ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

社会・教育

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

本当に強い者が決してやらないこと

引き寄せ以外に何もする必要がないと言うと、
「はい。楽をしていい想いをしようと思います」
と言う者がいて、それは別に間違ってはいないのに、
「こいつ、絶対駄目だ」
と分かってしまうやつが多い。
引き寄せのことを教えた私は、泥棒に梯子を渡したような気分になる。
この泥棒とは、相手の自我のことだ。
つまり、相手の自我の手助けをし、その者は、まんまと自分の自我の罠に落ちるのである。

駄目なやつでないかどうか見分けるテストがある。
知っている人は知っているという話だ。
昔の中国の話で、1日に千里(約4000km)を駆ける名馬がいた。もちろん、この「千里」は、単に「凄く長い距離」の喩えである。
ところが、この馬の能力が分かる者がいなかったので、この名馬は駄馬(石運び用の下等の馬)に交じって石運びをさせられていた。
1日千里を駆ける名馬も、石運びでは、脚が太くて短い駄馬に敵わない。
石運びの仕事場では、1日千里を駆ける名馬の方が役立たずの駄馬扱いである。
ある日、伯楽(はくらく)という者が通りかかり、この、名馬を見ると、馬に詳しい伯楽はせめてと思い、向いていない石運びをする名馬の汗を拭いてやった。すると、名馬は感激して嘶(いなな)いた。
※人を見抜く眼力を持つ者のことを伯楽と呼ぶのは、この話から来ている。

この話を聞いて感激する者は1日に千里を駆ける名馬なのであり、奇跡の王である。
一方、「それが何やねん」と「せせら笑う」者は引き寄せの出来ない駄馬・・・駄目なやつである。
そもそも、せせら笑う・・・馬鹿にして冷ややかに笑う、あざけるというのは、駄目な人間の特徴的な癖だ。

先日の、トランプ前大統領とバイデン大統領のテレビ討論会で、言葉につまり、言い間違いをするバイデンをせせら笑う者は駄目なやつである。
単に、バイデンには大統領を務める能力がない・・・それだけのことであり、それでも、まだ大統領をやりたがるバイデンは愚か者であるというだけのことだ。
せせら笑う必要など全くない。
これが分かるかどうかだ。
これが分からないことを、人間が腐っていると言うのだ。

ヒーローがせせら笑う腐った映画やアニメを作る腐った者がいる。
本物のヒーローは、どんな相手も決してせせら笑わない、嘲(あざけ)らない。

トランプは、演出の意味もあったのだが、以前は、バイデンをせせら笑うところがあった。
だが、暗殺未遂事件後、それをしなくなった。
前回の大統領選で負けたのも、苦しい訴訟を沢山背負うことになったのも、主流メディアに悪く言われるのも、支配層の策略ではあったのだが、以前のトランプには、極めてわずかだが欠点があったからである。
だが、いまやそれがなくなった。
せせら笑うことを絶対的にやめれば、我々も本当に強くなるのである。
どんな物語を読んでも分かるが、嘲る者、せせら笑う者は下等で、連中は偉大な者すら嘲るのである。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)戦国策 (講談社学術文庫)
(2)新釈 荘子 (PHP文庫)
(3)新約聖書 福音書 (岩波文庫)

無心
AIアート1023
「無心」
Kay

もう引き寄せしかないというのは意外に正しい

「もう、平安を得るには、引き寄せか悟りしかない」
などと言えば、残念なやつと馬鹿にされるかもしれない。
しかし、法然や親鸞は「念仏しかない」と言ったのであるが、それも実質では同じことである。
もちろん、当時の無知な人々に対しては、そのように言わないと分からないとか、当時の圧政の中での全く無力な庶民には、こうとでも言って、嘘の希望を与えるのも仕方がないという考え方もあるだろう。
だが、無知であることや力がないということに関し、当時の庶民と我々で、それほどの差があるだろうか?
スティーヴン・ホーキングは、「世界は亀の背中の上」と言う昔の老人と、文明人と言われる我々に差は全くないと言ったが、それ以上に差はないと思うのである。
そして、権力者の横暴に対し、ある程度モノが言える世の中かもしれないが、そうであるほど「ペンは剣より強し」というのは嘘・・・とまでは言わないが、極めて限定的であることを実感しているはずなのである。

法然や親鸞が言うように、念仏を唱えれば阿弥陀如来が救ってくれるというのは現代では無理があるかというと、むしろ、現代でこそ正しいと言える可能性がある。
つまり、脳科学、精神科学、量子力学的に、世界は主観的なものという考え方には信憑性があり、簡単な言い方をするなら、「そう思うならそうである」というのは、現代でこそ無理がないと思えるのである。

