大谷翔平さんは、人間性も非常に素晴らしいらしい。
ところで、翔平と言えば、戦後からそれほど経っていない昭和30年代に、馬場正平さんという元巨人のピッチャーであったプロレスラーがアメリカで大スター選手になっていた。
馬場正平さんとは、ジャイアント馬場さんである。
そして、この馬場正平さんも、素晴らしい人間性の持ち主だったようだ。
当時のアメリカの大スターレスラーで、奥さんが日本人というフレッド・ブラッシーは、自伝の中で、馬場さんのことを「謙虚で努力する素晴らしい青年」と称賛しているようだ。
馬場さんは、自分が大スターになっても、控室では先輩レスラー達を立てて、いつも隅っこで小さくなっていたという。
また、恩を忘れない人だったと言われる。
馬場さんが初めてアメリカに行った時は、ただ飛行機の切符一枚持たされて「行け」だった。
一般の海外渡航などは極珍しい時代であり、インターネットがないどころか、新聞・雑誌にも、アメリカの情報はそれほど多くなく、二十歳そこそこの青年が、いきなり1人で異国に放り出され、どこに行って何をすれば良いのかも、ほとんど分からない状態だったようだ。
馬場さんは、そんな時、親切に世話を焼いてくれた外国人レスラーへの恩を生涯忘れず、彼らが歳を取っておちぶれていても、定期的に日本に呼び、スター扱いし、高いギャラを払い続けた。
馬場さんが亡くなられた時、プロレス史上最高のレスラーと言われるルー・テーズは、馬場さんのことを「プロモーターとしても偉大で、約束したギャラは必ず払ってくれる誠実な人だった」と言っていたのが、まさに、馬場さんのことを表しているように思う。
馬場さんに数年遅れ、アメリカに行ったアントニオ猪木さんは、なかなか人気が出ず、ギャラも安くてお金に困っていることを知っていた馬場さんは、自分が日本に帰国する際、猪木さんを呼びつけ、「寛ちゃん(猪木の本名は猪木寛治)、俺はもう要らないからこれを使え」と、猪木さんの背広のポケットに札束をねじ込んだという(『1964年のジャイアント馬場』より)。
この、2人の「ショウヘイさん」だけでなく、偉大な人物について調べれば、常人を超えた親切さや義理堅さを感じるものだ。
義理堅いと言えば、小説ではあるが、笹沢佐保さんの時代劇小説『木枯らし紋次郎』のヒーロー、紋次郎の義理堅さは極端とも言えるほどだが、やはり、こんな人間は運が味方するのだと思う。
私は、優れた小説は現実世界と変わらないと思っている。そのように宇宙の法則が働くのだと思う。
カート・ヴォネガットは、シェイクスピアについて「下手な作家だったが、人間をよく知っていた」と述べていたが、笹沢佐保さんも、人間をよく知っている人だったと思う。
本当か嘘か知らないが、今は、いろいろ悪い話もあるビル・ゲイツにも、こんな印象深い話がある。
子供も独立した40代の女性が再び働こうと、マイクロソフトという会社の事務員募集に応募した。当時、二十歳そこそこだったビル・ゲイツが、まだ小さかった、このマイクロソフトの社長を務めていた。
ところが彼女は、来るところを間違えたと思った。
募集の理由である、退職予定の事務員が若い金髪の美女だったからだ。
だが、面接を始めるなり、ゲイツは「いつから来れますか?」とだけ言い、採用が決まる。
彼女は、当時は珍しくなかったと思うが、コンピューターについて何も知らなかった。
それで、ゲイツに分からないことを何度も尋ねたが、その度、ゲイツは、彼女が分かるまで辛抱強く教えてくれたという。
会社の業績が良かった時、会社の人達と高級レストランにお祝いの食事に行った際、普段、大衆食堂でしか食事しないゲイツは高級料理のメニューがさっぱり分からず、ハンバーガーを注文し、他の者もハンバーガーを注文したという話もある(まあ、高いハンバーガーなのだろうが)。
もちろん、誰だって、叩けば埃が出るが、ゲーテも言うように、人間性が最高の宝だ。
釈迦は「7つの繁栄の法」を説き、それを守った者は必ず繫栄した。
だが、『涅槃経』によれば、7つのうち、1つでも守れば繁栄するのだという。
その7つとは、
・平等に意見を聞く
・助け合う
・ルールを守り、勝手なルールを作らない
・老人を敬う
・女性を大切にする
・祖先を敬う
・人間性の優れた人物を敬う
である。
まあ、1つ出来るなら全部出来るし、1つ出来なければ全部出来ないものである。
つまり、まずは1つである。
成功しない人、まるで駄目な人は、1つも満足でないことが分かるのである。
