ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

イエス

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

『老子』(78/81)「真の王とは」

今回は『老子』第78章である。
この章を一言で言えば「真の王とは」である。

イエスが「先の者が後になり、後の者が先になる」と言ったのと同じだ。
つまり、一番先に行っているように見える者が、実は一番遅れており、ビリに見える者が、実は一番前進している。
見かけと実体は真逆だ。
だからイエスは、「一番偉くなりたいなら、皆に仕えなさい」と言ったが、世間の先生達は、これを道徳上の方便のように言う。
では、真の王とは何だろう?

老子は、こう言うのだ。
「国中の恥辱を背負う者が一国の真の王」
「天下の不幸を背負う者が天下の真の王」
イエスもラマナ・マハルシも言ったと思う。
「神はいかなる重荷にも耐える」

初音ミク 白ドレス
AIアート25
「初音ミク 白ドレス」
Kay


凡人・・・つまり、超高度テクノロジーで作られたマインドコントロール装置に支配されている者は、自分の失敗についても、
「それは俺のせいじゃない」
と言う。
だが、マインドコントロール装置の支配から脱した者は、この世のあらゆる問題に対し、
「それは私のせいだ」
と言う。
『神様のメモ帳』という小説・アニメの中で、見かけは11歳くらいの際立った美少女であるアリスは、
「世界で起きている不幸は、実は僕のせいなんだ」
と言う。
彼女は、普通の人よりずっと神に近い。

とはいえ、わざとらしく、自分も今日から、「この世のあらゆる問題の責任を負う」なんて言う必要はない。
我々じゃ負えないから。
負えるのは神だけだ。
だから、「私は誰か?」と問い、忘れてしまっている真実・・・自分が本当は全知全能の無限の魂(=神)であることを思い出すべきである。
そうなれば、国中の恥辱を背負うなど容易いことで、天下の不幸を背負うこともまた同じであることが分かるのである。








『老子』(74/81)「裁くな」

今回は『老子』第74章である。
『老子』は全81章なので、74/81まで来たわけだ。
この章を一言で言えば「裁くな」である。

「裁くな」は、キリスト教で有名な言葉だ。
イエスは「裁く者は裁かれる」と言ったらしいが、なぜそうなるのかまでは説明しなかった。
復讐の宗教とも思われるイスラム教では、「復讐は神にまかせよ」と言うらしい。つまり、自分で復讐をするなということで、これも「自分が裁くな」という考えが根本にあるのだと思う。
こちら(イスラム教)の方は、「人間であるお前が裁いたり、復讐をしようとしても、力がなくてうまくいかない。しかし、神なら確実だ」という意味であると思う。
しかし、イエスのように、「裁く者が裁かれる」とは教えていない。

老子はこう言っている。
「裁くのは天だ。お前ではない」
「素人が大工の真似をしても怪我をする。まして、天の真似をして裁けばただでは済まない」
「天は道に外れた者を必ず裁く。だから、人が裁く必要など全くない」

これは確実だ。
悪い者を自分が懲らしめようとしなくても、悪い者は必ず天が懲らしめてくれる。
ところが、世間の人は、「悪いことをしながら、のうのうと愉快に暮らしているやつが沢山いる」などという。
だがそれは、ほんの一時のことで、やがては転落を免れない。
いや、表向きは愉快そうでも、実際は死ぬほど惨めなものなのだ。

妖精
AIアート21
「妖精」
Kay


「裁く者は裁かれる」も、「天は必ず裁く」も原理がある。
その原理は、イエスも(知られている範囲では)老子も述べていない。
しかし、2人とも、その原理を知っていたと思う。
その原理とは、こうである。
地球には、超高度なテクノロジーで作られたマインドコントロール装置が仕掛けられていて、この装置が、人間の魂の力を低め、虫けらのような状態にしている。
そして、この装置の影響が大きな者が悪いことをする(正確には、自然の理から外れたことを行う)のである。
装置の影響が強い者は、より悪くなっていくが、それは自然の理からますます外れるということなので、必ず悲惨な状況になるのである。
よって、表向きで言えば、悪い者は、必ず裁かれるということになる。
次に、「裁く者が裁かれる」である。
裁くというのは無駄な考えで、そのような無駄な考えに、マインドコントロール装置は反応し、その者をより強く支配する。
そうすれば、その者自身も悪の面が多くなり、結局、自分が裁いた悪と同じになって、そして、裁かれる。
元々は正義の立場で、悪い者や悪い団体を糾弾していた者が、自分自身も悪くなって滅びるというのは、珍しいことではない。
だから、SNSなどで悪い政治家の悪口を盛んに書いている者も、実は危ないのである。

