ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

デカルト

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

やる気にさせたいと思って書いた話

神とは何かというと、ネヴィル・ゴダードによれば、「私は在る」という自覚であるらしい。
その根拠は、旧約聖書で、神がモーセに、「私は『私は在る』という者だ」と言ったことによるのだが、ゴダードは、旧訳聖書をヘブライ語(へブル語)の原典で読めたらしい。
自分でヘブライ語で読めたのではないかもしれないが、ウィリアム・アーネスト・バトラーは、言語学者の様々な解釈を研究した上で、 「私は『私は在る』という者だ」の解釈に疑問を唱えているが、こういうことは疑問がなければむしろ信じることは出来ない。
そして、異なる解釈も、結局は 「私は『私は在る』という者だ」という意味になることが分かれば、信憑性が高まる。

神とは絶対的真理だという方向から探求することも出来る。
これに関しては、ニサルガダッタ・マハラジが、「あなたが確信出来る唯一のことは『私は在る』だけである」と言ったが、では、眠っていて夢を見ていない時は「私は在る」と感じないのだから、私はないのかという疑問が生まれる。
これに関しては、古来から「夢のない眠りにこそ、本当の『私は在る』がある」と言われているが、当然ながら科学的根拠はない。

つまるところ、全て聖典頼みということになる。
ただ、古代仏教の教典を研究した者が、これに究極の真理が書かれていると信じざるを得ないと言うことがあるが、それはどういうことかというと、人間の知を超えた真理が書かれていることを、直観的に感じたり、ある程度は類推したり、帰納的(個々の特殊な事実から普遍的原理を導くこと)に考えたということだろう。

だが、私は、ゴダードが説く教えは、私の子供の時からの経験とかなり一致するという特殊な事情があって、かなり信じている。
また、私が初めてビートルズを聴いた時、英語は得意ではない私が極めて印象的に憶えていた歌詞が"AT YOUR COMMAND"だが、ゴダードが初めて書いた本のタイトルがまさに"AT YOUR COMMAND"だったということも面白い。

そしてもう1つ。
私は上に書かれてあるようなことを知る前に神の存在を理解し、理解した時はかなり高揚したものである。
それはデカルトの『方法序説』によるもので、これ(方法序説、あるいは、デカルトの思想)には欠陥があることは分かっているが、それでも価値がある。
デカルトは究極の真理を探究していたが、それは当然ながら、なかなか見つからなかった。
どれほど正しいと思えることも、疑おうと思えばあっさりと疑えた。疑えるからには真理ではない。
真理とは疑うことが出来ないからだ。
たとえば、母の愛が真理かというと、そんな馬鹿でも疑えることが真理であるはずがない。
だが、デカルトは気付いてしまった(笑)。
疑えるということは、自分の中に真理があるからだと。それが神である。
これを見て私は感動のあまり恍惚としてしまった。
それでデカルトは「疑っている私は確実に存在する」を究極の真理としたが、なぜそれが「われ思う、ゆえにわれあり」という不純なものになったかは不明だ(笑)。

ちなみに、本人は隠していたが、やはりというか、デカルトも魔法研究をしていた(笑)。
それはニュートンも同じであった。
というか、ニュートンは、メインの研究は聖書や魔法で、数学や物理学はついでにやっていたのである。
だから、魔法・・・これは旧約聖書から出ているものだが、それこそが真理なのである。
尚、デカルトの自己評価について述べておこう。
デカルトは、名門校の出身で、その学校の中でも優等であった自分が優秀であることは認めていた。
ただし、自分よりずっと上の者達がいることも分かっていた。実に聡明であると思う。
そして、さらに偉いのは、書物の学問は全て捨てたと宣言していることだ。
さっきも書いたが、デカルトにも欠点はあったが、これほどの人物はそうはいない。
デカルトは、究極の真理の柱を「疑う」と「在る」の2本としたが、「疑う」は、もっと洗練させて「気付き」とすればより完璧だった。
そうすれば、「私は在る」が神であるという古代の英知にたどり着けた。