ところで、翔平と言えば、戦後からそれほど経っていない昭和30年代に、馬場正平さんという元巨人のピッチャーであったプロレスラーがアメリカで大スター選手になっていた。
馬場正平さんとは、ジャイアント馬場さんである。
そして、この馬場正平さんも、素晴らしい人間性の持ち主だったようだ。
当時のアメリカの大スターレスラーで、奥さんが日本人というフレッド・ブラッシーは、自伝の中で、馬場さんのことを「謙虚で努力する素晴らしい青年」と称賛しているようだ。
馬場さんは、自分が大スターになっても、控室では先輩レスラー達を立てて、いつも隅っこで小さくなっていたという。
また、恩を忘れない人だったと言われる。
馬場さんが初めてアメリカに行った時は、ただ飛行機の切符一枚持たされて「行け」だった。
一般の海外渡航などは極珍しい時代であり、インターネットがないどころか、新聞・雑誌にも、アメリカの情報はそれほど多くなく、二十歳そこそこの青年が、いきなり1人で異国に放り出され、どこに行って何をすれば良いのかも、ほとんど分からない状態だったようだ。
馬場さんは、そんな時、親切に世話を焼いてくれた外国人レスラーへの恩を生涯忘れず、彼らが歳を取っておちぶれていても、定期的に日本に呼び、スター扱いし、高いギャラを払い続けた。
馬場さんが亡くなられた時、プロレス史上最高のレスラーと言われるルー・テーズは、馬場さんのことを「プロモーターとしても偉大で、約束したギャラは必ず払ってくれる誠実な人だった」と言っていたのが、まさに、馬場さんのことを表しているように思う。
馬場さんに数年遅れ、アメリカに行ったアントニオ猪木さんは、なかなか人気が出ず、ギャラも安くてお金に困っていることを知っていた馬場さんは、自分が日本に帰国する際、猪木さんを呼びつけ、「寛ちゃん(猪木の本名は猪木寛治)、俺はもう要らないからこれを使え」と、猪木さんの背広のポケットに札束をねじ込んだという(『1964年のジャイアント馬場』より)。
この、2人の「ショウヘイさん」だけでなく、偉大な人物について調べれば、常人を超えた親切さや義理堅さを感じるものだ。
義理堅いと言えば、小説ではあるが、笹沢佐保さんの時代劇小説『木枯らし紋次郎』のヒーロー、紋次郎の義理堅さは極端とも言えるほどだが、やはり、こんな人間は運が味方するのだと思う。
私は、優れた小説は現実世界と変わらないと思っている。そのように宇宙の法則が働くのだと思う。
カート・ヴォネガットは、シェイクスピアについて「下手な作家だったが、人間をよく知っていた」と述べていたが、笹沢佐保さんも、人間をよく知っている人だったと思う。
本当か嘘か知らないが、今は、いろいろ悪い話もあるビル・ゲイツにも、こんな印象深い話がある。
子供も独立した40代の女性が再び働こうと、マイクロソフトという会社の事務員募集に応募した。当時、二十歳そこそこだったビル・ゲイツが、まだ小さかった、このマイクロソフトの社長を務めていた。
ところが彼女は、来るところを間違えたと思った。
募集の理由である、退職予定の事務員が若い金髪の美女だったからだ。
だが、面接を始めるなり、ゲイツは「いつから来れますか?」とだけ言い、採用が決まる。
彼女は、当時は珍しくなかったと思うが、コンピューターについて何も知らなかった。
それで、ゲイツに分からないことを何度も尋ねたが、その度、ゲイツは、彼女が分かるまで辛抱強く教えてくれたという。
会社の業績が良かった時、会社の人達と高級レストランにお祝いの食事に行った際、普段、大衆食堂でしか食事しないゲイツは高級料理のメニューがさっぱり分からず、ハンバーガーを注文し、他の者もハンバーガーを注文したという話もある(まあ、高いハンバーガーなのだろうが)。
もちろん、誰だって、叩けば埃が出るが、ゲーテも言うように、人間性が最高の宝だ。
釈迦は「7つの繁栄の法」を説き、それを守った者は必ず繫栄した。
だが、『涅槃経』によれば、7つのうち、1つでも守れば繁栄するのだという。
その7つとは、
・平等に意見を聞く
・助け合う
・ルールを守り、勝手なルールを作らない
・老人を敬う
・女性を大切にする
・祖先を敬う
・人間性の優れた人物を敬う
である。
まあ、1つ出来るなら全部出来るし、1つ出来なければ全部出来ないものである。
つまり、まずは1つである。
成功しない人、まるで駄目な人は、1つも満足でないことが分かるのである。
人気ランキング参加中です |
![]() ![]() |