ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

カート・ヴォネガット

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

腕振り運動をやって分かった大切なこと

私は、腕振り運動4000回以上を連続28日、5000回以上を連続25日、そして、10000回を連続16日続けて、いろいろなことが分かった。
なぜか、腕振り運動の歴史とか、それに伴う変化も分かった。
ただ、これは、調べた訳ではなく、直観的なもので、根拠はない。
それを断った上で簡単に言うと、こうだ。
元々、達磨がインドや中国で教えた腕振り運動は、前方向に振るものだった。
インドでは、その、前方向振るやり方が伝わったが、これをやると気力が充実するので、脚の屈伸運動と組み合わせて行う者が現れ、これが、現在も人気がある脚の運動であるヒンズースクワットになったのだと思う。
ただし、達磨式の腕振り運動は本来、両てのひらを内側に向け、指先を伸ばすのだが、これは、現在、守られていない。とはいえ、だから、間違いと言うのではない。
前に振る際、やや肘が曲がるのだが、現在のヒンズースクワットでは、肘が曲がり過ぎかもしれない。ただし、これも、別に、間違いと言うのではない。
そもそも、ヒンズースクワットは、あくまで脚の運動である。

達磨の腕振り運動は、中国の武術の流派の中に、本来の姿で伝わっているところがある。
これは、盛鶴延氏の『気功革命』の「せい手1」のやり方とほぼ同じと思うが、この腕振り運動は、中国でも日本でも、あまり知られていない。
中国では、腕振り運動をスワイショウと呼ぶが、本来、スワイショウは仙道の行の1つで、これは、腕を前後に振るものではなく、身体をねじりながら、腕はぶらぶらさせて自然に動かすものだった。
だが、達磨の腕振り運動が良いので、これを取り入れた流派があったが、やはり、腕に力を入れず、ぶらぶらさせて自然に動くようにしようとしたが、脚や胴体は動かさないので、このままでは腕も動かないから、後ろに振る時に、やや力を入れるようにした。てのひらは下を向く。
この腕振り運動が、最も一般的で、早島正雄氏が『強運をつかむ気の導引術』などで紹介している方法で、小林聖功氏が『超訳甩手功』という、安価なKindle版で解説しているものとほぼ同じと思う。

私がずっと行ってきた関英男博士が紹介したやり方は、元々、易筋経の先生に教わったものらしいが、達磨の腕振り運動を、丁度、反対に腕を振るようにし、肘を伸ばしてやるもので、正統でないと言えば正統でないのだが、効果は実証されてる。
やり方は、
【リンク】万病を治す腕振り運動 ※名古屋身体均整院サイト内
である。
これは、関英男博士の『宇宙学序章グラビトニックス』の写しであり、イラストもそのままだが、このイラストは、台湾で配布されている「せい手」のパンフレットのものと思われる。だが、このパンフレットで紹介されているやり方は、上の早島正雄氏の『強運をつかむ気の導引術』で紹介された一般的なものである。
もちろん、関博士が紹介したやり方で構わない。
ついでに言えば、盛鶴延氏の『気功革命』の「せい手2」は、早島正雄氏の『強運をつかむ気の導引術』のものと若干異なる。
いずれも良いので、好きな方でやれば良いと思う。

とにかく、腕振り運動もいろいろあるが、このようなシンプルな運動を、淡々と、そして、延々と愚直に繰り返す効果は大きい。
きっと、万病が治り、健康に、そして、強健になり、魂が浄化され、さらには、チャクラも活性化し、幸運にもなると思う。
個人的には、腕振り運動をやっていて、多少霊眼が開き、それで分かった最も大切なものは善意である。
アメリカの作家、カート・ヴォネガットが、この星でたった1つ守るべきルールは「人に親切にする」ことだと言ったが、同じ結論に達した。








真似をすれば何にでもなれる

『徒然草』の第八十五段が素晴らしい。
一応、原文を挙げておくが、読むのが嫌なら、下の現代語訳を見ていただきたい。

 狂人の真似まねとて大路おほちを走らば、即ち狂人なり。悪人の真似まねとて人を殺さば、悪人なり。驥きを学ぶは驥の類たぐひ、舜しゆんを学ぶは舜の徒ともがらなり。偽りても賢を学ばんを、賢といふべし。