「いや、俺は現実的な努力で人生、あるいは、世の中を変える」というのは良いことである・・・というより、個人的主義として十分に尊重されるべきである。しかし、それだけのことだ。
そして、本当に意図が正しいのであれば、努力によってそれが成就する可能性もある。
だが、人間は不純なものであるし、弱いものであることも認めないといけない。

空海は、「仏陀である私が死ぬはずがない」と言って崖から飛び降りたり、当時の危ない船で中国に行ったのだという説がある。
ひょっとしたら、これは馬鹿ではなく、これこそ、叡智と言うべきかもしれない。

引き寄せも悟りも、真の自己の力を取り戻すという意味で全く同じことである。
皆、自分の責任で自分の好きなように生きれば良いが、引き寄せしかないというのも十分にまともであり、むしろ、難癖をつける者の方が怪しいというか危険なのだと思う。
引き寄せしかないという信念で生きている者が、周囲には現実的努力家であるように見えることも全く普通である。これは、見る側の問題なのだから。

親鸞はこう言っている。
「念仏は嘘で、幸福になる別の正しい道があるとしても別に構わない。私の能力では念仏以外は出来ないのだから」
念仏の部分は引き寄せと置き換えて構わないだろう。
神童、天才と言われた法然を超えたと言われる親鸞が言うのだから、なかなかの重みである。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)歎異抄(梅原猛)
(2)歎異抄(千葉乗隆)
(3)選択本願念仏集
(4)空海入門(ひろさちや)
(5)思考が物質に変わる時(ドーソン・チャーチ)
(6)投影された宇宙―ホログラフィック・ユニヴァースへの招待

花の微笑
AIアート1022
「花の微笑」
Kay

神になる方法の個人的手記

自我(=心=思考)を消せば全知全能であるのに、なぜ自我が存在するのかは、私には謎だ。
ところで面白いことに、自我を消す真逆の方法がある。
1つは、最高の苦しみを感じること。
もう1つは、最高の喜びを感じることだ。

最高の苦しみの例として、芥川龍之介の『地獄変』で、人でなしの変人だが天才絵師の良秀が、唯一溺愛する彼の娘が焼き殺されるのを見るところがあったと思う。
それで良秀は地獄を見て傑作を描くが、自我は消える際に生命を道連れにする・・・まあ、あくまで小説である。
一方、最高の喜びの例として、インドの聖者パラマハンサ・ヨガナンダの師の師であるラヒリ・マハサヤが、師であるババジの幻術で、最大の望みであった宮殿のような家に一晩だけ住む願いを叶えたことがある。
それでマハサヤの自我は消え、悟りを開いた。

ところが、最高の苦しみと最高の喜びが同時という、マゾのようなものがある。
W.B.イェイツが自分で書いたのだと思うが(違うかもしれないが)、あるアラブ人が、家族を皆殺しにされた時、最大の苦しみを感じたが、直後に最大の喜びを感じたというお話がある。このアラブ人は、その後2回、同様の体験(最大の苦しみと最大の喜びを同時に味わう)をする。
このことについて、このアラブ人は実に複雑で抽象的なことを言うのだが、簡単に言い直す。
このアラブ人に「全ては神の思し召しとして尊重するのか?」と尋ねると、アラブ人は、「そうではない。神の意思を自分の意思としたのだ」と言う。
つまり、いかなる出来事も自分の意思と断定するのだ。
宝くじが当たっても外れても、それは神の意思であると共に自分の意思だ。
すると、自分が神であるということになる。
だが、自我はそんなことは認められないので、消えることになる。
自分がニートで、彼女(彼氏)が出来たこともなく、不遇の人生であったとしても、それは自分の意思であるとする。
すると自我は消える。

ところで、自我には楽しむ権利はあるらしい。
上で、ラヒリ・マハサヤが宮殿のような家に住んで楽しんだように。
ただ、ご存じとは思うが、自我はそんな時、「もっと」と思う・・・つまり欲張るのだ。
だが、自我が欲張らずに満足すれば消える。
数代に渡るアメリカ大統領を操り、投資でも莫大な財産を築いたバーナード・バルークに、「成功の秘訣は?」と尋ねたら、彼は「欲張らないことだよ」と答えたらしい(マックス・ギュンター著『運とつきあう』より)。

どんな願いでも叶え、喜ぶべきであるが、欲張らない・・・ちゃんと満足することである。
現状全て(おそらく世の中のこともだが、少なくとも自分の状況は)自分の意思であるとすれば神なのだから、どんなことでも叶うだろう。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)地獄変・邪宗門・好色・藪の中 他七篇(芥川龍之介)
(2)あるヨギの自叙伝(パラマハンサ・ヨガナンダ
(3)運とつきあう(マックス・ギュンター)

