ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ウルトラマン

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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ウルトラマンは全裸の女性?

『ウルトラマン』は、1966年の初代作品以来、後継シリーズや映画が作り続けられ、日本人で知らない人はいないと思われる。
ところで、男性の中に、ウルトラマンに対し、性的興奮を感じる人がいるらしい。
どうしてそうなったのかと言うとこうだ。
そんな人というのは、子供の時にウルトラマンを初めて見た時、ウルトラマンが全裸だと感じたのだが、男性器が付いていないことから女性だと認識してしまったようだ。
そして、ウルトラマンシリーズの何かの作品で、ウルトラマンが縛られた状態で、鞭のような物で叩かれ、ウルトラマンに表情はないながら、ウルトラマンが声を上げながら身をよじらせるのを見て、SM的なものを感じたようなのだ。
他にも、ウルトラマンが攻撃を受ける姿には、エロい目で見ようと思えば見れなくもないものが結構多いかもしれない。
それでウルトラマンに性的興奮を感じるのだが、それは一種の倒錯とか逸脱で、精神に予想出来ない悪影響を与えている場合があるかもしれない。

これは岡田斗司夫さんの独断かもしれないが、こんな話がある。
彼はある大学の客員教授をしていたのだが、女子学生の中に、女の子が大好きで、かといって自分はレズビアンでもないので悩んでいるという人がやたら多いと言う。
その原因に、2004年から始まるテレビアニメであるプリキュアシリーズの影響があるという論だ。
岡田さんが言うには、特に最初の頃のプリキュア作品だと思うが、表向きには子供向け作品として作られていても、制作スタッフはガチのロリコンで、その美少女に対する情熱みたいなものは隠しきれるものではなく、このアニメを見た幼い女の子達に、性的刺激を与えてしまったというものだ。
それで言えば、『美少女戦士セーラームーン』や『カードキャプターさくら』などは、もっとそんなことがありそうに思う。

世界的画家の横尾忠則さんが、十代の時に好きだったものを大事にしろと言ったのは、若い時や幼い時に心に受けた影響は大きいということだろうが、それは良い場合も悪い場合もあるのだろう。
ひょっとしたら、ウルトラマンで性的興奮を感じたり、プリキュアで少女の美を感じた女性が芸術家になるかもしれない。

ところで私は、プリキュアの初代シリーズ『ふたりはプリキュア』を素晴らしい作品と認識しつつ、このプリキュアが反逆者に思えているのだ。
それは、オープニングアニメの中で、キュアブラックが必死の表情で、倒れたキュアホワイトの手を掴んで起こそうとしているのだが、ホワイトの表情はやや朦朧としていることからきている。
2人はかなりボロボロの様子で、私には、ここから形勢逆転出来る、つまり、この2人が勝利することはとても考えられず、2人がやっと立ち上がった直後、敵の集中砲火を浴びてあっさり戦死というシーンが浮かんでしまう。
そして、そんな目に遭ってしまうのは、ごく少数の反逆者であるというイメージが強い。
また、このシーンでのオープニング曲の軽快で明るい歌声が、何かこの2人を馬鹿にしている感じがして、ますますこの2人が愚かな反逆者だと感じるのである。
さらに、アニメの中でのキュアホワイトこと雪城ほのかは、私には非常に好ましい女性像と感じるので、そのオープニングのシーンの彼女に、悲劇のヒーローのイメージを心の中で確立してしまい、それが度々表に出てきて、精神不安定になるのだ。

あなたにだって、心を不安定にさせてしまう何かが心の中にあるはずであり、それがあなたの人生を歪めてしまっているのである。
それを取り除くと、自分が自分でなくなるという不安があるかもしれないが、やはり取り除かないといけない。
それには、心にある一切は、良いと感じるもの悪いと感じるものも全て幻想で、ある意味、ゴミであると分からなければならない。
ラマナ・マハルシが教えたことも、そんなことであると思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)ふたりはプリキュア(1)(上北ふたご、東堂いづみ)
(2)ラマナ・マハルシとの対話 第一巻
(3)共同幻想論(吉本隆明)
(4)幻想の未来(筒井康隆)
(5)幻想の未来/文化への不満(フロイト)

