ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ザ・ケルン・コンサート

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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ただやることで奇跡が起こった

私が小学4年生の時の超常現象の話をしようと思う。
私は学校で忘れ物が非常に多く、そのために教師や親によく怒られていたが、自分ではどうしようもなかった。
学校に興味がないとはいえ、散々教師や親にひどい目に遭わされても憶えないのは、少し前に書いたが、私は脳の欠陥で短期記憶の能力がなく、忘れると言うよりは、最初から憶えていないのだろう。
大人になってからはメモを取るようになったが、後でメモを読み返すと、書いたことを憶えていないメモが大半で、やはり私には短期記憶の能力がないのだと思う。

ところが、その小学4年生のある日、忘れたでは済まされない忘れ物をしてしまい、この時ばかりは絶望的な気分になった。
それで、休み時間になった時、家に取りに帰ろうと決心した。
しかし、私の家と小学校はかなり遠く、通学は片道30分はかかっていた。
距離は少なくとも1km・・・多分、1.5kmはあった。
それを、休み時間の10分で往復するのは不可能である。
(普通の高校生男子で1.5kmは5分強)
私は、授業時間の開始時に教室にいなかったことはなかったが、この時は、遅れてしまっても、その忘れ物がないよりマシと思ったのかもしれない。
ただ、実際は、もう何も考えていなかったと思う。
そして、家に帰って忘れ物を取り、学校に戻ってくると、生徒達が校庭で遊んでいるのを見て、不思議な感じがした。
間に合ってしまったのだ。
しかも、ほとんど疲れていなかった。
江戸末期の神道家、黒住宗忠が、あり得ない距離と時間で移動した話が有名だが、彼はイエス・キリスト並の奇跡の力を持っていたと伝えられている。
だが、イエスも言ったように、こういうことは、やろうと思えば誰でも出来るのである。
そして、私に出来た理由は、「遅れまい」とか「遅れたらどうしよう」という想いがなかったことはもちろん、一切の思考が消えていたからだろう。
いつも言う通り、人間は思考を消せば全知全能なのである。

パパの書斎
AIアート202
「パパの書斎」
Kay


『灼眼のシャナ』の漫画で、死にゆく坂井悠二が(まあ、生き返るのだが)、シャナに、
「大事なことは、ただやるってことなんだ」
と言うのを印象深く憶えている(原作小説も読んだはずだが、ちょっと憶えていない)。
私の小学4年生の時の奇跡も、何も考えず、ただやった(走った)から起こったのである。

ジャズ・ピアニストのキース・ジャレットが、1975年の「ザ・ケルン・コンサート」で奇跡の演奏が出来たのも、夜の11時半で、しかも疲れ切っていて、その上、ピアノは会場の大きさからいって小さ過ぎる上に壊れている・・・そんなどうしようもない状況で演奏を決心したジャレットは、もう何も考えずにやるしかなかったからである。
それで、地球の歴史に残るほどの、とんでもない奇跡の演奏になったのだ。








困難があった方が絶対良い

私が好きな宗教人類学者の植島啓司氏のWebサイト「宗教学講義 Cours des Religions」の中の、
2012 週刊文春 3/22号:「世界の全ての記憶」 植島啓司 14
は、植島氏が、初音ミクさんのことと共に、非常に重要なことを語っている。
植島氏も引用しているクライブ・ブロムホール著の『幼児化するヒト』を再引用すると、

 ゲイであることを公表しているポップスターのジョージ・マイケルは、自分の持つ特殊な才能について聞かれたときに、こう答えた。「君にはわからないよ。スーパースターをつくる何か特別なものがあるわけじゃない。むしろ、何かが失われているんだ。」(クライブ・ブロムホール『幼児化するヒト』)

というが、ジョージ・マイケルのようなスーパースターに限らず、天才というものは、「何かが欠けている」、つまり、「普通の人が持っているものを持っていない」人間であるということは、よく言われる。
私がぼんやり覚えている例で言えば、こんなものがある。
ある7歳の少女が、レオナルド・ダ・ヴィンチを思わせるような精密な馬のデッサン・・・筋肉や骨格も正確に描くという天才的な絵の才能を示した。
けれども、彼女は言語中枢の発達が遅れており、同じ歳の他の子供に比べ、話す能力はかなり劣っていたようだ。
ところが、やがて、彼女の言語中枢が発達し、うまく話すことが出来るようになったら、素晴らしい絵を描く能力がなくなってしまった。
つまり、会話能力が欠けていることで、その補償であるかのように、絵画能力が異常発達したと考えられるのである。

