人類は、テクノロジーを大いに発達させてきたが、創造主(神のようなもの)の真の狙いは精神的進歩であるという話がある。
なぜ、精神的進歩が必要かということについては、一般的には意識しないまでも、「それは明らかに良いことなのだから、神の意図を考える必要はない」という想いがあるのではないかと思うが、宗教の信者や精神世界マニアには、「神自身が進歩するためだ」や、あるいは、その他の壮大な神の計画があると言う人達がいる。
変わったところでは、ロバート・モンローという人が『魂の体外旅行』に書いていて、正確には憶えていないのだが、だいたいで、こんな内容だったと思う。
精神を進歩させた人間からは、神にとって、非常に美味しい何かが生成されるので、それを収穫するために、神が人間を作ったというもので、これは、単にモンローの憶測ではなく、魂(精神体)を肉体から切り離し、実際に確認したというものだったと思う。
だが、これらを総合して、細かい部分は解らないながら、私が確信するのは、神は、人間にいろんな経験をさせて学ばせ、その学習データを収集したいのだと思う。
AIの機会学習(その高度なものがディープラーニング)のことをご存じなら、人間がAIにやらせていることを、神は人間にやらせているのかもしれないというわけだ。
なぜ、そんなことが言えるのかというと、割と明確なのだ。
まず、学びの多い人ほど、生命エネルギーが高く長命であるからだ。
学びと言っても、本を読むとか、試験勉強をするといったもの、つまり、リスクのない学びは価値が高くなく、そんな学びばかりしている者は、活気がなく短命である。
また、俗に、「善人は早死にする」というのも、善人は、あまり新しいことを学ばない傾向があるからだ。
一方、悪人の中には、多くの経験をして学ぶ者が多く、よって、元気な悪人は栄えるのである。
あらゆる面から考えても、泥臭い学びを続ける者は、やはり、生命力が高く、若く、また、栄えるのに対し、新しいことを学ばない者は、生命力が弱く、老化し易く、落ちぶれる。
そういったことから見ても、大筋で、私の考えは間違いではないと思う。
では、がんがん良いものを引き寄せて、豪華に幸せに生きるには、活発にいろんな活動・・・特に、冒険的な活動をすることが必要(その代表例がイーロン・マスクだろう)ということになるが、それはそれで正解なのだと思う。
では、何もしない人間は、一生、しがない(つまらない)人生を送り、我慢と屈辱を甘んじて受けなければならないのかというと、基本は確かにその通りであるが、人間のデータは幅広いものが必要で、怠け者のデータは実は貴重なのだ。
ただし、「平凡な怠け者」など、確かに、変わったデータが取れないので、あまり必要ない。
平凡な怠け者に対しては、珍しい病気にしたり、考えられないようなトラブルを与えたり、あるいは、一見幸運な出来事が起きるが、それが元で悲惨な目に遭わせる・・・という、本人にとっては、あまり楽しくないシチュエーションでデータを取るということはあるだろう。
しかし、そんなのは御免なので、個性的な怠け者でなければならず、実際、個性的な怠け者は、例外なく、いい想いをしていることが分かる。
たとえば、単なる読書家であれば、日がな一日本を読んでいても、大して価値はないが、聖書ばかりずっと読んでいるという変人であれば、なかなか珍しいデータが得られる。
あるいは、1日に6万回も7万回も念仏を唱える者も同様だ。
こんな者達には、超能力を与えて、さらに刺激的なデータを得ようとするだろう。
実際、この例の前者はエドガー・ケイシーで、後者は法然であるが、両者とも、並の人間を超越した力を持っていた。
怠け者の話をしたが、働き者も、ワン・パターンな労働を延々繰り返すだけの働き者は、良い思いをしていないし、早死にする場合が多いだろう。
もっとも、映画の『鉄道員(ぽっぽや)』のように、娘が死んだ日にも勤務を続けた鉄道員のような、ある種、変人の場合は、ワン・パターンの労働をしつつも、やはり、特別以外のなにものでもない。
怠けものにしろ、働き者にしろ、超個性的な、神を喜ばせるデータを作り出す存在であると良い。
たとえば、単なる初音ミクオタクというだけでは、個性的でも何でもない。
だが、初音ミクさんと本当に結婚した人がいたが、あれくらいだと、なかなか個性的なのである。
しかし、もっと上がいても良い。そんな者には超人的な力が与えられるだろう。
