ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ジャック・キャンフィールド

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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個人の潜在意識で奇跡を起こす

物理学者で、沢山の自己啓発書を書かれている謝世輝(しゃせいき)氏(理学博士)が、昔の本で、ある重要なことを述べておられた。
潜在意識には、「個人の潜在意識」と「共通の潜在意識(宇宙の心)」の2つがあり、その2つが接続されているということだ。

大きな願いであれば、個人の潜在意識を通じて、共通の潜在意識に伝えなければ叶わないが、その通信がうまくいかない場合があることは、チャールズ・ハアネルの『ザ・マスター・キー』にも書かれている。
そこで、ハアネルもだが、なんとか、個人の潜在意識を、共通の潜在意識に結びつける方法を教えようとするのだが、それは、普通の人にはハードルが高く、なかなかうまくいかない。
それなら、そんな無理なことはせず、個人の潜在意識の範囲で願いを叶えれば良いのではないかと思う。
当然、叶う願いの規模は小さくなるが、それでも、奇跡と思えるようなことだって出来る。
尚、個人の潜在意識の範囲と言っても、少しは共通の潜在意識につながっているものであり、個人の潜在意識の範囲で願いを叶えるうちに、個人の潜在意識と共通の潜在意識の扉がぱっと開くこともある。
ニサルガダッタ・マハラジは「私は誰か?」と問い続ければ、個人の潜在意識と共通の潜在意識の扉が開くと言ったと思う。そうなのかもしれないが、それが出来るまで待つことは出来ないかもしれない。今日の米代がないとかね(笑)。

個人の潜在意識の範囲と言っても、それは右脳を使うことであり、ほとんど左脳しか使わない普通の人には不可能なことが出来る。
どうやれば、右脳を働かせることが出来るかというと、コリン・ウィルソンが言った通り左脳のペースを落とせば良く、ウィルソン自身が、それが出来るようになったきっかけは、ウイスキーを飲んでクラシック音楽を聴きながら文学を読むことだった。
アメリカの大作家エドガー・アラン・ポーだって、普段は凡人(実際は凡人以下で全くの甲斐性なし)なのだが、酒が入ると、美しい言葉がとめどなく溢れて来たのである。
もちろん、皆さんにアル中になることを勧める気はない(笑)。
目的はあくまで、左脳のペースを落とすことだ。
だが、実際は、誰でも、1日に1度は、そんな時間を持っている。
朝、目が覚めて、思考がやってくるまでの間だ。
その時は、左脳はまだ眠っていて、右脳が世界を捉えている。
だから、ベッドの上の天上に願い事を書いた紙を貼って置き、左脳が眠っている間にそれを見ると、叶ってしまうのである。
世界的ベストセラー『こころのチキンスープ』を書いたジャック・キャンフィールドは、この方法で1万ドル(約百万円)もなかった年収を10万ドル(約一千万円)にし、次は100万ドル(約一億円)にしたのである。
彼は、天井などに、「10万ドル札」とか「100万ドル札」の絵を貼ったのだ。

別に、天井に貼らなくても、左脳のペースを落とす方法さえ分かれば、願望をカードに書いて携帯し、時々眺めれば、願いは叶う。
ただし、個人の潜在意識の範囲で叶うことなら。
だから、年収300万円の人が、いきなり「年収5000万円」なんて書いてはいけない。
年収5000万円なんてのは、共通の潜在意識との通信が良好でなければ無理だろう。

そして、左脳のペースを落とすだけなら、息を吸って止めれば良い。
その時に、願望を単語にして心でゆっくり唱えたり、紙に書いたものを見ると良いだろう。
まずは、個人の潜在意識と親しむと良いと思う。それが一生出来ない人も少なくはない。
だから、せめて、個人の潜在意識は活用出来るようにしたいものである。








やってみよう!

