人生には、記念すべき日だとか、記念すべき物というものがあるだろう。
ところで、小学校に初めて登校した日なんて、記念すべき日のように思えるかもしれないが、その日のことを覚えている人がどれくらいいるだろう。
その日は何曜日だったか?
その日、どんな服を着て、どんな靴を履いていたか?
私は全く覚えていない。
中学校もそうだ。
ただ、小学校や中学校の卒業式の日のことはよく覚えている。
高校の場合は、初登校日に、ちょっとしたトラブルがあったので覚えているが、そうでなければ覚えていないと思う。
しかし、高校の卒業式の日となるとよく覚えている。
つまり、学校に入学することは、私には記念とすべき価値は全くなく、卒業というより、「もうそこに行かなくて済む」ようになった日は、ひどく重要だったということである。
入学式の日のことをよく覚えているなら、その人にとって、その学校は価値があったということなんだろう。
車好きな人なら、初めて1人で車を運転した日のことを覚えているのかもしれない。
実を言うと、私は覚えていない。
私は確かに、あまり車や運転が好きではない。
ところで、なぜ、自分にとって大切な日のことを覚えているかというと、観察力が高くなっていたからだ。
シャーロック・ホームズは、ただ見るということと、観察することは全く違うのだと言うが、その通りだろう。
人は価値のあるものしか観察しない。
私は、小学3年生の時、初めてマジックショーを父親に連れられて見に行った。
それなりに楽しく、興奮したと思う。
しかし、やはり、ショーのことはほとんど覚えていないのだ。
面白くはあったが、私にとって、さしたる価値はなかったのだ。
ところが、その会場で、前の席に座っていた男性が、頭の後ろで手を組んだ時に見えた腕時計のことを鮮明に覚えているのだ。
フェイス(文字盤)は紫がかった青で、風防がよく反射していた。
実は、私はその頃、腕時計を持っておらず、それを欲しいと強く願っていたのだ。
小学校や中学校の授業は、何か特別なことでも起こっていない限りほとんど覚えていないが、ある日、私は、気紛れに「この時のことを記憶に残そう」と思った。
さて、その場合、どうすれば良いだろうか?
私は無意識に、教室の壁に貼ってあった1枚の張り紙を注視した。
つまり、観察したのだ。
私は、その貼紙の色をよく覚えているし、この時のことをよく覚えているのだ。
やはり、観察すれば覚えていることができる。
そして、観察すべき価値は、自分で作ることもできるのだと分かる。
大切な日のことを忘れたくないと思って、何かを記念に残す人もいる。
だが、私は学校の卒業式でもらった物はすぐに失くしている。
中学校の卒業式の時にもらった記念樹は人にあげた。
よっぽど学校が嫌いだったのだろう。
しかし、それをあげた女の子のことはよく覚えている。
特に好きという訳ではなかったが、魅力的な子だった。
それをあげる時の彼女の表情までよく覚えている。
それを観察していたからだ。
彼女は記念になったのだ。
シャーロック・ホームズは、観察のことを説明するために、2階の部屋で、ワトソンに、「階段は何段あった?」と尋ねる。
ワトソンは、その階段を数多く昇り降りしているはずだった。
しかし、ワトソンは、階段の段数が分からなかった。
確かにワトソンは探偵向きではない。彼は医者であり、ホームズの助手だ。
あなたは、自分の家の階段が何段か知っているだろうか?
その家に何十年住んでいる人でも、おそらく知りはすまい。
だが、ホームズは、何でも知っている。
彼にとって、世界の全てが重要なので、何でも観察するからだ。
『神様のメモ帳』では、ニート探偵アリスの助手である藤島鳴海は、平凡な男子高校生だが、時々、「全知全能」のアリスを驚かせる。
彼は、特に他人に秀でたところがある訳ではないが、しばしば、「目だけは良い」と言われる。
視力というより、いつもではないが、優れた観察力を発揮するのだ。
観察力を発揮する時の彼は、凡人ではない。
天才と言って差し支えない。
アリスもそれは知っているのだろう。
観察が力になることに、我々はもっとよく注意しなければならない。
私は昨日、つまり、2014年6月26日の木曜日、初めて、アリスが愛飲するドクターペッパーを飲んだ。
好きと嫌いの評価が極端に分かれる、世界最古とも言われる炭酸飲料で、発売日は1885年12月1日らしい。
私は、一口飲んだだけで好きになったのは、アリスの影響ばかりではない・・・と思う。
私はアリスと違い、ペットボトルのものを飲んだのだが(アリスは缶専門のようだ)、このペットボトルは永久保管するかもしれない。
初めて飲んだコカコーラやペプシコーラのことは覚えていないが、ドクターペッパーは私にとって記念になるのだろう。
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ところで、小学校に初めて登校した日なんて、記念すべき日のように思えるかもしれないが、その日のことを覚えている人がどれくらいいるだろう。
その日は何曜日だったか?
