ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

トーチェ氏の心の法則

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

悪霊退散の秘訣

霊障(れいしょう。悪霊によって起こる病気や災難)というものがあるだろうか?
それを言うならまず、「悪霊というものが存在するか?」という話になるが、私は、何らかの意味ではいると思う。
もちろん、悪霊だけでなく、善霊もいるだろう。
だが、悪霊とか霊障と言っても、昔話などで語られるようなものとは、かなり異なっているかもしれない。

例えば、誰かが急に病気になった時、霊能力者を名乗る人が、それは霊障だと言うかもしれない。
だが、別の人は、「食生活に問題があるかもしれない」とか、「ストレスが大きくなってきたからではないか?」などと言う。
また、ある家で、遠い場所にあった先祖の墓から遺骨を取り出して持って帰ったら、不意に家の主人が重病になると、これはもう、霊に関心がある人なら「霊がたたった」と言うかもしれない。
しかし、冷静に考えれて、「その家の主人も、そろそろ、大きな病気の危険がある年齢だったのだ」と言う人もいるだろう。

結局のところ、霊によるものなのか、そうではなく、論理で説明出来るような原因なのかは分からない。
『トーチェ氏の心の法則』には、心の作用で病気になったり治ったりする事例が沢山ある。
例えば、ある末期癌患者がなぜか、急速に回復してしまった。これは、医学的にはあり得ない事例だったと言う。
ところが、調べてみたら、面白いことが分かった。
この癌患者は、以前、著名な人物が癌で死んだ記事を見たのだった。
その記事には、その著名人が、食欲をなくして、どんどんやせ衰えて死んだといったことが書かれていた。
それを読んだ、この癌患者は、「では、沢山食べれば死なないのだ」と思い込み、それから、モリモリ食べるようにした。
そうしたら、その思い込み通り、癌が治ってしまったのである。
また、意図的に患者を騙して病気が治ると思い込ませたところ、本当に治ってしまったというものもある。
もちろん、この本にも、失敗例については、あまり書かかれていないので、どこまで信用していいかは、はっきり言って分からない。

だが1つ、経験的に確かだろうと思うことがある。
それは、病気を含め、悪いことは、忘れてしまえば消えるということだ。
逆に、自分の病気のことや、自分の不幸な環境について意識し続ければ、状況は変わらない。
歩けずに車椅子を使っている人が、目の前で、自分の子供が極めて危ない状況になった時、立ち上がって子供を助けたという話があるが、これも、子供のピンチによって、自分の脚が悪いことを完全に忘れたのだ。
私も、身体の調子が悪い時、締め切りに追われて仕事に集中したら、驚くほど調子が良くなったことが何度かあった。これも、意識を全部、仕事に持っていかれ、体調が悪いことなど忘れてしまった結果である。

そして、心は、より魅力的なものに引き寄せられる性質がある。
上の例で言えば、脚が悪い人も、自分の脚の悪さより、子供の方が魅力がある。
私も、自分の体調の悪さより、仕事を期日通りに仕上げることに魅力があったのだ。

ただし、美味しいものとか、アダルトビデオなども、強い魅力があるかもしれないが、それらへの集中は長くは続かないので、悪いものを消し去るほどの力はないのだ。
けれども、お笑いのビデオとか、漫画を長時間集中して見ていたら、癌や膠原病などの難病が治ったという話もある。
一流のお笑いや、質の高い漫画には、人を長時間集中させる効果があるのだ。
だから、どうせなら、レベルの高い趣味を楽しめば良いと思う。

確かに、本当に好きなものがある人に悪霊が憑いたという話は聞かない(これに反する事例は、非常に珍しいので有名になる)。
一方、やりたいことがなく、不完全燃焼している人を悪霊は好むのだろう。
これが悪霊の正体ではあるまいか?
悪霊退散には、好きなことに集中することが一番である。








簡単で強力な自己暗示

フランスの有名な心理療法家エミール・クーエの診療所に、自力で歩くことが出来ず、担ぎ込まれてきた患者がいた。
クーエは患者と少し会話し、患者にある言葉を繰り返すよう指示した。
十分後、患者は元気に走り回っていた。

