ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ガンジー

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

15ページの聖典

マイケル・ジャクソンの有名な楽曲、および、そのビデオ・クリップ『Beat It』(邦題:今夜はビート・イット)は、マイケルの経験による教訓や知恵が込められた作品だとつくづく思う。
Beat Itという言葉、あるいは、この作品の意味は、早い話が、「ズラかれ」、もっと、普通に言えば、「逃げろ」という意味だと思うが、「うまく逃げろ」、「賢く逃げろ」ということだ。
もっと本質的なことを言うなら、「争いを避けろ」ということだ。
マイケルが成功する一方だったのは、「争いを避ける」知恵があったからだと思う。
しかし、凡人はそのことになかなか気付かず、その価値が分かるのは老人になってからで、もう遅い。

争いを避けるというのは、言いなりになるということでも、やられっぱなしでいることでもない。
それは知恵のないやり方だ。
そして、争いを避けるのは、腰抜けや無能者の手ではない。
争いを避けるには実力が必要だ。

ガンジーの非暴力、無抵抗というのは、争いを避ける知恵ある兵法だ。
彼が聖者であったかについては疑問だが、彼は知恵はあったのだと思う。

会社の中などでは、「なんでこいつ、わざわざイザコザを起こすことを言ったり、やったりするのだろう?」と思わずにいられない馬鹿が必ずいる。
そいつは、本当に馬鹿で無能で、プライドが高い・・・つまり、本当の馬鹿なのだ。
ものの言い方1つも大事だが、自分がいい気分でいられる言葉を選ぶのは馬鹿なのだ。
相手を悔しがらせて喜ぶ愚か者は救いようがない。
かといって、おべっかを使うばかりだとか、何でも背負い込んでいたら、いつまでやってられるものではない。

言っては悪いが、会社にしろ、学校にしろ、いじめられる者というのは、やっぱり、争いを起こしているのだ。
争いを避ける術を知らないのだ。
親もセンセーも教えてくれなかったのだ。
親もセンセーも、良い人だったかもしれないが、大事なことを知らないのだ。

まず、争いを避ける第一のことは、規則的な生活だ。
学校生活というのは、比較的規則的だが、会社となると、ややルーズにできる。
自由が与えられると、さらにそうなる。
好きにできるからと、毎日、昼食の時間がころころ変わるのは、それだけで争いのタネを作っているのだ。
出社時間、昼食の時間、帰社時間・・・せめて、これらは分単位で厳守するのだ。
できない日もある?
当たり前だ。
だが、甘い理由、つまり、言い訳をしてはならない。

この第一段階を達成することもできないのに、次はない。
逆に言えば、これをできるようになれば、後は容易い。
次に必要な、実力をつけることも難しくはないだろう。
実力をつけるには、毎日、決まった時間に訓練するのが一番簡単だからだ。

『帰って来た紋次郎』シリーズの3冊目『かどわかし』の最初に、『峠だけで見た男』という、珍しい15ページの短編がある。
老僧と、その若い弟子が、一人の渡世人(木枯し紋次郎のことだが)をしばらくの間見るというものだ。
同じものを見聞きしても、若い僧は何も分からないのだが、修行を積んだ老僧は紋次郎に感嘆する。
仏縁により、あらゆる修行を修め、人間を完成したこの僧すら、「この世には大したお方がいる」と感じ入ったのである。
これもまた、仏の導きであろうか。
紋次郎がごく当たり前にやったことは、磨き抜かれたズラかる(Beat It)手並みだった。
聖書や仏典よりよっぽどためになるものだと思う。
無論、わが聖典である。









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人生の終業時刻

昨夜書いた、木枯し紋次郎やスティーブ・ジョブズが使う本物の願望成就法が分かってしまうと、感動のあまり、他の全てのことを忘れてしまった。
世の中にある、他の目標達成術が間違いだと言う気はサラサラないが、効果・威力が違い過ぎるのだ。
それは、神剣エクスカリバーと、アルミ合金をメッキした模造刀ほども違うのだ。
エクスカリバーがあれば、模擬刀はもちろん、名刀と言われる剣すら不要である。
私はエクスカリバーを得たのである。

紋次郎やジョブズのやり方はこれまでも知らない訳ではなかったし、実際、ずっと知っていたのだが、「本当には分かっていなかった」のだ。
イエスだって、「最後まで耐え忍ぶ者は救われる」と言ったことを知っていたが、私には何の役にも立っていなかったし、聖書を読んでいる者や、この言葉を尊大に説教する牧師や神父だって、ちっとも理解していないのだ。
ただ、紋次郎が実地で示してくれたので分かったのである。

