ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ソクラテス

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

天才が普段は馬鹿な理由

あらゆる賢者達が一貫して言っていることをシンプルに言うとこうなる。

脳の中に、神様の能力をコピーしたプログラムが存在する。これを仮に「X(エックス)」とする。
人間は皆Xを持つので、全知全能である。

問題は、2500年も昔の釈迦も気付いていたことだが、ほとんどの人間はXがうまく働いていないということだ。

Xがそこそこ働いている人を、天才とか、実力者とか、超能力者とか、魔法使いとか、超人などと言う。
釈迦とほぼ同時代のソクラテスも、Xの存在にははっきり気付いていた。
そこで、ソクラテスは、Xが普通の人より多く機能している人間(天才)を片っ端から訪ね、観察し、分析した。
すると、こんなことが分かった。
天才達は、「私の天才的能力は、私が優秀だから・・・つまり、私の思考力の高さによるものだ」と認識している。
だが、ソクラテスには真理が見えた。
それはこうだ。
「私の方が、彼ら天才達より優れている。なぜなら、私は全く優秀ではない・・・つまり、私の思考力には何の力もないと知っているからだ」

天才達がなぜ、そこそこXを働かせることが出来たのかというと、天才達は仕事に熱中している間、無思考になれたからだ。
だが、天才達は、それに全く気付かない。
思考は無力なばかりか、Xの働きを邪魔してしまうのだ。

ソクラテスは、思考を消す方法を教えなかったのだろうか?
彼は、古代ギリシャのデルポイにあるアポロン神殿に書かれた「グノーティ・サウトン(グノーティ・セアウトン)」という言葉が鍵だと言ったらしい。その言葉の意味が「汝自身を知れ」だが、そんな曖昧、抽象的な、ふわっとしたことを言われてもねえ(笑)。
この言葉は「身の程を知れ」という意味でもあるらしいが、これでもダメダメだ。誤魔化すなと言いたい(笑)。

では釈迦は、もっとまともなことを教えたのかと言うと、そうかもしれない。
しかし、後の仏教家が滅茶苦茶なことを「思考」し、釈迦が実際に何を言ったのかが分からない。
まあ、今でも仏典の端々に良いことが書かれているのかもしれないが、1000ページ中999ページがどうでもいいことかもしれない。

思考を消す良い方法の1つが、静かで長い呼吸をすることだ。
なぜか、思考と呼吸は深く関連し、呼吸を微かにすれば思考も微かになるのである。
普段の呼吸が1分10回以下の人は、Xが少しは働くので、勘が冴えていたり、運が良かったりする。
5回以下なら天才に近い。
IQで表せば、

IQ = 100 + (15 - 1分間の呼吸数) x 3

となる。
1分間の呼吸数が15なら、IQは100。
1分間の呼吸数が10なら、IQは115。
1分間の呼吸数が5なら、IQは130。
1分間の呼吸数が1なら、IQは142。

ブレークスルーポイントは2分で1回の呼吸で、呼吸数が2分で1回以下だと、

IQ = 142 + (60 - 1時間の呼吸数) x 3

で、2分で1回の呼吸なら、1時間で30回なので、IQは232となる。
あくまで普段の呼吸数であるが、10分程度でも2分で1回の呼吸が出来れば、瞬間的に天才になったり魔法使いになったりする。当然、引き寄せ程度は自在であると思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)ソクラテスの弁明 (光文社古典新訳文庫)
(2)私は何も信じない ~クリシュナムルティ対談集~
(3)運のいい人、悪い人(中山正和)
(4)瞑想と潜在能力(中山正和)

巫女
AIアート1536
「巫女」
Kay

人類最高の3人が言った共通する意外なこと

人間は皆、自分は頭が良いと思っている。
どんな愚か者でもそうだ。
実は、自分の頭が良いと思っている者ほど馬鹿だ。
一方、自分は馬鹿だと本当に知っているなら馬鹿ではない。

私は子供の時、何かの雑誌で、東大生に対する「頭が良いと思う人物を5人あげよ」というアンケートで、歴史上の大天才と並べて自分をあげていた馬鹿が半分いたという記事を読み、「東大生って半分も馬鹿がいるんだなあ」としみじみ思ったものだった。
(あくまで昔の東大生の話である)
東大生は、元々は頭が良いが、東大に入って、冗談にでも、そのように考えるようになったら馬鹿になるのである。