この話で思い出すのは、哲学博士のトーチェの著書『トーチェ氏の心の法則』の中の話だ。
ある未開の地方では、脚が折れた人が元気に走り回っていたのだが、トーチェの説明によれば、この地の人達は、脚が折れたら走れないという固定観念がないので、脚が折れたからといって走れないわけではないのだ。
言うならば、彼らは、脚が折れたら走れないということを知らないのである。
また、この本には、こんな話がある。
2人の酔っぱらった男達が、4階の窓の敷居を乗り越えて落下し、すごい音がした。
だが、警官が駆け付けると、男達は、
「ちょっと足が絡んじゃいました」
と言って、ご機嫌な気分で歩いて行った。
彼らは、自分達は平地を歩いていて、ちょっとした敷居でつまづいて転んだとしか思っていないので、それなりのダメージしか受けなかったのだ。
言い換えると、彼らは、自分達が4階から落下したということを知らず、平地で転んだと認識したのだ。
もし、酔っぱらって意識不明になって落ちたのなら、世間的な固定観念に従って死亡したかもしれない。

世の中には、全く食べなくても生きている人がいるらしい。
そんな人達は、「食べないと死ぬ」という固定観念を持っていないだけかもしれない。
一方、普通の人間は、「食べないと死ぬ」という固定観念を持っているから、食べないと餓死するだけかもしれない。

ずっとベジタリアン(菜食主義)を続けていた人が、酷い肌荒れになった。
その人は、菜食だけでは、必須アミノ酸のいくつかが摂れず、それが肌に重大な悪影響を及ぼすと書かれた本を読んだのだった。
だが、世界には、トウモロコシしか食べないとか、ある種の芋しか食べないが、健康で長寿な民族もいる。
そんな民族の人々は、必須アミノ酸という知識がないのだ。

我々は、ひょっとしたら余分かもしれない知識を沢山持っている。
そして、知識の中には、自分では知らないと思っていても、憶えてはいないが、テレビや本や学校の授業で見聞きした情報が、潜在意識に入り込んでいる場合もある。
そもそも、潜在意識の情報は、意識的に憶えたことより、気付かないうちに入り込んだものの方がずっと多いのである。

最初の、脚の障害で歩けなかった人が、クーエの診療所に担ぎ込まれた話に戻る。
例えば、この患者は、自分は膝のリウマチで歩けないことを知っていたとする。
この患者の、「膝リウマチが酷くなると歩けない」という固定観念を消すのは難しいし、クーエもそんなことはやらなかった。
だが、「私は膝リウマチを病んでいる」という観念を消すことは出来る。
それには、どうすれば良いかというと、患者に、早口で自己暗示の言葉を唱えさせるのである。
この場合だと、「リウマチが治った」で十分だ。
だが、「リウマチが治った」と早口で唱えることは難しい。
しかし、「治った」や「消えた」なら簡単だ。
そして、最も良いやり方は、
「治る、治る、治る、・・・・治った」
と唱えるのである。
「治る」と早口で繰り返し唱えているうちに、思考や判断が消え、受容状態になる。
「治る」は、1分くらい繰り返すと良い。
そして、「治った」と言うことで、本当に治ってしまう。
以上は、G.H.ブルックスとエミール・クーエの『自己暗示』という本に載っているので、興味があるなら見ていただきたい。
尚、クーエの自己暗示は、病気を超えた範囲でも有効である。
病気であれば、上で述べた、「治る…治った」「消える…消えた」のいずれかで十分と思う。
一般的なことであれば、例えば、何かを出来るようになりたいなら、「出来る、出来る、・・・、出来た」だし、何かになりたいなら、「なれる、なれる、・・・、なった」などが考えられる。
そして、出来るような態度、なったような態度でいれば、実際、出来るし、なってしまう。
態度は事実より重要であるというのは、成功法則の基本である。
尚、自己暗示は、簡単に使える人とそうでない人がいるが、うまくいかなくても、多少練習すれば出来ると思う。