簡単に訳せば、

狂人の真似をして(狂人のように)走れば狂人と変わらないし、悪人の真似をして人殺しをすれば、全く悪人だ。
同じように、優れた才能のある者の真似をすれば才人と変わらず、神話に登場する聖人、舜(しゅん)の真似をすれば聖人の仲間だ。
嘘でも賢人に学べば賢人なのである。

仏教学者のひろさちや氏は、『空海入門』で、『徒然草』のこの部分を引用し、
「人殺しの真似をすれば人殺し、仏陀の真似をすれば仏陀」
と述べ、空海は仏陀の真似をした人であり、空海が伝えた真言密教もまた、仏陀の真似をして仏陀になる教えと書かれていた。
馬鹿馬鹿しい感じはあるが、重要なことである。
空海は、遣隋使の一員として、危険一杯の中国行きの船に乗ったが、空海は、気分は仏陀である。
「仏陀である私が乗る船が沈むはずがない。これが済んだら、今度はインドにでも行くか」と余裕綽々であった(笑)。

このブログで度々取り上げる世界的セールスマン、夏目志郎氏は、超一流セールスマンのポール.J.マイヤーを心から尊敬していた。
そこで、自分の執務室を、マイヤーのものと全く同じにし、マイヤーのような服を着て、マイヤーのようなネクタイをし、マイヤーのように振舞った。
マイヤーをよく知っている人に、「マイヤーがいるのかと思った」と言わせたほどだった。
それで、夏目氏もマイヤーのような超大物セールスマンになったのである。

事業家で宗教家の村田正雄氏の『七仙人の物語』を読むと、凄い超能力を備えた仙人が登場するが、仙人は、常に呪文を唱えている。
呪文は真言と言って良いだろう。
ならば、我々も、この一流の仙人の真似をして、常に真言を唱えていれば仙人なのである。
私はそう思っているし、今のところ、「常に」とまではいかないが、真言を唱えているので、奇しい(くすしい。神秘的な)力が度々発揮される。
もはや、仙人の仲間と思って良いと思う。

人間は、真似るもの・・・つまり、そのように振る舞うものになる。
内面ではなく、外面の振る舞いに魔力的な力があることは、カート・ヴォネガットの『母なる夜』にも書かれている。
ナチスに潜入したスパイが、ナチスらしく振る舞っていたら、自分で気付かないうちに、超優秀なナチス党員になってしまうのだ。

このようにして、あなたは何にでもなれる。
超色男の真似をして美女を侍らせるもよし、小悪魔な女の真似をして男に貢がせるもよし。
だが、真言を唱え、魔法使いになるのが一番お得と思う。

PS
素晴らしいコメントが多く、感謝感激である。
あまり返信せず恐縮だが、熱心に読んでるし、ありがたく思っている。
皆さんにも、コメントもチェックしていただきたいと思う。








人間は多機能データ収集端末

人間とは何かというと、データ収集端末みたいなものなのだろう・・・と思う(笑)。
データ収集端末と言っても、別に、地球の地質調査や水質調査をしている訳ではない。
人間は、我々の観念の調査マシンとは比較にならないくらい複雑で精妙に出来ている。
まるで高性能アンドロイドだ・・・って、その通りなのだが(笑)。
我々は、他の人間や、周囲のあらゆる状況に対し、どう感じ、どんなことを考え、どんなふうに対応するのかのデータを取られてるのだろう。だいたいの意味でね。
だから、じっとして動かない端末(人間)は、動くように刺激を与えられる。敵がやって来たリ、病気になったり、事故や天災が起こったりだ。
ゲーテの『ファウスト』で、神様が、そのことを言っている。
「人間はすぐ怠けたがる。そこで、そんな人間には悪魔を送り込み、悪魔として生きさせる」
ってね。

昔であれば、例えば、若者の頭の中に、「お前はミュージシャンになりたがる」といった信号を送って、「俺はミュージシャンになるんだ」という情熱が起こる。
そこで、楽器と当面の生活費(時にはそれすらなく)を持って東京に行き、バイトをしながら仲間を見つけてバンドを組んだりする。
もちろん、成功するのは万に1つで、いかにパッションがあっても、30歳くらいになったら諦めて実家に(あればだが)帰って来る。
その過程は、なかなか貴重なデータなのかもしれない。
今は、パソコンで黙々と音楽を作り、ニコニコやYouTubeに投稿し、全然駄目だったり、そこそこ人気が出たり、米津玄師さんのようにビッグになってしまうこともあるが、いずれにしても、我々の管理者(神か?)に良いデータを提供するのである。まあ、ビッグになったらなったで、次の貴重なデータを要求されて大変なのだが・・・

