ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

バシャール

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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やりたいことをしないと危ない

願いさえすれば、どんな大きな願いも即座に叶う・・・いや、正しくは「既に叶っている」。
だが、すぐにキャンセルしてしまい、叶っていない状態になってしまう。
受験に合格しているのに、それもキャンセルし、不合格にしてしまう。
そんなふうに、ガッカリすることを繰り返していると、どんなふうにガッカリするかが願いになる。
1点で不合格になるか、全くお話にならない成績で不合格になるか、どっちにしようかなんてね。

なぜ、ガッカリ体験ばかり選ぶのというと、やっぱり、好きなことをしていないからだ。
自分が好きなこと、やりたいことではあく、褒められることというか、怒られないことばかりするからだ。

イタリア映画『愛のほほえみ』で、可愛い少女オルガは言う。
「あたし、やっちゃいけないって言われることは全部したいの」
彼女に、あれは駄目これも駄目と言う大人が、いつもガッカリ体験しかしていないことを、オルガは見抜いているのである。
つまり、「やれ」と言われることは全部面白くなく、「やっちゃいけない」と言われることは大抵面白いんだ(笑)。
確かに、我々だって、テレビが「やると良い」と言うものは全部「やるべきでない」とし、テレビが「駄目ですよ」と言うなら「なら良いことなのだな」と思えば、大体正解なのだが、やはり大人なら、自分が好きなこと、楽しいと思うこと、面白いと思うことを自主的に選んでやるべきである。
それが人に迷惑をかけるようなことでなければ、遠慮なくやれば良い。
そんな心構えでいれば、願ったことはどうせすぐ叶う・・・いや、叶っているのだが、それをキャンセルすることはない。

岡本太郎は「嫌われたっていい。いや、嫌われないといけない」と言ったが、人間として、好きなこと、楽しいこと、面白いことをやれば、世間の人々には嫌われることが多いからそう言ったのである。
だが、本当に好きなことをやっていたら、そのうち、嫌われなくなり、好かれるようになってくる。
実際、岡本太郎のような、超変なオッサンだってアイドル並に好かれていたじゃないか?(笑)
でも、「好かれよう」と思ったら、やっぱり鈍ってくる。
好かれる、嫌われるには無頓着で、とにかく、自分が楽しいことをするのだ。
宇宙人バシャールも、そういう意味でワクワクすることをやりなさいと言っただけで、ワクワクしてボランティアをするような者達は、まあ、本当に楽しいのかもしれないが、多くの場合は、やっぱり他者の承認を求めているだけなのだ。

こんなこともある。
強く願ったことに対し、「叶わくなくて良かった」と思う。
彼女にしたい女の子が、実はかなり性悪だったと、後で分かった場合がそうだ。
実はそれ、いったん、彼女にして、散々酷い目に遭った後で、自分で意図的にキャンセルした場合が多いのだ。
その子を彼女にした記憶がなんとなるあるようなら確実にそうである。
実際、人生なんて、ところどころ、妙に記憶が途切れていたり、2重の記憶があるものなのだ。
願った時にはもう叶っている・・・すでにある・・・を知っていれば、その謎が解け、そして、正しいことが出来るようになる。
記憶の改ざんや、デジャヴュ―(既視感)なんてのも、上で述べたようなことが原因である場合が多い。
とにもかくにも、やりたいことをやることである。








なぜ出来るようになったのかは謎

プロ野球選手に、「どうやったらプロ野球選手になれますか?」と聞いても、聞かれた方は困るだろう。
せいぜいが、「一生懸命練習しろ」としか言えないが、人気者だと、もっと気の利いたことも言わないといけない。
しかし、言う通りにやっても、ほとんどの人がプロに入れない。
そんなことは、聞かれた方も分かっている。
じゃあ、「才能と運と努力」かというと、そのようにも思えるが、つまるところ分からないのだ。
これは、プロのオーケストラの演奏者とか、売れる俳優とか、食えるYouTuberとかいった、「なるのが難しい」職業全般に言える。