これで超能力者、魔法使いになれる

私が社会人になってから、最も魔法力というか、現実改変力を発揮出来たのは、『荘子』を熱心に読んでいる時だったと思う。
当時、私はよく、「『荘子』は超能力を覚醒させる本だ」と人に言っていたが、そう言ったからといって、私に何のメリットもない。単に、本当にそうだと感じていたのだし、おそらく、正しい感覚だ。
ではなぜ、『荘子』を読むと、超能力とか魔法を使えるのかというと、こんな理屈だ。
まず、魔法や超能力を発揮出来ない原因は、固定観念だ。
普通の人は、「自分には超能力や魔法力がない」という固定観念があるから、その通りになっているのだ。
もちろん、それは別に、超能力や魔法に限らないが、超能力や魔法も同じなのだ。
魔法とも思いかねないような、こんな話がある。
『トーチェ氏の心の法則』という、世界的に有名な自己啓発書にあるものだ。
ある未開の地域では、脚が折れた人が元気に走り回っている。
なぜ、そんなことが出来るのかというと、彼らには、「脚が折れたら走れない」という固定観念がないからだ。
これは、非常に示唆に富む話だ。
たとえば、あなたが男性で、美人にモテないとしたら、その原因は、「自分は美人にモテない」という固定観念があるからで、その固定観念が消えれば、美女にモテまくるのである。
なぜあなたが、一流の画家のように絵を描けないかというと、自分には、そんな能力がないという固定観念があるからだ。実際、旧ソ連で、絵などほとんど描いたことがない労働者に、催眠術で「自分は優れた画家だ」という観念を植え付けたら、短期間で、見事な絵を描くようになり、その絵がクレムリン宮殿内に飾られているという話がある。
そういえば、私がプログラミングの勉強を勧めても、プログラミングがマスター出来なかった人には、「自分にはプログラミングが出来るようにはなれない」という固定観念があったと思うのだ。
私の場合、私レベルの頭脳(正直言うと、私より劣ると思っていた)の持ち主がプログラマーになっていたので、「私でも全然大丈夫じゃね?」と思えたから、簡単にプログラミングをマスター出来たのだ。

『荘子』というのは、人間の根本的な固定観念を見事に壊してくれる書なのである。
そんな、人間の根本的な固定観念というのは、荘子の時代である2400年前も今も、おそらく、国家社会が出来てから、さほど変わっていないのだ。
そもそも、国家というのは、国民に、ある種の固定観念を植え付けることで成り立つのである。
そのことを、吉本隆明氏は『共同幻想論』で、国家というのは、国民の幻想に過ぎないと、見事に語ってくれたのである。
ただ、『共同幻想論』は読み難いし、実用書ではなく思想書なので、思想に興味がないなら、あまり読むことをお勧めしない。
また、『列子』は、『荘子』と似ていて、『荘子』より良いと思う人もいると思う。
そして、『荘子』にも『列子』が引用されている。
※尚、徳間文庫の『荘子』『老子・列子』のKindle版は、文章が画像で、読み難いかもしれない。紙の本の方は読み易いが、古書しかない。

今回の話の重要性が分かるだろうか?
あなたに、ある夢があったとして、それが実現しないのは、「自分には、この夢を実現させることは出来ない」という固定観念があるからなのだ。
是非、『荘子』、『列子』、『トーチェ氏の心の法則』を読み、固定観念を壊し、超人になろうではないか?
私も、本日から始めることにする。








多種類の栄養は本当に必要か?

私は最近、世間の影響を受けたのか、いろんな栄養を摂らなければならないと考えていることに気付き、驚いた。
世界には、挽いて粉にしたトウモロコシ以外のものは食べない未開の民族があるが、彼らは超健康で、特に訓練をした訳でもないのに、文明国のクロスカントリー大会に出場し、好成績を収めたというのをテレビで見たことがある。
また、書名は忘れたが、しっかりした本に、1種類の山芋しか食べない民族がいるが、健康で長寿であるそうだ。

心の力の科学的研究調査の報告書である『トーチェ氏の心の法則』に、今からすれば、昔のエスキモーについての記述があるが、トナカイの肉しか食べない彼らは、文明国の常識では極端に栄養が偏っているに関わらず、彼らは健康で病気知らずだ。
ところが、エスキモーの人達に文明国の栄養と健康の常識を教えたところ、彼らがひどい病気になり始めたという。