花の精
AIアート1021
「花の精」
Kay

人々の不安が強くなっている

人々の不安が強くなっているようだ。
そりゃ、これだけ増税・物価高になれば当然と言われるかも知れないが、それよりももっと得たいの知れない不安だ。
以前は気にならなかったようなことが気に障って仕方がないという人は危ないかもしれない。
一説だが、『エイリアン・インタビュー』で語られている、地球に設置されたマインドコントロール装置は、威力が弱くなったと言われていたが、理由は不明ながら、また強く・・・それどころか、これまでにないほど強くなっているらしい。
権力者が、庶民がいくら苦しんでいても平気で見捨てるのは、権力者もまた強い不安に苦しんでいて、より高い権力者にすがって一層忠実になったからだとも言われている。

数十年前は、日本で餓死なんて考えられなかったが、今はそれほど珍しくもない。
何かのCMで、子供が給食以外に食事が出来ないというものがあるが、私は、そんなのは詐欺広告だと思っていたが、そうでもないらしい。これは驚くべきことだ。あり得ないことだからだ。
昔は、食べられなくなったら警察に行ったそうだ。もちろん、警察で直接援助してくれるわけではないが、必要な機関に取り次いでくれたものだ。しかし今は、警察でも手の打ちようがない・・・つまり、対応が出来る機関そのものがないらしい。

不安が強いと引き寄せも出来なくなる。
本来なら、不足していれば、神様が面倒を見てくれるような感じで引き寄せが起こるのが当たり前だったのに、それが出来ないことが多くなった。
ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』が原作の映画『ネバーエンディングストーリー』で、「虚無がやって来る。虚無に飲まれたらお仕舞いだ」という話があったように思うが、そんな何かがやって来ているように思う。

昔は、「悲しみに負けるな」などと言ったが、負けても良いから心(思考)を消すメソッドを1つ持っていなければならない。
心を消すメソッドがあれば、必要なものは天から降って来る。
心を消せば、悲しみも不安もなくなる。
日銀副総裁や日航社長を務めた柳田誠二郎さんが、こう言っていた。
「何でもいいから、心を締める鍵を1つ持ちなさい。私の場合はそれがたまたま静坐(岡田式静坐法)だった」
心を締める鍵なんて抽象的で分かり難い。要は、心を消すメソッドだ。
その岡田式静坐法を作った岡田虎二郎はこう言った。
「金?腹に力がつけば、金はいくらでも出来ますよ」
これも、腹に力がつけばなんて、やはり抽象的で分かり難い。やっぱりこれも、心(思考)を消すってことだ。

心(思考)を消す決まった方法なんてない。
何でも良い。念仏でも深呼吸でもギターでも彫刻でも、1日中出来るものであれば。
トホカミエミタメとかアジマリカンとかアチマリカムとかを唱えることを薦める人がいるが、1日中唱えられるならそれで良いし、どれでも同じだ。
一応言っておくが、エッチなのは駄目だ(笑)。いや、確かに密教関係でエッチなメソッドもあるのだが、儀式に則って集団でやらないと、まず駄目だ。そんなややこしいものは避けた方が良い。

個人的には、今この瞬間を意識することが一番簡単と思う。
これは、一部では今今メソッドと呼ばれているようだ。
同じことを私は、昔は「新たな目で見る」という言い方をしていた。
見慣れたものを、まるで初めて見るような気持ちで見れば、それで良かった。
簡単な上、何でも瞬間的に思い通りになったが、あまりに便利過ぎてやらずにいるうちに、マインドコントロール装置の影響か、下手になってしまったので練習中である。まあ、練習を忘れるところが駄目なのだが、実際は相変わらず簡単で効果的である。
とにかく、心(思考)を消すメソッドを必ず1つ持っておくことだ。
でないと不安に負け、悪魔の奴隷になるだろう。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)はてしない物語(上) (ミヒャエル・エンデ)
(2)エイリアン・インタビュー
(3)岡田式 静坐の道(柳田誠二郎)
(4)歎異抄 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)
(5)人生が楽になる 超シンプルなさとり方(エックハルト・トール)

