ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ジェームス・ファロン

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

坊ちゃんは天才だ

夏目漱石の『坊ちゃん』の出だしを憶えている人は多いと思う。
そうだ、「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている」だ。
私は、この一文だけで大感動するのだ。
こんな自覚がある者は、ただ者ではない。
だって、そうじゃないか?
自分がいつも損をする原因を、極めて明確に認識しているなんて。
シャーロック・ホームズ流に言えば、
「僕が損ばかりしている理由は純粋にして明晰なことさ。親譲りの無鉄砲だよ」
である。
ホームズには純粋で明晰なことも、普通の人には、とんでもない謎である。
普通の人は、自分が損ばかりしている理由なんて分からないのだ。

では、『坊ちゃん』の主人公は、自分が損をする理由が、どうして「無鉄砲」だと分かったのだろう?
この謎を解けば、あなたも、自分の最大の欠点を把握し、今後の人生では難を避けることが出来るのだ。
では、謎の解き方を説明する。
引き続き、『坊ちゃん』を参考にする。
「無鉄砲」とは、「向こう見ず」といった意味で、後先考えずに、猪突猛進することだ。
相手の実力を見極めもせず戦いを挑むことでもあるので、大将向きではないのはもちろん、武道家、スポーツ選手・・・いや、何にも向いていない。
確かに、「無鉄砲」の一種と言えなくもない「考えるより先に飛び込め」という気合や大胆さが成功につながることもあるのだが、意地や見栄だけで飛び込むのは馬鹿である。
坊ちゃんは、その意地や見栄で飛び込んでばかりいたのだろう。
そして、坊ちゃんは、「無鉄砲」とは全く反対の人間に、どこかで憧れを持っていたのだ。
「無鉄砲」という言葉は、よく見れば変というか、言葉としては間違っている。
本来、「無鉄砲」とは、「鉄砲がない」という意味だ。
ところが、「無鉄砲」という言葉は、自分を鉄砲玉と考え、狙いを付けずに飛び出すという意味になっている。
正しく言うなら、「無鉄砲」とは「無思慮」という意味なので(国語の学科として正しいかどうかは知らないが)、「無鉄砲」の反対は「思慮がある」「思慮深い」だ。
そして、そもそも、思慮がある者は、鉄砲なんて撃たない。
坊ちゃんは、思慮深い人間、鉄砲など撃たず、知恵で物事を解決する人間に、本当は憧れていたのだ。
だから、それと反対の無鉄砲な自分の性質を思い知ったのだ。
つまり、自分が、どんな人間に憧れるかを考えると良い。

あなたは、どんな人間に憧れるだろう?
私の場合、坊ちゃんに似ているが、自分と正反対の、「冷静沈着(沈着冷静)」な人間に憧れる。
私は、冷静さがなかったので、損ばかりしていたのだ(笑)。
当然ながら、私の憧れの的は、『魔法科高校の劣等生』の司波達也君や、『まちカドまぞく』の千代田桃だ。

勇敢な人間に憧れている者は、実際は、臆病な性格で損ばかりしているだろう。
禁欲的な人間に憧れている者は、いつも誘惑に負けて損ばかりしているだろう。
そして、魔法使いや超能力者に憧れている者は、魔法や超能力が使えなくて損ばかりしているのだ。
自分に欠けるものを持っているヒーローやヒロインをよく見て、脳内のミラーニューロンの素晴らしい力を使って彼ら彼女らと一体化することだ。
いや、単に、よく見て真似れば良いだけだ。
ただ、無理に同じようにやらなくて良い。見てるうちに、自然に出来るようになる。
それが、人間の脳のミラーニューロンの驚くべき機能だ。
私も、もうじき千代田桃・・・じゃなく、司波達也だ(笑)。
尚、ミラーニューロンに関しては、サイコパスを自認する神経科学者ジェームス・ファロンの『サイコパス・インサイド』で、サイコパスに関することと同時に学ぶと面白かった。