では、私のようなプログラマーはどうかと言うと、なるのはそう難しいことではないと思われるので、ありきたりな勉強法とか、就職の仕方を一通り言うかもしれない。
しかし、実際には、それよりも先に、「どうやったらプログラミングが出来るようになるか?」と聞かれたって、真面目に答えるのは難しいのである。
出来る人にとっては、むしろ簡単なことなのだが、プログラミングをやろうとしても出来ない人もいる。
イギリスのある大学の調査では、その大学の情報学科に入った学生でも、6割はプログラミングをマスター出来なかったという話があるくらいだし、昔、パソコンで、ほぼBASIC言語しかなかった時代、この最も易しい(と言われる)プログラミング言語をマスター出来るのは10%だと言われたこともあった。
記憶にある範囲で言えば、私は、毎日、プログラミングの本を買って帰り(大抵の本は挫折したのでw)、夜に2時、3時までパソコンに向かって、BASICとアセンブリ言語とC言語をますマスターした。
ただ、知り合いのプログラマーは、「C言語?あんなの一夜漬けでマスターしたよ」とか言っていたが、そう言った直後、鼻が伸びてたなあ(嘘)。
いや、これは「マスター」の意味合いの問題で、どんなプログラミング言語にも、トラブルを経験しないと分からないような重要な特製もいろいろあるので、いかに天才でも、本当にマスターするには、そこそこ時間がかかるのである。
そして、本当のところ、プログラミングだって、どうやれば出来るようになるかは分からないのだ。

実際のところ、「どうやれば、あなたのようになれるか?」と聞かれ、「はい、こうすればなれます」と言える種類の能力などないのだ。
あるとしたら、スマホの使い方とかいった、本当にやりたければ、聞くまでもなく誰でも出来ることだ。

なかなか出来ないことを、どうすれば出来るようになれるのだろう?
私の場合、せいぜいプログラミングしか分からないが、自分では、努力の末に出来るようになったと記憶している。
しかし、本当かなあと思う。
というのは、考えてみれば、大したことはやってないからだ。
では才能があったのかというと、かなりマスターまで時間がかかっているので、そうでもないと思う。
本をそれなりに読み、本に載っているプログラムをそのままキーボードでタイプし、後は・・・記憶にない(笑)。
「世界5分前仮説」という、実は、この世界は5分前に出来たばかりで、それ以前の記憶は捏造であるという仮説がある。
それでいえば、5分前、私は、プログラミングが出来る状態で出現しただけということになり、案外、これが一番納得出来る(笑)。
丁度、普通の家に住んでいる人が、夢の中で宮殿に住んでいても、ちっとも不思議に思わず、自分はずっと、この宮殿で暮らしていると思うようなものだ。
支持する物理学者も決して少なくない「多世界解釈」では、この宇宙は1つではなく沢山あり、さらに新しい世界がぱっと生まれる。
これらの宇宙は、他の宇宙と似ているが、異なっている部分がある。
小さいことでは、この宇宙では自分は青い服を着ているが、別の宇宙では赤い服を着ていたり、ある宇宙では平凡なサラリーマンだが、別の宇宙ではサッカーのスター選手だったりする。
だったら、この宇宙ではプログラミングが出来なくても、自分がプログラミングが出来る宇宙だってある。
漫画・アニメの『ツバサ・クロニクル』(CLAMP著。漫画のタイトルは『ツバサ』)や、筒井康隆さんの『果てなき多元宇宙』は、そんなことが描かれたお話だ。
宇宙人バシャールによると、他の宇宙とくっつくことも出来るそうだが、案外、たびたびくっついているのかもしれない(バシャールのどの本に書いてあったかは知らないが)。
好みの宇宙とくっつくには、その宇宙に親しみを感じれば良いのだと思うが、ここに挙げた本で自分で考えると分かるように思う。








世界は亀の背中の上と言う昔の人は我々より賢い

多額の借金を抱えて悩んでいるとか、誰かの恨みを買って、今にも殺しに来るかもしれないとか、あるいは、何か悪いことをして、それがバレて逮捕されるかもしれない・・・といった、笑えない問題を抱えているとしよう。
しかし、冷静によく考えたら、そんなこと何もない。
私は、そんなことがよく起こる。
夢の中で・・・というのは、以前のことで、この頃はもっぱら、目覚めている世界で起こっているように思う。