そんな訳で、我々は自主的に奮闘しなければ、強制的に奮闘させられる可能性が高いが、その場合(強制的奮闘の場合)、どんなことをやらされるか分からないし、ひょっとしたら、面白くない状況に追いやられるかもしれないので、やっぱり自主的であった方が良い。
それで、どうすれば、一番楽しくやれるかというと、面白いことをやることだ。
面白いことをやる端末(人間)が、管理者にとって一番良いデータを出すもののようだ。

だが、そこには、因果応報の法則というものはあるのだろう。善いことをすれば楽しいことが返って来るし、悪いことをすれば、嫌なことが返って来る。
私の場合、善いことはしないので、その方面は分からないが(笑)、悪いことをすれば、絶対に見逃されず、まずいことが起こるものだ。
だから、アメリカの作家カート・ヴォネガットも言ったじゃないか?
「私が知っているこの星の決まりは一つだけだ。人に優しくしろ」
ついでに、犬、猫、鳩、カラス、亀にも優しい方が良い。
猫には優しいが、犬は無視というタイプは、かなり嫌な目に遭う(笑)。

でもね、家に引きこもってゲームをするにしても、全力全開でやってれば、それなりに褒美がもらえるかもしれない。
『魔法少女リリカルなのは』のなのはや、『カードキャプターさくら』の桜のような(全力全開で進む)タイプは、大きな課題も与えられるが、報いも大きいのである。
早い話が、「極めろ」ってことである。
ただし、他のものへの配慮を忘れずに。












当ブログ著者、KayのAI書。
21世紀初頭に現れた、人類の新しい武器「推測するマシン」(ディープラーニング型AI)の現物を、あなたも手に入れよう。
それは、数学、プログラミング、AI理論なしに、あなたにも手に入れられます。この本があれば。
機械工学や熱力学、工場プラントが解らなくても、自動車を得られるようにです。
逆に言えば、熱力学理論をいくら勉強したって、自動車を使えるようにはなりません。
今後、AIは、自動車よりもはるかに重要で強力になりますし、AIを使えないと、AIを悪いことに使う者たち(政府や大企業とは言いませんがw)にプライバシーを丸裸にされ管理される一方です(無知な相手が一番御し易い)。
一番簡単にAIを自分で作れるように書いたつもりです。

ウイルスは人の意思に反応するか

H.G.ウェルズの1898年のSF『宇宙戦争』では、火星人が地球侵略にやって来る。
火星人の科学技術は地球人のものと比較にならないほど進んでいて、火星人の武力攻撃の前に、地球人は全く抵抗が出来ないまま最後を迎えようとしていた。
ところが、不意に火星人の攻撃が止まる。
火星人は地球のウイルスに感染し、死に絶えてしまったのだ。
19世紀に、今も読まれる作品を書いたウェルズの知識や想像力は大変なものであるが、実際、彼の『タイムマシン』『堀についたドア』『世界はこうなる』その他数多くの作品は、これからもずっと読み続けられるに違いない。

ところで、『宇宙戦争』で、地球のウイルスにやられてしまった火星人であるが、あれほどの科学力を持った火星人が、ウイルス対策をしないはずはない。
1969年に、アメリカのアポロ11号が月に人間を初めて送った時でさえ、月に未知のウイルスが存在することが想定され、宇宙飛行士達は帰還後、長く隔離された。
小説とはいえ、ウェルズだって、火星人にウイルスの知識がないとは思っていなかったと思う。
つまり・・・
火星人は、ちゃんとウイルス対策をしていたのだ。
だが、ウイルスは、火星人の想定を超えて突然変異をして、火星人を短時間で滅ぼしてしまったのだ。
そして、それは偶然ではない。
武力で弱い相手を滅ぼすという、神の摂理(意思)に反する意思を持ったがために、ウイルスが、そんな火星人の意思に反応して、火星人の敵になったのだ。