死中に活

自分がどの道に進むか決める時、普通は、自分の得意なことを基に考えるかもしれない。
それは正しいことであるが、それは、せいぜいが、そこそこにやっていけるようになる方法かもしれない。
自分では得意だと思っていても、世の中には、上には上がいる。
昔、CLAMPの『東京BABYLON』という漫画で見たが、地方の町で、子供の時から「可愛い」ともてはやされた女の子が、芸能人になるために東京に出てきたが、芸能界の中では、自分など全く大したことはないことに気付くという話があった。
また、面白い話と思うが、昔、「怪物」と言われた無敵のプロボクシング世界ヘビー級チャンピオンだったジョージ・フォアマンが、「私より強い若者なんかいくらでもいる」と言ったらしいが、彼がそう言ったのは、謙遜もあるかもしれないが、案外に、本心かもしれないと思うのだ。

週刊文春・2012年3月22日号で、宗教人類学者の植島啓司氏は、ミュージシャンのジョージ・マイケル(2016年のクリスマスに死去)が、「スーパースターになるのに特別な才能があるんじゃなくて、むしろ、何かが失われている(からスーパースターになれる)」と言った話を引用していたが、この世界では、何かを持っていることより、何かに決定的に欠けていることが強い武器になる。
ならば、自分が得意なことではなく、自分の深刻な欠点を探した方が良いかもしれない。
(植島氏は、初音ミクさんに決定的に欠けているには「成熟」で、だからこそ我々の心を鷲掴みにすると述べている)

世界的な神経科学者のジェームス・ファロンは、自分は変だと薄々気付いていたのかもしれないが、ある時、偶然、自分の脳が、凶悪殺人犯と全く同じ特徴を持っていることに気付いたという。その欠点が彼を、脳と精神の分野の研究で大成功させたに違いない。

そして、誰にでも、決定的な欠点・・・どうしようもなく欠けているところはあるはずだ。
大富豪の実業家で、映画製作者で、パイロットだったハワード・ヒューズは、病的な潔癖症で、毎日、何時間も手を洗い、人が触ったドアに触れられなかったが、それが彼の才能を引き出したに違いないのだ。

あなたには、どんな致命的欠点があるのだろう?
他人が怖くて、学校に行けず、就職も出来ないとか?
あるいは、ロリコンの変態とか?
だが、ただ欠点があるだけでは、やはり、地面を這う人生にしかならない。
それを力に変える錬金術が必要なのである。
そこで、イギリスの作家コリン・ウィルソンが話していた、彼の子供時代の話を思い出す。
弟と一緒に森で迷い、歩き回って疲れ果て、雨まで降ってきて身体が冷えた。
それは、どうしようもない欠点にあがく人生のようだ。
そこでコリンはどうしたか?
弟の手前、強気に振る舞ったのだ。
それで、彼らは命が助かった。
所詮、自分を鼓舞してしゃんとするしかないのだ。
自己憐憫に浸る愚か者には墓場しかないのだと思う。













当ブログ著者、KayのAI書。
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優れた人間を見、愚かな人間を見るべきでない理由

『無門関』という、禅語の解説書の中に「倶胝竪指(ぐていじゅし)」というお話がある。
「倶胝竪指」とは、「倶胝和尚さんは指を立てる」くらいの意味と思う。
昔、何を聞かれても人差し指を1本立てる倶胝という和尚さんがいたが、倶胝は、自分の真似をした小坊主の人差し指を切り落とす。
泣き叫んで飛び出していこうとする小坊主を呼び止め、小坊主が振り返ると、倶胝は指を1本立てた。すると、小坊主は悟った。

このお話の意味について、私は、時々良い解釈を思いつき、その時は素晴らしい解釈が出来たと思っていたのに、今では、そのどれも覚えていない。
ちなみに、倶胝和尚さんが小坊主の指を切り落としたというのは、あまりマジに受け取らない方が良いかもしれない。
要は、小坊主には、もう指がないということが大事なだけだ。
それで今はもう、私は解釈しないが、こんなことは言えるかもしれない。
指のない小坊主に、倶胝が指を立てて見せた時、何が起こったか?
頭の中で、小坊主も指を立てたのである。
人間の脳には、ミラーニューロンと言って、他人が動作するのを見ると、脳内では、それと同じ動作をする変化が起こるのである。
TEDでも講演した優れた神経科学者・脳科学者のジェームス・ファロンの『サイコパス・インサイド』という本にあるが、ゴルフクラブなど見たこともないという民族の前で、著者の弟が見事なゴルフのショットを見せると、老人を含め、皆が次々と素晴らしいショットをした。彼らは、文明に侵されていない分、ミラーニューロンの働きが良いのかもしれない。

