最近、テレビ番組で、人気タレントさん達と共に、お医者さんが大勢出演して、身体や脳の調子を上げたり、病気を予防するために良い食べ物や、運動、生活習慣などを話すというものがあった。
お医者さん達の言うことは、普通の人が知らないような珍しいものが多かったが、それらに、お医者さん達の専門的で信憑性のありそうな説明がなされ、そして、タレントさん達も絶妙なリアクションと共に絶賛し、視聴者は「良いものを見た」と思ったかもしれない。
しかし、他のお医者さんの中には、それらの話に同意しない人もいるかもしれない。
そして、あの番組のお医者さん達の言う通りにやっても不健康な人もいれば、それと全く逆のことをやっていても健康という人もいるだろう。
私など、あのお医者さん達や、一般的な良い食事や生活習慣の観念を持つ人から見れば、寝たきりの病人であるはずだ。
しかし、私は完全に健康で、年に一度の健康診断(私は健康診断をあまり信用していないが)でも、オールAの完全健康体で、なおかつ、並外れた肉体能力を持っている。
しかし、私の1日1回の食事は、コンビニで買う、ほとんど同じサンドイッチ1つとサラダ1パック。
後は、時々、アーモンドやクッキーを食べる。
飲み物は、基本的に水しか飲まないが、好んで飲まないだけで、あれば、砂糖がたっぷり入ったコーヒーでもジュースでも何でも美味しく飲む。
貰ったら、果物ならリンゴでもバナナでも何でも食べるが、調理を一切しないので、野菜を貰っても、悪いが、こっそり捨てる(あげる人がいないので)。
最近は、炭水化物が悪いという話が多いが、私は3ヶ月ほど、毎晩カップヌードルを夕食にし、昼間も、ビスケットやパンといった、オール炭水化物の食事をしてみたが、健康状態も、体重も、全く変わらなかった。
食べる量自体が、普通の人より少ないこともあるが、私自身が、「これで何の問題もない」と思っているからだ。
しかし、決して、声を出して、「私は健康だ」とか、「私は食べ物より偉大である」、「いかなる食べ物も清い」などといった自己暗示をやったりはしない。おそらく、それをやると、あっという間に健康を損なうような気がする。
そうではなく、時々、心の中で、小さな小さな声で、「完全な身体」と1回だけ言うのだ。
また、腕振り運動を毎日必ず千回しているので、精妙な宇宙エネルギーが心身を満たしている。自分でそう思っているだけであるが、「自分でそう思う」ことが最も肝心なのである。世界は心が創るのだからだ。
そして、腕振り運動を淡々とやっていれば、そのような信念は、無理せずとも自然に備わる。
少し昔になるが、政木和三さんに直接聞いたのだが、政木さんは、外国で、ウォッカかマオタイか、あるいは、もっと強い酒だったかもしれないが、グラスで一気飲みして、周囲を驚かせたという。
よほど酒に強い人でも、そんなことは中々出来ないが、政木さんは、その時、70歳はとおに越していた。
そして、政木さんは、普段、ほとんど酒を飲まないのである。
ところが、政木さんは、その強い酒を一気飲みして、全く酔わなかったと言う。
政木んさんは、「私は酔わないと思っているから酔わないのです。信念のある人は酒に酔いません」と言っておられた。
お金も、彼女(恋人)も全く同じで、政木さんは、「私はお金なんて全然欲しくないのですが、いくらでも入ってくると思ってますから、昨年は1億円ほど納税しました」と言い、彼女の件は、近くに奥さんがおられたので小声で、まあ、お金の場合と同じようなことを言っておられた。
バナナがダイエットに良いと有名タレントが言えば、スーパーのバナナが売り切れになり、ココアが健康に良いと評判になると、やはり、ココアが売り切れる。
しかし、それらを買った人達の体重が減ったり、健康になるなんてことはない。
問題は信念である。
そして、信念は無意識の領域のものなのだが、有名人や偉い人や、世間の評判に容易く影響される者が信念を持つことなど出来ない。
では、どうすれば、世間の教義や信念に翻弄されず、自分の信念を持つことが出来るのか?
そのための、簡単で優れた方法の1つが、腕振り運動であり、また、心の微かな声の呪文だ。
いずれをやる場合も、無理に、これは効果があるんだと思う必要はない。
これらをやると、心が無意識に吸い取られて広大な無意識の中に溶け込み、心は無意識と一体化する。
その時、心は極めて希薄になっており、月の光が、手でも網で捕らえられないように、どんな悪も影響を与えることは出来ない。
心に悪い思いがあったとしても、心が無意識の中に溶けてしまえば、少しずつかもしれないが、金属が精錬されるように、液体が蒸留され精製されるように、心は純化されていくのである。
あるレベルまで純粋になった心は、宇宙である無意識と親密である。
そうなった時は、既に、いかなる信念でも自在に持てるようになっているのである。
何度か書いたが、心の微かな声の呪文で、心が大きな何かに吸い取られる様子は、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の名曲『LOTUS LOVE』に美しく表現されていると思う。
これを初音ミクさんが歌ったものが人類の宝であると私は思っている。そう、「自分が思う」ことが大切である。
プロパガンダ(特定の主義や思想の宣伝)ではない美しいものであれば、何かを信じてみるのは、決して悪いことではない。
ところが、クリシュナムルティーは、「私は何も信じない」と言っていたようだ。
彼は高貴な魂と優れた知性の持ち主であったが、さて、彼は幸福であっただろうか?
