「20世紀最大の詩人」と言われたアイルランドのウィリアム・バトラー・イェイツ(1865~1939)は、とても興味深い人だ。
イェイツは、1923年にノーベル文学賞を受賞した劇作家でもある。
で、何が興味深いのかというと、彼は魔法結社の会員で、そうであるからには魔法を信じていたオカルティスト(神秘主義者)だったことだ。
ただ、オカルティストなら、割とそこらにおり、大抵はロクでもない変なやつだが、言ってみればイェイツは、ガチのオカルティストだった。
妖精の存在も信じていた。
ところが、私は、彼こそが本当の現実主義者だと思うことがある。
例えば、イェイツはある詩に、「老人の本当の望みは、もう一度若くなってあの娘を抱くことだ」なんて書いてあるが、ある意味、これほどまともなことを書く人は、そうそういないと思う。
実際、さぞ怪しい詩ばっかりだと思ってワクワクして彼の詩を読むと、ある意味、あまりにまともでガッカリするかもしれない。

イェイツは、「神秘を信じない者は想像力がない」と言ったことがあるらしい。
そして、イェイツは超人的な想像力を持っていた。
35歳を過ぎても抒情詩を書ける特殊な詩人だとも言われていた。
その彼が「ルネサンス最大の想像力の持ち主」と称賛していたのは、イタリアの大詩人ダンテ(『神曲』の作者)だった。

あまり壮大な話をせず、彼の「神秘を信じない者は想像力がない」を、やや限定的にして「引き寄せを信じない者は想像力がない」としても良いだろう。
そして、引き寄せに興味があっても、本当には信じていない人が多いのだ。
いや、どんな人間でも、引き寄せを全面的に信じているのではなく、どこかでは疑っている。
というのは、人間は、誰でもエゴ(自我)を持っており、エゴは引き寄せを認めない。
エゴというのは、徹底した物質主義者なのだ。
ここをはっきりさせておかないと、引き寄せに支障が出る。

エゴは物質主義者だから、自分が持っていると思っている力は、IQ的な知力、筋力、顔やスタイル(プロポーション)の美しさ、勤めている会社の大きさ、家柄、資産といった、目に見えるもの、数値化出来るものだけだ。
そして、大抵の人間は、それらが大したことはないので、自分は無力だと思っている。
逆に、それらのいくつかで偏差値の高い人・・・勉強が出来て一流大学を出ていたり、美人やイケメンだったり、筋肉ムキムキだったり、家がお金持ちだったりしたら、それをことさらに自慢し、「だから俺は偉いんだ」という態度になることが多い。
だが、学歴にしろ、筋力にしろ、美人度にしろ、上には上がいて、自分よりずっと上の人間に会うと、落ち込んで無力感に苦しむのだ。
エゴは唯物主義者だから、引き寄せといった精神の力を信じないので、自慢の学歴で負ければ、全面的に敗北だと思うのだ。
まあ、学歴で負けていても「それは俺の家は貧しかったから」とか「入試制度が悪くて俺に合ってなかったから」などの言い訳をするのもエゴである。
とにかく、エゴの特徴は物質主義ということで、エゴについては説明がつく。

しかし、イェイツのようなガチのオカルティストは、人間を超えた力を信じており、そんな力は、人間が持つ物質的な力など比較にならないと知っているので、エゴのように、物質的な力を自慢しないし、結果、そんな理由で劣等感を持たない。

それで、結局のところ、エゴが強いと引き寄せは出来ないという結論に達する。
つまり、学歴や家柄や筋力といった物質的な力を頼り過ぎ自慢する者は、エゴが強く、引き寄せのような神秘の力を信じないので、引き寄せが出来るはずがない。彼らが頼るのは、学歴といった物質的な力であり、引き寄せのような神秘的な力ではないからだ。
だから、学歴自慢の人、容姿自慢の人には引き寄せが出来ない。
学歴のない者、容姿が悪い者、物質的な面で劣等感が強かった者が、引き寄せに興味を持つのは自然であるが、ここで面白い矛盾に気付く。
引き寄せというには、普通、物質的な力を得るために使うのだが、それを引き寄せて自慢したい者は、いつまでたっても引き寄せが出来ない。
だって、きっと、本当には引き寄せを信じていないからだ。
お金持ちになったり、イケメンになっても、それを自慢しない人が引き寄せが出来るのである。
物質的な力も良いものだから、大いに引き寄せれば良いが、それを自慢しては本末転倒である。
私は、偉く重要なことに気付いた。








  
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