: And How to Play It)』を見て、やっと分かった。
この本の中に、太字でこう書いてある。
「祈りというのは命令であり要求であり、賛美であり感謝を捧げること」
この、「祈りは命令」が、胸にズンと来て腑に落ちた。納得出来たのだ。
(この本の)その少し前に、「主の祈り」は、命令形の形になっていて、要求の形を取っていると述べ、「主の祈り」を引用している。
即ち、
「私たちの日ごとの糧を今日も与えたまえ」
で、これはもう、見事な命令形だ。
祈りとは命令なのだ。
聖書には、こう書いてあるらしい。
「私の手になるわざについて、あなたが私に命じるのです」
祈りが命令であると、誰も教えてくれなかった。
誰も、そのことを明確に知らず、知らないまま、祈りの本を書いているのだ。

フローレンス・シンは、自分の、ある生徒のことを褒めている。
彼はこう言ったようだ。
「俺は、天の父に何かを求めるなら、断固としてこう言うんだ。父よ、俺は求めた以下のものは決して受け入れん。それ以上でなくては」

多くの人は、「お祈り」と言ったら、普段、謙虚でもないくせに、
「神様、受験に合格出来ますように」
「あの子が、僕の彼女になりますように」
など、控え目で曖昧な「お願い」をする。
しかし、謙虚なフリをしたって駄目なのだ。
堂々たる命令形であることが必要なのである。
上のことを言い直すなら、
「受験に合格させたまえ」
「彼女を僕に与えたまえ」
となる。
ただし、人間の狭い思考にこだわってもいけない。
どの学校に入るのが一番良いかとか、どんな人が自分の彼女に相応しいかは、自分ではなかなか分からない。
そこらは、高い知性に任せてしまうのが良い。
それなら、
「私に相応しい学校に入らせたまえ」
「私にぴったりの彼女を与えたまえ」
といった感じになるだろう。

では、祈った後はどうするか?
それはこうだ。
「さらに神はまた、ただじっと立ち、待つ者のみに与える」
である。
実際に戦うのは神だ。無能なあなたが出しゃばっても、邪魔なだけだ。
神に出来ないことはない。安心してまかせることだ。
そして、諦めたり、妥協したくなるのをぐっと耐える者の祈りが叶えられるのである。

尚、この本は、3冊も翻訳があり、そのような引き寄せ書は珍しく、なかなか名著であると思う。








悪者が最高の教えを伝えた

私は、駄目なやつを見ると、腹が立って仕方がない(笑)。
なぜなら、そいつらが本当に駄目な訳ではなく、単に、彼らは心の中で、いつも、
「僕は駄目だ」
「俺にはロクなことが出来ない」
と言っているに違いなく、全く自信がないだけなのだ。
そのくせ、彼らはいつも見栄を張り、周囲の人達の自分に対する扱いに不満があるようなのだ。

コリン・ウィルソンの『超意識の探求』という本に、どうにも駄目な、劣等感に取りつかれた青年の話がある。
彼が、いつも心の中でつぶやいている、
「僕はなんて駄目なんだ」
をつい、声に出してしまったが、その時、そばにいた誰か(多分、賢い人だ)が、
「君はちっとも駄目じゃない。自分でそう思っているだけさ」
と言った。
それを聞き、駄目な青年は何かを感じ、その言葉について考え続けた。
そして、彼は生まれ変わり、誰からも一目置かれるようになった。

彼の心の中で何が起こったかは、考えなくて良い。
いや、分かり切っているからなのだが。
つまり、自分は駄目だと思わなくなったのだ。
肝心なのは、なぜ、自分は駄目ではないと思うようになったかだ。
それは、いつも心の中で言っている「僕は何て駄目なんだ」を別の言葉に変えたからに決まっている。
どんな言葉に変えたかは、その本には載っていなかった。
いなかったが、別に何でも良いのだ。
ポジティブでさえあれば。

言ったのは悪者であるヨーゼフ・ゲッペルス(ヒトラー配下のナチスの宣伝大臣)だったが、一面の大きな真理を含んだこんな言葉がある。
「嘘も百回言えば真実になる」
しかし、ある信念を、逆の信念に変えるには千回言う必要がある。
「僕は何て駄目なんだ」
と頭の中でつぶやいていたなら、例えば、
「僕はどんなことでも出来る」
と言わなければならない。

人間は、無自覚に何かを頭の中でつぶやいている。
精神科学の研究によれば、1分に300回もつぶやいているという説もある。
それなら、1日中、肯定的な言葉をつぶやくほどでないといけないかもしれない。
世界的教育学者、七田眞氏の本にも、あるホームレスの(おそらくは全く駄目な)男は、1日中、「神様の奇跡が起こる」と唱え続け、2週間ほどして宝くじを買ったら1憶円当たり、その後、またやったら、また1憶円当たった(七田氏は、誓って事実と言う)。
一説では、お釈迦様も、「念仏以外は全部効果がなくなるよ」と言ったと伝えられているし、サイババも、「今は、神の名を唱えるしか効果のある方法はない」と本に書いていた。
つまり、つぶやき、呪文だけが効果があるということだろう。
私も賛成である。
肯定的なつぶやきの一番の達人は、おそらく、フロレーンス・スコーヴェル・シンと思う。
彼女本には、参考になる良いつぶやきが多いと思う。