あなたは無駄なことをせず、ただ「私は誰か?」と自分に問えば良い。
すると、あなたはマインドコントロール装置の影響を受けないようになり、いずれは、本当の自分が、全知全能の無限の魂(=神)であることが分かるようになる。
そうなった時に、天道に従い、裁こうとせずに裁くことになるし、その裁きは絶対である。








『老子』第67章を一言で言えば「目を覚ませ」

今回は『老子』第67章である。
この章を一言で言えば「目を覚ませ」である。

一般的に、この章は味わい深いと言われ、「さすが老子!」と称賛されることが多い。
こんなことが書かれている。
「大きいものは足りないところがあるように見える」
「慈(いつく)しむから勇敢である」
「控え目だから影響力が大きい」
「人に仕えるから人が従う」
イエスも、「偉くなりたかったら仕えよ」「私は仕えさせるためでなく、仕えるために来た」と言った。
これらを見て、「分かったような顔をした者」が、
「これは素晴らしい!これこそが真理だ!我々はこんな重要なことを知らなかった!」
と称賛して見せる。

しかし、待っていただきたい。
上にあげたようなことなど、本当に知恵がある人からすれば、「当たり前やん」である。
本当に知恵があるとは、天才とか賢人と評判のある人のことではない。
田舎の普通のオジサン、オバサンなどには、上に挙げた一見「知恵の言葉」など、当たり前過ぎて意識もしない。

ある惑星
AIアート14
「ある惑星」
Kay


そんな当たり前のことが分からないのは、悪の宇宙人のマインドコントロール装置に支配されているからである。
それなら、田舎のオジサン、オバサンのようであれば、悪の宇宙人のマインドコントロール装置の支配を逃れることが出来るということが分かる。
つまり、自然と共にいて、人知をあまり働かせなければ、それほどマインドコントロール装置の支配は受けない。
『エイリアンインタビュー』でも、マインドコントロール装置は、思考に反応して支配力を発揮すると書かれている。
我々がかくも愚かなのは、人類固有の性質ではなく、悪の宇宙人のマインドコントロール装置のためだと考えると、つじつまが合い、納得出来るのである。
ゲーテのファウストでも、天上の神が、人間の愚かな性質を指摘するが、なぜ愚かなのであるかは語られていなかった。
ゲーテも、何かおかしいとは思っていたが、さすがに宇宙人のことまでは思いつかなかったのだろう。
(支配者の洗脳のために庶民が愚かになっているという説は、まことしやかに感じるが、支配者だって愚かなのである)

そして、我々が、真の知恵が当たり前になるよう自然に従うには、思考を消すしかないが、その簡単な方法は、もう飽きるほど言ったが「私は誰か?」と自分に問うことである。
飽きるほど言ったが、実際にやる者は少ないし、続けられる者は滅多にいない。
従って、マインドコントロール装置から逃れられる人はほとんどいないのである。
善の宇宙人によれば、老子は、釈迦などと共に、装置の影響を逃れることが出来た者で、だから、『老子』は本来、真理の書である。
ただし、『老子』も、後世の改ざんや書き加えが多く、おかしな部分もあるが、おかしな部分も捨てずに細かく解釈しようとするから、本当に肝心なことが分からない。
『老子』は、本当に重要なところだけ取り、後は捨てれば良い。
そもそも、聖典というものは、分かったら捨てるものである。








『老子』第54章を一言で言えば「自然であれ」

今回は『老子』第54章である。
この章を一言で言えば「自然であれ」である。

言葉に囚われて、学者さん達が解釈を誤る章である。
字面通りに読めば、人には人の道、家には家の道、国には国の道、天下には天下の道があると思ってしまい、学者さん達も、そんなふうに解説する。
そうではない。
ただ1つの「道」があり、人が「道」を反映していれば立派な人になり、家が「道」を反映していれば立派な家になり、国が「道」を反映していれば立派な国になるのである。
「道」は1つであり、それは「自然」である。
だから、自然な人であれば、その人は「道」を反映しており、自然な家であれば、その家は「道」を反映しており、自然な国であれば、その国は「道」を反映しているのである。