アメリカのテレビドラマ『燃えよ!カンフー』で、人類が行ってきた中で最上の試験方法が描かれていた。
少林寺への入門希望者を寺の外で待たせるのであるが、最初大勢いた応募者達は、1日2日と放置されていく中でどんどん数が減っていく。
何日か経って、ケイン1人が残り、ついにケインは寺の中に案内される。
少林寺の僧長はケインに言う。
「少林寺では、西洋人を入門させたことはないのだ」
うな垂れるケインに、僧は柔らかい表情で言う。
「お前が初めてということになる」
我々は、日々、このような試験を受けているようなものだ。
紋次郎やジョブズは、この真のテストの優等生なのである。
あなたは、神が試験管である試験に合格しなければならない。

初音ミクの『ハロ/ハワユ』という曲は、落ちこぼれOLの歌だと思って良いと思う。
会社や学校で、ノロマだったり、引きこもりだったり、要領が悪過ぎたり、神経過敏過ぎたりで、何をやっても駄目なコというもので、私やあなたのような人の歌だ。

人生にタイムカードがあるなら
終わりの時間は何時なんだろう
私が生きた分の給料は
誰が払うんですか
~『ハロ/ハワユ』(作詞・作曲・編曲:ナノウ、歌:初音ミク)より~
ハロ/ハワユ(Youtube)

ここでの人生の終わりの時間という概念は人類の歴史の中でも画期的なものだと思う。
確かに、それを待ちわびているのだが、それは何と幸せな最後だろう。
学校や会社の終了時刻すら待ち遠しいのに、人生の最後の時刻に憧れないはずがない。
だが、その時刻は分からないし、まして、自分で決めるわけにはいかない。
いや・・・終わったと思ったら、次の生をやらされるかもしれない。
なんともおぞましいことだ。
だから、そこは、神様相手に根競べするしかない。
紋次郎やジョブズのように、言うことを聞いてくれるまで、じっとして動かないことだ。
ストライキのように大声を上げてはならない。
静かであることだ。
ガンジーが立派な人間だったかどうかは知らないが、彼は正しく実践したのだ。
だから彼は偉大な人間として知られているのである。









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「右の頬を打たれたら左も」の本当の意味

「右の頬を打たれたら、左の頬も差し出せ」という言葉は、キリスト教徒でなくても、イエスの言葉だということを知っている人が多いが、その意味となると、誰も知らない。
いや、キリスト教徒の指導的な立場の人だって、ほとんど分かっていないかもしれない。
この言葉を、ガンジーの「非暴力主義」あるいは「無抵抗主義」と同じようなものだと思っている人も多いと思う。
しかし、その「非暴力主義」や「無抵抗主義」のことも、理解できている人はほとんどいないのだ。
ガンジーの宗教は知らないが、ヒンズー教徒だったかもしれない。しかし、それはどうでも良いことだ。
ヒンズー教などの聖典『バガヴァッド・ギーター』のクリシュナ神と、イエスの教えは同じである。
そして、「右の頬を打たれたら、左の頬も差し出せ」とガンジーの非暴力主義は、本質においては同じだ。
だがそれは、個人的信念やイデオロギーとは何の関係も無いのだ。

何かの映画で、イエスのその言葉に倣ったつもりだろうが、右の頬を殴られた男が、毅然とした顔で左の頬を相手に向ける場面があったが、制作者は何も分かっていない。
私なら、頬を殴られたら、打った相手に喧嘩で勝てそうな場合は、「何だこの野郎!」と掴みかかるが、まあ、ほとんどの場合、勝てそうにないだろうから、ただ悔しがるだろう。
しかし、そのこと(怒ったり、屈辱を感じたりすること)自体はどうでもいいのである。

