ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

パワハラ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

学歴エリートが馬鹿だというのは極めて論理的なことだ

幼稚園から大学院まで合わせても、学校で学ぶことは、世の中のせいぜい3%だ。
昔、ある凶悪な宗教団体の信者に一流大学の卒業生が沢山いたことがよく話題になったが、別に不思議なことじゃない。
その一流大学卒業者達は、学校で学ぶ3%にエネルギーを注ぎ込み、他のことはほとんどやらなかったので、馬鹿であることは当たり前なのだ。
一流大学卒のニートや、一流大学を出て企業や役所に入ったが仕事が全くできない落ちこぼれはいくらでもいる。そんな者達も同じ(学校でやる3%以外はほとんどやっていない)で、単に馬鹿だからそうなのだ。
どこに不思議なことがあるってんだい?

法律ってのは、学校でやる3%以外はあまりやってない連中が作る。
だから、法律ってのは馬鹿なものなのだ。
売春や買春の禁止法、銃刀等の所持の禁止法、煙草・酒販売に関する禁止条例、淫行禁止条例・・・こんな法律、法令が作られる度に小躍りして喜ぶ者達がいる。
ヤクザ、闇の商人、海外では、ギャングやマフィアだ。
彼らはこう言うのだ。
「よし!これで商品、サービスの強力なラインナップが増えた。儲かるぞ!」
どこかの高学歴の元アイドル歌手が、
「子供の性的被害者が多く、そんな被害をなくすために、児童ポルノ禁止法を強化しないといけないのです。2次元児童ポルノも禁止しなければなりません」
といったようなことを言ったが、その法律で、被害の範囲、そして、深刻さは千倍になるということが、馬鹿には分からないのでる。
2次元ポルノの製作から所持まで法律で禁止になると、それらの商品価値はうなぎ上り!
不況の影響で困っていた闇の業者達は、一気に息を吹き返す。
つまり、被害に遭う子供の数も爆発的に増えるのであるし、被害の悲惨さも、これまでと比較にならない・・・
そんなことに手を貸してどうする?
アメリカでは、禁酒法が制定された時に、ギャング達は連日パーティーを開いて、この歴史的好機を祝福した。
あるギャングの幹部はこう言って、気勢を上げて喜んだ。
「これでワイフに島を買ってやれる!」
それを正確に予測できるギャングやマフィアの方が、国の役人よりずっと頭が良いのだ。
日本でも、闇の業者やヤクザ達は、学校の勉強である3%はあまりしていなくても、その他のことは20%くらいやっているので、トータル10%に全く満たない学歴エリートに比べればずっと賢いのである。
当然ながら、ご存知かもしれないが、禁酒法により、闇酒、闇バーは爆発的に増え、ギャング達の懐は潤い、真面目な酒の製造者達も闇の世界に引っ張り込まれてしまったのだ。

さて、学歴エリートは、単に3%という狭い視野しかないというだけではない。
知恵という点では、さらに0.1%以下なのだ。
この点、ヤクザやギャングは、10%以上である。
その訳を分かり易く説明する。

どこかの学校の校長が、校長室のパソコンで、インターネットのポルノサイトをいつも見ていたことが発覚した。
大方、そんなサイトのある種のだましの手口に引っかかって露呈したのだろう。
では、この校長は、なぜ、そんなことをしたのだろう?
答は、「校長が勤務中にインターネットのポルノサイトを楽しんではならない」という規則がないからなのだ。
これはどういうことだろう?
学校に、子供達がゲーム器を持ってこない理由を子供達に聞くと、
「校則で禁止されているから」
と言う。
彼らは、「なぜ盗みがいけないのか?」「なぜ殺人がいけないのか?」ということに対し、やはり、「法律で禁止されているから」と考えるようになるのだ。

あなたが男性なら、電車の中で、好みのタイプの美女、美少女がいたとして、なぜ、彼女達の胸やお尻に触らないのだろうか?
法律で禁止されているからだろうか?
あるいは、蔑まれたくないからだろうか?
まともな人間なら、そうは考えない。
しかし、そうとしか考えられない、まともでない馬鹿が多くなっているのだ。
学校の優等生の多くは、上に挙げた校長同様、そう思っているのである。
だから、「訴えられなければ」、「バレなければ」、何をやっても良いとしか思わないのである。
雄の教師による女生徒へのセクハラも、今は日常茶飯事であるらしいが、当然と思う。
よく子供を学校に行かせられるものである。

今、スポーツ界で、指導者のパワーハラスメント、セクシャルハラスメントが問題になっているが、表に出るのは氷山の一角だし、スポーツ界以外でも、いくらでもある。
学校の優等性が指導者になるところ、そんなことだらけなのだ。

痴漢も、パワハラ、セクハラ、虐待も、そして、多くの殺人、詐欺など、一切の犯罪も、ひいては、国の侵略、戦争も、子供の時、「ゲーム器を学校に持ってこないのは規則違反だから」式の学校教育が作った、世間の教義や信念が起こさせるものである。

