世の中にある引き寄せメソッドの9割以上は、人工的な作業・・・つまり、テクニックによるもので、多少は不自然さがあるものだ。
実際は、それはあまり気にしなくて良いのだが、自分に合わないやり方ではどうしてもうまくいかなかったり、傾向としてだが、1人の人間にとっても、好不調がある・・・つまり、うまくいく時もいかない時もある。
また、一時は成果を上げたとしても、それが継続しなかったり、悪い反動が出る場合があることは、引き寄せの本にはあまり書かれていない。
どの引き寄せの本も、一度うまくいったということだけを書くものだ。もちろん、それは、読者をやる気にさせるためには悪いことではないのだが。
そのような理由で、小さな引き寄せであれば、少し真面目にやれば、誰でもすぐに出来るが、その後で満足出来る成果を出せない場合があるのだ。

純粋な引き寄せは、もはや引き寄せと呼べるのかどうか疑問もあるが、とりあえず、やはり、純粋な引き寄せとするが、私の知る範囲では2通りしかない。
1つは、ほとんど、聖者の解脱を目的とした行として語られるもので、確かに引き寄せは万能になるが、そこまで到達すれば、もう欲しいものはなくなり、それこそ聖者のように、ふんどし1本しか所有せずとも、満足して生きられるのである。まあ、それが本当の平和なのかもしれないが、興味があるだろうか?(笑)
そして、もう1つの方では、確かに、欲望は少なくなるが、見かけは普通の人と変わらず、本人も、「以前より心が軽いかな」程度にしか思わない。
それを実現するのが、何度も書いているが「今を意識すること」である。
これをメソッド(手法)というのは、本当は正しくないと思うが、巷では「今今メソッド」と呼ばれており、便利な名称なので、こだわらずに、この名称を使おう。

で、今今メソッドのやり方である。
いつでも、気がついた時に、今を意識すれば良いだけである。
その頻度が多ければ多いほど、早く成果が出る。
引き寄せが出来るというよりは、良いことが勝手に起こる感じで、目標を達成するという場合もあるが、どちらかというと、思いがけない幸運を呼ぶことが多い。
自分で狙って引き寄せたものというのは、得るまでは熱望しても、得てしまえばさほどではないものだ。
しかし、今今メソッドで、思いもかけず得られたものや起こったことは、長く続く平安を与えてくれる。
だが、この「今を意識する」という感覚が分からない人が多い。
そして、これを、算数の問題の解き方や、跳び箱の飛び方のように、手順として教えることは出来ない。
しかし、とても簡単なことなのだ。
我々は、幼い頃から、幼稚園や小学校で、手順でものごとを修得するよう躾けられ、感覚的に行うことを禁じられる。
なぜ、そうなったのかというと、そうでないと、全部の生徒に、同じことを同じようにさせられないからだ。
あなたは、学校が、代替の効くロボットを作る場所であることを知っているかもしれないが、今今メソッドは、ロボットを教育するようには教えられないのである。
しかし、感覚を使うことが得意な子供なら簡単に出来るし、きっかけさえあれば、教えられなくても出来る子供が多い。ただ、そんな子供も、学校で、それが出来ないようになってしまうのだが。

最も良い方法の1つが、景色が良く、他の人のいない場所をゆっくり散歩しながら、何も考えずに、「今、散歩している」ことを意識することだ。
これを毎日の習慣にすれば、ほぼ大抵、うまくいく。
しかし、なかなかそのようなことは出来ないだろう。
そこで、1人になって、腕振り運動(スワイショウ)や佐川幸義流四股を、何も考えずに、それだけを「丁寧に」淡々とやるという方法がある。
丁寧にやることが、自ずと、今を意識することにつながる。
力んでやるとか、必死でやるのではなく、丁寧に、おだやかに行うことが、今を意識するコツと言えばコツである。
それで言えば、丁寧に本を読んだり、楽器を演奏したりでも良いが、それを楽にやれることが必要で、難しいとかシンドイと思うことは、どうしても雑念が湧き、「今」から意識が離れてしまう。
丁寧に、楽にやれるなら、念仏やマントラ(真言)を唱えることでも良いのである。
また、楽にやれる呼吸法があれば、それを、丁寧にやれば良い。
こういったことを、今やっているのだという意識を持ってやれば、もう間違いない。
だが、後は、自分で「今を意識する」感覚を掴まないといけない。
それを、気楽に、焦らず、おだやかにやるのである。
簡単に出来る人もいれば、なかなか出来ない人もいる。
しかし、これは、一生ものの知恵であり魔法である。
ただ、あえて、算数的に言うなら、「今、今、今、・・・」と心の中で連呼しても、案外に感覚を掴める。
そもそもが、今を意識することは人間の本性であり、本来は、当たり前にやっていたのだから、出来ないはずがない。
だが、学校で教育され過ぎてロボットになってしまった人には、少し難しい可能性がある。
逆に言えば、ロボットでいるのは嫌だと思うことが助けになるはずである。
確かに、学校でも会社でも、進んでロボットになりたがる者も多い(そう思わせるのが学校なのだが)。
そんな者は、なかなか救えないのである。








  
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