その日、どんな服を着て、どんな靴を履いていたか?
私は全く覚えていない。
中学校もそうだ。
ただ、小学校や中学校の卒業式の日のことはよく覚えている。
高校の場合は、初登校日に、ちょっとしたトラブルがあったので覚えているが、そうでなければ覚えていないと思う。
しかし、高校の卒業式の日となるとよく覚えている。
つまり、学校に入学することは、私には記念とすべき価値は全くなく、卒業というより、「もうそこに行かなくて済む」ようになった日は、ひどく重要だったということである。
入学式の日のことをよく覚えているなら、その人にとって、その学校は価値があったということなんだろう。
車好きな人なら、初めて1人で車を運転した日のことを覚えているのかもしれない。
実を言うと、私は覚えていない。
私は確かに、あまり車や運転が好きではない。
ところで、なぜ、自分にとって大切な日のことを覚えているかというと、観察力が高くなっていたからだ。
シャーロック・ホームズは、ただ見るということと、観察することは全く違うのだと言うが、その通りだろう。
人は価値のあるものしか観察しない。
私は、小学3年生の時、初めてマジックショーを父親に連れられて見に行った。
それなりに楽しく、興奮したと思う。
しかし、やはり、ショーのことはほとんど覚えていないのだ。
面白くはあったが、私にとって、さしたる価値はなかったのだ。
ところが、その会場で、前の席に座っていた男性が、頭の後ろで手を組んだ時に見えた腕時計のことを鮮明に覚えているのだ。
フェイス(文字盤)は紫がかった青で、風防がよく反射していた。
実は、私はその頃、腕時計を持っておらず、それを欲しいと強く願っていたのだ。
小学校や中学校の授業は、何か特別なことでも起こっていない限りほとんど覚えていないが、ある日、私は、気紛れに「この時のことを記憶に残そう」と思った。
さて、その場合、どうすれば良いだろうか?
私は無意識に、教室の壁に貼ってあった1枚の張り紙を注視した。
つまり、観察したのだ。
私は、その貼紙の色をよく覚えているし、この時のことをよく覚えているのだ。
やはり、観察すれば覚えていることができる。
そして、観察すべき価値は、自分で作ることもできるのだと分かる。
大切な日のことを忘れたくないと思って、何かを記念に残す人もいる。
だが、私は学校の卒業式でもらった物はすぐに失くしている。
中学校の卒業式の時にもらった記念樹は人にあげた。
よっぽど学校が嫌いだったのだろう。
しかし、それをあげた女の子のことはよく覚えている。
特に好きという訳ではなかったが、魅力的な子だった。
それをあげる時の彼女の表情までよく覚えている。
それを観察していたからだ。
彼女は記念になったのだ。
シャーロック・ホームズは、観察のことを説明するために、2階の部屋で、ワトソンに、「階段は何段あった?」と尋ねる。
ワトソンは、その階段を数多く昇り降りしているはずだった。
しかし、ワトソンは、階段の段数が分からなかった。
確かにワトソンは探偵向きではない。彼は医者であり、ホームズの助手だ。
あなたは、自分の家の階段が何段か知っているだろうか?
その家に何十年住んでいる人でも、おそらく知りはすまい。
だが、ホームズは、何でも知っている。
彼にとって、世界の全てが重要なので、何でも観察するからだ。
『神様のメモ帳』では、ニート探偵アリスの助手である藤島鳴海は、平凡な男子高校生だが、時々、「全知全能」のアリスを驚かせる。
彼は、特に他人に秀でたところがある訳ではないが、しばしば、「目だけは良い」と言われる。
視力というより、いつもではないが、優れた観察力を発揮するのだ。
観察力を発揮する時の彼は、凡人ではない。
天才と言って差し支えない。
アリスもそれは知っているのだろう。
観察が力になることに、我々はもっとよく注意しなければならない。
私は昨日、つまり、2014年6月26日の木曜日、初めて、アリスが愛飲するドクターペッパーを飲んだ。
好きと嫌いの評価が極端に分かれる、世界最古とも言われる炭酸飲料で、発売日は1885年12月1日らしい。
私は、一口飲んだだけで好きになったのは、アリスの影響ばかりではない・・・と思う。
私はアリスと違い、ペットボトルのものを飲んだのだが(アリスは缶専門のようだ)、このペットボトルは永久保管するかもしれない。
初めて飲んだコカコーラやペプシコーラのことは覚えていないが、ドクターペッパーは私にとって記念になるのだろう。
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