スピリチュアル界隈に限らないが、「ワクワクする」ことが重要だとか、好ましいと言われることがよくある。
それはそうだと思う。
「いや、ワクワクじゃない。ウキウキだ」と言う変な太ったオッサンもいたと思うが(結構、有名な医者らしいが)、ワクワクの意味をちゃんと掴んでいないと、そんなのに騙される。
案外というか、どんな時にワクワクするか知らない人が多いのである。
ワクワクというのは、肯定的な意味で「ドキドキする」ということだ。
そして、どんな時にドキドキするかというと、「心地良い緊張」が高まっている時だ。
たとえば、対面、電話、メール、LINE・・・何でもいいが、好きな人に告白する時なんて、最高にドキドキすると思うが、これがまさにワクワクである。
ただし、その告白が適切なものでない場合は、それは「心地良くない緊張」で、ドキドキではなく、単に、胸が圧迫されている感じがして、ワクワクもしない。そんな告白は止めておくに限る。
良い告白・・・ドキドキし、ワクワクする時の告白というのは、結果など全く気にしていない。

ワクワクと等しいドキドキの状態の時・・・つまり、心地良い緊張が高まっている時、何が起こっているのだろう?
それは、「今、この瞬間」に強く集中しているのである。
「今、この瞬間」に意識を向ければ、潜在意識(宇宙意識、神、大いなる自分)と一体化していく。
つまり、ドキドキ、ワクワクは、それを強く行っているのだから、実に貴いことで、引き寄せの力も最高潮になる。
結局、確かに、ワクワクが良いものであることが分かる。
ワクワクする時の告白はうまくいくし、もし、うまくいかないなら、もっと良いことがある。

何のことはない。
ワクワクしなさいというのは、「今、この瞬間」に意識を向けなさいということだ。
それで何でもうまくいく・・・引き寄せもうまく出来る。

ワクワクする、面白い実験がある。
つまり、ドキドキする実験、心地よい緊張感を高める実験だ。
手っ取り早くはあっても、お札で行うのは、いろんな意味で良くないが、例えば、上手に描き上げて気に入った絵を破くとする。
絵でなくても、大事なコンサートチケットなど、他の重要な紙でも良い。
大事なものなので、簡単には破けない。
しかし、それを手に持って、「さあ、破くぞ」と思って、実際に破こうとすると、緊張が高まり、ドキドキする。すると、最高にワクワクする。
ただし、自分ではなく、他の人にとって大事なものなら、嫌な感じがして、ドキドキしないし、ワクワクもしない。
ところが、実を言うと、ドキドキ、ワクワクするなら、それは、大事なものに思えても、破った方が良いものである。
そして、そんなふうに、大事だと思っていても、それを破いたり、捨てようとすると、ドキドキ、ワクワクするものって、案外に多いのである。
いわゆる「後生大事」にしながら、実は必要ないもの、害悪ですらあるものだ。
たとえば、お気に入りで、決定版と思っているスピリチュアルな本を、燃え盛っている炎の中に投げ入れようとしたら、ドキドキする時、それは燃やした方が良い本なのだ。そんな本、いっぱいあるはずだ(笑)。
もっと良い絵を描くために、良く描けたと思っている絵を燃やすというのは、ドキドキするなら非常に良いことで、それが、芸術の秘訣でもある。
私は、子供の時、大事に思っている紙を手に、
「今、破くぞ。今だ。今、破いたのだ」
などと思うと、ゾクゾクするような、ドキドキ、ワクワクを感じた。
強く、「今、この瞬間」に集中したからだ。
まあ、破れないことが多かったが(笑)。

アイザック・ニュートンや岡田虎二郎は、死の直前に、長年、書き溜めた紙を全部燃やしたという。
彼らの心境が分かるはずもないが、もしかしたら、素晴らしいドキドキやワクワクを感じたかもしれない。
それで、心置きなく死に、高次元の世界に移行したのであろう。

だが、特別なことをしなくても、「今、この瞬間」に意識を向ければ、熱狂的でないながら、ドキドキ、ワクワクの連続となる。
告白や、「後生大事」にしているものの破棄は、それに気付くためのイベントみたいなもので、味わっておくと良いが、いつも必要なものではない。まあ、楽しめる時には、やってみると良い。








  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