ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

テッド・ウイリアムズ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

今を意識する方法をさらに考える

私はかなり前に、インドのヨギ(ヨガ行者)であるパラマハンサ・ヨガナンダの本で読んだ覚えがあるが、あるヨギは、1日8時間の瞑想を何年も欠かさず続けて、ついに解脱(悟りを開くことと思う)を果たした。
こんな話を聞くと、肯定的に捉える人の多くは、「よく頑張った」とか「困難なことをやり遂げた」「素晴らしい忍耐、努力」「尊敬します」みたいなことを言う人が多いと思うが、本人は、好きで楽しくやっていただけだ。
ゲーム中毒がゲームをやるのと同じで、ただ、やることがゲームではなく瞑想だったというだけの話だ。
よって、少しも困難ではなく、忍耐も努力もしておらず、本人にしてみれば尊敬される理由なんて何もないだろう。

まあ、このヨギも、最初のうちは、それほどでもなかったかもしれないが、やがて面白くなったから続けたのだ。
野球の大バッターが、暇があればバットを振っているのも同じで、単に、楽しいからやっているのだ。
メジャーリーグの歴史でも屈指のバッターだったテッド・ウィリアムズも、子供の時から、起きている時間全部でバットを振りたがり、夜も、両親がベッドに押し込まないとやめなかった。子供が、面白くもないことを無理にやるはずがない。やはり、楽しくて仕方がなかったからやったのだ。

本当か嘘かは分からないが、脳科学者の茂木健一郎博士が言っているのを動画で見たことがあるが、ビル・ゲイツは高校時代、プログラミングが好きで熱心にやっていたが、それを見た高校の教師が「お前はそれだけやっていろ。他のことはしなくても卒業させてやるから」と言い、ゲイツは好きなだけプログラミングに没頭出来たらしい。

引き寄せでも、例えば、「神様の奇跡が起こる」と唱えるメソッド(手法)を毎日長時間やるために、根性や克己心が必要なら、果たして効果があるか疑わしい。
このアファーメーション(あるいは呪文)を1日中唱え、1憶円を2回当てたホームレスの男も、やっぱり、これを行うことは辛くはなく、むしろ、楽しくやっていたはずなのだ。
そもそも、そうでなければ続かない。
彼は、ホームレスだったのだから、働くことは嫌いで向いてなかったかもしれないが、アファーメーションは向いていたのだ。

我々も、引き寄せを行うなら、上に上げたヨギやテッド・ウィリアムズやホームレスの男のようであることが望ましいが、それほどではなくても、1日2~3時間は、楽々と行えるメソッドに取り組むことが必要と思う。
もちろん、なかなか時間が取れなくて思うように出来ないのは、ゲーム好きのゲームも同じだろうが、「忙しかったから」と言い訳するようでは、引き寄せは出来ないかもしれない。

それで、最も楽しいメソッドは何かと考えたら、もちろん人にもよるが、私なら、「今を意識する」ことだと思う。
これは、スピリチュアル界隈では「今今メソッド」と呼ばれ、あるいは、「今メソッド」と言う者もおり、私は「中今メソッド」と呼ぶこともある。
いずれににろ、人気のあるメソッドだ。
インドの聖者ニサルガダッタ・マハラジは、「常に存在の感覚にしがみつけ」と言ったと本に書かれているが、これは訳(英訳か、そこからの和訳)が拙いのか、あるいは、マハラジの表現が適切でなかったのだと思う。
これも、「今を意識する」ということなのだと思う。
私は、この「今を意識する」を、うまく表現出来ないか考えているが、そのうち、良い言葉が閃くだろう。
とにかく、暫定的に言えば、今感じている、あるいは、今行っている1つのこと以外に意識を向けないことだ。
『バガヴァッド・ギーター』でクリシュナ神が、
「亀が手足を甲羅の中に引き込むように、感覚を外界に向けず、内面に向けろ」
と言ったが、これも、正しくは、
「1つに向けた感覚以外は全て引き上げろ。その1つの感覚も、五感から心に移せ」
と言ったのだ・・・おっと、なかなか良い表現になった(笑)。
これが、私が子供の時から行っていたやり方に近い。
これをやっている時、ふと、「猫3匹」と思うと、ドアを開けると、3匹の猫が控えていたものだ。
やり方をもっと具体的に言えば、たとえば、目の前にある初音ミクさんの絵を見ていたら、初音ミクさんを見ていることだけを意識し、他のことに意識を向けてはならない。
そして、目で見るのではなく、心で見る。
まだ少し難しいかもしれないが、基本的にはこういうことである。
テッド・ウィリアムズだって、腕でバットを振っていたのではなく、心で振っていたのである。
そして、心でたった1つのものを見たり、たった1つのことを行うことは至福なのである。