分かり易く説明しよう。
昔、二人の僧侶が歩いていたら、一人の美少女が川の前で困っていた。向こうに行きたいのだが、橋が無いのだ。
すると、兄弟子は、さっさとその美少女をお姫様抱っこすると、川の向こうに渡した。
弟弟子は驚く。女人に触れるなど、重大な戒律違反だったからだ。
二人はしばらく黙って歩いていたが、弟弟子はついに兄弟子に声をかけた。
「あの・・・」
「何だ?」
「さっきのことは戒律に反しておりませんか?」
「そうだな」
「では・・・」
「うん。しまったと思ったぞ」
「・・・」
「ついでに、チューでもしとけば良かったな」
「!!!!!」
無論、兄弟子の最後の言葉は冗談であるが、それならそれで良かったということだ。
結果、寺にバレて破門になってもそれで良いのである。
普通の僧なら、少女に触れただけでいつまでも気に病む。チューでもしたら、深い悔恨に沈むだろう。さらに破門されたら自殺しかねない。
少女を抱っこすることが右の頬を打たれることなら、破門されることが左の頬を打たれることだ。
だが、この兄弟子は、それでも飄々(ひょうひょう)としているだろう。

「長門さんとやら・・・こいつはこの部屋を何だか解らん部の部室にしようとしているんだぞ、それでもいいのか?」
「いい」
「いや、しかし、多分ものすごく迷惑をかけると思うぞ」
「別に」
「そのうち追い出されるかもしれんぞ?」
「どうぞ」
~『涼宮ハルヒの憂鬱』より。キョン(主人公の一人。高1男子)と長門有希(高1女子)の会話~

何と、長門有希は、イエスの教えを見事に実践し、非暴力主義が身に付いていると感心する。
こういうことだ。
右の頬を打たれたとしたら、そうなる運命だったということだ。
それは起こるべくして起こったのであり、あなたに避けることは出来なかった。
怒ってもいいし、恨むこともあるだろうし、屈辱を感じるのもしれないが、受け入れるしかないのだ。
運命は絶対だからだ。
次は左の頬を打たれるかもしれない。
それは分からない。
しかし、運命がそうなっているなら、そうなるだろう。
あなたには状況を支配することなど全く出来ない。
もし、左の頬も打たれるようになっているなら、それも受け入れないといけない。

クリシュナ神は、アルジュナ王子に言った。
「敵(アルジュナの愛する師や親戚や友人達がいる)は、すでに神によって殺されている。彼らが死ぬことは避けられない。ならば、運命で定められた通り、彼らと戦え」
イエスはこう言ったのだ。
「右の頬を打たれたのは、神の意思だ。左の頬も打たれるのが神の思し召しであれば、打たれるがよい」









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人格者として振舞えた人達の秘密

この世に人格者なんてものは決していない。この点は安心してもらっていい。
マザー・テレサやマハトマ・ガンジーすらそうだった。もし、この方達に、「あなたは人格者か?」と尋ねたら、2人は謙遜でも何でもなく、冷静に「No」と答えただろう。
ガンジーなんて人は、自分を嫌悪していたし、マザー・テレサも同じことだったと思う。

人間というものは、プログラムされたロボットと同じなのだが、人格者というのは、人格者として行動するようプログラムされているというに過ぎない。
ところで、非人格者(としてプログラムされた者)であっても、パターンを読みやすい非人格者は世間に受け入れられる。
『あしたのジョー』という漫画の登場人物に、野生的に育ち、言葉をほとんど理解しない、ハリマオという名のボクサーがいた。後に、お笑いタレントがネタにしたほど知られていたが、ハリマオが興奮して暴れ出すと、彼が大好きなチョコレートをやると大人しくなった。
こういった風に、単純で扱い易い非人格者は、社会から排除されない。

厄介なのは、パターンがころころ変わる非人格者だ。
そういった者は、社会から排除され、アウトサイダーとして生きるしかない。
25歳のコリン・ウィルソンを一夜で世界的作家にした『アウトサイダー』で、ウィルソンは、アウトサイダーに関して分析しているが、この「パターンがころころ変わる」という重要なことを見逃している。そのため、彼は、アウトサイダーを何か病的なものとして表現するしかなかった。病的ということに関しては間違っていない。全ての人間が病的と言えば病的だからだ。しかし、アウトサイダーはむしろ普通の人より健全なのだ。
もし、あなたが、食べ物の好み、異性の好み、趣味、読む本の種類が頻繁に変わるようなら、アウトサイダーになることを覚悟した方が良い。世間は、パターンが頻繁に変わる人間は決して受け入れない。
「こいつは美味いパスタに目がない」
「車のハンドルさえ握っていればゴキゲンなやつだ」
「今日もあの歌手の歌を聴いているのかい?」
といった、分かり易いヤツでなければ、世間では異分子として排除されるのである。