アメリカのテレビドラマ『大草原の小さな家』で、主人公で10歳くらいの少女ローラが、同じ歳くらいの、生まれつき脚に障害のある少女オルガと仲良くなったが、オルガがその脚の障害のために辛い思いをするのに同情し、ローラも悲しく思っていた。
すると、ローラの父親のチャールズは、
「何かに欠けている人は、その分、別のことで優れているところがあるものだ」
と言ってローラを慰めるが、それはただの慰めではなく、真実である場合も多いということだろう。

ただ、1つ注意すべきは、欠陥、即、能力ではなく、ジョージ・マイケルが言ったことから推測されるのは、「何かが失われていることが、スーパースターをつくる」ということだ。
つまり、欠陥があることによって、それを補うために、別の能力が発達してくるということだ。

そして、これは、身体的障害だけではなく、貧困であるとか、容姿が醜いとか、その他のことで恵まれないといった外部の問題も含むのだ。
そういえば、TEDでも「不都合がある方が、良い成果を出せる可能性がある」というテーマで講演した人もいた。
その講演で話されていたが、ジャズ・ピアニストのキース・ジャレットが、「不眠と疲労」「腰痛」「壊れた小さ過ぎるピアノ」といった最悪の条件の中で即興のソロ演奏をした『ザ・ケルン・コンサート』が、400万枚以上のセールスを記録し、「最も売れたジャズのソロ・アルバム、最も売れたピアノ・ソロ・アルバム」と言われている。

だから、天才になりたければ、あるいは、超人的な成果を上げたければ、不利な条件を喜ぶことだ。
「苦難よ来たれ」と宣言し、条件が良過ぎれば、むしろ引く位の心構えがあっても良いかもしれない。

ちなみに、上の植島啓司氏の記事で、初音ミクさんに欠けているものは「成熟」であると、植島氏は指摘しておられた。
これも、なかなか深い洞察であると思う。
ところで、上に出て来た、クライブ・ブロムホールの『幼児化するヒト』によれば、「ロリコン」「負け犬」「同性愛」は、必然だったということになるかもしれない。








気分が良ければ願いが叶う|これで気分は最高になる

信頼あるスピリチュアルな啓蒙家の一致する見解は、「気分が良ければ願いは叶う」だ。
ただ、本当に気分が良いということはどういうことか、大きな誤解をしている人が多いが、それを言葉で言うのは難しい。
人間にとって、一番気分が良い時というのは、ぐっすり眠っている時だ。
例えば、初音ミクさんのライブで、本当に気分が良いなら、それは、ぐっすり眠っているようなものなのだ。
こう言うと、変に思うかもしれない。
では、こんな話はどうだろう?
将棋の名人の対局中の脳波は、熟睡している時の脳波と同じらしい。
つまり、真剣勝負の最中なのだが、脳の状態としては、その名人は熟睡しているのである。
だから、きっと、将棋の名人は勝負に集中している時は、最高に気分が良いのだ。
そして、そんな時、名人には、「勝ってやろう」なんて欲望はないのである。
美空ひばりさんの『柔』という名曲で、「勝つと思うな 思えば負けよ」とあるのが、そんなことを感じさせる。
この歌を作詞した関沢新一さんは、本当に奥深い人で、名曲の作詞をしているが、『モスラ対ゴジラ』(1964)や『ウルトラマン』などの脚本を書いていたりもする。
彼は、本当に人間をよく知っていたから、幅広いことで人を喜ばせることが出来たのである。

インドの聖者ラマナ・マハルシが、こんなことを言っている。
「心からの願いが叶った時、心はあるべき場所に戻り、真我(本当の自分。魂)を楽しんでいるのだ」
マハルシは、真我の座は、胸の中央から、指2本分右にあると言う。
そして、そこに心を戻すには、「私、私、・・・」と想えば良いと述べている。
簡単に言えば、心で「私」と唱えれば良いのだろう。
マハルシは、「私」こそ、最高のマントラ(真言)で、いつも「私」と唱えることを勧めることがあった。
心を「あるべき場所」、つまり、真我の座に戻せば、最高に気分が良いのであり、そのためには「私」と心で唱えれば良い。
すると、良いことも起こるのである。

Amazonで、共に300円くらいの電子書籍だが、
『宇宙にゆだねるだけで、願いはすぐに叶う!』
『何もしなくてもお金がどんどんやってくる!』
という本があって、共に200前後の評価があり、概ね肯定的評価がされている。
この2冊は、著者名は違うが、内容があまりに似ていて、おそらく、同一の著者なのではと思う。
これらの本の一貫した主張が「気分が良ければ全て思い通りになる」であるが、肝心の気分を良くする方法については、ほとんど書かれていない。
しかし、それに関しては、上に述べたようにすれば良い。
あるいは、ごく簡単に、
「私は気分が良い」
「私は最高の気分だ」
と、心で唱えれば良い。
これまで、このブログで何度も書いたように、「私は〇〇だ」と唱えれば、そうなるのだから。
あるいは、キース・ジャレットの奇跡のピアノ演奏『ザ・ケルン・コンサート』を聴けばどうかと思う。
ジャレットが、体調最悪の中、壊れた小さなピアノで弾いたピアノ・ソロ・コンサートで、最も売れたジャズのピアノ・ソロ・アルバムである。