そんなわけで、私にとっては「私は在る」が神であることは明瞭になった。
後は、「私は在る」の自覚から離れなければ神になるのだが、これは簡単であって難しい。
これに関しては宇宙人に聞いたことがある。
「適度にやれば超人になるが、やり過ぎるとこの世から消える」
なるほど、確かにいろんな賢者も同じことを言っていたと思う。
尚、正確に言うと、その宇宙人は、茶目っ気があったのかもしれないが、私に、存在の自覚を加速させるメソッドを教えてくれたのだ。
その上で「1日3回にしろ。それ以上やると消えるぞ」と言ったのだった。
まあ、それで結局、全くやらなくなるうちに、やり方を忘れてしまった。
いや、思い出せるが(笑)。
だが、そんなことは知らなくていいから、「私は在る」と感じることを、なるべく長くやることである。
それで十分に魔法使いに、超人に近付く。

眼差し
AIアート775
「眼差し」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)方法序説 (角川ソフィア文庫)
(2)方法序説ほか (中公クラシックス)
(3)アイ・アム・ザット~私は在る~ニサルガダッタとの対話
(4)世界はどうしたってあなたの意のまま(ネヴィル・ゴダード)※『AT YOUR COMMAND』翻訳書
(5)ラマナ・マハルシの教え
(6)聖書(フェデリコ・バルバロ)

頭が良いとは洗脳が少ないこと

頭が良いというのは、洗脳されていないことと思う。
洗脳されている者に現れる明白な症状として、「思い込みが強い」ということがある。
たとえば、スポーツのあるチームの熱狂的ファンというのは、間違いなく洗脳されている。
高校野球とか駅伝とかがテレビ放送されるが、これらへの関心が異様に高い場合も洗脳されている。
また、特定のアニメ、アニメキャラ、アイドルに執着があるというのも、洗脳により起こる症状だ。

「私は東大卒だ」「私ば物理学修士だ」といったものにこだわり、それに強いアイデンティティを持っているのも洗脳されているのであり、そんな人を見ると、頭が悪いことがよく分かるのである。そんな人達が、日常生活で並の人間が出来ることが出来ない時、「君の頭が良過ぎるからだ」とからかい半分に言うと、それを本気にしてしまうくらい馬鹿なのである。
そもそも、当たり前のことが出来ないのは、単なる馬鹿だからである。

私も、ある時期まで、ガチガチに洗脳されていて、ひどく頭が悪かった。
ただ、私の場合、多くの日本国民が持っているような洗脳・・・高校野球好き、オリンピック好き、学歴称賛、資本主義至上主義、等々がないことで相殺され、まあ、全体としては平均・・・というより、中の上程度の知性があったことは客観的に確認出来たと思う。
とはいえ、私は自分で自分の頭が悪いことを、薄々自覚していたのである。
私が初音ミクファンだというのも、洗脳と言えば洗脳で、特に以前、凄い初音ミクオタクだった時はかなり洗脳されていたのだが、今は、割と客観的に見ている。
ただ、初音ミクというのは反体制(反権力)であり、初音ミクという形は人それぞれであることがかなり完全に認められており、こういったことも含め、初音ミクの思想、初音ミクのコアを形成する人達のセンスの良さを称賛しているのである。

