ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

エイリアン・インタビュー

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

神ではないフリをやめるには

昨日書いた、『エイリアン・インタビュー』で語られたことが重要であると思うので取り上げる。
それは、我々が、
「神でないふりをすることで神をやめた」
ということである。
まず、何でそんなこと(神でないフリ)をしたのであるかだが、アメリカの女性作家で事業家であるチン・ニンチュウは、若い時に聖職者に教わったということだったと思うが、答は「楽しいから」であったと思う。
何でもすぐ実現してしまったら面白くないというのは、そんな気がしないでもない。
ところが、イギリス生まれのアメリカの哲学者で作家であるアラン・ワッツは、子供の1人遊びにたとえていた。
つまり、子供が1人で退屈な時、家族ごっこを始め、自分1人で、お父さん役、お母さん役、子供役、赤ん坊役を演じていたが、やがて、これが遊びであることを忘れ、本当にお父さんやお母さんや赤ん坊がいると思い込んでしまったというものだ(あくまでたとえなので、間抜け過ぎるなどとは思わないで欲しい)。
チェコ出身のイスラエルの発明家であったイツァク・ベントフは、もっと他愛ない遊びにたとえていたが、やはり、神様が2役の一人遊びを始めたようなものだと述べていた。

しかし、現代であればシミュレーションゲームにたとえるのが適当と思われる。
つまり、敵や味方や恋人や友人などが登場するゲームをしているうちに、ゲームを現実だと思い込んでしまったのだ。
『ソードアート・オンライン』のようなバーチャルゲームが出来たら、実際にそんなことが起こる可能性が高いだろう。
そして、これが肝心かもしれないが、今既にそうなっており、この世界はバーチャルなシミュレーションゲームである・・・即ち、シミュレーテッド・リアリティであるかもしれないということだ。
イギリスの哲学者ニック・ボストロムやアメリカの事業家イーロン・マスクが、この世界がシミュレーション世界であるとほぼ断言していることが有名であるが、当然、他にもそう思っている科学者や思想家などは大勢いる。

『エイリアン・インタビュー』で言う「自分が神ではないというフリをする」というのは、バーチャルゲーム内において、自分はただのゲームプレーヤーであり、ゲームの最高管理者ではないというフリをしているということだろう。
つまり、面白いゲームを作り、自分はその最高管理権限を持っているのに、そのことを忘れ、ただのプレーヤーとしてゲームをしている状態である。
そして、ゲームが下手なフリをし過ぎて、ロクでもない状態になり、本気で苦しがっているのだから世話がない(笑)。
それで、「ゲームをやめて管理者に戻る方法を教えて」とか言うのだが、そんなこと知るかである(笑)。

自分が管理者、あるいは、神であることを思い出す鍵は自分で残している。
それは、コツってやつである。
「このドアが開かないんだけど」
「ああ、そのドアの開け方にはコツがあるんだ。まずドアノブを左に少し回し・・・」
といったもので、あなたにも1つや2つあるだろう。
神であるあなたは、そんなところに、ゲームを終了させる鍵を設定したのだ。
簡単に言えば、誰も知らない、自分しか知らないことだ。
つまり、神しか知らないのだ。
それを見つけることである。
他にも方法はあるが、今回はこれを書いておく。

誓い
AIアート877
「誓い」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)エイリアン・インタビュー
(2)誰でも小さなことで大切な願いがかなえられる(チン・ニンチュウ)
(3)高次意識界へのガイドツアー(イツァク・ベントフ)
(4)「ラットレース」から抜け出す方法(アラン・ワッツ)

チート能力を持ってないふりは楽しかったか

一頃から、アニメ等で「チート」というものが流行っている。
チートとは「騙す」という意味で、アニメ等では、反則的なほどの圧倒的な力を持つことである。
そして、最近のアニメでは、チート能力を不正な方法で得るのではなく、ごく真っ当な方法で得たり、与えられるというものが多いと思う。
そんなチート能力を持った主人公は、戦いになれば、どれほど強大な敵や大勢の敵が現れても、余裕綽々で楽勝する。
たとえば、アニメ『即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。』では、主人公の高遠夜霧(たかとおよぎり)は、相手を決めて「死ね」と思えば、その相手が即死するというチート能力を持つ。相手がどれほど大勢でも、神のごとく強くても、その力は完全に機能する。だから、最初から戦いにもならない。
おそらく、これらのほとんどのアニメで、チート能力を持つ者は、わずかなピンチにすら陥ることはない。