また、似たことだが、自分は有能だと思っている者ほど無能だ。
自分に自信を持つことは大事だという話もあるが、優越感を感じる自信は全て不要である。

聖母マリアの人生を変えた一言をご存じだろうか?
天使が、結婚前のマリアと、マリアの親類の老女であるエリサベツの両方に子供が出来るという、信じられないことを言った後、天使はこう言った。
「神には何一つ出来ないことはない」
(ルカ福音書1章37節)

だが、人類で最も有能な人イエスはこう言った。
「私は自分では何一つすることが出来ない」
(ルカ福音書5章30節)
そういえば、『バガヴァッド・ギーター』で、神クリシュナはアルジュナに対し、「人類で最も優れた者よ」と呼びかけていた。
アルジュナは確かに素晴らしい男であるが、そこでは何も出来ずにいた。
そして、クリシュナとの会話で、アルジュナには何も出来ず、何も知らないことは明らかであった。
人類で最も優れた人であるアルジュナですらそうなのだ。

ソクラテスは、巫女が神託として言った、「ソクラテスが人類の中で最も知恵がある」ことを認めた。
なぜなら、「人類の中で私だけが、自分には知恵がないことを知っている」ことが分かったからであった。

実際、自分の馬鹿さ、無能さを知らない者が馬鹿で無能であり、自分の馬鹿さ、無能さを本当に知っている者が賢く有能である。
例外は決してない。
とはいえ、想定の法則の正しい活用方法を知っていれば、誰でも何でも出来るのだが、やはり正しくは、出来るのではなく起こるのである。

美しい光景
AIアート794
「美しい光景」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)新約聖書 福音書 (岩波文庫)
(2)バガヴァッド・ギーター(日本ヴェーダーンタ協会翻訳)
(3)ソクラテスの弁明/クリトン (岩波文庫)
(4)想定の『超』法則(ネヴィル・ゴダード) ※『The Power of Awareness』翻訳書
(5)その思いはすでに実現している! (ネヴィル・ゴダード) ※『The Power of Awareness』翻訳書
(6)世界はどうしたってあなたの意のまま(ネヴィル・ゴダード)※『AT YOUR COMMAND』翻訳書

あらゆるスローガンが嘘くさい理由

X(旧ツイッター)で、「人間性の基礎」として、以下の4つをあげているツイートを見た。
・嘘をつかない
・他人に親切にする
・ルールを守る
・勉強をする

ところで、アメリカの偉大な作家カート・ヴォネガットは、この星(地球)のルールは1つで、それは、
「人に優しくする」
だと述べた。

どれも好ましいものであることは言うまでもない。
だが、これらを、掟、ルール、スローガン、理念とするのは間違いである。

まず、これらのことを標語のように言うのは、そこそこIQが高い(ざっくり116以上)人である。
そして、ある程度のIQ(ざっくり106以上)があれば、これらの道理をかなり理解出来る。
しかし、IQが低い人に、これらのことを守らせるには、嘘をついた時に殴り、不親切なことをしたら罰を与え、ルールを破ったら食事を与えないといったことをしなければ、現実的に身につかないのだ。
「勉強する」にいたっては、大袈裟に言えば、殺されたって従わないかもしれない。
まあ、現代の乱れた世の中では、やはり現実的に言って、IQが低い者には、このような体罰教育が必要と私は思う。
体罰と言って差し障りがあるなら、軍隊式とでも言おうか。

一方、IQが高い者は、これらの掟のようなものの合理性は理解出来る。
しかし、自分の都合で独特な解釈を作ったり、また、ルールを破れば(短期的にだが)得をすることを発見し、それを実行するのだ。

解決策はただ1つで、これが完全な解決策であるが、現在は、ほとんどの者が理解出来ない。
理解出来ない理由は、やはり洗脳されてしまっているからだろう。
結果、十分なIQを持たない者が多い(必ずしもIQテストの成績を指さないが、相関性はあると思う)。
だから、XなどのSNSでは言わないが、このことに限らず、あらゆる問題の解決策は、もちろん、思考を消すことである。
たとえば、矢追純一さんのように、「僕は頭が悪いから、考えることを放棄した」と決めれば、嘘はつかないし、相手の区別なく親切だし、必要なルールは守るし、必要な勉強ならする。
そして、これはなおさら理解出来ないことかもしれないが、思考を消せば不可能はない。
「私は、自分に知恵がないと知っている唯一の人間だから、誰よりも知恵がある」と言ったソクラテスや、荘子や黒住宗忠などは典型的なのだが、真の賢者でそう(考えないことが叡智と)言っていない者は皆無だ。そう言わないなら真の賢者ではない。