洗脳された人達の頭の悪さを示す端的な特徴が、「変な判断を秒速で行う」ことで、これがもう明らかで、私も、ごく若い時から気付いていた。
何せ、洗脳された思い込みという狭い範囲で判断するのだから、そりゃ判断が速いし、しかも、変な判断になるのは当たり前だ。
洗脳された人は、「これは何かしら?」と思うと、洗脳された観念(偏見と同じ)ですぐに「こうじゃないかしら?」と思い、洗脳によって、それが圧倒的に正しいと感じるので「こうにちがいないわ!」とすぐに結論付けるのである。
簡単な例で言えば、子供が宿題を連続してし忘れたのを知った母親が、洗脳された狭い観念で「この子は不良の仲間に入ったんじゃないかしら?」と思い、それが圧倒的に正しいと感じ、「先生、うちの子が不良と仲良くしています」と言うようなものである。
こんな母親を持った子供は不幸で、下手をしたら一生を駄目にしてしまう可能性すらある。

洗脳される危険を徹底的に排除するために書かれたのが、デカルトの『方法序説』という短い本だ。
この中でデカルトは、「単に正しいと思えることは全て間違いと断定する」と、自分の洗脳による(偏見によると言って良い)判断をことどとく退けることを説いている。
つまり、正しいと思えることも、疑おうと思えば、いくらでも疑える。
そしてなんと、正しいと思えることで、本当に正しいことは何1つないことが分かってしまった。
ところが、「これは正しいと思うが、本当は正しくないのでは?」と疑う理性だけは絶対的に正しいと分かり、デカルトは、
「疑っている我は確かに存在している」という思想に到達した。
これがなぜか「我思う、ゆえに我あり」という言葉になったが、どうもこの言葉では真意が全く伝わらず、デカルトが誤解されているようである。

南の島にて
AIアート573
「南の島にて」
Kay


他にも、「私は何も信じない」と言ったジッドゥ・クリシュナムルティも賢者であった。彼はそれを徹底はしてはいなかったが、やはり並外れた賢者であった。
しかし私は、笹沢佐保の時代劇小説『木枯らし紋次郎』のヒーロー紋次郎がよく言う、
「別に疑っちゃいやせんが、信じてもいやせん」
というのが、実に良いと思うのである。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)方法序説ほか (中公クラシックス)
(2)方法序説 (岩波文庫)
(3)洗脳原論(苫米地英人)
(4)日本人の99%が知らない戦後洗脳史(苫米地英人)
(5)私は何も信じない――クリシュナムルティ対談集
(6)木枯し紋次郎(一)~赦免花は散った~
(7)初音ミクはなぜ世界を変えたのか?
(8)楽しいAI体験から始める機械学習 ※当ブログオーナーKay著

洗脳されない秘儀

新聞やテレビのようなマスメディアが、嘘の情報と言うよりは、重要な情報を隠したり、見ている者に一方的な思い込みを持たせるような言い方・書き方をしていることを理解している人が増えて来ていると思う。
だが、「騙されない」「洗脳されない」人はまだまだ少ないし、マスメディア側もさらに洗脳力を上げているのではないかと思う。

分かり易い例で言えば、たとえば朝日新聞には、「トランプ前大統領は2020年の大統領選挙には不正があったという根拠のない主張を繰り返している」という記述がよくあるが、私は別に、トランプの主張に「根拠がある」と言いたいわけではない。
しかし、公平に言って「根拠のない」は記述不要であり、見ている者にトランプに対する悪印象を与える意図があることが分かる。
また、私はテレビは見ないが、YouTubeでも放送されるテレビ番組というものもある。そんな番組で、先日、オーストリアで開かれた国際原子力機関(IAEA)の年次総会に関する政治評論家などのパネルディスカッションを見たが、ここで福島第一原発のALPS処理水(汚染水と呼ぶ人もいる)の海洋放出に関して話されていた。
番組では、次のようなことが言われていた。
この総会で、科学技術担当大臣の高市早苗がALPS処理水の海洋放出の正当性を英語でスピーチし、それが多くの国に受け入れられた。対して、このスピーチに中国は中国語で反論したが、その反論は他国にほとんど認められずに中国が孤立したという。
こういった内容を巧妙に話すので、私はうっかり、ALPS処理水の海洋放出は正しいことであると信じそうになったくらいである。これはちょっと恐ろしかった。
私は別に、ALPS処理水の海洋放出は悪いことであると言いたいのではなく、それぞれ一流の専門家の間でも見解が異なっており、どちらが正しいとも言えないと言いたいだけである。
私は、このような問題に関し、堀江貴文氏や上念司氏のような専門家でない人の主張は無視というのではないが、参考程度にしか聞かない。
また、真摯に取材をしたジャーナリストの情報は、堀江氏らの発言よりはずっと重要視するが、それでも、やはり科学技術の専門家ほどには重く見ない。
そして、現場が分かる専門家にはALPS処理水の海洋放出にエビデンスを持って反対している人も多いのに、その声は一般の人にはなかなか届かない。