インドの聖者、ラマナ・マハルシは、現実と夢の違いは、長いか短いかだけだと言ったらしい。
宇宙人バシャールは、夢の方がむしろ本当と言っていると思う。
我が国の歴史的推理作家、江戸川乱歩は、夢の方が本当で、目覚めの方が幻なのだと、常に、サインの色紙に書いたようだ。

そして、ヘレン・ケラーが、こんなことを言ったのが、深い意味を持つように思う。
「五感は幻想。思考だけが本物」
視覚と聴覚を持たなかったが、深い精神を持っていた彼女が、ごく若い時(大学時代)に、こう断言したことを私は嬉しく思う。
これは、さきほどの夢と現実の話に置き換えると、つまり、
「五感で捉える現実は幻想で、思考が作り出している夢の方が本物」
なのである。

だから、この際、せめて、現実は夢と割り切り、悩むのをやめると良い。
つまり、抱えた問題は忘れて良い。
とはいえ、借金のことを忘れるのは無責任過ぎると思うかもしれないので、忘れはしないまでも、悩まないことだ。
悩んでどうなるものでもない。
だから、解決を宇宙にでも頼んで気楽でいることだ。
最初のうちは、借金があったけど宝くじが当たって返せたとか、誰かに恨まれていて嫌がらせをされていたが、謝ったら許してくれたといった、「よく解る」形での解決になるかもしれないが、やがては、問題自体が消滅するようになる。そのようになったら、初めはなかなか困惑するが、一瞬置いて、大きな安堵感を感じ、それは、とても楽しい。
何といっても、あると思い込んでいた問題自体が、元々なかったのだから。

夢のような話だ(笑)。
しかし、いずれ、それが当たり前の世界になる。
スティーブン・ホーキングが、100年ほど前の、世界は亀の背中の上だと主張する田舎のおばあさんと、おそらく、ホーキング本人も含めた我々は、未来の世界の人から見れば差はないと言ったが、我々はまさに、世界は亀の背中の上だと言ってる人と、それほど、あるいは、全く違わない。いや、ひょっとしたら、(我々の方が)下かもしれない(私はそう確信する)。
だが、未来の人は、「五感は幻想、思考だけが本物」と言ったヘレン・ケラーのことは、「少しは話せる」と言うのではないかと思う。

別に、何をする必要もない。
ただ、現実は夢のようなものだと思えば良いだけだ。
けれども、思考は本物なので、決して、邪悪になってはならない。








ワクワクする方法

宇宙人バシャールが、「ワクワクすることをやればうまくいく」と言った話が、一部で有名かもしれない。
別に、バシャールが言わなくても、その通りなのだと思うが、では、何をすればワクワクするのかというと、結構難しい。
難しいと思ってはいけないらしいが、難しいものは難しい。
だが、本当は答は簡単で、「自分に合った目標を決めれば」ワクワクする。
そうであるとすれば、なぜ、本当にワクワクすることが難しいのかの理由も分かる。
自分に合った目標を見つけることが難しいからだ。
自分は目標を持っていると思ってる人もいる。
プロサッカー選手になるとか、皆を感動させる歌手になるとか。
しかし、目標を持ちながらワクワクしないなら、その目標は、単に、お金持ちになりたいとか、皆にチヤホヤされたいというのが本音の偽の目標だから・・・つまり、「プロサッカー選手になったらイケてるじゃん」程度のものなのだろう。

私は昔、パソコンでプログラミングをマスターしようと思った時にワクワクしたものだ。
当時はありがたいことに、パソコンではBASIC言語でプログラミングするのが普通なだけでなく、そもそも、パソコンそのものがBASICプログラミングマシンであるという単純さで、分かり易かった。
セーラームーンこと月野うさぎの恋人の地場衛君もパソコンでBASICプログラムをしていたものだ。
当時も、ゲームに時間を取られ、プログラミングなんかには無縁な人が多かったが、今はとにかく、パソコンでやることがいっぱいあるし、そもそも、スマホを使うことが多く、パソコンを使う人が少なくなった。
プログラミングをやるとしても、パソコンにその設定をするのも大変だ。
VBAなら、Excelさえインストールすれば使えるが、それとて、開発オプションをオンにしなければならず、そのやり方が分からなくて悩む人もいるという。
しかし、やることは多いかもしれないが、LINEを始めても、他愛ないやり取りばかりだし、Facebook始めても、猫や食べ物の写真を投稿するくらいしかやることがなければ、ワクワクしたりはしない。

