大音楽家であったモーツァルトのフルネームはヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトで、アマデウスとは、ラテン語で「神に選ばれし者」という意味だ。
この「アマデウス」という名がモーツァルトの代名詞になっている。
1984年の映画『アマデウス』は、モーツァルトの生涯を描いた異色な映画だ。
元々、『アマデウス』というタイトルは、モーツァルトと宮廷音楽家サリエリの関係を描く戯曲として知られていたが、この映画『アマデウス』は主役がサリエリのブラックな映画として有名だ。
サリエリは、オーストリア皇帝に仕える宮廷楽長で、ヨーロッパ最高の音楽家と言われた人物であるが、クラシックファンでも、その名を知らない人が多いはずだ。一方、モーツァルトは、クラシックに興味がない人でも、誰でも知っている。
つまり、モーツァルトは音楽家としてサリエリですら格違いの、まさにアマデウス・・・神に選ばれし者なのだ。
この映画の中で、私は、モーツァルトが書いた楽譜を見たサリエリが、
「神は私を天才にしてくれなかったが、天才を見抜く目だけ与えてくれた」
と絶望する場面が印象的だった。
サリエリだって十分天才だと思うが、モーツァルトと比べると色褪せて見える・・・つまり、No.1にはなれないのだ。
サリエリほどの者なら、自分こそ1番になりたいと思うだろうが、それが絶対に無理と分かった時の失望は真に優秀な者にしか分からない。

マイクロソフト共同創業者のビル・ゲイツは天才的に頭が良く、元々は数学者を目指してハーバード大学に入学した。
だが、ハーバード大学という天才が集まる大学の数学科に行くと、自分など足元にも及ばない数学の天才がゴロゴロいて、ゲイツは法学部に進むことにしたが、大学にはほとんど通わず中退している。
ゲイツは、数学においてはアマデウスではなかったが、事業家としてはそうであったのだ。

アメリカの元国務長官であった政治学者コンドリーザ・ライスは、元々ピアニストを目指し、15歳で入学したデンバー大学ではピアニストになるクラスに入ったが、ある時、自分が1年かかって出来るようなことを1時間でやってしまう11歳のピアノの天才少年に会い、自分では世界一になれないことを悟り、政治学に転向し、19歳でデンバー大学を優秀な成績で卒業した。

SF作家で、漫画原作者としても有名な平井和正は、元々は漫画家志望だった。
しかし、石ノ森章太郎に会った時、「こんな天才に敵うはずがない」と思って漫画家を断念したらしい。
平井和正と石ノ森章太郎(当時は石森章太郎だが)が組んで作った『幻魔大戦』は、最底辺の人間が宇宙規模で頂点に立つところが、今の『俺だけレベルアップな件』(小説・漫画・アニメ)とよく似ていると思う。

実話ではないが、ありそうな、こんな話がある。
『神様のメモ帳』(小説・アニメ)に登場する、ヤクザの組長ネモは、元高校野球の投手で、地元では天才と言われ、甲子園大会への出場も叶い、プロを夢見ていた。
しかし、甲子園で現実を知る。そこには、怪物のような選手がゴロゴロいて、自分などプロになれるはずがないと思い知った。
だが、少なくとも彼は、それが分かるだけの眼力はあったということだろう。

CLAMPの漫画『東京BABYLON』にも、地元で可愛いともてはやされた少女が女優を目指して東京に行くが、自分など芸能界では普通だと思い知る。しかし、家族や友人の期待を裏切りたくなくて頑張ったことが仇となり悲惨なこととなる。

クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長が、地元北海道で、ミュージシャンを夢見て東京に行った若者達が30歳くらいで諦めて帰って来た話をするインタビュー記事も印象的だった。伊藤社長の名言「夢に人生を賭けるな」を凡人は心に刻んだ方が良いかもしれない。

ケンタッキー・フライド・チキンやマクドナルドの創業者のように、50代、60代で成功した人にスポットライトが当たることがあるが、彼らには長いしっかりとした下積みがあり、成功が遅れただけだが、それでも、成功したのは「たまたま」だったのだ。
20代で芽が出なければ、99パーセント以上と言えるほど難しいと思う。
ところが、50歳近く、いや、それを超えてすら、歌手になる、作家になる、画家になるなどと夢を追う者がいるものだ。
もし、それでもやるなら、正攻法では駄目なことは、くれぐれも忘れないように。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)アマデウス ディレクターズカット [Blu-ray]
(2)幻魔大戦(1)(平井和正。石ノ森章太郎)
(3)コンドリーザ・ライス自伝
(4)東京BABYLON(1)(CLAMP)

微笑
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