こういったことに対し、「自分で情報を集め、自分の頭で考えないといけない」と言う人がいるが、「私は自分で情報を集めている」「私は自分の頭で考えている」と言う者は、別の者達に洗脳され易いのである。
では、どんな態度が正しいのかを言えば、学校やテレビで洗脳された者は笑うのである。
一応、正しい態度を言えば、J・クリシュナムルティのように「私は何も信じない」や、矢追純一氏のような「僕は頭が悪いから考えることを放棄した」である。
荘子も「思慮分別を捨てろ」と言っている。
で、その根拠は一重に、人間の頭なんて全然大したことがないということである。
それをソクラテスは「私は自分に知恵がないことを知っている」と言ったのである。
だが、「何も考えない」とか「何も信じない」と思っていると、かえっておかしな方に行ってしまい、中道に立てないものである。
「私はトランプがロクでもない人間だという報道を信じない」と思ったら、トランプの言うことやることは全部良いと思い込みやすいようなものである。
別に、トランプだって悪いことをしていると言っているのではない。単に、「分からない」と言っているだけである。
どうすれば正しい態度でいられるかと言ったら、笹沢佐保さんの時代劇小説『木枯らし紋次郎』で、主人公の紋次郎がよく言う、
「別に疑ってやしません。ただ信じもしません」
であると思う。

ウクライナ戦争に関するマスメディアの一方的主張である、「原因はプーチンの野望である」も、「別に疑うわけではないが信じもしない」と受け取れば良いし、その反論である「問題はウクライナ側にあり、プーチンには正当性がある」と言うのも、「別に疑うわけではないが信じもしない」と受け取れば良いのである。
そうすれば、いずれ正しい答が訪れる。
「あなたを愛しています」と言ってくる者に対しても同じである。
映画やアニメで「俺を信じるか?」「はい、信じます」という場面が多いが、あれも問題があるかもしれない。
『ギルティクラウン』というアニメで、悪役の男が、主人公の少年に、
「1つアドバイスをあげましょう。自分を信じろと言う者を信じてはいけません」
と言ったのを印象深く憶えていて、良い面もあるアドバイスと思うが、全然足りない。
信じてはいけないが、疑う必要もないのである。
この悪役が「信じてはいけない人」と想定していた人物は、信じて良い部分も確かにあったが、信じてはいけない部分もあったのである。
『木枯らし紋次郎』は、大衆娯楽小説であるが、自己啓発書はもちろんだが、思想書・哲学書すら全く及ばない傑作と個人的には思う。
著者の笹沢佐保氏は只者ではないと思う。

森の中で
AIアート414
「森の中で」
Kay


デカルトは『方法序説』の中で「疑いようもなく正しい場合を除き、全て間違いと即座に決める」と言い、疑いようもなく正しいものはただ1つ、「自分が疑っていること」だけであると発見する。
デカルトや『方法序説』の全てが正しいわけではないが、このソクラテス的とも言える態度は正しいと思う。
しかし、木枯らし紋次郎の方が分かり易い。