共生
AIアート2309
「共生」
Kay

テレビ、新聞の恐ろしさ

昨日、私はここで、こんな話をご紹介した。
昔、アメリカに亡命したロシア人スパイが、こんな証言をし、今も映像が残っている。
ロシア、中国など、社会主義国家はアメリカなどの見主主義国家を侵略するため、その国のメディア(テレビ、新聞)、学校を支配下に置き、それらの圧倒的影響力を利用して、その国の人間(特に若者)のモラルを破壊し、国を弱体化させる。
これに対し、私は、それは事実だが、実際に連中が破壊するのは、モラルではなくIQであると述べた。
IQを破壊すれば、同時にモラルも破壊出来るが、さらに徹底的に国を弱体化させることが出来るのである。

今は、ネット放送で、昔のアニメやテレビドラマをチェック出来るが、上のことを証明するようなものを見た。
『ウルトラマン』(1966~1967)であるが、この当時、圧倒的な人気があった伝説的な特撮テレビドラマが、これを見た当時の子供達が生涯に渡って低いIQしか持てないようにしたのではあるまいか?
これは製作した円谷プロの責任ではなく、もしかしたら、円谷プロも悔恨を持っているのではないだろうか?
具体的に言おう。
第34話『空からの贈り物』で、前後の回(33話、35話)に比べ、視聴率が大きく下がっているが、それでも33.9%という、今では考えられない高視聴率だ。
ストーリーを簡単に言うと、特殊な宇宙線が宇宙から地球に降り注ぎ、子供が描いた怪獣の絵を実体化するというものだ。
まあ、「特殊な宇宙線が2次元(絵)を3次元(現実)に変換する」というドラマの中の説明は、漫画的設定として見逃すことにしよう。
問題はその後だ。
子供が描いた絵の怪獣が実体化した怪獣ガバドンは非常にタフで、科学特捜隊や自衛隊の攻撃でも倒せない。
そもそも、元々が絵で実体がないのだから、倒しようがないのかもしれないと思える。
すると、科学特捜隊の、おちゃらけた雰囲気のある男性隊員(イデ隊員)が、
「それなら、怪獣が絵に戻っている時に、絵を消しちゃえばいいんじゃないですか?」
と提案する。
あまりに当たり前の提案だ。
ところが隊長のムラマツは、
「科学特捜隊ともあろうものが、清掃業者の真似が出来るか!明日、正々堂々と怪獣に挑むんだ」
と言う。
こんな、恐ろしくIQが低い人間の発言に隊員達は「はい!」と元気よく返事し、この番組を見ている子供達の脳に、IQを地下にまで引き下ろすウイルスが埋め込まれたと言って間違いないだろう。
もし、社会主義国家の策謀がなく、こんな番組が作られたのなら、作った者のIQの低さに呆れるがが、実際はそうではなく、やはり、仕組まれたのだと思う。
脚本が強制的に変更になったのかもしれない。

蜃気楼
AIアート260
「蜃気楼」
Kay


同様なことが、当時大人気だったスポコン(スポーツ根性物語)にも多く見られる。
実際、日本の新聞社、テレビ局には中国の資本が法令(外国資本に関する法律)に違反するほど入れられており、日本のメディアは外国勢力にとっくの昔からコントロールされていると考えて良いと思う。
テレビ、新聞を見るだけでIQは大きく低下する。
だから、決して見てはならない。