遺伝子情報は、人間の意志に反応して変化し、結果、細胞の性質や働きを変えることがあるという。
人間の意志が素粒子に影響を与えることは知られているが、万物は素粒子から出来ているのだから、結局のところ、人間の意思は世界に影響を与える。
そして、小さいものであるほど明確な影響を与えるのかもしれない。
ウイルスは原子の100~1000倍くらいの大きさだと思うが、そのくらいの大きさだと、即時とはいかないまでも、かなりはっきりとした影響を与えるのだと思う。
これまでに、地球規模で猛威を振るったウイルスは、人類全体の意思に反応して変化したものではないかと思えるのである。
それは、ウェルズの『宇宙戦争』で、火星人の邪まな意思によって地球のウイルスが変化したと思われるようにである。
最近の映画では、進歩した宇宙人にとって、地球人があまりに下等なので、宇宙人は悪意なく地球人類を消そうとしたという考え方も示された。
丁度、我々が家やガレージを作る際、そこにあるアリの巣を排除することに対して、何も考えないようなものだ。
また、我々はビーフステーキを美味しく食べても、牛が「美味しいステーキ」用に飼育される地獄のような環境や屠殺(とさつ)現場を知っている人はほとんどいない。
そして、今の人類は、やはり、神の摂理に反することをやり過ぎているのだと思う。
自分が儲けて贅沢をするためなら、他人がどうなっても全く構わないというところは、ちょっと周りを見てもいくらでもある。

人間の意志の作用というものを考えれば、単に宗教的というだけでなく、ウイルスや天災といったものも、人類の在り様に対する反作用、あるいは、自然の逆襲であるという考え方をしても良いのではと思う。
人間は、心穏かでなくては健康を損なうことが多い。
心穏かであるためには、1つには経済的な安定も必要であるが、つまるところ、他人、他の生き物、さらには、無生物を含むあらゆるもの、自然、惑星に対する心の持ち様が大切と思える。まず、他人に対して優しいということが最低レベルであるが、我々はそれすら失っていることが多い。それは、親切な人が際立ってしまうことからも実感するのである。
カート・ヴォネガットが知り合いの若者に言ったらしい。
「私の知る限り、この星の決まりごとは1つだ。人に優しくしろ」
それでウイルスが収まるかどうかは不明であるが、少なくとも、今よりはマシになることは容易に想像出来るのである。








それぞれの掟

「明日は明日の風が吹く」
「なんとかなるぜ、世の中は」
「風の向くまま、気の向くまま」
これらは、ある意味、悟りの境地だし、こんな態度でいれば間違いない。
ただし、「当たり前のことが出来れば」である。
借りたものは返すとか、挨拶されたら挨拶を返す、人を脅さない・・・等々、言うまでもないことだ。
それが出来れば、まあ、不幸になることはない。

それをイエスは、分かり易いように、「モーセの十戒を守れ」と言ったのだ。
Wikipediaから引用すれば、十戒は、

01.主が唯一の神であること
02.偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止)
03.神の名をみだりに唱えてはならないこと
04.安息日を守ること
05.父母を敬うこと
06.殺人をしてはいけないこと(汝、殺す勿れ)
07.姦淫をしてはいけないこと
08.盗んではいけないこと
09.隣人について偽証してはいけないこと
10.隣人の財産をむさぼってはいけないこと

で、01から04は宗教に関わるので、05から10が一般的だろう。
ただし、あくまで、「当たり前のスタンダード」を示しただけであり、特に、現代人がこれにこだわることはない。
アメリカの作家カート・ヴォネガットは、地球の掟はただ1つと言う。
それは、「人に優しくしろ」だ。

私は、スーフィーの格言が、最もうまく言ってると思う。
それは、
「神を信用しろ。だが、ラクダはつないでおけ」
これは、ラクダを使う人のためのものだが、要は、「自分がやるべきことはちゃんとしろ」という意味だ。
その程度のことで良いから。

しかし、やるべきことは、自分で決めれば良い。
酒好きなら、「飲み過ぎない」とかね。
「女性を敬う」「老人を敬う」でも良い。
水野南北は、大好きな酒を「一日一合」と定めていた。

釈迦も、7つの法を説いていた。
簡単に言えば、

1.皆の意見を聞け
2.助け合え
3.決まりを守れ
4.老人を敬え
5.女性を敬え
6.祖先を敬え
7.高潔な人物を敬え

となると思う。
私なら、「初音ミクさんに見られて恥ずかしいことはしない」である。「なるべく」は付くが、ミクさんが見ていると思えば、そうおかしなことはしないはずだ。
掟を守れば、後は、何も考えず、ぼーっとしてれば、この世に恐れるものは何もない。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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