昔であれば、こういった設定(ヒーローがチート能力を持つ)はありえなかったと思う。
ヒーローが強過ぎてはかえって面白味がなく、ヒーローも強いが敵も強くて、ピンチに陥ってハラハラドキドキさせたり、さらには絶体絶命の状態を根性で逆転勝利するところに見ごたえがあると考えられていたと思う。
それどころか、スペック的には敵の方がずっと強いのに、正義のヒーロー達はチームワークや「愛する人を守ろうとする美しい心」を武器に、傷だらけになりながら最後の最後で勝利して感動させるのも人気のストーリーパターンであると思う。

で、細かい話をし出すとキリがないので結論を言うと、若い人・・・と言うか、クリアな精神を持つ者にとって、チートこそ正しいということが分かって、いや、バレてしまったのだと思う。
昔は、敵やライバルと競い、苦しみながら戦うことが美徳と考えられていたが、これは何のことはない、支配者の洗脳であった・・・ということかもしれない。
こう言うと、「いやいや、そんな甘ったれたご都合主義的な考え方を持ってはならない。現実は厳しく、我々は知恵と勇気をもって戦わねばならない」という、これまでの世界ではまっとうなことを言う人達が多いが、それらの人達はすっかり支配者に教育されてしまっている・・・つまり、洗脳されているのかもしれない。

こう言っても、納得しない人が多いと思う。
そんな人には説得は難しい。
「チートは正しくない。正しくないし面白くもない」という長年の洗脳は、そう簡単には解けない。
まあ、深い洗脳は、何であれ解くのは難しい。

ところで、昔から、「最後の切り札」というものがあった。
奥の手とか、最終兵器とも言われるだろう。
しかし、「切り札は最後まで取っておくものだ」というフレーズがある通り、切り札、奥の手は、出せば勝てる可能性があるが、1回しか使えない。そして、出しても必ずしも勝てるとは限らない。
だが、絶対的な(必ず勝てる)切り札を、いつでも無制限に使えるのが正しいのである。
チート能力を当然持っている存在を、多くの人は神と呼ぶ。
聖書には、「神に出来ないことは何一つない」と書かれている。

『エイリアン・インタビュー』の中の言葉を、ややこしい言い回しをやめてシンプルに言えばこうなると思う。
「人間は神である。では、どうやって神であることをやめたのか?自分は神ではないというふりをすることによってだ」
『エイリアン・インタビュー』の全部が正しいわけではないと思うが、これに関しては、多くの賢者の意見が一致している。
全知全能でないふり、年老いて死ぬふり・・・どうして、そんなふりをするのかというと、強制的にさせられているという説もあるが、その方が面白いからだと言う話もある。多分、正しいのは後者だ。
力に制限があった方が楽しいというのが、ウルトラマンやセーラームーンなどでもお馴染みの考え方だ。
だが、そろそろごっこをやめないと拙いかもしれない。

呼び声を聴く
AIアート876
「呼び声を聴く」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。(Amazon Prime Video)
(2)異世界でチート能力を手にした俺は 現実世界をも無双為る ~レベルアップは人生を変えた~(Amazon Prime Video)
(3)陰の実力者になりたくて!(Amazon Prime Video)
(4)誰でも小さなことで大切な願いがかなえられる(チン・ニンチュウ)
(5)高次意識界へのガイドツアー(イツァク・ベントフ)
(6)エイリアン・インタビュー

あらためて世界の実態をさらりと

『マトリックス』のような映画によって、我々が現実と思っている世界は、実は電子装置によって見せられている幻想・夢ではないかという考え方が一般に示された。
ただ、そのような考え方は大昔からあったし、『マトリックス』のようなテクノロジーによる仮想世界の話も半世紀以上前から、SFなどで描かれている。
そして、ある意味では、実際にこの世界は仮想世界のようなものであると言える。
たとえば、養老孟司さんの『唯脳論』では、電子装置を使うまでもなく、我々が現実だと思っているものは脳が作った幻想・夢であることが明快に示されている。

人類はいずれ、『マトリックス』のように仮想世界の住人になるという有力な説がある。
だが、問題は、我々は精神的には仮想世界に住むとして、現実的な肉体の管理が必要であることだ。
『マトリックス』では、肉体は眠らせれ、栄養を自動供給されていたが、実際にはそんなことをしたら、肉体は衰えて駄目になり、それが脳の健康にも影響し、精神も駄目になる。
そこで、「いや、維持されるのは脳だけで良い」ということになり、我々の実態は実は培養液にぷかぷか浮かぶ脳で、脳が人工神経に接続されているのだという説もあるが、では、その脳はどうやって管理するかであるが、それを行うのはAIロボットであるということになる。
それなら、AIは完全に人類の支配者であり、AIの判断次第で人類は容易く滅びる・・・というか、そんな状態で人類が存続していると言えるか疑問だ。