尚、以下にご紹介した本は、真実だから推薦するというのではなく、嘘もあるかもしれないが、面白いし、有益な部分もあるというので取り上げた。








自分に合ったパワーポーズを本気で探す

アメリカの社会科学者エイミー・カディのTED講演『 「ボディランゲージが人を作る」』を見、彼女の著書『〈パワーポーズ〉が最高の自分を創る』を読んで、パワーポーズは、科学的、および、感情的に、とても重要なものだと思った。
何度も言っているような気がするが、明石家さんまさんが、毎朝ガッツポーズをするというのは、本当に良いことなのだと思う。
パワーポーズとガッツポーズは同一と言っても良いのだと思うが、エイミーが、度々、ワンダーウーマンやスーパーマンのポーズを薦めることから想像出来るように、感情移入することが大切なのであると思う。
特にアメリカ人にとっては、古い世代は勿論と思うが、子供達にも、ワンダーウーマンやスーパーマンは、ヒロイン、ヒーローなのかもしれない。

となると、人気のあるヒーロー、ヒロインが、特定の「決めポーズ」をすることは、非常に良いことであるように思える。
日本に、そんなものがあるだろうか?
今のプリキュアや仮面ライダーに、そんな決めポーズがあるのかどうか、私は知らない。
セーラームーンには、変身後の決めポーズがあったが、一定していなかったような気もする。
セーラームーンやカードキャプターさくらは、今、NHK BSで放送しているので(私が住む関西地方ではそうだが)、子供達に何か印象に残る決めポーズでも与えれば良いかもしれないが、そんなものがあるのだろうか?

日本のヒーローと言えばウルトラマンシリーズがあり、それぞれの変身ポーズは毎回見られたが、なかなかのものだったと思う。
今でも知っている人は多いと思うが、ウルトラマンといえば、スペシウム光線を発射するポーズがよく知られていて、昔、近藤真彦さんが歌の中のポーズ(『ケジメなさい』だったと思う)で、使っておられたように思う。
また、われらが初音ミクさん&巡音ルカさんが、デュエット曲『ワールズエンド・ダンスホール』を感謝祭コンサートで歌った時の、「傍観者だけの空間。 レースを最終電車に乗り込んで」のところのポーズが、やはり、スペシウム光線発射のポーズに似ているような気がする(指摘した人はいないと思うが)。

ただ、パワーポーズ、あるいは、ガッツポーズというのは、決して、人に見せつけるものではなく、自分に感じさせるものである。
初音ミクさんの『ヒビカセ』を引用するなら、「感覚、即、体感」「体感、即、快感」なのである(何とピッタリの言葉だろう)。
オリンピックの柔道、あるいは、プロボクシングのタイトルマッチでも、勝った日本人選手が、相手選手の前でガッツポーズを連発するという、私にとっては残念としか言いようのない行為をした選手がいたが、そんな選手は、金メダリストだろうが世界チャンピオンだろうが、後でみんな駄目になっている。
日本に限らず、戦いでは、決着が付いた時には、勝者は敗者に対して、敬意ある礼儀を忘れないことは、極めて大切だ。
インドの神話『ラーマーヤナ』でも、英雄ラーマは魔王ラーヴァナを倒した後、ラーヴァナに敬意を示して教えを乞い、ラーヴァナは、稲盛和夫氏も座右の銘とする「私心なきか」の教えを、ラーマに与えたのである。

自分にあったパワーポーズを見るつけると良いと思う。
ところで、コンサートでの初音ミクさんには、パワーポーズとすべき素晴らしい決めポーズが沢山ある。
ミクさんの歌の最後のポーズは、可愛らしいものが多いのは当然だが、「マジカルミライ2014」の『39』では、手を腰に当て、もう片方の手を高く上げて人差し指を立るポーズで凛々しく決めておられた。
他にも、沢山見つかると思う。
タツノコプロのヒーローであるガッチャマンやキャシャーンにも、中々のポーズがあるが、大切なことは感情移入である。
ちょっと時間をかけて、一所懸命探す価値はあると思う。