希望の未来か、速やかな破滅かの選択の時

第二次世界大戦後、日本は奇跡の復興を遂げたと言われる。
そして、松下幸之助さんのどれかの本に書かれていたと思うのだが、その中でも、特に復興が早かったのが、原爆が投下された広島や長崎であったという。
どういうことかと言うと、人間というのは、困難があるほど力を発揮するということなのだ。

困難があるほど大きな力を出すというのは、紛れもない事実で、不利な条件はむしろ恵みなのである。
逆に言えば、恵まれ過ぎていることは、本当は不幸なのである。
これについて、私は、「ザ・ケルン・コンサート」を覚えておくべきと思っている。
1975年に、ドイツ(当時、西ドイツ)のケルンのオペラハウスで行われた、ジャズピアニスト、キース・ジャレットによる即興ソロ・ピアノ演奏会だ。
コンサートが開始された時間は、夜の11時半。
ジャレットは、数日間の不眠、サポーターを巻いた腰の痛み、しかも、スイスのチューリッヒから563キロを5時間かけて車を運転してきたばかりだった。
そして、さらなら困難があった。
手違いで適切なピアノが届かず、そこにあったのは、この広いオペラハウスには小さなピアノで、しかも、そのピアノは壊れていて、高音と低音が駄目でペダルもうまく動かなかった。
当然であるが、ジャレットはいったんは演奏を断った。しかし、コンサートを主催した17歳の女子学生の立場を思いやって演奏を行うことにしたが、ジャレットは、この小さなピアノで、後ろのお客さんにも聴こえるよう、中腰で立って力強く鍵盤を叩かなければならなかった。
だが、すぐに、奇跡が起こっていることが分かった。
収録された演奏は400万枚以上売れる名演奏となり、最も成功したジャズのソロ・アルバムになった。
皆さんも、聴けば、その素晴らしさが分かると思う。
多くの困難があったからこそ、こんな奇跡が起こったのではないかと思われるのだ。

日本では、近年に、1995年の阪神・淡路大震災、2011年の東北地方太平洋沖地震といった大地震が起こったが、はからずもそれが、再び、日本の奇跡の力を世界に見せ付けることとなった。
ただ、東北大震災に関しては、福島原発事故の問題が今も続いている。

ところが、今回の新型コロナウイルスについては、かなり違っているのである。
これが収束した後、再び大復興を遂げれば良いというものでは決してない。
このウイルスにより、人類の有り様そのものが間違っていたことが明らかにされたのだ。
オリンピックを初めとするスポーツの巨大イベント(日本では高校野球甲子園大会が代表的なものになる)により、一部の者達が暴利を貪るために、スポーツが捻じ曲げられ、崇高な面が失われていることを利権者達は隠そうとしているが、もう騙されてはいけない。
今のようなオリンピックであれば、中止ではなく廃止をすぐに決めないと、人類は終わりかねない。
そして、今の形の、生徒を洗脳し、権力者に都合の良い偏見を叩き込むための学校はあってはならないものである。
教育は不要で、必要なものは学習であり、そのために必要なことは既に分かっている人達が沢山いるので、教育で利権を貪る者達が去りさえすれば、正しい学びを始めることが出来る。
残念なことに、これらのことは、新型コロナウイルスが来なければ、いつまでも解決されないまま時間が過ぎ、人類は暗黒時代を迎えるはずだった。
今、我々は、希望の未来か、速やかな破滅かの、いずれかを選ばねばならないのである。













当ブログオーナーKayによるAI書籍。

ソニーの無料WindowsアプリNNCを使い、誰でもAIを自分で作れる。
Excelが使えれば、数学、プログラミング不要で、面白いテーマを実習しながらAIリテラシーを習得出来ます。

奇跡は「起こる」のか「起きる」のか

何度かご紹介した、教育学者の七田眞さんの著書に書かれていた奇跡の口癖(これをずっと唱えていたホームレスが宝くじで1憶円を2回当てた)「神様の奇跡が起こる」は、人によっては馬鹿げていると思うかもしれないが、私は理に適っていると思う。
エミール・クーエの有名な自己暗示「毎日、あらゆる面で私はますます向上していく」と似た面もあるが、むしろ、「神様の奇跡」の方が少なくとも日本人には合っていると思う。

ところで、この「神様の奇跡が起こる」で、ちょっと気になることを思い出す。
Mitchie Mさんによる初音ミクさんの歌『FREELY TOMORROW』の中で、「奇跡は起きる」と歌われていることである。
これは、考えてみると、意外と面白いし重要だ。