私は、2度、見聞きして、「いいなあ」と心から思った言葉がある。

1度目は、ロンダ・バーンの『The Secret』のDVDの中で、作家で啓蒙家の ジャック・キャンフィールドの話の中であったものだ。
詳しいことは忘れたが、キャンフィールドは、売れない作家だった時、10万ドル(約一千万円)の紙幣か小切手を自作して、それを毎日必ず見る場所に貼り、その額を、今後1年の収入目標にした。
そうしたら、1年で、ほぼ、それと同額の収入を得た。
すると、彼の奥さんが「じゃあ、100万ドル(約一億円)ではどうかしら?」と言うので、キャンフィールドは「やってみよう!」と答えた。
そして、これも達成した。
この「やってみよう!」が非常に私の心に響いたのだ。

2度目は、最近、少し、ジョセフ・マーフィーの『マーフィー 世界一かんたんな自己実現法』を読み返したのだが、その中で、ジョセフ・マーフィーがある劇場で定例レクチャーをしている時、マーフィーが、
「何でもいいから『私は~である』と強くイメージしましょう。そうすれば、それが現実になります」
と言った時、受講者の1人の男性が、「やってみよう」とつぶやいた。
それから彼は、「私は裕福だ。私は幸せだ。私は最高の気分だ」と唱えることを習慣づけた。
それで、全てうまくいったという。

「やってみよう」というのは、「とりあえず、試してみよう」に近いニュアンスであり、決して、命懸けの決意というほどではないが、自主的に取り組もうという心構えを現わしている言葉だと思う。
自主的とは、積極的で前向きということだ。
「やってみよう」と一度でも言う者、思う者は、必ず成功するのである。
言い換えれば、「やってみよう」と言ったり、思ったりしない者は奴隷の人生を送る。
いくら勉強が出来て、いい学校を出ても、それが、「やらされた」ことで、自主的でないなら、そんなものに何の意味も価値もない。そんな者は、いくら学歴が立派でも、さっぱり充実しない人生を送るだろう。
つまり、人生で一番大切なことは自主性だ。

私が昔、最初の仕事だったセールスマンになったばかりの時、そこの会社では、その月で一番早く一千万円売ったら優勝というコンテストが行われた。
上司が、冗談だったと思うが、私に、「君もチャレンジしては?」と言うので、私は仕事の困難を知らなかったこともあり、
「やってみましょう」
と言ったのだ。
結果、ベテランセールスマン達を押しのけ、私が僅かな差で優勝した。
また、私がプログラマーになれたのも、プログラミングというものがあることを教えてもらった時に、「やってみよう」と思ったからだった。
一方、私が以前勤めていた会社にいた「まるで駄目男」とでも言うしかない男は、私が「君もプログラミングをやったら?」と言ったら、喜んで「やります」と言い、私が、「この本を読んだら?」とプログラミングの本を渡したら「読みます」と言うが、私が常に「やれ」「読め」と言い続けない限り、やらなかった。つまり、自主的でないのであり、こんな人間はプログラミングが出来るようにはならない。
彼は、人のいいなりで生きてきて、それしか出来なくなっていたので、まるで駄目男なのである。
しかし、ひとたび「やってみよう」と思えば、もう、まるで駄目男ではないのである。

ある国で、政治犯の男が逮捕され、3年に渡って投獄された。牢獄の中では、彼は、一切の発言を禁じられた。
3年後、彼は釈放された直後、「私は3年のマウナ(沈黙の行)を達成した」と宣言した。
だが、インドの聖者ラマナ・マハルシは、
「強制された沈黙はマウナではない。マウナとは自主的なものだ」
と、それを否定した。
ラマナ・マハルシは、十代の時、自主的に約2年のマウナを行ったのである。

ところで、最近このブログで度々書いたが、『ヒマラヤ聖者の生活探求 第3巻』で、イエス・キリストが、
「これだけやれば、他は忘れて良い」
と言った行である、「神という言葉をなるべく多く使う」を読んで、私は、「やってみよう」と思ったのだ。
どなたか、御一緒に。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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