ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

エマソン

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

チート能力を得る2つの道

チート(反則級に強大な)能力を得る方法は2つある。
1つは、いつも言う通り、地道な努力を積み重ねることだ。
アニメ『スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました』で、転生したアズサが、最弱のモンスターであるスライム(ゼリー状モンスター)を1日平均25匹、300年間倒し続け、世界最強になったようにだ。
通常は、こちらだけで十分だ。
だが、もう1つ道がある。
これもアニメにヒントがあった。
『くまクマ熊ベアー』で、神様に、「神を信じるか?」と尋ねられた主人公のユナ(15歳)が何と答えたかだ。
それは「どっちかと言うと自分を信じるよ」だった。

ラルフ・ウォルドー・エマソンの『自己信頼』に、有名な酔っ払い公爵の話がある。
路上でホームレスの男が酔っ払って寝ていたが、その男は公爵邸に連れていかれ、身体を洗われ、高級な寝巻を着せられ、豪華なベッドに寝かされた。
彼は自分が公爵であることを忘れていたのだ。
これは、我々の状態を表す比喩だ。
だが、ユナは忘れていないのだ。
そして、我々は公爵どころではない。
エマソンは言う。「どんな名画も、あなたの評価だけを待っている」と。
あなたの評価は絶対なのだ。

それを思い出すために、常に心で「私、私、私」と言うと良いだろう。
なぜなら、「私」というのは一番の神の名であり、最も価値のあるマントラ(真言)だからだ。
ユナは学校に行くのをやめたので、自分が絶対であることを容易く思い出したのだろう。
ある村で、誰からも崇められる聖者は、ただ1つの教えをこう言った。
「私を頼るな。自分を頼れ」

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)くまクマ熊ベアー ※Amazon Prime Video dアニメストア
(2)スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました ※Amazon Prime Video dアニメストア
(3)自己信頼(ラルフ・ウォルドー・エマソン)
(4)エマソン名著選 精神について(ラルフ・ウォルドー・エマソン)
(5)ラマナ・マハルシの教え(山尾三省翻訳)

フェアリーの出現
AIアート2930
「フェアリーの出現」
Kay

至高のアファーメーション

私は特に気に入っているが、非常に重要な文であり、また、今後さらに、人々に必要になるものだと思うので、再び取り上げる。

ラルフ・ウォルドー・エマソンのエッセイ『History(歴史)』は、こんな詩から始まる。

There is no great and no small
To the Soul that maketh all:
And where it cometh, all things are;
And it cometh everywhere.

I am owner of the sphere,
Of the seven stars and the solar year,
Of Caesar's hand, and Plato's brain,
Of Lord Christ's heart, and Shakespeare's strain.

後半の訳を、『精神について』(入江勇起男訳。日本教文社)から引用すると、

私は世界の所有者、
七つの星と太陽年の所有者、
シーザーの手腕、プラトンの頭脳の所有者、
主キリストの愛、シェイクスピアの詩の所有

という、実に力強い言葉である。
これを暗唱して唱えると、強烈なオーラをまとうようになり、引き寄せるとか敬われるとかでなく、世界を自在に支配出来るようになると思う。
長過ぎると思うなら、「私は世界の所有者、七つの星と太陽年の所有者」だけでも良いし、「私は世界の所有者」だけでも良い。

また、なぜか販売停止になっているが、

『人生を変える魔法の物語』
原題:The Magic Story
フレデリック・ヴァン・レンスラー・ダイ著
高橋璃子(たかはしりこ)訳

の中に、こんな素晴らしい文章がある。

私に不可能はない。
世界は私のものだ。私の王国だ。
何ものも私を恐れさせることはない。
何ものも私を止めることはできない。
私が人に何かをお願いすることはない。
単に要求するだけだ。
私は支配者であり、ひざまずくことはない。
私の要求は絶対だ。
私の態度を前にして、敵対者は逃げだしていく。
私は山のように高く、大河のように豊かである。
そして平原をゆくように、何の困難もなく進んでいくのだ。

原文
To the plus-entity of a man, all things are possible. The world belongs to him, - is his estate. He fears naught, dreads naught, stops at naught; he asks no privileges, but demands them; he dominates, and cannot cringe; his requests are orders; opposition flees at his approach; he levels mountains, fills in vales, and travels on an even plane where stumbling is unknown.