1億円の口癖「神様の奇跡が起こる」
 FREELY TOMORROW「奇跡は起きる」

まず、最初に言っておくと、日本語的にはどちらも正しい。
NHK放送文化研究所の「最近気になる放送用語」の「起きる?起こる?」によれば、元々は、

人・動物が主語の場合「起きる」(例:早く起きる子供)
出来事が主語の場合「起こる」(例:偏食が原因で起こる病気)

であったようだ。
ただ、「早く起こる子供」は駄目だが、「偏食が原因で起きる病気」は問題ない。
「早く起きる子供」で、どうしても「起こる」を使いたければ、「子供の早起き」を主語にし、「子供の早起きが起こった」とでも言うしかない。

そもそも、「起きる」とは、横になった状態から縦になる(上半身を起こしたり、立ち上がったりする)ことで、病気、地震、台風の「起きる」は「発生する」という意味である。
「起きる」は、本来は、「起き上がる」専用。
「起こる」は、「発生する」「生じる」「芽生える」「産まれ出でる」等の言葉を代用する。

「奇跡が起きる」には、少し、人為的な雰囲気があると思う。
一方、「奇跡が起こる」には、非常に珍しいことが偶然起こった、あるいは、神様が起こしたという印象があるのではないかと思う。
例えば、正義のヒーローが、絶対勝てないと思える強い悪に立ち向かい、奇跡の勝利を得た場合、「奇跡が起こった」では、全くの偶然の勝利のように感じ、頑張った正義のヒーローに対し、失礼かもしれない。
だが、「奇跡が起きた」なら、正義のヒーローの頑張りがあってこそという意味合いが感じられるような気がする。
まあ、これも微妙なのだが。

まとめると、私見かもしれないが、
「奇跡が起きる」=「人と神の共同作業」
「奇跡が起こる」=「神の業」
と思えるのである。

1億円を当てたホームレスは、自分は何もせず、ただ「神様の奇跡が起こる」と唱えていたので、仏教でいう「絶対他力」であり、まさに、「神様の奇跡が起こる」が合う。
一方、『FREELY TOMORROW』の「奇跡は起きる」は、特にミクさんのような溌溂とした少女が歌っていると、人間も頑張っているのだと感じるし、歌全体を聴いてもそう感じるように思う。
口癖にする場合、完全に神にまかせるなら「神様の奇跡が起こる」「神様の奇跡」、神と自分とのパートナーシップを想う場合は「神様の奇跡が起きる」「奇跡は起きる」で良いかもしれない。

そういったこと(自分と神の協力関係)を感じる話がある。
ザ・ケルン・コンサートだ。
1975年にドイツのケルンで行われた、ジャズピアニスト、キース・ジャレットのピアノソロ演奏会である。
この時、ジャレットはスイスのチューリッヒから563キロを5時間かけて運転してきたばかりで、しかも、数日間の不眠もあって、体調は最悪だった。
さらに、演奏用に用意されていた、会場の広いオペラハウスに合わない小さなピアノは壊れていて、高音部と黒盤とペダルは使えなかった(手違いで正式のピアノが届かず、そこにあったこのピアノしかなかった)。
ジャレットはそのピアノを見て、いったんは演奏を断ったが、主催した少女の立場を思いやって気力を奮い起こした。
ジャレットは、この小さなピアノで大きな音を出すために、中腰で力強く鍵盤を叩かなければならなかった。
だが、演奏が始まると、すぐに、奇跡が起きていることが分かった。
この演奏の録音こそが、400万枚を売り上げた、最も成功したジャズのソロアルバムである。
偶然に奇跡が起こったのではないし、ジャレットが奇跡を起こした訳でもない。
ジャレットに神が味方して起こった奇跡・・・奇跡が起きたのである。
初音ミクさんが歌う『FREELY TOMORROW』にも、私はそんなことを感じる。
2011年8月20日、『FREELY TOMORROW』は、初音ミクさんのよく知られた静止画1枚だけの動画としてニコニコ動画に登場し、わずか20日と6時間ほどで100万回再生したのは、2017年7月にハチさん(米津玄師さん)の、「マジカルミライ2017」のテーマ曲として大いに宣伝されたアニメーション付の『砂の惑星』が記録更新するまでの約6年の間、最速記録だった。

『FREELY TOMORROW』はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスにより、著作権者により利用を許可されている。
FREELY TOMORROW (楽曲ファイルの無料入手もこちらから)

以下に、 Mitchie Mさんの最新アルバム『バーチャル・ポップスター』と、初音ミクさんがライブで『FREELY TOMORROW』を歌う『マジカルミライ2014』をご紹介しておく。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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