数学、コンピューター、数学、児童心理学等で高い業績を上げたシーモア・パパートは、3歳か4歳に自動車のエンジンの中で動く歯車を見て以来、日常の簡単なことから数学の難しい問題まで全て、頭の中で歯車を動かして考え、そのおかげで、自分の能力は平凡なのにいろいろな成果を出すことが出来たと著書にも書いている。
それで、彼は、これが、いろいろな子供にとっての歯車になると思い、プログラミング言語LOGOを開発したようだ。だが、LOGOは非常に面白い部分はあるが、歯車というには複雑過ぎ、また、自由度がないように思う。
パパートの歯車は、思考を超えたもので、思考に現れる部分は非常に単純だ。
そして、遊び心を起こさせる楽しいものだ。
だが、このパパートの歯車をどう理解すれば良いかは、パパート本人にも分かっていなかったかもしれない。
こんな時は、他の人が「私にとっての(歯車は)これだ」と言ってくれれば参考になるが、そんな話は聞かない。
それで言えば、私には線形代数・・・なんて言い方をすると格好良いが、早い話が一次方程式・・・と言うのも、まだまだ気取り過ぎで、ただの算数計算・・・その中でも2桁の計算で、実際はおそらく九九である。
私は、プログラミングも単純な九九に基いて出来るし、相手が嘘を言っているかどうかも、九九で分かる。つまり、聞いていて「ろくしち42」と感じたら本当のことを言っていて、「ろくしち44」というような違和感を覚えたら、相手が嘘を言っていると分かる。
なぜ分かるのかと言うと、「分かってしまうのだから仕方がない」である。
それで、こんな話が、それに関連すると感じて、興味深く思った。
私は非常に苦手なのだが、人の顔と名前を憶えることが得意な人がいる。
ある美容師が、客の顔、名前を全部憶えていると言うが、そんな人も、パパートの歯車のようなものを使っている。
それが何か分からないし、本人も、説明出来ることではないので、人に言わないのだと思う。
だが、そのような能力は、単に便利というだけではなく、予想外に有益なのである。
大抵は、子供の時から得意だったことを考えれば、自分にとってのパパートの歯車は見つかる。
上の美容師のように、人の顔と名前が憶えられるとか、私も実際に知っているが、幼い時から自動車の型(クラウン、カローラ等)が完全に分かる子がいた。
その能力をもたらすものを、頭で理解していなくても、ぼんやりと使い方が分かれば、大きな力になる。
得意なことと言っても、必ずしも人に評価されるとは限らず、「妙なことが出来る」と感じる程度かもしれないが、それを使うことは気分が良く、いつまでも飽きず、楽しいものである。
そんなものは、「あれ、僕、変なことが出来るぞ」とか「他の子は出来そうにないのに、僕にだけ出来るぞ」と思うかもしれない。
私にも、いくつか思い当たる。しかし、その根底にあるのが、私には九九なのである。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)マインドストーム(シーモア・パパート)
(2)見えるものと観えないもの(横尾忠則)
(3)私の声はあなたとともに ~ミルトン・エリクソンのいやしのストーリー ~
(4)生きるチカラ(植島啓司)
(5)岡本太郎の遊ぶ心(岡本敏子)

AIアート1997
「あかね雲」
Kay
それで、彼は、これが、いろいろな子供にとっての歯車になると思い、プログラミング言語LOGOを開発したようだ。だが、LOGOは非常に面白い部分はあるが、歯車というには複雑過ぎ、また、自由度がないように思う。
パパートの歯車は、思考を超えたもので、思考に現れる部分は非常に単純だ。
そして、遊び心を起こさせる楽しいものだ。
だが、このパパートの歯車をどう理解すれば良いかは、パパート本人にも分かっていなかったかもしれない。
こんな時は、他の人が「私にとっての(歯車は)これだ」と言ってくれれば参考になるが、そんな話は聞かない。
それで言えば、私には線形代数・・・なんて言い方をすると格好良いが、早い話が一次方程式・・・と言うのも、まだまだ気取り過ぎで、ただの算数計算・・・その中でも2桁の計算で、実際はおそらく九九である。
私は、プログラミングも単純な九九に基いて出来るし、相手が嘘を言っているかどうかも、九九で分かる。つまり、聞いていて「ろくしち42」と感じたら本当のことを言っていて、「ろくしち44」というような違和感を覚えたら、相手が嘘を言っていると分かる。
なぜ分かるのかと言うと、「分かってしまうのだから仕方がない」である。
それで、こんな話が、それに関連すると感じて、興味深く思った。
私は非常に苦手なのだが、人の顔と名前を憶えることが得意な人がいる。
ある美容師が、客の顔、名前を全部憶えていると言うが、そんな人も、パパートの歯車のようなものを使っている。
それが何か分からないし、本人も、説明出来ることではないので、人に言わないのだと思う。
だが、そのような能力は、単に便利というだけではなく、予想外に有益なのである。
大抵は、子供の時から得意だったことを考えれば、自分にとってのパパートの歯車は見つかる。
上の美容師のように、人の顔と名前が憶えられるとか、私も実際に知っているが、幼い時から自動車の型(クラウン、カローラ等)が完全に分かる子がいた。
その能力をもたらすものを、頭で理解していなくても、ぼんやりと使い方が分かれば、大きな力になる。
得意なことと言っても、必ずしも人に評価されるとは限らず、「妙なことが出来る」と感じる程度かもしれないが、それを使うことは気分が良く、いつまでも飽きず、楽しいものである。
そんなものは、「あれ、僕、変なことが出来るぞ」とか「他の子は出来そうにないのに、僕にだけ出来るぞ」と思うかもしれない。
私にも、いくつか思い当たる。しかし、その根底にあるのが、私には九九なのである。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)マインドストーム(シーモア・パパート)
(2)見えるものと観えないもの(横尾忠則)
(3)私の声はあなたとともに ~ミルトン・エリクソンのいやしのストーリー ~
(4)生きるチカラ(植島啓司)
(5)岡本太郎の遊ぶ心(岡本敏子)

AIアート1997
「あかね雲」
Kay