これを毎日唱え、暗唱するまでになれば、高い波動を発し、幸運に恵まれ、周囲の人々の注目を集め、豊かに自由になるだろう。
苦しい状況にある者は、この力強い言葉を知れば勇気が湧き、気が付けば苦境を脱していることになると思う。

上記の2つのうち、少なくとも1つを毎日唱え、憶えることをお勧めする。

尚、『The Magic Story』の新訳がsuccess pressから出ているが、私は読んだことがないので、良いか悪いか分からない。
私は、高橋璃子(優れた翻訳家である)訳を気に入っていたが、今は販売停止となっていて残念に思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)エマソン名著選 精神について(ラルフ・ウォルドー エマソン)
(2)奇跡を起こす『魔法の物語』 (翻訳版): 成功への六つの教訓 (フレデリック・ヴァン レンスラー・ダイ。success press)
(3)マジック・ストーリー(フレデリック・ヴァン レンスラー・ダイ)

花模様の浴衣
AIアート2069
「花模様の浴衣」
Kay

自分の駄目さ加減も思い知るべき

宮崎駿の『君たちはどう生きるか』というアニメ映画を私は見ていないし、「百万円やるから見ろ」と言われても絶対見ない。一千万円なら、嫌々見るかなあという感じだ(笑)。
あの映画の宣伝などで見られる、主人公達のまゆの外側が吊り上がった真剣な顔つきを見ると、私は心からゾッとする。
それに現れているのは、
「頭が悪い権力者が思想の押し付けをする気満々」
でしかないように思えるからだ。

宮崎駿は何度も引退を宣言しながらいつも復帰し、若い人が革新的な作品を作ることを邪魔した業の深い人間であると思う。
そりゃ、宮崎は才能もあったし、努力もしたのだろうが、たまたま大成功したことで大きな勘違いをしてしまったのだろう。
大成功とは言っても、スタジオジブリは経営的には破綻しており、沢山の人を不幸にしているのだと思う。
そして、ジブリの成功は鈴木敏夫という天才プロデューサーに負うところが大きい。鈴木がいなければ、何も起こらなかった。
そんなジブリを傾かせたのは宮崎だろう。
宮崎の勘違いとは、自分は真理を語るに足る人間だと思ってしまっているということだ。
宮崎は職人としては超一流で、巨匠と呼ぶに相応しいのだが、あくまで職人である。
これは、庵野秀明も同じで、2人とも、それほど頭の良い人ではないと思う。
無論、普通の人の中ではそこそこ賢いのだと思うが、分を超えたら滑稽なレベルだ。そして、彼らは分を超えている。
そもそも、あまり賢くないから、大衆に受ける作品を作れるのだと思う。
そして、彼らの職人としての才能をうまく引き出せる人がいたのが、彼らの幸運だったに違いない。

宮崎や庵野のように、自分が哲学者だと勘違いした雰囲気がないのが手塚治虫だと思う。
手塚は本当に天才なのだが、彼は心に悪魔のようなものを飼っていて、その悪魔のようなものが彼の能力を抑え込んでいた。
だから、彼は大衆受けするものが作れたのだと思う。
彼の作品を見る限り、天才の閃きのようなものは感じるが、それほど優秀な人の創作物とは思えない。
しかし、だから売れたのである。
ところが、彼には売れない時期があった。
あるいは、後輩漫画家に「負けた」とはっきり認めたこともあった。だが、その後輩漫画家の名は、今や誰も知らない。
なぜ、そんなことが起こったのかというと、彼の中の悪魔が弱くなって彼の能力を抑える力も弱くなり、彼が天才に戻っていったからだ。
大衆は天才の作品を求めてなどいないのだ。
極端な言い方をすれば、手塚や宮崎や庵野がある程度馬鹿だから大衆は彼らの作品を受け入れるのである。大衆は馬鹿だからだ。