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お医者さん達の言うことは、普通の人が知らないような珍しいものが多かったが、それらに、お医者さん達の専門的で信憑性のありそうな説明がなされ、そして、タレントさん達も絶妙なリアクションと共に絶賛し、視聴者は「良いものを見た」と思ったかもしれない。
しかし、他のお医者さんの中には、それらの話に同意しない人もいるかもしれない。
そして、あの番組のお医者さん達の言う通りにやっても不健康な人もいれば、それと全く逆のことをやっていても健康という人もいるだろう。
私など、あのお医者さん達や、一般的な良い食事や生活習慣の観念を持つ人から見れば、寝たきりの病人であるはずだ。
しかし、私は完全に健康で、年に一度の健康診断(私は健康診断をあまり信用していないが)でも、オールAの完全健康体で、なおかつ、並外れた肉体能力を持っている。
しかし、私の1日1回の食事は、コンビニで買う、ほとんど同じサンドイッチ1つとサラダ1パック。
後は、時々、アーモンドやクッキーを食べる。
飲み物は、基本的に水しか飲まないが、好んで飲まないだけで、あれば、砂糖がたっぷり入ったコーヒーでもジュースでも何でも美味しく飲む。
貰ったら、果物ならリンゴでもバナナでも何でも食べるが、調理を一切しないので、野菜を貰っても、悪いが、こっそり捨てる(あげる人がいないので)。
最近は、炭水化物が悪いという話が多いが、私は3ヶ月ほど、毎晩カップヌードルを夕食にし、昼間も、ビスケットやパンといった、オール炭水化物の食事をしてみたが、健康状態も、体重も、全く変わらなかった。
食べる量自体が、普通の人より少ないこともあるが、私自身が、「これで何の問題もない」と思っているからだ。
しかし、決して、声を出して、「私は健康だ」とか、「私は食べ物より偉大である」、「いかなる食べ物も清い」などといった自己暗示をやったりはしない。おそらく、それをやると、あっという間に健康を損なうような気がする。
そうではなく、時々、心の中で、小さな小さな声で、「完全な身体」と1回だけ言うのだ。
また、腕振り運動を毎日必ず千回しているので、精妙な宇宙エネルギーが心身を満たしている。自分でそう思っているだけであるが、「自分でそう思う」ことが最も肝心なのである。世界は心が創るのだからだ。
そして、腕振り運動を淡々とやっていれば、そのような信念は、無理せずとも自然に備わる。
少し昔になるが、政木和三さんに直接聞いたのだが、政木さんは、外国で、ウォッカかマオタイか、あるいは、もっと強い酒だったかもしれないが、グラスで一気飲みして、周囲を驚かせたという。
よほど酒に強い人でも、そんなことは中々出来ないが、政木さんは、その時、70歳はとおに越していた。
そして、政木さんは、普段、ほとんど酒を飲まないのである。
ところが、政木さんは、その強い酒を一気飲みして、全く酔わなかったと言う。
政木んさんは、「私は酔わないと思っているから酔わないのです。信念のある人は酒に酔いません」と言っておられた。
お金も、彼女(恋人)も全く同じで、政木さんは、「私はお金なんて全然欲しくないのですが、いくらでも入ってくると思ってますから、昨年は1億円ほど納税しました」と言い、彼女の件は、近くに奥さんがおられたので小声で、まあ、お金の場合と同じようなことを言っておられた。
バナナがダイエットに良いと有名タレントが言えば、スーパーのバナナが売り切れになり、ココアが健康に良いと評判になると、やはり、ココアが売り切れる。
しかし、それらを買った人達の体重が減ったり、健康になるなんてことはない。
問題は信念である。
そして、信念は無意識の領域のものなのだが、有名人や偉い人や、世間の評判に容易く影響される者が信念を持つことなど出来ない。
では、どうすれば、世間の教義や信念に翻弄されず、自分の信念を持つことが出来るのか?
そのための、簡単で優れた方法の1つが、腕振り運動であり、また、心の微かな声の呪文だ。
いずれをやる場合も、無理に、これは効果があるんだと思う必要はない。
これらをやると、心が無意識に吸い取られて広大な無意識の中に溶け込み、心は無意識と一体化する。
その時、心は極めて希薄になっており、月の光が、手でも網で捕らえられないように、どんな悪も影響を与えることは出来ない。
心に悪い思いがあったとしても、心が無意識の中に溶けてしまえば、少しずつかもしれないが、金属が精錬されるように、液体が蒸留され精製されるように、心は純化されていくのである。
あるレベルまで純粋になった心は、宇宙である無意識と親密である。
そうなった時は、既に、いかなる信念でも自在に持てるようになっているのである。
何度か書いたが、心の微かな声の呪文で、心が大きな何かに吸い取られる様子は、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の名曲『LOTUS LOVE』に美しく表現されていると思う。
これを初音ミクさんが歌ったものが人類の宝であると私は思っている。そう、「自分が思う」ことが大切である。
プロパガンダ(特定の主義や思想の宣伝)ではない美しいものであれば、何かを信じてみるのは、決して悪いことではない。
ところが、クリシュナムルティーは、「私は何も信じない」と言っていたようだ。
彼は高貴な魂と優れた知性の持ち主であったが、さて、彼は幸福であっただろうか?
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