毎日やりたい腕振り運動の形を見つける

大分前にWebで見たのだが、現役時代のイチローが、ある特殊な器具を使ったストレッチ・トレーニングを「毎日やりたいですね」と言っていたのが印象的だった。
トレーニング、訓練、レッスン、練習・・・まあ、いろんな言い方があるが、そんなものを「毎日やりたい」と思う感覚は、普通の人には分かり難いかもしれない。
マイケル・ジャクソンだって、少年時代、ダンスのレッスンが辛くて嫌だったと言っていたらしいし、ジャッキー・チェンも、俳優の駆け出しの頃、カンフーの訓練が厳しくて辛かったと語るのをテレビで見たことがある。
一方、少年時代から、練習が好きで好きでたまらず、夜は両親がベッドに押し込まないと止めなかったという話まであるのが、メジャーリーグ野球最後の4割打者(現在のところ)で三冠王を2度獲得(現在まで2人)したテッド・ウィリアムズだ。
訓練ではなく、ゲームだって、意欲的に「毎日やりたいですね」と言う者はいないし、いくら酒が好きでも、意気揚々と「毎日飲みたいですね」と言う者もいない。

イチローやテッド・ウィリアムズがいかに特殊かが分かるし、天才というものは、特別なものを持っているのではなく、何かが失われているのだとすると、この2人は、人間なら誰でも持っているはずの、「過度な没頭に陥るのを防ぐDNA」を持っていないか、それが壊れているのかもしれない。
そして、彼ら以上に、何かが失われ、のめり込んでしまった人が、イエスや釈迦、あるいは、ヨガの超人ババジかもしれない。
だが、何かのきっかけで、スピリチュアルな超人の道に入ってしまう者はいると思うのだ。
あまり・・・というか、滅多なことで知られないだけでね。
つまり、仙人や導師、あるいは、超人ヨギになった人である。
腕振り運動を毎日やっていると、たまに、そんな感覚に近付くことがある。
最近、気付いたが、私の場合、腕振り運動を、『気功革命』という本に載っていた、「甩手(せいしゅ)1」というやり方でやると、ゾクっとするものを感じる。
あまりやり過ぎるとヤバいかもしれない(笑)。
しかし、まさに、「毎日やりたいですね」である。
朝も書いたが、これが、達磨が教えたものに一番近い形(個人的推測だが)で、中国の武術のいくつかの流派でよく行われているものらしい。
『気功革命』の「甩手1」と「甩手2」を両方やるのも楽しいと思う。
良かったら、やってみて・・・








真剣な素振りのやり方

名言集などには決して載っていないが、私が好きな言葉は、有名なミュージシャンが言ったとして雑誌に書かれていた、
「街角でハーモニカを吹いてさえいれば満足出来るようなやつじゃないとミュージシャンになれない」
だ。
また、ちょっと昔、別に意見を傾聴すべき人とも思わないが、ある大物芸能人が、こう言ったのを覚えている。
「一晩中でもバットの素振りをやっているバッターっていうのは、好きだからやってるんだ」