ケルトの森
AIアート435
「ケルトの森」
Kay


で、必要なことは、どうすれば「本当に」思考を消せるかであり、それをずっとここで書いているのである。
(尚、意識があるまま思考を消すことが必要で、眠ったり失神したりした状態は叡智ある状態ではない)








人間の面白くも意外な存在意義

ある著名な神道家が著書に、人間の存在理由について、「神様を褒め讃えるため」と書かれていた。
つまり、神様は褒め讃えて欲しいので、自分達を褒め讃えてくれる存在として人間を作ったという主張だ。
同意出来る人はそれで良いが、まあ、あまり納得出来ないのではないだろうか?
だが、「そういうふうに見える」という意味では、なかなかいい線をいっていると思う。

もし、人間がいなくても、宇宙や自然はこのようであるかと言えば、多くの人は「当たり前じゃないか」と言うだろう。
しかし、もし、人間がいなかったら、こんな素晴らしい宇宙や自然が存在することは、もったいないにもほどがある。
それで、詳しい話は飛ばすが、人間がいなければ宇宙は存在しないという論があり、科学的にもかなりの支持を得ている。
とりあえず、人間がいるから宇宙があるとする。
それなら、宇宙大自然を神様の現れとすれば、上の神道家の話は、一面的には正しいと言える。

神様が人間に褒め讃えて欲しいなら、人間にとって楽しい世界を作るはずだ。
そして、実際そうである。
しかし、人間は自分勝手に「あれが欲しい、これが欲しい」と考えるようになった。
だが、人間の頭なんてたかが知れているので、自分では素晴らしいと思っているものは実際は下らないものなのだ。
たとえば、お金とか、高級車とか、偉い身分とかだ。
だが、人間の足りない頭でどんどん考えるので、ますます下らないものが欲しくなり、本当に素晴らしいものが分からくなってしまった。
だから、『星の王子さま』でも、「本当に大切なものは目に見えない」なんて書かれることになってしまったのだ。
神様の方でも、人間に褒められるよう、ある程度のリクエストには応えるが、それに伴って世界は歪み、神様も、本当に良いものを見てくれないので、やる気をなくしてしまった(笑)。
今の世界が、そんな状態だ。
だから、人間が自分で何も考えず、本当に素晴らしいものが何か知っている神様にまかせれば、世界は良いものだらけになるのである。

寝る子
AIアート423
「寝る子」
Kay


深呼吸をしたり、他に良い方法があればそれで思考を消し、神様にまかせてしまえば幸福になれる。
江戸末期の神道家で、イエスにも匹敵する力を見せた黒住宗忠は、これを「まること(丸ごと)」の教えとして、神様に丸ごとまかせてしまうよう教えたのである。
矢追純一さんが「僕は頭が悪いので、考えることを放棄した」というのは、人間として最も賢い選択なのだと思う。
ソクラテスは「私は自分に知恵がないことを知っているが、それを知っているのは私だけだった。だから私は一番知恵がある」と言ったように、知恵のない頭で考えることをやめることが一番の知恵である。
そして、それによって神の知恵が現れ、望まずとも良いものをこれでもかと与えられ、楽しませてくれるのである。








洗脳されない秘儀

新聞やテレビのようなマスメディアが、嘘の情報と言うよりは、重要な情報を隠したり、見ている者に一方的な思い込みを持たせるような言い方・書き方をしていることを理解している人が増えて来ていると思う。
だが、「騙されない」「洗脳されない」人はまだまだ少ないし、マスメディア側もさらに洗脳力を上げているのではないかと思う。