倶胝が指を立てるのを見て、滅茶苦茶に荒れていた小坊主の心がすーっと静まったのだ。
つまり、人差し指を立てることには、そんな効果がある。
他にも、息を止める、腹に力を込める、肛門を締める、足の親指に力を入れるなどの、心を静める方法があるが、これらは、外から見て分からない。
しかし、人差し指を立てる動作は、見てよく分かるので、ミラーニューロンの働きで、見ている者も、指を立てているのと同じ脳内の変化が起こる。

初音ミクさんは、コンサート中、本当によく人差し指を立てる。
「感謝祭」の時の『StargazeR』『1/6』、「マジカルミライ」の『ヒビカセ』『エイリアンエイリアン』等だが、他にもあると思う。
それも、肯定的な影響を起こしているのに違いない。

人間のミラーニューロンの働きを考えると、見るべきは優れた人間であり、決して下らない人間のやることを見てはならない。
しかし、ほとんどの人が、その逆をやり、優れた人間を無視し、馬鹿な人間を注視するのである。
それで、世の中、愚か者だらけになるのかもしれない。
植芝盛平や塩田剛三等の演武を見る価値は、我々が思っている以上である。
達人が、普段、目を伏せ、他人を見ないのも、程度の低い人間の影響を避けるためではないだろうか?
また、面白いことに、我々は、イエス・キリストや釈迦の姿を幻視することが出来る。
初音ミクさんだって、コンサートも良いが、頭の中のイメージの方が美しいのである。
身近に手本とすべき者がいなければ、想像の優れた人物を見れば良いのである。
例えば、物静かでありながら威厳ある王の姿を想い描くのである。
あなたの理想の人物を常に心に置いておくと良いだろう。
絵画を参考にするのも良いと思う。









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葬式、および、死者について

最近、親戚の葬式というものに参列した。
亡くなったのは、血縁こそないが、私とそう遠くない人である。

私は、葬式にはいつも、かなりの嫌悪感を感じる。
私は、親や親友が死んだ時でも、悲しいという感情は全く持たなかった。
だが、葬式では、参列者全員、特に、親族や身近だった人ほど、「悲しみが強くないといけない」ということにさせられてしまう。
皆、本当に悲しいのだろうか?
私がサイコパス(良心を持たない人間)だからかもしれないが、私には、彼らが本当に悲しんでいるとは、とても思えないのだ。
亡くなった人の親か、せいぜい、息子や娘までなら、まだ良いが、孫や、それ以外の人達まで泣いているのを見て、私は異様としか感じなかった。
そして、葬式を運営する冠婚葬祭会社が、いっそう、悲しみムードを盛り上げる演出をするのには、腹が立つとか、呆れる・・・とまでは言わないし、仕事なんだから、笑っちゃうとも言いたくないが、まあ、「やれやれだ」というところである。
全体として、不快、不愉快、虫唾が走る、吐き気がする・・・もっと穏かと思える言い方をするなら、拒否感をもよおす。

科学的に自分がサイコパスであることを認めている著名な神経科学者のジェームス・ファロンは、死んだ少女とその遺族の前で、少女が着ている服を見て、「なんて可愛いドレスなんだ」と言ったらしい。
ファロンも、それが世間的には異常な言葉だと認識出来るらしいが、私には少しもおかしいと思えない。
無論、死者の尊厳を踏みにじるようなことを言ったりしたりしてはならないが、その理由を、私は次のように考える。
まず、死んだばかりの人には、人間としての権利を認めた方が良いからである。
それによって、生きている人間の権利を軽んじることが少なくなると思えるからだ。
そして、死者は、自分で権利を主張する言動が出来ないのだから、我々は、死者に対し、可能な限り、良い意味の代弁をしてあげたり、優れた意思を持っていたと考えてあげるべきなのである。
だが、着ているドレスを誉めることが、死者を貶めるという理由は全くないと思う。
死者が着ている服や容姿、その他、あらゆることを貶すことはしてはならないが、誉めることは構わないはずである。

