私は、小説および戯曲の中でだが、愛さずにはいられない男女をそれぞれ見つけた。
男では、1948年の、アメリカのジャック・ウィリアムスンのSF小説『ヒューマノイド』に登場する26歳の数学者、フランク・アイアンスミスだ。
面子というものを持たず、何にも囚われることなく、気楽に天性のままに生きる彼は、相手が世界一の科学者でも9つの浮浪児の少女でも態度を変えることはない。
どんな人も嫌わず、誰にでも限りなく親切な不思議な男だ。
女性の方は、1939年の、フランスのジャン・ジロドゥの戯曲『オンディーヌ』のヒロインである15歳の水の精オンディーヌだ。
『オンディーヌ』((光文社古典新訳文庫) から、印象深い彼女の言葉を引用したい。
オンディーヌと、詩人の男性との会話である。
オンディーヌの方から、話しかける。
「あなた、詩人のかたですよね」
「そう言われております」
「あんまりきれいではないですね」
「そうも言われております。もっとこっそりと、ですが。」
オンディーヌは、限りなく正直である。
嘘は全く言えない。
しかし、悪意はない。
オンディーヌは、また、詩人に尋ねる。
「いちばん最初に書いた詩ってどんなでしたか?」
「いちばんできばえのいい詩でした。」
「どんな詩よりも?」
「どんな詩よりもすばらしいできばえでした。あなたがどんな女性よりもすばらしいのとおなじです。」
「自慢しながら謙遜するのね。その詩、朗読してみて下さい」
「あいにく、おぼえておりません。夢の中で書いて、目がさめたら忘れていました」
「いそいで書いておけばよかったのに。」
「じつはわたしもそう思ったんです。それで書きました。ですがちょっといそぎすぎました。夢の中で書いてしまって。」
オンディーヌ、優しく笑う。
戯曲『オンディーヌ』は、全編が、こういった実に可笑しく、素晴らしい機微に満ちた会話や表現に満ちている。
そして、これほどの荘厳な叡智が隠された作品はそうはない。
オンディーヌは、純粋そのものだ。
気持ちのままに話し、行動し、時に感情を乱すが、それは自分のためではない。
賢い王妃は、オンディーヌに、愛し合ってはいるが、騎士ハンスの前から消えるよう諭す。
「あなたは誰も騙せない。結局、すべての人間がいちばん嫌うものをつきつけてしまう」
「誠実ということですか?」
「いいえ、透明ということ。一点の曇りもないというのは人間にとって恐怖なのよ。それこそ最悪の秘密にしか見えない」
彼女を愛せば、人間なら必ず滅びてしまうだろう。
しかし、愛さずにはいられないのだ。
騎士ハンスがオンディーヌを愛したのも、彼女が世界で一番の美少女だからというだけではない。
魂を持たない少女を愛し、滅びるこほどの本望はないと感じるのである。
『オンディーヌ』も『ヒューマノイド』も電子書籍で読める。
『オンディーヌ』は、今は紙の本も容易に入手できるだろう。
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男では、1948年の、アメリカのジャック・ウィリアムスンのSF小説『ヒューマノイド』に登場する26歳の数学者、フランク・アイアンスミスだ。
面子というものを持たず、何にも囚われることなく、気楽に天性のままに生きる彼は、相手が世界一の科学者でも9つの浮浪児の少女でも態度を変えることはない。
どんな人も嫌わず、誰にでも限りなく親切な不思議な男だ。
女性の方は、1939年の、フランスのジャン・ジロドゥの戯曲『オンディーヌ』のヒロインである15歳の水の精オンディーヌだ。
『オンディーヌ』((光文社古典新訳文庫) から、印象深い彼女の言葉を引用したい。
オンディーヌと、詩人の男性との会話である。
オンディーヌの方から、話しかける。
「あなた、詩人のかたですよね」
「そう言われております」
「あんまりきれいではないですね」
「そうも言われております。もっとこっそりと、ですが。」
オンディーヌは、限りなく正直である。
嘘は全く言えない。
しかし、悪意はない。
オンディーヌは、また、詩人に尋ねる。
「いちばん最初に書いた詩ってどんなでしたか?」
「いちばんできばえのいい詩でした。」
「どんな詩よりも?」
「どんな詩よりもすばらしいできばえでした。あなたがどんな女性よりもすばらしいのとおなじです。」
「自慢しながら謙遜するのね。その詩、朗読してみて下さい」
「あいにく、おぼえておりません。夢の中で書いて、目がさめたら忘れていました」
「いそいで書いておけばよかったのに。」
「じつはわたしもそう思ったんです。それで書きました。ですがちょっといそぎすぎました。夢の中で書いてしまって。」
オンディーヌ、優しく笑う。
戯曲『オンディーヌ』は、全編が、こういった実に可笑しく、素晴らしい機微に満ちた会話や表現に満ちている。
そして、これほどの荘厳な叡智が隠された作品はそうはない。
オンディーヌは、純粋そのものだ。
気持ちのままに話し、行動し、時に感情を乱すが、それは自分のためではない。
賢い王妃は、オンディーヌに、愛し合ってはいるが、騎士ハンスの前から消えるよう諭す。
「あなたは誰も騙せない。結局、すべての人間がいちばん嫌うものをつきつけてしまう」
「誠実ということですか?」
「いいえ、透明ということ。一点の曇りもないというのは人間にとって恐怖なのよ。それこそ最悪の秘密にしか見えない」
彼女を愛せば、人間なら必ず滅びてしまうだろう。
しかし、愛さずにはいられないのだ。
騎士ハンスがオンディーヌを愛したのも、彼女が世界で一番の美少女だからというだけではない。
魂を持たない少女を愛し、滅びるこほどの本望はないと感じるのである。
『オンディーヌ』も『ヒューマノイド』も電子書籍で読める。
『オンディーヌ』は、今は紙の本も容易に入手できるだろう。
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