分かり易い例で言えば、たとえば朝日新聞には、「トランプ前大統領は2020年の大統領選挙には不正があったという根拠のない主張を繰り返している」という記述がよくあるが、私は別に、トランプの主張に「根拠がある」と言いたいわけではない。
しかし、公平に言って「根拠のない」は記述不要であり、見ている者にトランプに対する悪印象を与える意図があることが分かる。
また、私はテレビは見ないが、YouTubeでも放送されるテレビ番組というものもある。そんな番組で、先日、オーストリアで開かれた国際原子力機関(IAEA)の年次総会に関する政治評論家などのパネルディスカッションを見たが、ここで福島第一原発のALPS処理水(汚染水と呼ぶ人もいる)の海洋放出に関して話されていた。
番組では、次のようなことが言われていた。
この総会で、科学技術担当大臣の高市早苗がALPS処理水の海洋放出の正当性を英語でスピーチし、それが多くの国に受け入れられた。対して、このスピーチに中国は中国語で反論したが、その反論は他国にほとんど認められずに中国が孤立したという。
こういった内容を巧妙に話すので、私はうっかり、ALPS処理水の海洋放出は正しいことであると信じそうになったくらいである。これはちょっと恐ろしかった。
私は別に、ALPS処理水の海洋放出は悪いことであると言いたいのではなく、それぞれ一流の専門家の間でも見解が異なっており、どちらが正しいとも言えないと言いたいだけである。
私は、このような問題に関し、堀江貴文氏や上念司氏のような専門家でない人の主張は無視というのではないが、参考程度にしか聞かない。
また、真摯に取材をしたジャーナリストの情報は、堀江氏らの発言よりはずっと重要視するが、それでも、やはり科学技術の専門家ほどには重く見ない。
そして、現場が分かる専門家にはALPS処理水の海洋放出にエビデンスを持って反対している人も多いのに、その声は一般の人にはなかなか届かない。

こういったことに対し、「自分で情報を集め、自分の頭で考えないといけない」と言う人がいるが、「私は自分で情報を集めている」「私は自分の頭で考えている」と言う者は、別の者達に洗脳され易いのである。
では、どんな態度が正しいのかを言えば、学校やテレビで洗脳された者は笑うのである。
一応、正しい態度を言えば、J・クリシュナムルティのように「私は何も信じない」や、矢追純一氏のような「僕は頭が悪いから考えることを放棄した」である。
荘子も「思慮分別を捨てろ」と言っている。
で、その根拠は一重に、人間の頭なんて全然大したことがないということである。
それをソクラテスは「私は自分に知恵がないことを知っている」と言ったのである。
だが、「何も考えない」とか「何も信じない」と思っていると、かえっておかしな方に行ってしまい、中道に立てないものである。
「私はトランプがロクでもない人間だという報道を信じない」と思ったら、トランプの言うことやることは全部良いと思い込みやすいようなものである。
別に、トランプだって悪いことをしていると言っているのではない。単に、「分からない」と言っているだけである。
どうすれば正しい態度でいられるかと言ったら、笹沢佐保さんの時代劇小説『木枯らし紋次郎』で、主人公の紋次郎がよく言う、
「別に疑ってやしません。ただ信じもしません」
であると思う。

ウクライナ戦争に関するマスメディアの一方的主張である、「原因はプーチンの野望である」も、「別に疑うわけではないが信じもしない」と受け取れば良いし、その反論である「問題はウクライナ側にあり、プーチンには正当性がある」と言うのも、「別に疑うわけではないが信じもしない」と受け取れば良いのである。
そうすれば、いずれ正しい答が訪れる。
「あなたを愛しています」と言ってくる者に対しても同じである。
映画やアニメで「俺を信じるか?」「はい、信じます」という場面が多いが、あれも問題があるかもしれない。
『ギルティクラウン』というアニメで、悪役の男が、主人公の少年に、
「1つアドバイスをあげましょう。自分を信じろと言う者を信じてはいけません」
と言ったのを印象深く憶えていて、良い面もあるアドバイスと思うが、全然足りない。
信じてはいけないが、疑う必要もないのである。
この悪役が「信じてはいけない人」と想定していた人物は、信じて良い部分も確かにあったが、信じてはいけない部分もあったのである。
『木枯らし紋次郎』は、大衆娯楽小説であるが、自己啓発書はもちろんだが、思想書・哲学書すら全く及ばない傑作と個人的には思う。
著者の笹沢佐保氏は只者ではないと思う。

森の中で
AIアート414
「森の中で」
Kay


デカルトは『方法序説』の中で「疑いようもなく正しい場合を除き、全て間違いと即座に決める」と言い、疑いようもなく正しいものはただ1つ、「自分が疑っていること」だけであると発見する。
デカルトや『方法序説』の全てが正しいわけではないが、このソクラテス的とも言える態度は正しいと思う。
しかし、木枯らし紋次郎の方が分かり易い。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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