不意に天才になる方法を思い出す

規律や信念を夢の中でも保っているようなら、それらは本物だ。
野球のバッターが、夢の中でも素振りをしているようなら、かなり見込みがある。
私は一頃、デカルトに倣って、何でも疑うようにしていたことがある。
その厳格で優れたルールは「単に正しいと思えることは全て間違いと決めつける」というものだ。
デカルトと言えば、唯物論者であるという欠点ばかり注目する者が多いが、彼は、このように熱心な真理の探究者で、だから、数学や物理学で、現在でも十分通用する成果を数多く上げたのだった。
夢の中では、何を見ても、「これは本物ではない」と疑うと、途端に存在感を失くしたり、小さくなったり、あるいは、消えてしまうのが面白い。
また、「夢の中でこれをしよう」と普段から決めていると、それをやった時、「これは夢だ」と分かり、「じゃあ、夢の中でしか出来ないことをしよう」ということになり、なかなか面白いことが出来る。
私は、あるメキシコ人の本で、「夢の中では身体が柔らかいので、指を掴んで引っ張ると伸びる」と書かれていたのを夢の中で思い出し、実際にやってみたら本当だった。
夢の中で空を飛ぼうと思ったら、息をするように自然に飛ぼうとしなければならないが、それはなかなか出来ないことである。
だが、指を引っ張って伸ばすことはいつでも出来る。

普段から思考を消す訓練をしていて、夢の中で思考を消せば、すぐに何でも出来、その何でも出来る感覚を憶えていると現実でも同様に出来る。
私もよく忘れるが、人差し指を立てると、かなり思考が消える。
架空の人物と思うが、倶胝(ぐてい)という僧は、師の天竜から一本指の禅(一指禅)を教わった。
これは、ただ人差し指を立てるという実に簡単なもので、倶胝はどんな相談を受けても人差し指を1本立てて見せた。
これは古い禅語なのだが、このお話を作った人は最新の脳科学であるミラーニューロンの働きに気付いていたのだから凄い。
ミラーニューロンについて知りたければ、TEDで講演をしたこともあり、自分をサイコパスと明言する神経科学者ジェームズ・ファロン博士の『サイコパス・インサイド』という本をお薦めする。実に面白い本だった。
ミラーニューロンとは簡単に言えば、誰かの動作を見たら、自分の脳内で、その動作をしている反応を起こさせる働きをするもので、まさに「ミラー」である。
ミラーニューロンのおかげで、小さな子供は、大人がやるのを見るだけで自分も出来るようになってしまうのである。
ミラーニューロンが異常に発達したのが、西尾維新の『刀語(かたながたり)』に登場する七実(ななみ)という美しい娘である。

夢と現の間
AIアート231
「夢と現の間」
Kay


ここまで書いて、ミラーニューロンの有益さを思い出したので、今後、しばらく書こうと思う。
難しい話ではないが、これであなたも天才である。
そして、これで、ある人はなぜプロ野球選手になれるのか、売れっ子のイラストレーターになれるのかの説明もつく。
この原理を知れば、あなたも努力なしで好きなものになれる。

倶胝の話に戻るが、さっきも述べた通り、人間は、人差し指を立てることで思考が消える。
そして、いつも言う通り、思考が消えれば、人間は全知全能である。
まあ、だから、良ければ、夢の中でも人差し指を立てるくらい、普段からそうすると良いと思う。
夢の中でも人差し指を立てるようになれば本物で、あなたに不可能はなくなるだろう。
今後のミラーニューロンシリーズは極めて有益である。