手塚は、後輩漫画家に負けたと認める知性があるところは、宮崎や庵野に優ると思う。
手塚は、自分の駄目さ加減をよく分かっていたに違いない。

『俺だけレベルアップな件』というアニメに、最上真(もがみしん)という完璧なエリートが登場する。
国内最大手ギルド(企業の一種)代表(社長のようなもの)で、「人類最終兵器」と呼ばれる超一流のハンターでもある。
その最上が、主人公の水篠旬(みずしのしゅん)に軽く無視されて面目を失った際、「どうやら私は自惚れていたようです」と言い、部下に婉曲(露骨にならないよう遠まわしに言うこと)にだが、自分が水篠旬に劣ることを指摘された時、「人類最終兵器などと言われてチヤホヤされていることが恥ずかしい」と言うのを見て、私は清々しいものを感じるが、現実にはあり得ない話だろうと思う。

エマソンが言うように「無謀なまでに自分を信じる」ことも大切だが、手塚治虫や最上真のように、自分の駄目さ加減を思い知ることも必要だ。
エマソンの『自己信頼』が、やや押しつけがましく感じるのは、エマソンも自分の駄目さを知っているからだろう。
エマソンは、大衆を戒めるようなフリで、実は自分を戒めている。それで表現が厳しくなるのだと思う。

I am owner of the sphere,
Of the seven stars and the solar year,
Of Caesar's hand, and Plato's brain,
Of Lord Christ's heart, and Shakespeare's strain.

私は世界の所有者、
七つの星と太陽年の所有者、
シーザーの手腕、プラトンの頭脳の所有者、
主キリストの愛、シェイクスピアの詩の所有者
~エマソン『歴史』(エッセイ)の冒頭の詩より。訳は『精神について』(入江勇起男訳)より~


◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)僕は漫画家(手塚治虫)
(2)自己信頼(ラルフ・ウォルドー・エマソン)
(3)精神について(ラルフ・ウォルドー・エマソン) ※『自己信頼』含む
(4)俺だけレベルアップな件 ※Amazon Prime Video

乙女の肖像
AIアート1524
「乙女の肖像」
Kay

我々は江戸時代の農民と同じように騙されている

毎日の食事が出来ることが当たり前だと思っている子供達に対し「三度の食事が出来ることを当たり前に思ってはならない」「三度の食事が出来ることに感謝しなさい」と言う人がいる。
だが、ラルフ・ウォルドー・エマソンは、経済的な不安を全く持っていない子供達は強く自信があって、大人より正しいと言う。
また、エマソンは、やはり経済的不安のない封建領主も同様なのだと言う。
誰も、封建領主に対し、「君が裕福な暮らしが出来るのは、領民達がしっかり働いているからだ。領民達に感謝しろ」とは言わない。

裕福な家の子供や封建領主にとって、生活の心配がないのが当たり前であり、当たり前だから自信があり、自信があるから強く正しい。
こう言うと、「それでは感謝の気持ちがない」と文句を言いたい人もいるだろう。

天皇陛下が子供の時、ご両親である今の上皇上皇后両陛下は、子供達が、食事が魔法で出て来ると思わないよう配慮したという話がある。
しかし、それは、食事がどうやって出来るのかのプロセスを理解するということと思う。
つまり、食事が出来ることを、誰かに感謝しろというようなことではない。
封建領主だって、自分の生活がどうやって成り立っているかは理解していないと馬鹿領主であると言えるだろう。

引き寄せでは、「当たり前に感じることが実現する」ということが最重要であると思う。
確かに、今あるものに感謝するというのは良いことである。
しかし、それを露骨にわざとらしくやることを推奨する引き寄せの指導者が多い。
有名な引き寄せ書『ザ・シークレット』でも、全部ではないが、そんな記述があったと思う。
粗末な服でも、今着れる服があることに感謝し、ポンコツでも、乗れる車があることに感謝しろと言う。
しかし、引き寄せでは、着たい服、乗りたい車に乗っていることを当たり前に思った時に実現するのである。
別に、ボロボロの服を着ている者や、古い車に乗っている者を馬鹿にしていいとは言っていない。
また、今持っている服や車を大切にしなくていいとも言っていない。
だが、感謝の気持ちは自然に起こるものであり、無理にするものではない。
まして、今あるものに感謝したらもっと良いものを得られるからという下心に満ちた感謝のフリは卑しいものである。

