ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

コゲどんぼ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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神がかった状態には意図的になれる

関英男博士は、腕振り運動で難病が治る仕組みを、次のように考えていたのだと思う。
正確に言うと複雑なので、簡単に言う。
両手を振ることで、両手のひらに、GTP(重力子)という粒子が発生し、それが体内に蓄積する。
GTPは生命力の源であり、生まれた時の量が最大で、後は減っていくだけであるが、腕振り運動により、これを増やすことが出来る。
GTPが増えれば、生命力が高まり若返る。
ただし、腕振り運動で発生させることが出来るGTPはわずかなので、必要なだけのGTPを得るには、腕振り運動をかなり多く行う必要がある。

私は、それも1つの考え方であると思うが、必ずしもそう考える必要はないと思う。
つまり、GTPのような、何らかの宇宙エネルギーは、どこにでも無限にあるのであり、方法さえ分かれば、一瞬で多量に取り入れることが出来る。
MITや電子技術総合研究所(後に産業技術総合研究所に統合)で研究をしていた猪俣修二氏が、そんな不可思議なエネルギーを「影のエネルギー」と呼んで研究していたが、その後、どうなったのか分からない。
まあ、そんなものが実用化されたら、利権団体が困るので、表に出て来ることはないと思う。
よって、以下、フィクションとして見ていく。

2003年のコゲどんぼ(現こげどんぼ)さんの漫画『かみちゃまかりん』に印象的な場面がある。
勉強もスポーツも駄目駄目な小学6年生の少女、花鈴(かりん)が、一瞬で神がかった状態になる。
すると、走ると、凄く速くて、しかも疲れない。
黙って立っているだけで、誰もが見とれるほどの魅力を発する。
テストは100点、ピアノも見事に弾け、パワー、自信、知恵がみなぎる。
そして、極めつけは、「大嵐がこないかな」と思ったら、晴れていた空にたちまち黒雲が満ち、雷が落ち、大雨が降り出す。
それを見て、私はピンときた。
私も、小学6年生の時、ある日の6時限目直前に、それまで晴れ渡っていたのに雨を降らせたことがある。
雨が降ったら、嫌なことをせずに帰れたからだ。
世の中には、空の雲を消せる人がいるらしい。まあ、実際にいたとしても、そう見えるよう誤魔化しているだけということにされるのだろうが・・・
安藤一男氏の『「無意識」の魔力』に、やはり、天気を変えたり、透視をすることについて書かれているが、信じない人にはあり得ないことなので、ほとんど、そんなことはないということになる。

天気を変えるほどでなくても、やたらツイているという経験を覚えている人は多いと思う。
コゲどんぼさんは、『ぴたテン』の中でも、天使のパワーを浴びた子供が、突然スーパーパフォーマンスを発揮する場面を描いているが、おそらく、自身に、そんな経験があるのだろう。
たとえば、私の経験で言えば、バスケットボールをしていた時、ボールをどう投げても全部バスケットに入ってしまうということがあった。
ドストエフスキーの『賭博者』では、初めてルーレット賭博をやった老婆が、ゼロに賭け続けて大勝ちした時が、そんな状態だったのだろう。
まあ、ビギナーズラック(初心者が大勝ちしてしまうこと)なんてのは、多くの場合、宇宙エネルギーによる奇跡現象なのである。

もし、意図的に、そんな神がかった状態になれれば不可能はなくなる。
だが、やり方は分かっていて、ヱヴァンゲリヲンのように、力を集めるとか、力を引き出すのではなく、力を抑えているものを外せば良いだけである。
人間においては、だいたいが、左脳が力を抑えているので、右脳に支配権を渡せば良い。
もちろん、程度の低い人間が、そんなことを簡単に出来るということはない。
しかし、それなら、程度が低くなくなれば良いのである。
クリシュナやイエスのように、あるいは、スサノウやオオクニヌシやホオリのようであれば良い。












幼子のように考える者が成功する

もう10年以上前の作品だが、コゲどんぼ(現在はこげどんぼ*)さんの『ぴたテン』という漫画とそのアニメが人気があった。
私も大好きで、コミックスとDVDを全部揃えたほどである。
また、漫画の終末は、私が知る限りは、最も感動的なラストだったと思う。
この作品が、イラストレーターとしては人気があったコゲどんぼさんの、初めての漫画作品だった。
『ぴたテン』のテレビアニメでは、落第天使の美紗(みしゃ)が黒い服を着ている理由は単に「たまたま」だろうし、小学6年生の美少年、綾小路天(あやのこうじたかし)こと通称「テンちゃん」が塾に通っていないのは、頭が良くて行く必要なない・・・という「小さい子供向け」の設定に変更されていた。
しかし、簡単に言えば、漫画では、美紗が黒い服を着ているのは、彼女を慕う男の子を死に追いやった罪の罰だし、テンちゃんは本当は塾に行きたいが、父親が重症で寝たきり状態で入院していて、母親がいくつものパート仕事をやってはいるが経済的に苦しいからだった。

ところで、コゲどんぼさんは、美紗の性質を「母であり娘、姉であり妹」と言っていたが、その意味は、男性と女性では、ほぼ真逆に認識するだろう。
母と姉の意味として、男性は「奉仕」と捉えるが、女性は「支配」と考える。
娘と妹に関しては、男性は「清純無垢」を望むが、女性なら「わがままが許される立場」といったものだろう。
もちろん、一般的にという意味だが、自己の立場の願望を考えるのが人間である。

では、イエスが「幼子のようであれ」と言った、「幼子」の意味も、それ(母であり娘、姉であり妹の意味)と似たようなことになるのではないだろうか?
「幼子のようになれ」と言われたら、普通の人は、幼子の意味を「無責任、被保護、無知、無能、周りが何でもやってくれる」という、自分に都合の良いことと捉えるだろう。
しかし、イエスの真意は・・・となると、考えないと分からないし、普通は、考えても間違う。
イエスの言う幼子とは、世間の教義や信念から離れている者という意味だ。
幼子は、本当の知恵や力のある者に対しては、崇拝のような感情や、権威に対するような恐れも持つが、世間的な意味で個人を崇拝したりはしないし、世間のいかなる権威も認めない。
そんなことは、イエスがいちいち説明しなくても、静かに思惟(考えること)すれば自ずと分かることだろう。

ものを考える時は、自己の立場を忘れてしまうと、正しい答に行き着くことが分かる。
逆に言えば、自己の立場で考えると、全ての答を間違う。
例えば、大学はどの学部を選べば良いかとか、どんな仕事に就けば良いかと考える時、普通の人は、自分の立場で考えるので、収入、体面、名誉、見栄、安全、安楽、享楽といったことを重視するが、幼子のごとく考える者は、自分の性質や能力は、どんなことを学び、どんな仕事をすれば人々の役に立つだろうかと考える。
そして、結局のところ、幼子のように考える者が成功するのである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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