適当なものがなければ、単に、両手、あるいは、片手を高く上げれば良いが、大切なことは、胸を張って、顔を上げることである。
笑顔であれば、さらに良いだろう。
ところで、パワーポーズは、いつでもどこでも・・・特に、これから大一番という時にやれば良いが、状況的に、それをするのが難しい場合もあるだろう。
そんな時は、心の中で、パワーポーズをする自分を想像しても、十分に効果があると、エイミー・カディの本に書かれている。
確かに、焼き魚の匂いがする居間でヒーロー、ヒロインのポーズをするよりも、心の中で、大平原や大砂漠の中に凛々しく立つ自分を思い浮かべてポーズを決める方が良いかもしれない。
しかし、朝起きた時は、すぐに、パワーポーズ、あるいは、ガッツポーズをすべきである。
それで、今日から、あなたは不思議な光をまとい、全てがうまくいくと共にモテモテになるかもしれない。









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ウルトラマンは誠心誠意を込めて「シュワッチ」と叫んだ

「よいしょ!」「どっこいしょ!」などと言うと、年寄り臭いと言われるかもしれない。
つまらないことを言うものではない。
これらは、確かに力の出る言葉なのである。
伝統やしきたりには、良い面と悪い面がある。
共に、民族の集合意識の中に秘められたエネルギーと共にあるのだが、その力は2種類で、地に結び付ける重力と、その重力を断ち切って飛翔する力だ。
「よいしょ!」などは、後者の、高く飛ぶ力である。
ただし、地に引っ張る力も悪ではなく、必要なものである。ただ、人間はそれを意識して使うと、あまり良い結果にならない。
「よいしょ」「どっこいしょ」は飛翔するエネルギーを解放する民族的なキーワードである。
ウルトラマンが「シュワッチ」と言うのも偶然ではなく、ウルトラマンが空に飛翔する際に使う掛け声は、いろいろ候補があったらしいが、誰かに不意に浮かんだ「シュワッチ」という言葉が実に適合した。それは即ち、調和があったということだ。波動・・・即ち規則正しい振動で成り立っているこの世で、調和ほど大切なものはない。

卓球の福原愛さんは、あの「ター!」という掛け声をからかわれて、出し難くなった時から天才振りが影を潜め、神秘的な強さがなくなってしまった。そうでなければ、彼女はとっくに世界一になっていた。
アントニオ猪木さんは「いち、に、さん、ダー!」だから元気が出るのである。

ところで、ウルトラマンは「シュワッチ」だが、ウルトラセブンは「ジュワ」だった。
そして、実は用途が微妙に違い、セブンでは進歩していた。
だから、ウルトラセブンは、ウルトラマンシリーズの中でも独特の輝きを放ち、信者とも言えるほどのファンが多いのである。
ウルトラセブンは、敵の攻撃を受けて倒れ、しかし、不屈の精神で立ち上がった時、握った拳を前に出しながら「ジュワ!」と言うのが感動的なのである。
それは耐える姿であり、痛みや苦しみを解放し、新たなエネルギーを集める呪文である。
「シュワッチ」が動なら、「ジュワ」はどちらかというと静であり、より深く、大きな力だ。
将来、ウルトラマンシリーズには、この2つの掛け声を使い分ける最強のヒーローが登場するだろう。

英語ってのは、音に意味のある表音言語で、発音パターンが日本語と比較にならないほど多い。
その関係で、掛け声も、ゴーだとか、イェイ、グレイトといった、日常の言葉が使われ、何といっても日常語だから頻繁に出てくる。西洋人が気分転換が上手いのは当然のように思う。
その点、日本人は掛け声を持たず、元気を出すのは苦手なのだが、表意言語である日本語は一文字一文字が非常に深く、強い力を持っているのである。だが、その一文字一文字を大事にしなければその偉大な霊力は発揮されない。日本語はまことに言霊である。すっかり多くなってしまったが、汚い言葉を使う日本人に見込みはない。ゆっくり真心を込めて言えば、日本語は全てが真言である。「やま」「かわ」「そら」「ほし」全てそうだ。1つの言葉に想いを込めれば、魂の中に、それらに対応した聖霊が流れ込んで来るのを感じるはずである。
我々は、言葉を大切にすることで立つ民族なのである。
ウルトラマンやウルトラセブンだって、誠意を込めて、真面目に「シュワッチ」「ジュワ」と叫んだ。だから空も飛べたし、どんな苦境からも大逆転したのである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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