栄養は、必ずしも食物から摂る必要はないという説を、生物物理学者の石川光男氏(理学博士)の本で見た覚えがある。
例えば、蟹は、甲羅を構成する元素が存在しない場所に住んでいても、立派な甲羅を持っていることからも、そんなことが分かるのである。
非科学的と言われるかもしれないが、生命体は、元素を必要な別元素に変換する能力があるのかもしれない。
そうであれば、草しか食べず、カルシウムを全く摂取しない牛の乳にカルシウムがたっぷり含まれているのも納得出来るのである。

栄養摂取と肥満の関係も、いろいろ謎の部分がある。
若くもなく、別に胃腸が悪い訳でもないのに、いくら食べても痩せている人がいる。
一方、一種の聖人のように少食粗食で、1日に野菜の汁を0.5リットルしか摂らないが太っている人もいるが、そのような話は、いく例かを本などで見たことがある。

かくいう私も、10年ほど前、一気に30kgばかりダイエットしたことがあり、その時は、1日に少量の米と豆腐と野菜程度を食べていたが、栄養不足で体調が悪くなることは全くなく、健康診断でもオールAの超健康体と判定された。
その後、面倒だったので、毎日、標準タイプのカップヌードル(たまにカレーヌードルも食べたが)の夕食を3ヵ月ほど続けたが、飽きもしなければ、体調に問題が起こることもなく、健康診断では、やはり超健康とされた。
実際、野菜も果物も全く食べていないかった。
アニメの『まちカドまぞく』で、魔法少女の千代田桃が、パンとポテトチップスと牛乳と、一時的にウインナーという食生活で、「あまりちゃんとした食事に興味がない」と言いながら、極めて強靭な身体(と美しい姿)をしているのを見て、(魔法少女だからというのもあるが)別に違和感を感じなかった。

もし、問題があるとすれば、過度に美味なものを食べることで、心に悪影響が起こる可能性があることだ。
別に、極端な粗食に徹する必要はないが、適度なものを、満腹して自分を甘やかすことがない程度に食べていれば、自分は健康だと思う限り、何の問題もないと私は思う。あくまで、個人的信念であるが。

私は、一応は、血栓(血の塊)を作るだけが唯一の害と個人的には確信している新型コロナウイルスへの対応として、毎日、納豆1パックとビタミンCを最低3g摂取しているが、それも、やはり「一応」そうしているだけである。
また、毎日、カップヌードルの生活に戻そうかと画策中であるが、あくまで個人的な考えであるので、そのあたりはご了承を。それで「栄養が足りない」と思えば、やはり、体調に異変があるかもしれないのでね。
世間の常識に従って生きてきた人が、急に、それに背くことを始めるのも危険かもしれない。
やるとしても、徐々に調子を見ながらやるのが無難だろう。








厳選引き寄せ書の紹介(2/6)『トーチェ氏の心の法則』【Kayはマジカルミライ遠征中】

私は現在、初音ミクさんのライブコンサート&企画展「マジカルミライ2020」のため、千葉県に居る。
その間である、18、19、20日は、とっておきの引き寄せ書をご紹介する。お役に立てれば幸いと思う。

マジカルミライ中も、こちらでつぶやくと思う:◆KayのTwitter Home

2回目の引き寄せ書は、哲学者のチャンピオン・トーチェが1959年にアメリカの宇宙航空関係の企業に提出した、僅か百部の精神科学に関する研究報告書が、それを読んだ人達の要望で2千部の書籍になり、それが評判に評判を呼んで、世界的なベストセラーになった『トーチェ氏の心の法則』だ。
内容は、科学的態度を基礎にしたもので、今日の時代に求められるエビデンス(証拠)の明確さがあり、とても納得し易い。
1950年代の科学とはいえ、基礎科学という意味では、今日とそれほど違いがある訳ではなく、今読んでも違和感はないと思う。
科学的と言っても、特に難しい訳ではなく、10歳の小学生が、親が持っていたこの本を読んだところ、落ちていた成績がオールAになったという報告もある。

現代の引き寄せ書の多くは、「私はこうだった」という主観的なものが多く、それはそれで情熱やリアリティがあって良い面もあるが、この本は、客観的な態度が貫かれていて、人気のある引き寄せ書に抵抗がある人でも受け入れ易いのではないかと思う。
尚、リチャード・バックの世界的ベストセラーで、スピリチュアルな小説である『かもめのジョナサン』は、この本からインスピレーションを得て書かれたものと言われている。




プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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