瞳逸らさないで
AIアート1020
「瞳逸らさないで」
Kay

意外な引き寄せの最良のテキスト

最近、人生が詰んだ人はどうするかという話をいくつか書いたが、「最初から人生が詰んでいる」人もいる。
そんな人は、多くはないが、それほど少なくもない。
そして、そんな人に世の中は厳しい。
最初から人生が詰んでいるような人は、正直、親の責任であると思う。
あの有名なハンス・クリスチャン・アンデルセンが、そのような最初から人生が詰んでいた人だった。
彼は、引きこもりと言っても良いが、社会不適合者・・・いや、子供社会でも不適合だった。
周囲の男の子達は皆、10歳になれば工場に働きに出て家計を助けた。
しかし、アンデルセンにはそれは全く出来なかった。
神秘的なおとぎ話を愛し、人形が好きというエレガントな彼は、他のガサツな男の子達と全く付き合えず、学校ではいじめられ、ついには学校にも行かなくなった。
詰んだ(笑・・・いや、笑いごとではないが)。
彼の父親は靴職人で、真面目に仕事をしてはいたが仕事は大嫌いで、ついには、英雄になろうとナポレオン軍に志願し、帰ってこなかった。
母親はメンヘラ気味だったのだと思う。アンデルセンを猫可愛がりしたというよりは支配的だったのだろう。
アンデルセンは14歳で故郷のオーデンセの村を出て、デンマークの首都コペンハーゲンに出て行った。母親は、アンデルセンはすぐ帰って(逃げ帰って)来ると思っていた。しかし、それがアンデルセンと母親の今生の別れになった。

アンデルセンの自伝は、素晴らしい引き寄せのテキストだ。
とはいえ、アンデルセンは最初から順風満帆で楽をしたのではなく、それどころか苦難の連続だった。
だからこそ、引き寄せがうまくいかない原因も分かるのだ。
苦難の連続とはいえ、アンデルセンは父親が生涯夢見ていたラテン語学校、さらには、大学を卒業した。
これは引き寄せと言わずに説明出来ない。彼には、金も有力な知り合いも親もいなかったのに、当時としては貴族的に大学を出たのだから。
そして、やがて詩作と小説執筆にのめり込み、時間をかけて才能を伸ばした。その中での出会いも、偶然と言えば偶然だが、やはり引き寄せだったと思う。
彼の恋愛はどうか?
これはうまくいかなかったことが伝えられている(伝記には書かれていない)。
そりゃ、好きな娘を口説くのに、自分の自伝を送っていたのだから上手くいくはずがない。
もっとも、世間的な恋愛がうまく出来るようなら、彼は、彼のような童話作家にはなれなかったと思う。
また、彼の童話を見れば感じるように、彼が少女趣味・・・ロリコンの毛があるのは、『即興詩人』のララのモデルになった、スペインで出会った11歳ほどの美少女を「美の女神の化身」とまで言うところでも分かるような気がする。
それで、大人の女性を口説くのも、あまり真剣味がなかったように思う。
ここらはルイス・キャロルにも似ているように思うが、2人とも、少女相手に問題を起こしたことは全くない(特にルイス・キャロルは少女達にモテモテだったに関わらず)。

アンデルセンは、大学を出る頃にはイニシエーションを果たし、引き寄せもうまく出来るようになっていたと思う。
詩人・作家として有名であったと言っても、著作権のない時代で、それで食べていけるわけではない。
しかし、彼は働かなかった。
たまたまデンマーク国王に謁見する機会があり、たまたま、「国王に年金を願い出ろ」とアドバイスを受け、その通りにしたら、国王が気楽に許可し、彼は生涯、働かずに生活出来るようになり、海外旅行に明け暮れながら執筆を行った。
とはいえ、大した年金ではなく、今の日本の生活保障に近い感じかもしれない。
彼にビジネス感覚があれば、お金を儲けることも出来たかもしれないが、彼自身にそんな興味はなかったように思う。

日本が早くベーシックインカムを実現し、働かなくても生きていけるようになれば良いと思う。
ところで、よくベーシックインカム導入のモデルとして月7万円なんて言ってるが、この物価高に月7万円では、たとえ地方でも、家賃と電気代と水道代で終わりだ(いや、足りない)。
月30万円、少なくとも20万円は出すべきだし、「財源が…」なんて言う者がいるが、実際はそんなものは有り余っている。
しかし、落合陽一さんのような賢い人が本に書いていたが、日本は実質ベーシックインカム状態で、やり方さえ分かればお金はどこからでも引き出せる。
だから、ちょっと引き寄せが出来れば、考えなくてもお金などどうにでもなると思う。

アンデルセンの自伝は引き寄せの教科書として最上で、読まれることをお薦めする。
彼も「神のおかげで良い人生であった」と言っている。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)アンデルセン自伝(アンデルセン。大畑末吉訳)
(2)即興詩人(アンデルセン)
(3)アンデルセン童話集(上)
(4)少女への手紙(ルイス・キャロル)
(5)写真家ルイス・キャロル 写真叢書
(6)ザイム真理教(森永卓郎)
(7)書いてはいけない(森永卓郎)

朝焼けと白百合
AIアート1019
「朝焼けと白百合」
Kay

プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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