ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ジーン・シノダ・ボーレン

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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人間最大の力

私は、中学生の時だったが、優秀な人間であるかどうかは「気付き」で決まると確信した。
「直観」と言っても良いと思うが、本当に必要なことや重要なことに気付く力である。
例えば、普通の母親なら、子供の様子を一目見るなり、「何かあったな」と気付くもので、これが母親が持つ真に偉大な力のはずが、現在は、そんな力がない母親が多いのではないかと思う。
良い投資家なら、為替の動きをざっと見れば、コンピューターで分析しても分からないような市場の裏の動きまで気付いてしまうし、さらに、より重要なことに気付く投資家が成功するのだろう。
良い教師であれば、生徒の微妙な反応を見て、教えたことを理解しているか、誤解しているか、全く分かっていないかが即座に分かるし、生徒が理解していない時、その原因まで気付けるのである。
良いプログラマーなら、複雑なプログラムコードをざっと見て、考えるより先に、「あ、このあたりに問題がある」と気付くのである。

日系の女性精神科医ジーン・シノダ・ボーレンの『タオ心理学 ユングの共時性と自己性』という本に、こんな話がある。
病院で、夜、ボーレンが入院患者を見回っていた時のことだ。
ある男性老人患者が、ボーレンに、自分の杖をもらってくれと言う。
だが、その杖は、その老人のほとんど唯一の所有物だった。
しかし、ボーレンは何かに気付き、杖を受け取った。
翌朝、老人は亡くなっていた。

気付く力を持っていれば、世界は平和であり、あらゆる問題は即座に解決する。
逆に言えば、気付けないから問題が起こり、悲惨になってしまうのである。
もし、人類が、気付きの力を失ってしまえば、人類は絶滅するのだが、どうも、その方向に向かっている。
2020年のアメリカ合衆国大統領選挙で大規模な不正があったか、新型コロナウイルスワクチンが安全かそうでないかは、誰でも気付くことであり、まして、それらに関わる重要な立場の人達が気付いていないわけがないが、そんな重要な気付きを無視したり、逆らったりすることは、悪魔の配下に下るということである。

インドの聖者ニサルガダッタ・マハラジがこう言ったらしい。
「私の言うことを信じるなら、あなたは純粋な気付きだ」
では、気付く主体は何だろう?
心や脳ではない。
もっと深いもので、意識と言うのが適切だろう。
そして、マハラジの弟子のラメッシ・バルセカールはこう言う。
「意識が神である」
純粋な気付きを無視したり逆らったりすることは、神に背くこと、つまり、悪魔に従うことである。
そして、現代人の多くは、喜んで悪魔に従っているのではないだろうか。








ネットだけでは宇宙人と交流できない

精神科医のジーン・シノダ・ボーレンの本で見たのだが、アメリカの有名なSFテレビドラマ『スター・トレック』(日本でのタイトルは『宇宙大作戦』)で、こんな話があったらしい。
身体を持たない精神体の宇宙人が、宇宙船を操作する必要から、ミスター・スポックの身体に入り込んだ。
その時、その精神体宇宙人が言う。
「なんて寂しいんだ!」

ところで、インターネットも、スマートフォンや携帯電話もなかった時代は、そう昔のことじゃない。
そんな時代は、ほとんどの人の交流は、学校のクラスやクラブ活動、会社の同僚程度しかなかった。
今では、そんな時代がもはや想像もできないという人も多いだろう。
そして、そんな時代のことを考えると、思わず、
「なんて寂しいんだ!」
と感じるのではないだろうか?

もっとも、上の『スター・トレック』の精神体の宇宙人の交流は、ネットと通信機器を通して交流する我々とは、比較にならないほど豊かなのだろう。
もちろん、「そんな宇宙人が本当にいればね」と言いたい人もいるだろうが。
ジーン・シノダ・ボーレンは、人間も本来は、精神が主体で、他人はもちろん、動植物や惑星、あるいは、あらゆるものと精神的交流が持てるはずだと言っていたのだと思う。
そして、そうあってこそ、人間は健全で幸福になれるということなのだろうと思う。
つまり、我々だって、ネットを必要としない、普遍的な精神生命体のはずなのだ。

人間は20世紀後半になっても、テレパシー能力を持つ兆しはなかったようだが、ネットができたことでテレパシーの必要もなくなったので、今後もテレパシー能力を発達させることがないのだろうか?
あるいは、元々、テレパシーなんてのはただの空想で、ネットによって、ようやく、人間は時間と空間を超えて交流できる生物に進化したということだろか?
ネットには、デメリットもあるが、やはり膨大なメリットがあるのだと思える。
しかし、さらに考えれば、あまりに大きなデメリットもあるのかもしれない。
初音ミクさんの『二次元ドリームフィーバー』という歌を創った人(PolyphonicBranchさん)は天才だと私は思うが、この歌では、徹底して、ネットのマイナス面を揶揄(嘲弄)するが、それでも「君(意味不明だが、とりあえず初音ミクさんと思って良いと思う)」に会えたのだから、それで善しとする・・・のかは、どうも分からない。
今は、「二次元ドリームフィーバー」という病気が蔓延しているが、いつか我々は進歩して、そこから抜け出せるのだろうか?

ただ、こんな考え方もある。
ネットでは、言葉のコミュニケーションより、絵や動画といった、非言語コミュニケーションが大きくなってきている。
そして、非言語コミュニケーションとは、絵や動画そのものを共有するというよりは、本当は、それらを通して、感情やフィーリングを共有しているのである。
ある大物メディアアーティスト(猪子寿之氏のことだが)が、英語が出来ないのに西洋の女の子と仲良く何かやっていたのだが、何をやっていたのかというと、向こうが猫の写真をメールで送ってきて、彼もアニメのキャラクターの絵か何か送ったりして、それで「好き」が伝わるのだという。完全な非言語コミュニケーションだ。
猪子氏は、世界は非言語化に向かっていると言い、彼も言葉は好きじゃないと言う。
と言っても、彼は話が下手な訳ではないし、それどころかTEDジャパンで講演したりするのだから、むしろかなり上手い方だろう。
とはいえ、彼は芸術家で、非言語コミュニケーションの達人である訳だ。
つまり、非言語コミュニケーションが主で、言葉は二次的(従)と言えるのかもしれない。

初音ミクさんが世界で人気があるのも、外国人からすれば初音ミクさんが歌っている日本語の歌の意味は分からないが、感情やフィーリングのレベルでGoodって感じるのだし、その感覚は非常に確かであるはずだ(多分)。
猪子寿之氏も初音ミクさんの熱烈なファンらしいが、ミクさんが言葉を超越した共感の主であることは確かなことだろう。
しかし、人類は、絵画、彫刻、音楽という、非言語表現を発達させてきたはずなのに、これらは、人々を結び付けるという役割で、ほとんど失敗したのだ。
その理由は、そんな芸術に関わる人達が、あまりに「お高くとまっていた」からだ。
個人としては優れた芸術家はいるが、権威に凝り固まって他を排斥するという、人間として最も愚かなことに必死な芸術界は完全に腐っている。
芸術という神の領域に近いものに関わる人達が、人間として最低なのだから笑い話にもならない。
その中で、初音ミクさんが、精神生命体としての人類の未来を開いたと言えるのではないかと思う。
そして、いろんな意味で、ネットでだけでは宇宙人とは交流できないということを考えてみても良いと思う。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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