これはどうも、人々が、闇の権力者にマインドコントロールされて、自分が力のない存在だと思い込んでいることが原因ではないかと考えると、案外納得出来る(笑)。
いくら、『アナと雪の女王』のヒット曲が「何でもできる」と歌ったって、その「何でも出来る」が魔法とかの非現実的なものだ。いや、それも闇の権力者の陰謀か(笑)。
そもそも、我々は、学校や世間から、自分が制限されたことしか出来ないと教育されてるのだから、ワクワクするような目標を持ち難く、しかも、つまらぬことにエネルギーを注ぎ込むよう調教されているのでなおさらだ。
だから、矢追純一さんのように、ほとんど学校に行かなかったことが幸運だったって言うのは正しいことだ。

だけどね、人々が、自分は力ある存在だと思うことが許されたのは、超古代の話なのだ。
数千年前、近代国家が形成される頃から、民衆は、自分達は力を持たない愚民であると信じ込まされてきたのだ。
UFOに乗って、他の惑星に行くことを考えると、本当はワクワクするはずなのに、今は誰もそんなことが出来ると思わない。
まあ、それは陰謀ではなく、自分を制限のある存在であると思い込んで楽しむゲームをしているのだという話もあるが、それにしては楽しくないんじゃないかい?(笑)
ああそうか・・・自分が力ある存在だと分かる度に楽しくなるのか。
そんな訳で、そんなところ(自分が実は万能の存在であることの探求)から始め、そのための実験として人生を使うようになると、楽しく、ワクワクしてくるだろう。








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数百冊の中の一冊、一冊の中の一言を掴む

『バシャール』という本を3冊ほど読んだことがある。
バシャールというのは、確か、ゼータ・レチクルという恒星(レチクル座ゼータ星)に属する惑星の宇宙人で、地球人ダリル・アンカの精神とつながる・・・いわゆるチャネリングによってメッセージを伝えているというものだったと思う。
そのストーリーを、私は信じても疑ってもいないが、良いことが書いてあったと思う。
ただ、かなりの量の紙面の中で、覚えていること、あるいは、覚えておくべきことは1つだけで、それは、「態度は事実より重要だ」である。
それだけ分かれば、もう読む必要はないと思う。

あくまで独断だが、ひろさちやさんという有名な仏教学者は、一般向けに数百冊の本を書いておられるが、彼の本で最重要なのは、1984年(ひろさちやさんは48歳くらい)に書かれた、『空海入門』だ。
そして、その本に書かれている重要なことは、「仏陀になりたいなら、仏陀の真似をしろ」だけだ。

これらは、アメリカの心理学者、哲学者であるウィリアム・ジェイムズの主張と同じと思う。
そして、バシャールの「態度」、ひろさちやさんの「真似」は、表情と身体のポーズでやれば良い。
心ではないのだ。
心は直接操作出来ない。
しかし、表情やポーズは操作出来る。
そして、心は、表情やポーズの通りになる。
楽しいから歌うのではなく、歌うから楽しくなるのである。
嬉しいから笑うのではない。笑うから嬉しいのである。

以上が分かれば、もう際限なく本を読む必要はない。
もし、理屈でしっかり納得したいなら、エイミー・カディの『〈パワーポーズ〉が最高の自分を創る』を読めば良い。
女性の社会科学者が、くどいほど・・・うんざりするほどしっかり説明してくれている。

ただ、表情やポーズは、あくまで自分の心に示すものである。
これを間違えるために、最悪になる者が多い。
昔から、はしゃいでいる姿を人に見せたがる馬鹿な女の子が沢山いた。
お前がはしゃいでいる姿を見て喜ぶのは、お前の父親だけだ。
どんなブスも、父親にだけは可愛く見えるものだからね。
ただし、「父親にだけは」である。
はしゃいでいる可愛いはずの姿は、自分の心に見せれば良いのだ。
そうすれば、本当に可愛いくなる。
ビートルズのエリナー・リグビーになりたくなければ忘れないことだ。
エリナー・リグビーは、死ぬまで王子様を待ち続けた愚かな老婆である。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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