願いを叶えるための準備

中国出身のアメリカ人の女性事業家で作家のチン・ニンチュウの著書である、『誰でも小さなことで大切な願いがかなえられる』という本を、私は、国際的なコンサルタントの方に教えてもらったのだが、そのコンサルタントが特に取り上げた箇所は、次のところだ。

まだ無名の俳優だったバート・レイノルズが、大スター、クリント・イーストウッドに、
「成功するまで何をしていましたか?」
と尋ねると、イーストウッドは、
「成功するための準備をしていた」
と応え、レイノルズはそれで光明を得て、スターダムにのし上がっていった。
ところが、そのコンサルタントもだが、その本を見ても、レイノルズが何を悟ったかの本質は明快に書かれていない。

だが、イーストウッドが言ったことの神髄は、おそらくこうだ。
「小さなことは人間がやり、大きなことは神がやる」
人間に出来ることは、たかが知れている。
しかし、その簡単なことをきちんとやれば、後は、神がやってくれる。
これを、スーフィー(イスラム教神秘主義)では、こういう格言にしているのだと思う。
「神を信用しろ。だが、ラクダはつないでおけ」
人間が出来ることは、ラクダをつないでおく程度だが、それはしっかりやらないといけないのである。

アメリカの有名なイラストレーターで、著名な自己啓発指導者でもあった、フローレンス・スコーヴェル・シンは、お金はないが、海外旅行をしたいという人に、旅行カバンを買うことを薦めた。すると、その人は不意に大金を得て、実際に旅行に行った。
イーストウッドの話に喩えると、成功(海外旅行)のための準備がバッグを買うことで、人間に出来ることは、その程度のことだが、それをすると、後は、神が取り計らってくれるのである。
もちろん、バッグを買って、旅行気分を盛り上げ、いい気分になるべきである。

空海は密教を学ぶために遣唐使に参加したが、当時の空海には、それはさほど難しいことではなかったと思う。
つまり、自分で出来ることをしたのだ。すると、後は神が(空海の場合は仏がと言うべきかもしれないが)取り計らい、唐では、幸運に恵まれて密教の大家に巡り合い、首尾よく密教をマスター出来たのであると思う。

武内直子さんの漫画、『美少女戦士セーラームーン』で、タキシード仮面こと地場衛は、「俺たちは俺たちに出来ることをしよう」と言い、この言葉は、アニメでも「俺たちに出来ることをやるんだ」という形で使われた。
『ウルトラマンティガ』でも、ウルトラマンティガことダイゴは、「僕は人間だから、出来ることをする」と言ったのが印象的だった。

幸運、あるいは、神の助力を得て勝つ人間は皆、同じことを言うのである。













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奇跡を起こす言葉

口癖、呪文、アファーメーション、自己暗示、言霊・・・何と呼んでも構わないが、1つの奇跡の呪文について、ついでの話をする。
その呪文は、
「神様の奇跡が起こる」
だ。
有名な教育研究家、七田眞氏(故人)の著書『奇跡の超「右脳」開運法』にある言葉で、「くじで一億円引き当てた口癖」として、よく知られていると思う。
七田氏が、正真正銘の実話と述べる、この口癖の効果の概要は次の通りだ。
失業中でホームレスの男性が、七田氏の本を読み、口癖で言い続けたことが実現するということを素直に信じ、暇だったので、朝から晩まで「神様の奇跡が起こる」と唱えた。
すると、1週間か2週間経った時に、頭に数字が浮かび、その数字でロト6を買ったら、1億円当たった。
その後も、この口癖を唱えていたら、また、1億円が当たったという。

まるでお伽噺であるが、案外に科学的でもあると思う。
この話について、もっと確証を持ちたければ、フローレンス・スコーヴェル・シンの『成功への秘密の扉(The Secret Door to Success)』(電子書籍とオーディオブック)を読むと良いと私は思う。
なぜなら、「神様の奇跡が起こる」を言い替えた言葉が沢山書かれてあり、その1つ1つに、実例と説明が付けられているからだ。
もちろん、そんなものは必要なく、ただ、口癖を実践出来るなら、それで良いが。

例えば、こんな言葉である。
「神の行いは巧みで、神の手法は確実」
「神は道なきところに道を作られる」
「奇(くす)しき御業もて神はなしたまえり」
※「奇しき」は「予期しない」と言い替えても良い。
「神の御手は巧みで、神の御業は過ちがない」
「私は目の前で起きることを驚嘆の目で見る」
全て聖書、あるいは、讃美歌からの引用と思われるが、全て、本質的に同じ意味なので、好みに合うものを選んで唱えると良いだろう。