つまり、優れたミュージシャンや野球のバッターは、音楽やバッティングを本当に好きでやっているのである。
テッド・ウイリアムズという、メジャーリーグの歴史的な名選手がいた。
現在までのところ最後の4割バッターで、生涯出塁率は歴代1位、2度の三冠王は、彼以外にはロジャース・ホーンスビーしかいない。戦争に行かなかったら、ホームランのメジャー記録も達成したかもしれないと言われている。
そのウイリアムズは、子供の時から、起きている時間の全てでバッティングの練習をやりたがり、夜は、親がベッドに押し込まない限り素振りを止めなかった。
こんなこと、好きでないとやれるはずがない。

ちょっと昔と思うが、落合博満さんが中日ドラゴンズの監督だかGM(ゼネラルマネージャー)だった時(両方だったかもしれない)、ある若い選手が度胸で指導を頼んだら、落合さんは、GM室かどこかにその選手を連れて行き、延々5時間、素振りをさせたらしい。
その後、その選手は「迷う度に素振りをした」というが、成功はしなかった。
そりゃそうだ。「迷う度」なんかじゃなく、いつでもどこでも、延々と素振りをするようじゃないとバッターは駄目なんだ。

私は昨年、ある若いイラストレーターの個展に行った。
若くて可愛い女の子にしか見えないそのイラストレーターに、私は、「子供の時からよく描いていたのか?」と尋ねると、予想通り、彼女は「1日中描いていた」と言った。
そうでないと、プロになれるはずがない。

法然は、1日中、念仏を唱え、その数は、1日6万回とも7万回とも言われている。
断言するが、彼は、念仏を唱えることが大好きだったのだ。
彼は、他の人にも、なるべく同じようにやるよう勧めたが、念仏が好きな人でないと無理である。
修行のためとか、極楽往生のために念仏を唱えるようでは駄目なのだ。
法然の『選択本願念仏集』や、親鸞の言葉を唯円が書いたと言われる『歎異抄』を読めば、念仏が好きになる場合があると思うが、そうでないなら、妙好人(念仏によってある種の超人になったような人)になることは諦めた方が良い。

私も、プログラマーの修行時代は、夜中の2時過ぎまで、家のパソコンでプログラミングをしていたが、そうでないとプログラミングの能力はつかない。
スティーブ・ジョブズや、オバマ元大統領らが、全ての人がプログラミングを出来るようにならないといけないなんて言ったという話があるが、そんなこと信じちゃいけない。
好きでないなら、プログラミングなんかやっちゃいけない。
そして、プログラミングを好きになれる人なんて、そんなにいない。
仕事に就くためとか、お金のためにプログラミングをやろうとなんかしてはいけない。
好きならやる、そうでないならやらない。これである。
学校の授業でプログラミングなんかやらせたら、プログラミング嫌いの人が増えるだけだ。
単に、プログラミングが出来る環境を用意すれば良い。

夜中に、自宅の庭や、自宅の前でバットを振っている野球部員らしい者を時々見るが、彼らに見込みはないと私は思う。
イチローもテッド・ウイリアムズも、不可能でない限り、家から離れた場所で素振りをしていた。
家族がいる家の近くでは、素振りに没頭出来ない。
それに、自宅では、やめたくなったら、素振りをすぐにやめられるし、いつでも冷えたジュースやコーラが飲める。
中学生や高校生が、そんなところで本気で素振りをするはずがない。
また、素振りだって、それなりに音を立てる(地面を踏む音やバットを置く時の音等)。ご近所迷惑を考えず、そんなことが出来るというだけで、そもそもスポーツマン失格なのである。
プログラマーやイラストレーターだって、本来は自宅で行うのは、あまり好ましくはないが、これらは家で仕事が出来るから、まだ良い。
しかし、スポーツの試合は自宅では絶対に出来ない。
自宅(特に家族)から離れ、孤独になり、独立心を持ってこそ、真剣な素振りが出来るのである。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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