ところで、人格者というのはどんなものかというと、自我が弱い者だ。
分かり易く言えば、自分の趣味や好みを他人に押し付けない者と言って良い。
音楽を撒き散らしながら車を走らせている者は、最悪だ。ああいった者というのは、自分の趣味を一方的に主張することを止められないのだ。
彼らが、いくら、いつも同じ種類の音楽を聴いているとしても、ここまで非人格振りを示していては、さすがに社会では受け入れられない。ハリマオ以下と言う訳だ。しかし、小さなグループでは受け入れられる。彼らもそれで満足しているだろう。
マザー・テレサやガンジーは、本当に人格者なのではないが、自我が弱いので、本物の人格者のように振舞えた。
マザー・テレサは経験なキリスト教徒だし、ガンジーはヒンズー教徒で、『バガヴァッド・ギーター』の熱心な愛読者だった。
新約聖書もバガヴァッド・ギーターも、運命とは決まったものであることを鮮明に描いている。
イエスは、一挙手一投足、既に預言された通りに動いたのだし、至高神クリシュナはアルジュナ王子に、「敵は既に私が殺している。気楽に戦え」と言ったのである。
マザー・テレサも、ガンジーも、自分の運命は完全に、そして、無条件に受け入れていた。
それこそが、自我を弱くする唯一の方法である。
そして、中国の聖典と言って良いと思うが、『荘子』では、荘子はそのようであることを繰り返し説いている。
人格のためではなく、それが、平安に至る唯一の方法であるからだ。
ところで、本質的に重要なことではないのだけれど、自我が弱くなれば、我々も人格者に見えるのだ。









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働かない者が最も重要である

働きアリや働き蜂の2割は働いていないという話を聞いたことがあるかもしれない。
そして、企業においても、2割程度の社員は、やはり働いていないものだと言われるが、私は、ある立派な会社の社長に、「それは確かだ」と言われたことがある。

しかし、いったい何をもって、「働いている」「働いていない」などというのであろうか?
せいぜいが、「手が動いている」「声を出している」「走り回っている」などというのではないだろうか?

『戦国策』を読むと、戦国時代の中国で、諸侯は、食客と呼ばれる知恵者を雇い、普段は遊ばせておくが、いざとなった時に、その知恵で活躍してもらおうとしていたことが書かれている。
しかし、本当に優れた食客というものは、いかなる時も何もしないものなのである。

1人の人間を見た場合でも、働いているように見えるのは、手足や目や口や胃腸である。
しかし、真に働いているのは、意識という、目に見えないものである。
意識は、心を通して働く。
大いに誤解されているには、心が外界を感知して、それを意識が知るのだと思われていることである。実際は逆で、意識が心を通して外界を作っているのである。

本当に良い食客がいることで、国は自動的に良い方向に進むのである。
優れた王は、そのことを知っているので、決して、良い食客を働かせようとはしないのである。ただ、敬って、長く国に留まってもらおうとするのである。
せっかく国が発展しても、王が傲慢になって徳のある食客を支配しようとして、彼が去ると国は滅ぶのである。

働きアリの中の、働かない2割を除くと、残りの8割の中から、働かない2割が現れるという。その理由も大いに誤解されている。群れを影で導く2割がいなくなったアリの群れが、慌てて、最も重要な役割を担う2割を生み出そうとしているのである。

企業においても、徳のある働かない2割を敬って留めるなら、発展は確実である。それを、勿体無いから働かせようとしたり、あまつさえ、解雇すれば、働き者の社員の中から、新たな、意識で状況を支配できる者が生まれる前に滅びる場合が多いのである。
軍隊でも、参謀というものは怠け者が向いていると言われるが、不動心を持った、何もしない者でないと優れた参謀とは言えないのである。

ある英国のテレビドラマで、こんなセリフがあった。

攻撃こそ最大の防御なり。
そして、最大の攻撃とは無抵抗なり。
つまり、何もしないのが一番強いのさ。

ガンジーの非暴力主義を無抵抗主義と言うのは間違いであると言う者もいるが、攻撃に対して反撃しないという意味で同じである。
そして、それは、攻撃を超えた攻撃であり、巨大な力を有すのは当然なのである。

あなたは具体的にはどうすれば良いかというと、何もしないことだ。
仮に、傍目からは、責任をもって大きな仕事をしているように見えても、やはり何もしていないと言えるようでなければならない。つまり、心を虚しくすることだ。
そうすれば、真に偉大なことを、軽々と為し遂げるのである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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