なぜ、精神的進歩が必要かということについては、一般的には意識しないまでも、「それは明らかに良いことなのだから、神の意図を考える必要はない」という想いがあるのではないかと思うが、宗教の信者や精神世界マニアには、「神自身が進歩するためだ」や、あるいは、その他の壮大な神の計画があると言う人達がいる。
変わったところでは、ロバート・モンローという人が『魂の体外旅行』に書いていて、正確には憶えていないのだが、だいたいで、こんな内容だったと思う。
精神を進歩させた人間からは、神にとって、非常に美味しい何かが生成されるので、それを収穫するために、神が人間を作ったというもので、これは、単にモンローの憶測ではなく、魂(精神体)を肉体から切り離し、実際に確認したというものだったと思う。
だが、これらを総合して、細かい部分は解らないながら、私が確信するのは、神は、人間にいろんな経験をさせて学ばせ、その学習データを収集したいのだと思う。
AIの機会学習(その高度なものがディープラーニング)のことをご存じなら、人間がAIにやらせていることを、神は人間にやらせているのかもしれないというわけだ。
なぜ、そんなことが言えるのかというと、割と明確なのだ。
まず、学びの多い人ほど、生命エネルギーが高く長命であるからだ。
学びと言っても、本を読むとか、試験勉強をするといったもの、つまり、リスクのない学びは価値が高くなく、そんな学びばかりしている者は、活気がなく短命である。
また、俗に、「善人は早死にする」というのも、善人は、あまり新しいことを学ばない傾向があるからだ。
一方、悪人の中には、多くの経験をして学ぶ者が多く、よって、元気な悪人は栄えるのである。
あらゆる面から考えても、泥臭い学びを続ける者は、やはり、生命力が高く、若く、また、栄えるのに対し、新しいことを学ばない者は、生命力が弱く、老化し易く、落ちぶれる。
そういったことから見ても、大筋で、私の考えは間違いではないと思う。
では、がんがん良いものを引き寄せて、豪華に幸せに生きるには、活発にいろんな活動・・・特に、冒険的な活動をすることが必要(その代表例がイーロン・マスクだろう)ということになるが、それはそれで正解なのだと思う。
では、何もしない人間は、一生、しがない(つまらない)人生を送り、我慢と屈辱を甘んじて受けなければならないのかというと、基本は確かにその通りであるが、人間のデータは幅広いものが必要で、怠け者のデータは実は貴重なのだ。
ただし、「平凡な怠け者」など、確かに、変わったデータが取れないので、あまり必要ない。
平凡な怠け者に対しては、珍しい病気にしたり、考えられないようなトラブルを与えたり、あるいは、一見幸運な出来事が起きるが、それが元で悲惨な目に遭わせる・・・という、本人にとっては、あまり楽しくないシチュエーションでデータを取るということはあるだろう。
しかし、そんなのは御免なので、個性的な怠け者でなければならず、実際、個性的な怠け者は、例外なく、いい想いをしていることが分かる。
たとえば、単なる読書家であれば、日がな一日本を読んでいても、大して価値はないが、聖書ばかりずっと読んでいるという変人であれば、なかなか珍しいデータが得られる。
あるいは、1日に6万回も7万回も念仏を唱える者も同様だ。
こんな者達には、超能力を与えて、さらに刺激的なデータを得ようとするだろう。
実際、この例の前者はエドガー・ケイシーで、後者は法然であるが、両者とも、並の人間を超越した力を持っていた。
怠け者の話をしたが、働き者も、ワン・パターンな労働を延々繰り返すだけの働き者は、良い思いをしていないし、早死にする場合が多いだろう。
もっとも、映画の『鉄道員(ぽっぽや)』のように、娘が死んだ日にも勤務を続けた鉄道員のような、ある種、変人の場合は、ワン・パターンの労働をしつつも、やはり、特別以外のなにものでもない。
怠けものにしろ、働き者にしろ、超個性的な、神を喜ばせるデータを作り出す存在であると良い。
たとえば、単なる初音ミクオタクというだけでは、個性的でも何でもない。
だが、初音ミクさんと本当に結婚した人がいたが、あれくらいだと、なかなか個性的なのである。
しかし、もっと上がいても良い。そんな者には超人的な力が与えられるだろう。
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