「自然な」という言葉のみが、真理を表すのである。
だから、「自然な」という以上の称賛の言葉は本来なく、「自然な」という以上の信用はなく、「自然な」という以上の安心はない。

女神ペルセポーネ


AIアート
「女神ペルセポーネ」


イエスは「実を見て木を知れ」と言った。
実を見れば、その木がどんな状態か分かるのだ。
だが、どんな実が、良い木の状態を示すかは言わなかった。
当たり前過ぎるからだが、今は、それを知る者が少ない。
だから、世の中が乱れてしまった。
その木が良い状態であることを証明する実とは、自然な実である。
不自然に大きかったり、不自然に艶やかだったり、不自然に多かったり、不自然に甘い実であるなら、一見ありがたく見えても、その木は病んでいる。
いかに人々に「やんやと」もてはやされる、はち切れる筋肉のマッチョマンであっても、不自然な筋肉であれば、その者は健康ではない。

常に「私は誰か?」と問うていれば、自然な感覚が蘇り、間違えることはなく、安全である。
不自然なプロポーズも見抜けるので、男に騙されることもなくなる。
そして、自然な感覚があれば、望まずとも幸運に恵まれるだろう。








『老子』第49章を一言で言えば「全てよし」

今回は『老子』第49章である。
この章を一言で言えば「全てよし」である。

世の中には、どうしても好きになれない人や、どうしても肯定するわけにはいかない人がいると思う。
「私は嫌いな人に会ったことがない」
という名セリフを吐いた人がいたが、嘘つけである(笑)。
表面的には、この章には、どんな人も善いとせよと書かれているし、それをもって、聖人ぶって、「全ての人を公平に正しいと見ることが悟った者の態度なのじゃ」と言う「センセー」もいる。
そんなセンセーは、首根っこを捕まえて、現実に向き合わせれば、すぐに泣き出すだろう(笑)。

じゃあ、老子は嘘を言ったのかというと、もちろんそうではない。
イエスが言った通り、悪い人間というのは、自分がなぜ悪いことをするのか分からないのだ。
なぜ、邪悪なことをする悪い人間がいるのか?
それは、地球人の精神に悪い作用を及ぼす装置が活動しているからである。
(私は、この装置についてはいつも「悪の宇宙人のマインドコントロール装置」と呼んでいる)
これについては、ローレンス・スペンサーが出版した『エイリアンインタビュー』に書かれていることで概ね正しい。
概ねというのは、この本に書かれている情報を宇宙人から得た、当時(1947年)23歳だったマチルダという女性には解釈が難しかった部分もあり、ある程度の情報の齟齬(そご。くいちがい)があるのは仕方がないことだからだ。
悪の宇宙人のマインドコントロール装置については、影響を特に強く受ける者もあり、そんな者が特に邪悪なことを行うのだと思われる。
だが、いかなる人間も、本質である魂においては、善であり、また、全知全能の無限の存在で、この存在を示す、我々が持つ概念の中で最も近いのは「神」である。
重要なことは、我々が、悪の宇宙人のマインドコントロール装置の支配から脱出することで、老子はそれを成し遂げた者の1人である。
老子の他には、釈迦もそうであったが、イエスが『新約聖書』の『福音書』に書かれている通りの人物であるなら、私はイエスもそうであったのではと思う。
また、近代では、インドの聖者ラマナ・マハルシ(1879~1950)がそうであった。
そのマハルシが提示した「私は誰か?」と自分に問う探求が、その装置の支配から脱する直接的な方法である。
魂自体は不変なのであり、いわば、魂が覆われてしまっている状態なのだから、「私は誰か?」と問うことで、その覆いを壊し、自分が、その無限の魂であることを思い出せば良いのである。
その、魂を覆っているものが、その装置によって植え付けられた偽の記憶で、その偽の記憶のせいで、我々は、自分を、限定された(狭い)時間と空間の中に閉じ込められた限定された存在だと思い込んでしまっているのである。
ただ、人々が「私は誰か?」と問うてくれれば良いのであるが、それをする者は極めてわずかである。
だが、それを続けさえすれば神になる。
多少の根気は必要であるが、他に何かする必要はない。
別の方法を勧める者もおり、中には、正当性を感じられるものもあるが、他の方法は、聖者による直接的な指導が必要なのではと思う。
しかし、「私は誰か?」と問うことには、そのようなものは必要ない。
いわば、自分の魂こそが師なのである。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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