自主的に善いことをし、自主的に悪いことをしないよう導くのが本来の教育だ。
それを、都合が良いからと、強制でやらせるのが学校教育である。
だから、視野が狭いだけでなく、知恵は全く付かない。
知恵は自発性からしか育たないからだ。
確かに、国家にとって知恵ある人間は困るのである。
学校教育は、権威に従うだけの、国家にとって都合の良い、知恵のない人間を作るためのものである。
だから、学歴エリートは視野が狭く、知恵がないのである。
不思議なことでも何でもない。
学歴も高くて知恵のある人間は、自分がエリートだとは思っていないのであるし、彼らは学校で身につけたものは、かえって弊害だと気付いているのである。
アインシュタインは学校教育に徹底して反抗した。
しかし、それであってすら、学校教育は彼の才能の多くを破壊し、さらに、宗教教育は彼に深い偏見を与えた。
彼は言ったらしい。
「私だって、量子力学が正しいことは理解できるのだ。だが、18歳までに持ってしまった偏見により、それをどうしても認めたくないのだ」
賢い人は言う。「アインシュタインは天才であると同時にピエロだった」









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パワハラに勝つ鏡の心

昔なら、暴力的な上司というのは珍しいものではなかったが、今は、パワハラ(パワーハラスメント:労働者に身体的・精神的苦痛を与えること)が起こると、企業にとって何かと不都合なことがあるので、形の上では、立場を利用した露骨ないじめは少なくなった。
ただ、あくまで、露骨にはやらないというだけのことである。
なるほど、以前のように、上司や先輩が部下を怒鳴りまくるということは少なくなったが、より精神的、陰湿になっているのだ。
例えば、
「お前のために言うのだ」
と、自分に正当性があることを強調しながら、指導という形を借りて、長時間に渡って、立場の弱い相手をいたぶるのである。
その中で、いたぶる相手の価値観や人間性を否定し、それを認めることを強要する(心から認めたという態度を示さない限りやめない)のであるが、それは、暴力的なものよりよほど酷い。
また、形の上では指導であり、正当性があるという誤魔化しが効く場合、そのようないじめは集団化することが多い。
そして、それは、過激化していく。
つまり、パワハラは、より精神的、そして、陰湿になって、明らかに増大増殖しているのである。

だが、私は、いかなるパワハラに遭っても、全く平気なのである。
嘘ではない。
今の陰湿な精神的パワハラの攻撃目標は、弱い立場の者の心だ。
だが、私には、攻撃すべき心が無いのだ。
仮に、初音ミクがいかに罵声を浴びせられようと、笑顔で歌い続けるようなものだ。
だが、我々は、決して物体になってはいけないのだ。
酒でも多量に飲めば、いかに精神的にいたぶられようが平気であるかもしれないが、それが物体になるということだ。
そうではなく、自分で精神活動に制限を加えるのである。
それが出来れば、あなたは無敵であり、一生安全であり、傷付くことは絶対に無い。
精神活動に制限を加えることが出来るようになるためには、自分には何の力もなく、全ては運命であることを知らねばならない。
制限を加えられた心とは、美しい鏡のようなものなのだ。
来るものはそのまま映すが、去ってしまえば、何の痕跡も残さない。そんな心を持てれば良いのである。
それには、訓練ということも必要だと思う。
例えば、無目的に淡々と腕振り運動をするのであるが、「今は300回が限度です」などと言う人は、精神をコントロールする力は弱く、パワハラに遭えば「イチコロ」だ。
腕振り運動なんて、肉体的には負荷はほとんど無い運動だ。これを根気強くやるには、精神に制限を課すことが必要なのである。
毎日、決まった時間に必ず2千回出来るようになれば、かなりの精神支配力を得ているのである。
また、「私は誰か?」と問い続けることも、公式化してはいけないが、訓練のために行うのであれば良い。
他のマントラを唱えることも同様である。
また、1年365日、1日も絶対に欠かさずにやる、なんらかの行があれば、精神を制御する力は飛躍的に高まるだろう。
だが、最も優れた効果的な訓練は、食の慎みである。そして、言葉と心の沈黙である。
まずは、早起きの習慣を身に付けて、基本的な心の力を得なければならない。遅寝遅起の人間は、それだけで、精神を制限をする力を全て失くしている。

先ほど、制限を加えた心は鏡のようなものだと述べたが、別の意味でもその通りなのである。
こちらの心が静かであれば、精神的攻撃(実際はいかなる攻撃も精神的攻撃なので、全ての攻撃)は反射してしまうのだ。
私がごく若い頃、パワハラを仕掛けてきた上司はかなりいたが、皆、病気になったり、消えて無くなったり、死んだ者もいた。
しかし、それもまた良くない。人間である限り、誰しも欠点はある。こちらもまた、相手の欠点を容認し、ある程度は、嫌われないような工夫もしなくてはならない。
それもまた、精神に制限を加える訓練である。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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