ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ウパデーシャ・サーラ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

『ウパデーシャ・サーラ』続き

前回、たまたま、ラマナ・マハルシの30編の詩である『ウパデーシャ・サーラ』の1つ目を取り上げた。
その1つ目と続いていることもあり、とりあえず、2つ目を見てみよう。

想い、言葉、行為は、それに応じた報いをもたらす
想い、言葉、行為、報いは過ぎ去る
人はそれらをいつまでも繰り返し、苦しみ続ける

人は、願ったことが叶わないと苦しむ。
願ったことが叶うと喜ぶが、それで終わらない。
もっと欲しいと願い、さらに苦しむ。
それをずっと繰り返す。
願いが多くなるほど苦しみも増え、願いが少なくなれば苦しみも減る。
だから、賢い人は、ある程度得たら、もう欲張らない。
世界一の投資家に、投資で成功する秘訣を尋ねたら、「欲張らないことだよ」と答えたらしい。
もっと賢い人は、今あるもので満足する。

ある朝
AIアート42
「ある朝」
Kay



だが、人は欲張ることを決して止めない。
それで、永遠に苦しむ。

ところが、なぜ人は欲張るのかと考えない。
これが不思議だ。
なぜ、こんな重要なことを疑問に思わないのだろう?
ところが、人々は「それが人間だ」という愚かなことを言い、それが暗黙の認識になってしまっている。

だが、事実は、欲張るようマインドコントロールされているのである。
誰に、あるいは、何にマインドコントロールされているかというと、仮の話とするしかないが、太古の昔、超テクノロジーを持った宇宙人が地球に仕掛けたマインドコントロール装置によってである。
それにより、人間は、欲望と苦しみの連鎖(カルマと言われることがある)を繰り返し、地球上に縛り付けられている。
それがもう何万年も続いているが、これからも永遠に続くかもしれない。
そこから逃れる方法はただ1つで、心を消すことである。
従来、心を消すために賢者が教えたのは、心が何の影響も与えない大自然の法則に従うことだった。
心は星の運行に影響を与えない。
心が作り出したもので自然環境を破壊するかもしれないが、その報いを受けることもまた大自然の法則だ。
大自然の法則に従う者は自然環境を破壊しない。
だが、欲深い心が大自然の法則に従うことは難しい。
そこで、ラマナ・マハルシは「私は誰か?」と自分に問うという易しいやり方を教えた。

「私は誰か?」と自分に問えば、心は消え、本当の自分は全知全能の無限の魂(=神)であることが分かる。
そうすれば、苦しみは消えるし、魂は喜びそのものであり、しかも最高の喜びであるから、喜びを求めて何かを望むこともない。
だが、それまでに、何でも出来る何もしない人になる。
何でも出来るフリをする何もしないフリをする人ではなく、何でも出来る何もしない人にである。








『ウパデーシャ・サーラ』の最初の1詩

面白いものがある。
ラマナ・マハルシが自ら、厳選した教えを、それぞれは非常に短い30の詩にしたものだ。
それは『ウパデーシャ・サーラ(教えの精髄)』と呼ばれるものだ。
それが、本当に面白いのである。
ためしに、最初の1つを取り上げる。

その1
言ったり、想ったり、行(おこな)ったりをすると、それに応じた結果が生じる。
なぜか?
真のあなた(=魂)がそう決めたからだ。

あなたが「お金よあれ」と言えば、お金はいくらでも得られる。
しかし、そうならないなら、あなたが、自分は魂であることを忘れているからだ。
つまり、心というゴミに覆われて魂という宝石が隠れているからだ。
だから、常に、「私は誰か?」と自分に問い、心というゴミを消し、魂が現れるほど、言った通り、想った通りになり、手がけたことは成功する。

花の微笑
AIアート41
「花の微笑」
Kay


自分が魂であるという認識が高い人が、
「私は言う。お金よあれ」
と言うと、たちまちお金が出来る。
そんな人の「私は言う」は、「魂である私が言う」に近いからだ。
つまり、本来、「私」は「魂」なのだから、「私」が言ったことは絶対なのだ。
だから、「私は誰か?」と常に問い、だんだん、自分が魂であることが分かってくると、ちょっと想っただけで実現してしまう。
かなり魂に目覚めた人が、冗談で、「(難しい抽選に)当たったりしてね」とか「(近づき難い)あの人に会ったりしてね」とか言うと、本当に当たったり、会ったりする。

ところが、騙したら、いつか騙されるし、殴ったら、いつか殴られる。
だって、ロクでもない理由で殴る時、「私は殴る」とは言わないし、騙す時も「私が騙している」と思わない。
殴るのは、(私ではない)どこかの誰かで、騙すのも、やはり私ではないと思っているものなのだ。
そこで、確かに実現に時間はかかるが、騙された時、隠された魂は「私は騙される」と言い、殴られた時には「私は殴られる」と言うのである。
ここらのカラクリは話すと長いので、とりあえず、叶えたい願いに関しては、「私は言う。お金がある」と言えば、魂が目覚めている度合いに応じて叶うことを言っておく。
そのために、常日頃、「私は誰か?」と自分に問うべきである。

この詩は、「だから引き寄せをバンバンやりなさい」と言っているのではなく、単に、「そういうものなんだ。それを誤解するな」と言っているのである。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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