しかし、本当は、最も良いのは、死者に対して、何も考えないことなのだ。
なぜなら、人間の考えなんてものは、全てとは言わないが、往々にして、下らないものになり勝ちだからで、それによって、かえって死者を貶めることなりはしないだろうか?
だからこそ、私は、自分が死んでも、それを誰にも知られないのが一番だと思っているし、葬式などは決してしないよう常に言っており、早急にそんな遺言書を作ろうと思う。

人が死ぬことや葬式に対する世間への苦情は、まだ色々あるが、とりあえず、このくらいにしておく。









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ついに「私」を発見した

人がなぜ生きようとするかというと、遺伝子の中に「生きろ」とプログラミングされているからだ。
他にどんな理由もない。
(ただし、生きなければならないのは遺伝子自身なのだがね)
生きるためには力が必要なので、人間は強くなろうとする。
体力的に男に劣る女は、強い男を得ようとする。
ところが、脳の発達によって、様々な体力に優る力が出来、それを得る女も多くなってきた。
最たる例がヒラリー・クリントンで、彼女が大統領を目指したのは、別に崇高な理念があった訳ではなく(本人はあると思っているかもしれないが)、単に生きるプログラミングを働かせただけである。
彼女の夫のビル・クリントンが若い女性とせっせと不倫するのも、遺伝子を生かすというプログラミングが働いているだけで、彼は強い人間なのだから、遺伝子からすれば正しい行動なんだろう。

社会的な弱者にも、生きるプログラミングが働いているので、自分の能力の範囲で、生きるためにあれこれするが、それは、滑稽だったり、醜悪だったりする。
例えば、同情を買う芸だけで生きている・・・というより、それで生きられると思って、その芸に頼る愚か者もいる。

共感に欠ける人間は、生きるプログラミングに従うと、自尊感情がどんどん高まり、それを満たすために、平気で嘘をつく。
それがサイコパスである。
高名な神経科学者ジェームス・ファロンは自分で認めるサイコパスだが、サイコパスの特徴は、彼の親しい友人が、彼に対して持っている、本音の評価に表れている。
ファロンは、あえてそれを聴いたのだから偉いし、さらに、それを公開したのだから、物凄く偉い。
「人を操る」、「魅力的だが狡猾」、「狡知に長けたガキ大将」、「自他にかかわらず不誠実だ」、「自己愛的」、「表面的で軽薄」、「いざというときに信頼できない」、「自己中心的」、「深く愛することができない」、「恥知らず」、「まったく良心の呵責がない」、「巧妙な嘘をつく」、「法律や権威、社会のきまりに対して無頓着」、「都合のいい道徳だけで生きている」、「無責任」、「完全に無感情」、「冷たい」、「共感性に欠ける」、「情緒的に浅い」、「偉大なり、この私は」、「病的虚言者」、「他責的」、「完全な自信過剰」、「いつも退屈している」、「騒ぎを求めている」、「絶えず刺激を欲しがる」、「恐れ知らず」、「自分も他人も巻き込んで非常な危険に追いやる」、「非常に人気があるが、多くはうわべだけの関係でしかない」、「いかなる罪悪感もない」
~『サイコパス・インサイド』(ジェームス・ファロン著、影山任佐訳、金剛出版)より~
ファロンの高い知性とエネルギーでのみ可能になるものを除き、全く私にあてはまる。
「偉大なり、この私は」・・・もう笑うしかない。これが、「ザ・私」だ。
中村天風なんて人は、全部当てはまるのではないだろうか?

だがまあ、抗っても仕方がない。
抗えないのだ。
ただ、他者の生きるプログラミングとの間に争いを起こさないよう、せいぜい気をつけるべきなのである。それが知性ってものだ。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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