そこで、「シンギュラリティ」の概念を提示したことでも知られる発明家のレイ・カーツワイルも言うように、精神を脳からコンピューターに「アップロード」し、脳自体も不要にする・・・つまり、我々は記憶や心をコンピューターに入れてしまい、脳はゴミ箱に捨てるといったことが考えられているが、これは魂とか霊といったものの存在を否定した考え方と言えると思う。
まあ、カーツワイルも、当面は、脳以外を機械化して生物としての死の概念をなくすと考えている。
脳自体は、うまく培養すれば永遠に持つと考えているのかもしれない。
だが、いずれにしろ、これらは唯物論というか、ニュートン・デカルト式の考え方であり、もっと新しい考え方がある。
新しいと言っても、それはある種の神秘思想に似ている。
たとえば、パラマハンサ・ヨガナンダの自伝『或るヨギの自叙伝』などに登場するババジは肉体も自在に創造支配出来る精神体のような存在で、本来、人間はそんな能力を持っているとされる。
まるで夢物語であるが、かなり前から量子力学が、そのようなことが出来る可能性を示していると思う。

1つの考え方としておくが、我々の実体は魂であり、それは神のごとき力を持ち、旧約聖書の神のように「〇〇よあれ」と言えば〇〇が出来る。
だが、我々の魂には何かによって制限がかけられていて、そんな神のごとき力を使うことが出来ない。
その制限についての1つの説が『エイリアン・インタビュー』にあるように、宇宙人によって地球に設置されたマインドコントロール装置が、我々の魂の力を抑え込んでいるというものだ。
『エイリアン・インタビュー』に書かれた通りであるかどうかは分からないが、私は概ね、あの通りであると思う。
そして、『エイリアン・インタビュー』では、釈迦や老子といった人々が自力でマインドコントロール装置の支配から脱することに成功しており、神である魂の力を取り戻している。
我々も、Omoiさんによる初音ミクさんの楽曲『テオ』のように、「今まで奪われてた分は取り戻すまでさ!」といきたいものである。

私だけではないと思うが、私は子供の時は、魂にかけられた制限が弱く、一般的には奇跡としか思えないことを何度も起こしたので、私には上のババジや『エイリアン・インタビュー』は単なる現実である。
引き寄せの法則は、その良い入門というか導入部分であると思う。
引き寄せメソッドとは、魂にかけられた制限を取り払うことであるべきと思う。
そして、それは、それほど簡単ではないが、それほど簡単ではないという想い自体が魂にかけられた制限で、実のところ容易いのである。
やり方は普段書いてある通りであるが、人によって好みがあり、今後もいろんな方向から書いてみようと思う。

目力
AIアート831
「目力」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)エイリアン・インタビュー(ローレンス・スペンサー)
(2)或るヨギの自叙伝(パラマハンサ・ヨガナンダ)
(3)シンギュラリティは近い [エッセンス版](レイ・カーツワイル)
(4)唯脳論(養老孟司)
(5)老子 (岩波文庫)
(6)ファーストワルツ(Omoi)※CD等

我々を弱くしてきた放送

宇宙人へのインタビュー内容が書かれたという『エイリアン・インタビュー』によれば、地球人類は魂の力を強く制限されているらしい。
それはそれで確かと思う。
地球人類の魂の力を制限しているのは、地球に仕掛けられたマインドコントロール装置だが、地球人類の中には、テクノロジーの力を使わず、自力でそれを脱した人間もいくらかはいたらしい。
釈迦や老子がそうであるようだ。
宇宙人云々のストーリーはともかく、納得出来る話である。
さらに、『エイリアン・インタビュー』で注目すべき話は、宇宙人がテレパシーで地球人の心を操作出来ることで、第二次世界大戦も、それによって起こされたという。
これもまた、なかなか信憑性が高い。
第二次世界大戦の勃発については、表立ったもの、陰謀論的なもの含め、様々あるが、とにかく謎が多い。
しかし、宇宙人による地球人の精神の遠隔操作説が可能なら、それが原因とするのは割と納得し易いと思える。

もし、あなたが、ある民族を弱い状態にしておきたいならどうするだろう?
それは簡単なことで、その民族の人々の力を削ぐための絶妙な言葉を、彼らに絶えず浴びせてやれば良い。
それには、テレビやラジオ、それに、インターネットのような流行りの媒体を使うのだろう。
では、その絶妙な言葉とは何だろう?
いやいや、あなたは知っているのである。
なぜなら、実際に、我々はその言葉を浴びせられ続けてきたのだから。
それは、「人は思うことは出来ない」である。
それがテレビ放送によるサブリミナル映像や声か、陰謀論的だが脳と同調する電磁波か、あるいは、『エイリアン・インタビュー』のようなテレパシーかは分からないし、全部かもしれないが、いずれにしろ、馴染のある言葉と感じるだろう。