引き寄せで大きな成果を上げるのは、どん底を味わった者だと言われる。
不満はあっても、そこそこうまくいっている人は、熱心にやらないからだ。
引き寄せとは、快楽に耽るためのものではなく、世間の馬鹿げた教義や信念から逃れ、社会の洗脳を壊し、自由で強い高い存在を目指すことであると思う。
今、それほど苦しい状態ではないと思っていても、実は世間の幻想に囚われ、奴隷状態である今は、やはりどん底状態であり、本当の自分になることを熱心にやらなくてはならないのではないだろうか。

我が国には、完全に正確な事実ではないかもしれないが、ある程度は確かな、こんな歴史がある。
江戸時代、重税を課せられた農民の不満を和らげるため、非人という、普通の農民以下の人々を定め、「お前達(農民)は、あの非人達よりずっとマシである。だから仕事に励み、年貢(税)を収めよ」と騙したらしい。
しかし、この農民が、今の日本の庶民のようである。
豊かで自由であることは当たり前である。この認識にシフトしなければ、引き寄せは出来ないだろう。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)自己信頼(ラルフ・ウォルドー・エマソン)
(2)カムイ伝全集 第一部(1)(白土三平)
(3)マスターの教え(ジョン・マクドナルド)
(4)イット・ワークス! (RHJ)
(5)タフティ・ザ・プリーステス(ヴァジム・ゼランド)

朝陽に透ける髪
AIアート1488
「朝陽に透ける髪」
Kay

悟りに導く言葉

悟りというのは、難しいことではなく、イエス、親鸞、荘子、ラマナ・マハルシ、黒住宗忠らが、同じように語ったシンプルなことだと思う。
それは、神仏・・・つまり、自分よりはるかに高い存在に全てまかせてしまえば良いと分かることではないかと思う。
知恵があれば、人生を振り返ると、高次の力が全てを支配していたことに気付くと思う。
それが分かれば、その至高の力に身を任せれば良いだけである。

その高次の存在が真の自分であるが、一方、自我である自分は、偽物の自分であると言うより、丁寧に作られたヒューマノイド(アンドロイド)のようなもので、真の自分と仲良くなるほど幸福になるのだろう。
真の自分とすっかり和し(親しみ)、融合した自我の言葉が、以前も紹介した、エマソンの詩と、『人生を変える魔法の物語』の言葉だ。
これらを読むと、どんどん、神のような真の自分と近付いていくのを感じると思う。

私は世界の所有者、
七つの星と太陽年の所有者、
シーザーの手腕、プラトンの頭脳の所有者、
主キリストの愛、シェイクスピアの詩の所有者

エッセイ『歴史』より
書籍:『精神について』
著者:ラルフ・ウォルドー・エマソン
翻訳:入江勇起男

私に不可能はない。
世界は私のものだ。私の王国だ。
何ものも私を恐れさせることはない。
何ものも私を止めることはできない。
私が人に何かをお願いすることはない。
単に要求するだけだ。
私は支配者であり、ひざまずくことはない。
私の要求は絶対だ。
私の態度を前にして、敵対者は逃げだしていく。
私は山のように高く、大河のように豊かである。
そして平原をゆくように、何の困難もなく進んでいくのだ。

『人生を変える魔法の物語』(現在、販売中止)より
原題:The Magic Story
著者:フレデリック・ヴァン・レンスラー・ダイ
翻訳:高橋璃子(たかはしりこ)

これらを簡単に言ったのが、「エヒイェ・アシェル・エヒイェ」を訳した究極の真言、
「私はなるようになるだろう」(自我の立場)
「私は常に生成する者である」(真我の立場)
である。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)精神について(ラルフ・ウォルドー・エマソン)
(2)マジック・ストーリー(フレデリック・ヴァン レンスラー・ダイ)
(3)The Magic Story(Frederick Van Rensselear Dey)

柔かな場所
AIアート1409
「柔らかな場所」
Kay

プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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