思考を消すことの力

偉人のエピソードにはフィクションも多いようだ。
たとえば、アメリカ合衆国初代大統領ジョージ・ワシントンが子供の時、新しい斧の切れ味を試したくて、その斧で桜の木を切ってしまったが、それを父親に告白して、かえって正直さを父親に褒められたという話があったが、これは作り話であるらしい。
私は小学3年生の時に、この話を読んだ本には、この話は事実として書かれていて、これがワシントンの正直で誠実な人柄を示すと解説されていたように思うが、私は嘘っぽいと感じていた。
それで、後に、この話が作り話だと知った時、すっきりしたものだ。
いくら斧の切れ味を試したくても、そして子供でも(桜の木を切るほどには大きいのだ)、父親が大切にしていた桜の木を切るなど、短絡的で馬鹿過ぎるからだ。
それに、さらに後になって、ワシントンは大人になっても、そこそこの年齢になるまで、あまり誠実でない自己中心的な人物であった可能性があることも知った。
いい年になるまで駄目人間だったことでは、アブラハム・リンカーンも同じであったらしい。
リンカーンは40歳くらいまでは普通の男としても、かなり情けなかったというが・・・まあ、本当のことは分からない。
いずれにしろ、証拠もないことを信じてはいけない。
我々を騙そうとする者はいくらでもおり、特に学校やテレビでは、我々を騙そうという意図を持たない者の方が珍しいと思った方が良いかもしれないほどだ(あくまで主観である)。
ルネ・デカルトは、「単に本当らしい話は全部嘘と断定する」という規律を自分に課していた。
それですら、デカルトはいろいろ間違えた。
そこで、ジッドゥ・クリシュナムルティの、「私は何も信じませんよ」という態度が良いのである。

白とピンク
AIアート173
「白とピンクの間」
Kay


ところで、野口英世に関しても、嘘の話が多いらしい。
子供向けの野口英世の伝記では、彼は、真面目に努力する上、恩を忘れない、そして、愛情深い高潔な人物のように描かれているが、それも疑わしいようだ。
だが、たとえ身近にいる人だって、本当はどんな人間かは「全く」分からないと考えるべきである。
極端な話ではあるが、楳図かずおさんの漫画『洗礼』で、こんな話がある。
小学4年生の美少女さくらの母親は、さくらを大切にするあまり、時に常軌を逸したこともするが、それも、さくらへの深い愛情によるものと思われていて、さくらもそう思い、母親を慕っていた。
しかし、さくらの母親は、さくらへの愛情などかけらもなかったことが分かるが、このお話は、私を十分に人間不信にしてくれ、楳図さんには大変に感謝している(半分冗談だが半分本当)。
ところで、野口英世が子供の時、当時は珍しい、高価だったかもしれないゼンマイ時計の構造に好奇心を持って、それを分解してしまうお話があったように思う(別の偉人?)。
今のデジタル時計では、分解しても面白いことはほとんどないと思うが、昔の時計はいろいろ面白かったと思う。
だが、野口は、分解しても、再び組み立てることが出来なかった。
野口も子供の時は知恵が足りない普通の子供だったということだろうが、このお話で野口の好奇心の旺盛さや実行力でも示したかったのだろうか?
だが、私には、普通の範囲のことだと思われる。
ところで、この時の野口少年のように、分解してしまった時計を組み上げるという難しいことが出来ないといった状況は、人生の中ではよく起こる。
そこで、私は、野口少年には、見事、時計を組み上げるお話にして欲しかったと思うのだ。
それは可能だからだ。
私は、ある時、欠陥のあるコンピュータープログラムを修正しなければならなかったが、その時の野口英世のような困難さを感じていた。
成し遂げることは全く不可能に思えた。
あまりに難しかったし、そもそも、そのプログラムには根本的に重大な欠陥があると思われた。
それで諦めて考えるのをやめたら、すぐに、奇想天外な異次元の解決策が分かった。
野口英世のその話が本当かどうかは分からないが、その程度のことであれば、野口はうまくやれたはずなのだ。
ここでいつも言う通り、思考を消せば。
思考を消すことの力を理解している者は、この世界では滅多にいない。
世で賢人、知恵者、あるいは、聖者と呼ばれる者ですらだ。
いつも言う通り「私は誰か?」と自分に問うことで思考を消せば、そんな身近でシンプルな真理を知り、真理はあなたを自由にするのである。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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