「人は思うことは出来ない」
これに2つの意味があることに気付けば、かなり賢い人だ(宇宙人並だ)。
1つの意味は、文字通り、希望すること、やりたいことが出来ないという意味だ。
もう1つの意味は、これが深くて、思わないことが出来るという意味だ。
この言葉について説明したら、本1冊で足りないが、そんな説明は無益かもしれない。
ただ、2つ目の意味「人は思わないことが出来る」は単なる真理だ。
そこで、我々としては、悪い宇宙人のメッセージを否定すれば良い。
悪い宇宙人のメッセージを否定する言葉は「人は思うことが出来る」だが、それよりも「私は思うことが出来る」とした方が良い。
それで「私は思うことが出来る」を自分に対し放送すれば良い。
我々は、道具なしでは他人に対しては放送が出来なくても、自分に対しては容易く放送出来る。
ただ、これはあくまで放送なので、淡々と流さないといけない。
感情を込めて「私は思うことが出来る」と言えば、それは嘘であり、有害である。
「今日は雨は降りません」といった感じで「私は思うことが出来る」と自分に放送すれば良い。

魔法の国の子
AIアート795
「魔法の国の子」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)エイリアン インタビュー(ローレンス・スペンサー)
(2)老子 (岩波文庫)
(3)『華厳経』『楞伽経』(中村元)
(4)想定の『超』法則(ネヴィル・ゴダード) ※『The Power of Awareness』翻訳書
(5)その思いはすでに実現している! (ネヴィル・ゴダード) ※『The Power of Awareness』翻訳書
(6)世界はどうしたってあなたの意のまま(ネヴィル・ゴダード)※『AT YOUR COMMAND』翻訳書

前世の記憶について

深呼吸をあるレベル以上やっていると、まずはぼんやりかもしれないが、前世を思い出すのではないかと思う。
『エイリアン・インタビュー』での、宇宙人エアルの話によれば、モーツァルトや二コラ・テスラの異常な才能は、輪廻転生での蓄積であり、ラマナ・マハルシも、深いスピリチュアルな理解力を持つ8歳の子供について、「前世の影響」と述べていたらしい。
だが、地球では、人間は前世の記憶を失くしてしまう。しかし、本来の魂はそのようなことはない。
これは太古の昔に、ある宇宙人グループが地球に仕掛けた装置のせいであると宇宙人エアルが語ったというが、事実は不明ながら、そう考えるとつじつまが合うように思う。

だが、前世を思い出すと、前世で自分がやった悪い行いを後悔して苦しむのではないかと思われ、あたかも、それが理由で前世を思い出せない仕組みになっていると主張する者もいる。
今世での自分の過去の行いすら後悔して苦しむのに、それとは比較にならない大きな罪を犯していて、それを思い出したら生きていられないといった論がまかり通ってしまうこともある。

だが、宮本武蔵は「吾、ことにおいて後悔せず」と言い、たとえ自分が何をしてしまっても、それを後悔しないと宣言し、ラマナ・マハルシは、たとえ自分が罪人でも「私は罪人だ」と思って苦しんではいけないと言った。
また、マハルシに「隣の奥さんが美しく、間違いを犯しそうだ」と相談してきた男に対し、マハルシは「たとえそうなっても後悔すべきではない」と言った。
この問題に対しては、親鸞が明解に答えている。
「思い通りに罪を犯したり、また、罪を犯さずにいられるのではない」
罪を犯すか、犯さないかは運命であり、避けられない。
罪を犯す運命であれば、どうしようと罪を犯すし、罪を犯す運命でなければ、どうしたって罪を犯すことは出来ない。
だが、これ以上のことは、マハルシも親鸞も言わなかった。
罪を犯す原因は、たしかにカルマ(因縁・業)であるが、カルマが作用して罪を犯させるのは思考である。
よって、思考を消せば、いかなるカルマも作用しない。
そして、思考を消せば、過去や前世で罪を犯したのは自分ではなく、思考であることが分かり、後悔は起こらないし、罰からも解放される。

薔薇色の乙女
AIアート441
「薔薇色の乙女」
Kay


思考を消せば、輪廻転生の中で得た知識や経験を思い出すし、完全に思考が消えれば、宇宙全体の知識や経験を得る。
そもそも、魂の中には宇宙の全ての情報があり、宇宙の全てのエネルギーと接触出来るのだから、魂は全知全能である。
だから、魂に一切をまかせてしまえば間違いない。
この魂を、それぞれの知識や慣習により、神、仏、道(タオ)、潜在意識、宇宙の意志、宇宙エネルギー、天などと呼ぶのである。
今朝も書いたが私は、宇宙の活力という呼び方を気に入っているが、それも時によっては変わるし、呼び方自体は何でも良いのである。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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