「私はこれこれである」と宣言した瞬間、その通りになる。
いかなるロクデナシであろうが、「私は」で自己主張する時は、人間はそんな力を持つ。
どんな願いであろうが、それで必ず叶っている。
だが、成ったと同時に、エゴがそれを否定し、元の、願いが叶っていない状態に戻る。
なぜそうなるのかというと、別に、エゴに凄い力があるのではない。
単に、あなたがエゴの想いを受け入れるからだ。
そりゃ、エゴは、1分に300のつぶやき、1日で数万の思考をするのだが、現代人は、それらのつぶやきや思考は概ね否定的であると考えられる。
そして、普通の人は、エゴの想いに同調する習慣がある。
それで、あなたの願望は簡単に否定され、あなたはそれに従う。

だが、一瞬は願いが叶っていることを知らないといけない。
その願いがいかに大きなもの、奇跡的なものであろうが、実際に実現している。
だから、あなたは、イエスと同じように、
「汝敗れたり。わが後方に退けサタン(エゴのこと)」
と言わないといけない。

そのためにはどうすればいいかというと、まず、次のような事実に注目したい。
それは、否定的なエゴを黙らせることが出来る者は、精神の変容が起こっているということだ。
そのために、瞑想をしたり、マントラを唱えたりの修行をする者も確かにおり、長期間、毎日長時間念仏を唱えていたら、ある朝、精神が変容していることを感じたといった記録をいくつか見たことがある。
政木和三さんは、小学5年生の時、毎日、腹式呼吸の練習をして、それ(精神の変容)を起こし、確かに万能になった。
ところで、このような方法でうまくいった人にもまた特徴があり、それは、かなりの苦境にあったということだ。

それで、楽な・・・というか、自然な方法は、どうせ自己主張すれば、一瞬でも願いが叶うのだから、それを何度もやることだ。
そうすれば、願いが叶った感覚を少しずつでも覚えることが出来、その感覚が強くなれば、エゴが否定する力が弱くなっていくのだ。
そして、いずれは、願いが叶った状態が自然になる。
たとえば、「私は金持ちだ」と思えば、一瞬で、自分が思うような意味で実際に金持ちになる。
その一瞬の感覚を、少しでも掴むのである。
最初は、すぐに、元の状態に戻るかもしれない。
しかし、諦めずに何度もやるのだ。
無理に連続して行うより、思い出した時に、気楽に一度ずつやると良い。
その際、実際に金持ちになったかどうか、確認してはならない。
本当に金持ちなら、自分が金持ちであることの確認なんかしない。
確認なんかしなくても、確信が起こる。
中学生は、自分が中学生であることに確信があるので・・・つまり、それが自然であるので、決して「私は中学生か?」と確認しないようなものだ。
「自然(ナチュラル)な」ということほど、疑いを起こさせない、肯定的で間違いのないことはない。
そして、上のやり方が、最も自然な引き寄せの方法であると思うのである。








  
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