他にも、私は、こんな言葉を知っている。
ある有名な(そして高価な)自己開発プログラムで引用されていた聖書の言葉であるが、
「神に出来ないことはない」
だ。
これは、おそらく、イエス・キリストが、
「私には出来ない。だが、神に出来ないことはない」
と言ったものだと思う。
あるいは、ジョセフ・マーフィーの本に、
「神は失敗しない」
という言葉が書かれていたと思う。

まとめると、
「神様の奇跡が起こる」
「神の行いは巧みで、神の手法は確実」
「神は道なきところに道を作られる」
「奇(くす)しき御業もて神はなしたまえり」
「予期しない御業もて神はなしたまえり」
「神の御手は巧みで、神の御業は過ちがない」
「私は目の前で起きることを驚嘆の目で見る」
「神に出来ないことはない」
「神は失敗しない」
の9つである。
どれも効果は同じである。
どれか1つを、口で言っても心で唱えても良いと思うが、静かに淡々と、出来るだけ多く唱えると良い。
粘り強く続けるなら、現在、どんな状況にあろうとも発展・向上があると思う。もし、効果がないと言うなら、それは、単純に数が足りないのだと私は思う。








具体的なことを願うべきか

引き寄せの法則には、2通りがある。
それは、具体的な願いを願うものと、具体的には願いを述べないものの2つである。
これは、結構重要である。
古典的なもので言えば、科学的なクラウド・ブリストルでは、「1億円」とか「専務の地位」といった、具体的なことを願う。
だが、宗教的(キリスト教)のノーマン・ヴィンセント・ピールでは、聖書の言葉を唱え、具体的な願いは述べない。聖書においては、「神はあなたに必要なものなど、とっくにご存知」だからである。
両方が混じったのが、ジョセフ・マーフィーや、フローレンス・スコーヴェル・シンだ。聖書の言葉を唱えつつ、具体的な要望をはっきりさせ、それを願う。

どちらが良いかは、本人の気質によるだろうが、具体的な願望は言わない方が良い。
クラウド・ブリステルだって、本来は、せいぜいが、「豊かになる」とか「うまくいく」、あるいは、ぼんやりと、「そうなればいいなあ」程度の想いを持つことで、それを実現させた。
マーフィーも、スコーヴェル・シンも、実際には、聖書の言葉を重視し、具体的な目標を言わないやり方を教えている場合が多いのである。

ただ、新しい成功法則では、「願望は、金額や、達成期限まで明確にせよ」と教えるものが多い。
ビジネスマン向けには、そっちの方が良いのである。
しかし、これは、一般的にはマイナスになる。
なぜなら、プレッシャーで緊張するし(それが良いという教えもあるのだが)、何よりも、違和感を感じたり、薄汚れた欲望を持ち勝ちである。
古典的で純粋な教えである、RHJの『Ii Works』では、具体的願望を記すのであるが、書き換え自由であるとして、そんな弊害を緩和している。

特に、日本人の場合は、願いは具体的にしない方が良いと思える。これには、異を唱える者もいるだろうが、そんな者達は、違和感に苦しまず、どんどん願いを叶えているのだろうか?そうではないように思う。
神様と呼んでも、宇宙エネルギー、あるいは、潜在意識と言っても良いが、そういった深層の英知が、我々の願望を知らないはずがない。
しかし、それを自意識で言葉にすれば、大抵は悪い方に歪むのである。

昨日もご紹介した、1967年の時代劇『剣』の第1回、『天下一の剣豪』で、無敵の剣豪、戸沢一刀斉は、「あなたは日本一です」と語りかけてくる刀の力で、天下に敵はいなかった。
この脚本を書いた人は、実に知恵がある人だろう。
剣が語りかけてくるのは、「あなたは次の誰それに勝ちます」だの、「あなたは日本一の剣の達人です」でもない。
「あなたは日本一です」なのだ。
そして、戸沢一刀斉は具体的には、剣で天下一でありたいことは、大きな存在には、言わなくても解っているのである。

「私はうまくいく」と言った時、どんなことでうまくいけば良いのか知らないのは子供である。
だから、子供の夢は、眠っている夢の中でしか叶わない。
大人が、くどくど具体的な願いを言うのは、神様とか宇宙の活力を信頼していない証拠である。
だが、「多くの人間の問題は、具体的な目標がないこと」と言うのもまた真理である。
しかし、それは、生き方の問題である。
夢や目標がないというのは、怠慢で、弛んだしまっているだけだ。
人間らしく生きていれば、「ああなりたい」「あれが欲しい」なんて目標は、いくらでも現れる。
そうでないなら、生き方を反省し、改めた方が良いだろう。
「具体的な目標は?」というのは、自分では解っていても言う必要はない。だが、ディテール(細かいこと)ははっきりしなくても、自分では知っていなければならないのである。その訓練の意味では、『It Works』は良いのではないかと思う。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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